私と呼ぶときだけ   作:パレット24

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第7章 ― 禁じられた扉の向こう

 

夜のホグワーツ。

 石造りの廊下に足音が反響する。

 「急いで! フィルチに見つかったら終わりよ!」

 ハーマイオニーが囁くように言い、ローブを翻した。

 ハリーとロンがその後を慌てて追いかける。

 そして──四人目の影が、すでに彼らの一歩先を歩いていた。

 セレナ・フロスト。

 冷静な青い瞳は、暗闇の奥を見据えている。

 

 曲がり角を抜けた瞬間、扉が目に入った。

 大きく、そして重々しい木の扉。

 「ここは──」ハリーが息をのむ。

 「立入禁止の三階……だよな」ロンが青ざめる。

 セレナは振り返らず、ただ一言。

 「……扉」

 その声音は冷たく、それでいて確信に満ちていた。

 

 好奇心と恐怖に揺れるまま、彼らは扉を押し開けた。

 ──そして、次の瞬間。

 低い唸り声が響き渡り、三つの巨大な頭が暗闇から現れた。

 鋭い牙、光る眼。

 フラッフィー──三頭犬が、唾を滴らせながら睨みつけてくる。

「ひっ──!!」ロンが叫び、後ずさる。

 ハリーも青ざめた顔で身を固くする。

 ハーマイオニーが必死に言葉を探す。

「ど、どうしたら──」

 

 その中で、ただ一人。

 セレナだけが、恐れを見せなかった。

 彼女はゆっくりと杖を構え、低く呟いた。

「落ち着きなさい。……音楽があれば眠るわ」

 「音楽……?」ハーマイオニーが振り向く。

 「そんなの、どこに──」

 だがセレナの視線は、犬の巨大な足元に釘づけだった。

 その下に隠されている“何か”に。

 「……守っているのね」

 その呟きは、誰にも聞こえないほど小さかった。

 

 次の瞬間、扉の外から足音が迫ってくる。

 フィルチか、それとも──。

「急げ!」ハーマイオニーが叫ぶ。

 ハリーたちは慌てて扉を閉め、廊下へと駆け戻った。

 心臓を叩きながら走る中、ハリーがセレナを見やる。

「……君、知ってたのか? あの犬のこと」

 セレナは青い瞳を伏せ、淡々と答える。

「知っていたわけじゃない。ただ……“血”がそう告げただけ」

 それ以上の説明はなかった。

 冷たい仮面の奥に隠された真実は、誰も知らない。

 

 

 

 

 

ハロウィンの夜に

 

 「ト、トロールが! ち、地下の回廊にトロールが現れた事を…ご、ご報告…致しま、す!」

 

 大広間に駆け込んだのは、震える声で叫ぶクィリナス・クィレルだった。

 ターバンを揺らしながらよろめき、長卓の端につまずいて倒れ込む。

 その情けない姿に、生徒たちの悲鳴がさらに高まった。

 「落ちついて!! 各自、監督官の指示に従い寮へお戻りなさい!」

 マクゴナガルが声を張り上げる。

 生徒たちはぞろぞろと席を立ち、各寮ごとに整列を始める。

 その混乱のさなか、セレナはふと顔を上げた。

 ──クィレルの視線が、ちらりと彼女を掠めた気がした。

 怯えているようでいて、どこか計算めいた冷ややかさ。

 

 やがて人波に押され、セレナは一人、別の廊下に出てしまう。

 そこへ現れたトロール

腐った皮膚、濁った目、そして振り下ろされる巨大な棍棒。

 セレナは咄嗟に杖を構えたが、足が一瞬だけすくんだ。

 

 その瞬間──

「──イモビラス!」

 

 鋭く低い声が石壁を震わせる。

 スネイプの杖先から放たれたのは、青白い閃光だった。

 稲妻のように走った光がトロールの全身を覆い、瞬く間に氷の膜のような輝きへと変わる。

 魔法の衝撃が走った瞬間、トロールの筋肉が硬直した。

 振り上げた棍棒は空中で止まり、そのまま石像のように動きを失う。

 鼻息さえ凍りついたかのように、鈍重な呼吸音も途絶えた。

 

 セレナは驚きに息を呑む。

 「……これが、『イモビラス』……」

 スネイプは冷ややかな視線をトロールに向け、言葉を続ける。

 「対象の時間を束縛する術式だ。神経と筋肉の動きを強制的に止める……魔法生物に使えば、この通りだ」

 棍棒が床へと落ち、鈍い音が響いた。

 完全に制止された巨体は、壁に凭れかかるように崩れた。

 セレナが恐る恐る近づくと、スネイプは杖を下ろし、冷たく言い放った。

 「動くな。術が解ければ再び暴れる。……我輩の指示があるまで近づくな」

 彼の声はいつも以上に冷徹だった。

 だが、漆黒の瞳の奥には──わずかな安堵の色が浮かんでいた。

「……愚かな娘だ。だが……無事で何よりだ」

 その小さな呟きは、セレナにしか届かない声音だった。

「教授……」セレナは小さく息を呑んだ。

 

 その時、石の廊下にまた足音が響いた。

 駆け込んできたのは、青ざめた顔のクィレルだった。

 「ひ、ひぃっ……! お、恐ろしい……!」

 ターバンを巻いた男が、廊下の奥から転がるように現れた。

 クィリナス・クィレル。

 額には玉のような汗が浮かび、ローブを握りしめて震えている。

 「わっ…こ、ここにも……ト、トロールが……! わ、わたしは……」

 彼は壁際に寄りかかり、息を荒げた。

 だが、セレナの青い瞳には、その震えの奥に別の色が見えた。

 怯えすぎている。いや──演じている。

 

 スネイプは目を細め、漆黒の視線をクィレルに突き刺す。

 「……偶然ここに現れたのか、クィリナス?」

 「も、もちろんですとも! 生徒を……さ、探していて……」

 クィレルはおどおどと目を逸らし、背を向けた。

 その背中を、セレナは無意識に見つめていた。

 「……怯えているのに、瞳が笑っています」

 小さな呟き。

 だが、その声はスネイプの耳に届いていた。

 

 「フロスト──黙れ」

 スネイプは低く言い放ち、彼女の肩を押して背後に下がらせた。

 その瞳の奥には、冷酷さと……わずかな苛立ちが宿っていた。

 「貴様の観察眼は時に命取りになる。忘れるな」

 クィレルの姿はすでに廊下の奥に消えていた。

 残されたのは、氷のように静止するトロールと、黒衣の教授、そして冷静に見据える少女。

 セレナは唇を結んだまま、胸の奥にざらついた違和感を抱えていた。

 

 

 ──“あの男は、ただ怯えているだけではない”。

 

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