鰯の終末論 作:式塚あきのり
朝、目を覚ますと街にさかなが泳いでいた。
何がなんだか理解出来なかった。しかし、事実としてさかなは確かに空を縦横無尽に泳いでいた。
急いで、リビングに向かいテレビのリモコンを手に取った。そして、ニュース番組を見る。
ニュース番組では、誰かが死んだ話やどこかで戦争が起こった話をしていた。それはまるでこの街で起こっている異常事態を笑っているようだった。
しかし、ニュースキャスターはすっかり慄いてしまって、いつもの彼女ならばスラスラと読むような文章でも、あっちこっち噛んでいた。まるで、やっと歩き始めた幼子のようだ。
彼女も自分と同じでこの世界の異常に気が付いているようだった。
嗚呼、可哀想に。この世界は異常に塗れているのに、彼女はいつだって正常を装う事を強制される人種だ。
そうして、十分後。天気予報コーナーになった。天気予報士は最後の最後にのんびりとした口調で「今日はさかなが泳いでいるでしょう」と言った。
学校は通常通りの登校だった。待てど暮らせど休校の連絡は来ない。しょうがないので学校へ向かう。
街を歩く人々は平常を装っている者。異常を恐れている者。様々な人種が居る。自分はただ、呆然と空を眺めてさかなの名前を当てる事しか出来なかった。
道中、空をさかなを穴が開くほど見ている女子生徒が居た。彼女は一学年下生徒であり、学校内でも知らぬ人は居ない。と形容される程の有名人だ。彼女は「電波」らしい。
有名人。というのは悪い意味でだ。
彼女の近くを通ると彼女は淡々と言った。「マグロは方向転換する時に第二の尾鰭が一瞬だけ飛び出すの」
そのあまりにも冷静な言葉で自分は気味悪くなった。彼女もあの天気予報士と同じなんだ。
怖くなり、走って学校へ向かう。学校に着き少しして副担任の理科教師が教室に現れHRを始めた。副担任が言うに担任である美術教師は屋上で1人淡々とずっとさかなの絵を描いているらしい。
あの美術教師もさかなを穴が開くほど見ていた女子生徒と同じように、さかなに魅入られてしまったのだろう。きっと、哀れな事なんだろう。
HRが終わった後、授業は普通に続いた。数学、国語、理科、社会と続いた。給食はさかな料理だった。なんだか申し訳なさと征服感があった。
授業の休み時間のたびにクラスメイトはさかなについてある事ない事語って見せていた。
自分には、「さかなが街を泳いでいる」という事を考察するほどの会話を交わす人間はこのクラスには居ない。自分の唯一の友人は、担任の美術教師だけだった。美術教師の思想は自分として、とても興味深かった。
美術教師は所謂、悪い大人だったのかも知れない。それでも、自分の何かと共鳴する考えを持っていた。
居心地が悪くなった自分は、まるで何かに引き寄せられるように授業がこれから始まるというのに担任が居る屋上へ向かった。
担任は無心で目の前のキャンパスに何かを描いていた。しかし、キャンパスは既に白い部分は失せており、汚くさかなの絵が沢山重なって描かれている。
「先生は……あのさかな。なんだと思いますか?」
担任は返事を寄越してくれなかった。
「朝は何をお食べになられましたか?」
もう少し、単純明快な話題を振ってみるが一向に返事を寄越してくれなかった。会話を拒んでいるようだった。
一旦、授業に戻る選択をした。授業は美術の時間だったので自習の時間という名の自由時間になっていた。クラスメイトは教室内で大声でお喋りしてみたり、紙飛行機を飛ばしてみたり掃除道具で野球を始めたりしていた。
自分にはクラスメイト達の遊びが楽しいようにはとても思えなかった。
窓の外を、街を自由自在に泳ぐさかなを眺めていた。いわしと目が合った気がする。
いわしは死んだ魚の目をしていた。
街を泳ぐさかなは死んでいるのだろうか? 生きているのだろうか?
一日の授業が全て終わってからもう一度担任の元へ向かった。担任は変わらず汚いキャンパスにさかなの絵を描いていた。先ほど来た時よりもさかなの絵は塗り重ねられている事が一目で分かる。
すると遠くの郵便局がさかなに飲み込まれた。
人々は今日一日中、さかなを気にしないように努めていた。しかし、遂に恐れ慄きさかなから一目散に逃げ始める。
しかし人々の足は悲しいほど遅く、さかなに飲み込まれていく。
校庭を見下ろせばあの1学年下の電波女子生徒が居た。彼女はさかなに問う。「どうしてこんな事をするのか」しかしさかなは何も答えなかったようで彼女を飲み込んだ。
遂に自分も怖くなり、担任を置いて教室へ逃げ帰る。自分の背後で担任がさかなに飲み込まれた気がする。
教室には誰も居らず白衣の知らない女の人が居た。彼女は自分のことを「先生」と自己紹介した。そして「先生」は言う
「さかなは君自身だ」
その言葉は自分の自意識にトンカチを振り下ろすようなものだった。自分の中に薄く張られていた怖いと言う感情はバラバラと砕かれた。そして、教室のベランダから飛び降りる。目下にはさかなの口が大きく開いていた。
そうして、さかなに飲み込まれた。