それは12月に入った頃の時だった。
『24日、予定空いてる?』
イブの予定を誰かから、しかもそれが異性から聞かれたとしたら喜ばない人は誰もいないと思う。けれど、それは俺にとって…いや、”俺たち2人”にとっては当たり前の事のように感じていた。毎年、必ずこの日は…
「行幸~母さん達、先に出ちゃうわよ~」
一階の玄関から呼びかける母の声を聞きながら、行幸は重大な作業を行っていた。本来ならこの日が来る前に完成させておくべきだったのだが、持ち前の不器用な所が災いして時間が掛かってしまった。
「別に完璧でなくてもシオンちゃんなら喜んでくれるわよ~」
「うるさいな~分かってるよ」
「ギリギリまでやっててもいいけど、時間までには来なさいよ~」
そう言うと母は先に出掛けて行った。一人静かになった部屋の時計を確認する。時間はもうほとんどない。焦りを感じつつ、ひたすら手を動かし続ける。
「それじゃあ、シュヴァルさん。行ってくるっすね」
「分かりました。今日は外泊ですか?」
「いや、夜間外出しか出してないっすから夜には帰ってくる予定っす。でも先に寝てて良いので」
「まったく、もう…」
元々、早めに合流して少し遊ぶ予定を立てていただけに、怒りがないとは言えない。その為、この怒りをぶつけにある所に行くのであった。
"ピンポーン"
静まり返っていた部屋に鳴り響くチャイム音。集中していた行幸の手を止めるには十分なものだった。
「何だよ、もう…」
おそらく母辺りが忘れ物でもして帰ってきた、そのように思った行幸は無造作にドアを開けた。
「何か忘れ物でもし……た?」
だが、ドアの向こうにいたのは想像していた人物ではなかった。
「…デッカイ忘れ物を取りに来たっすよ」
「バ、バリやん…」
反射的にドアを閉めようとするが、手で押さえられ、家に入られる。
「…えっと、その~怒ってますか?」
「別に怒ってはないっすよ。ただ3週間ぐらい前から予定していた事を当日になって、ドタキャンするぐらいの予定が何なのか、見に来ただけっすから」
(やっぱり、めっちゃ怒ってる!)
正直、自分が100%悪い事は行幸も分かっている。分かっているからこそ、どうしてもここでドタキャンする程の予定を知られるわけにはいかなかった。
「当日になって飛んだのはマジで悪いと思っている。でもどうしてもやる事があったんだよ」
「…そのやる事って?」
「…言えない、今は」
「えっ?」
「今は言えない。でもすぐに分かるから…だから頼む!一旦待っててくれないか?」
かなり無理を言っている事は理解していたが、それでも必死になって頼み込む。しばらく沈黙が続くが、
「…分かった。別にすごく怒ってるわけじゃないからいいよ。寝坊とかだったらどついていたけど」
「ホントか!」
「でも行くとこないから、家の中には入れて。リビングとかで待っているから」
「分かった。でも頼むから俺の部屋には入らないでくれ。あと1時間したら終わるから」
そう言うと急いで二階の部屋に駆け上っていく行幸。多少、思うところがありつつも、とりあえずシオンは待つことにしたのである。
それから数時間後、ある会場の前で二人の母親たちは子供たちを待っていた。
「あっ!おばさん!」
「あら!シオンちゃん!久しぶりね、元気にしてた?」
「はい!おばさんも元気そうで良かったっす!それに母さんも!」
「私もあなたの元気な顔が見れて良かったわ。。ところで行幸君は?」
「ああ、ゆっくんなら…」
と、言いかけている最中に後ろから息を切らしながらやってくる行幸の姿があった。
「ちょ…おま…行くの…速すぎるって」
「まったくあんたはシオンちゃんだけを先に行かせないの」
「いや、こいつが急いで走り出したから…」
「いい訳しない!ほら、早くしないとお父さんたちが出てきちゃうよ!」
そう、俺たちの毎年のクリスマスイブの予定は、この日に行われるバレエ公演を見に来る事。二人の父親が主体となって公演するこの行事に幼い頃から見に来ていたからこそ、すっかりイブの行事になっていたのである。
「いや~やっぱり父さん達は凄いね!」
「そ、そうだな」
公演後、そのまま両家族で食事会を行った。昔なら、そのままお泊りなのだが、今やシオンはトレセン生なので寮に帰る必要がある。本当なら親が見送るべき所だが、気を使われて行幸だけが寮まで送る事になる。
(母さんめ…)
そんな事を考えてながら行幸はシオンと久々の会話を楽しんでいた。そうしている内に寮の前まで着いたのである。
「じゃあ、ここまで送ってくれてありがとね」
「おう」
「次は正月かな?」
「母さんがまた大量におせちを作って待ってるよ」
「楽しみだな~」
「じゃあ、それまで頑張れよ」
「ゆっくんもね。それじゃあ、おやすみ」
「……なあ、バリやん」
そう言うと行幸はポッケの中から小さな箱を差し出す。
「え?これって…」
「メリクリ…じゃ」
何か言いたげなシオンをよそに箱を渡した行幸は全力でその場を後にする。当人の顔は少し赤らめており、冬の寒さではない別の感情が働いているようであった。
一人残されたシオンはとりあえず、箱を開けてみる。中にはおそらく自分で包んだであろうプレゼントと"メリークリスマス"と英語で書かれたメッセージカードが入っていた。
「これって…」
翌日、まだ朝日が昇る前のグラウンド
「あら、シオンさん。おはようございます」
「ヴィルシーナさん、おはようございます。早いっすね」
「ええ、クリスマスでも頑張らないといけないですからね」
ふとシオンの耳に目線が行く。
「シオンさん、今日はメンコがいつもと違いますね」
「そうなんっすよ。実は新しく貰って」
シオンはいつものとは違い、真っ白なメンコを身に着けていた。そのメンコは所々ほつれているような物だったが、耳の中は暖かさを保っていた。
「良いクリスマスプレゼントですね」
「そうっすね!あたしにとって、最高の贈り物っす!」