「お引越しです!」
「あのー山田先生、主語が抜けてます……」
デュノアが転校してきた日の夜、自室に居た一夏と五飛にそう告げたのは山田真耶だった。
話によれば、転校してきたばかりでこの環境、しかも一人部屋では何かと戸惑いも多いだろうという事で、そろそろ学園生活になれて来たであろう二人のどちらかがデュノアと相部屋になって欲しいというのだ。
どちらかが別の部屋へ引っ越し、ここにデュノアが来るという段取りである。
五飛は思案した。
未だ疑念の晴れないデュノアと一夏を相部屋に出来るだろうか、しかし自分が相部屋になった所でもしデュノアが何の問題もなく男であったならば無駄骨である。
「いいですよ、俺が移動しましょう」
最終的に五飛が下した結論は、目の前に餌をちらつかせて尻尾を掴む意味も兼ねて、もしデュノアが女であった場合一夏の特異な才能による効果を期待するという賭けのようなものだった。
五飛が少ない荷物を纏めている最中、再び部屋のドアが叩かれた。
一夏が出てみれば、そこには腕を組み仁王立ちをしている篠ノ之が居た。だが意を決したような、恥ずかしがっているような、複雑な佇まいをしている。
「は、話がある……」
「何だよ改まって、どうしたんだ?」
「ら、来月の学年別トーナメントだが……わ、私が優勝したら……つ! 付き合って貰う!!」
最早五飛が居る事など気にも留めていない。
五飛の予想ではあるが、この件は絶対何かの騒動を引き起こすだろうと読んでいた。何故一夏はこうも次から次へと女絡みのトラブルに巻き込まれるのか。
今この瞬間だけは、本来の任務を忘れて一夏と別室となる事に一抹の安堵を感じていた。
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「え~と……ほ、本日も転校生を紹介します……ドイツから来たラウラ=ボーデヴィッヒさんです」
翌日の朝、SHRで真耶がそう告げた。
流石に二日連続で、しかも同じクラスに転入生とは珍しい事例である。しかし昨日とうって変わって、真耶のテンションはかなり低い。というよりも戸惑っている。
まず転校生の雰囲気が異様であった。軍人だ、一目でそう思わせるほどの出で立ちをしている。
女子でありながら乗馬ズボン風に改造した制服とブーツを履き、左目にはその幼い外見が更に異彩を際立たせている、黒い眼帯を付けていた。
「ラウラ、挨拶をしろ」
「はい、教官。ラウラ=ボーデヴィッヒ、以上だ」
しかも千冬の事を教官と呼ぶ、そして恐らくはドイツ軍所縁の所属。この二つの要因から、五飛はラウラと千冬の関係におおよそのあたりをつけた。
千冬は過去の一夏誘拐事件の際、ドイツ軍から情報を得た事で第二回モンド・グロッソ決勝戦を棄権して一夏の身柄の保護に向かった。その際の借りという名目で、千冬は一年間IS教官としてドイツ軍に赴いていた時期があったのだ。
当初は第二回モンド・グロッソ開催国であるドイツのマッチポンプである疑いもあったが、確たる証拠は何一つ見つからなかった。
そしてラウラはその際、千冬の指導を受けていたのだろう。ブリュンヒルデ直々の教えともなれば、その実力も確かなものと期待できる。傲岸な態度はそれだけの自負と自信の表れか。
だがその直後、ボーデヴィッヒは誰も予想し得なかった行動を取った。
教室最前列の座席に座っていた一夏に対し、平手打ちを放とうとその手を振ったのだ。幸い一夏はそれに反応し、遮るように腕を上げて頬を張られる事なく腕と腕がぶつかったに過ぎなかった。
むしろ平時あれだけ訓練をしているのである、女の平手に反応出来ないようでは今までの訓練が無意味になってしまう。
「……初対面の女子に引っ叩かれるような事をした覚えはないぜ?」
「認めない……貴様があの人の弟であるなど、認めるものか!」
また女絡みか。どうやら一夏のそれは才能とは別の所にある、そういった星の下にでも生まれたのだろう、五飛はそう信じる事にした。
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ボーデヴィッヒの転校から数日経った土曜の午後、暦は既に六月に移り、一夏の訓練にはいつもの面子に加えてデュノアも加わっていた。
同室となった事で急速に仲を深めた一夏は、専用機持ちであるデュノアにも教えを乞い、一緒に訓練に参加する運びとなったそうだ。
土曜日は午前が座学、午後からは自由時間なので放課後よりも多くの生徒がアリーナを使用しており、しかもこの場に話題の男子三人が揃っている為か、かなりの混雑具合を見せていた。
「一夏のISは近接格闘オンリーだから、より深く射撃武器の特性を把握しないと対戦じゃ勝てないよ。特に一夏の瞬時加速って直線的だから、反応できなくても軌道予測で攻撃出来ちゃうからね」
「直線的か……うーん」
一夏は今しがたデュノアと手合わせをした後に、射撃武器に関するレクチャーを受けている。
確かにデュノアの説明は的確かつ分かりやすい。彼の専用機『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』はその名の示す通り、量産型IS『ラファール・リヴァイヴ』の改修機である。
外見や基本性能の違いは当然として、最大の特徴はその拡張領域の大きさ。通常の量産機の倍、数にして二十程の火器を一度に収納可能という点だろう。
多様な武装を持つという事は、それだけ多様な状況に応じて戦闘が可能という強みがある。
だがそれには全ての武装の特性を把握し、どのような状況でどのような武器を使えば効果的であるかという咄嗟の判断力が必要になってくる。
先程の一夏との手合わせも距離に応じて様々な射撃武器を瞬時に切り替えながら応戦し、一夏は最初の一合以降、ついに接近出来ることなくエネルギーが零となってしまっていた。
デュノアはどうやら知識、技術ともにかなり高いレベルにあるようだ。そうでなければ、いくら第二世代最後発のカスタム機とはいえ、第三世代機相手にあそこまで安定した戦い方は出来ない。
「どう?」
「お、おう。なんかアレだな。とりあえず『速い』っていう感想だ」
「そう、速いんだよ。一夏の瞬間加速も速いけど、弾丸はその面積が小さい分より速い。だから軌道予測さえあっていれば簡単に命中させられるし、外しても牽制になる。一夏は特攻する時に集中しているけど、それでも心のどこかでブレーキがかかるんだよ」
見れば一夏はデュノアの射撃武器の一つを、使用許諾を得て実際に発砲するという体験をしている。
本来ISの武装はその武装の持ち主でなければ反応しないシステムだが、所有者が使用許諾登録をすれば第三者でも使用が可能となる。
一夏と同じように後付武装の射撃武器を持たない五飛では、近接戦闘は兎も角射撃武器の特性を把握させることは難しかったので、これに関してはデュノアに内心感謝していた。
ちなみに今までも篠ノ之を初め、鈴やセシリアからもレクチャーを受けていたのだが、その三人の説明は以下の通りだった。
『こう、ずばーっとやってから、がきんっ! どかんっ! という感じだ』
『なんとなくわかるでしょ? 感覚よ感覚』
『防御の時は右半身を斜め上前方へ五度傾けて、回避の時は後方へ二十度反転ですわ』
何にせよ、色々な意味で行き詰っていた一夏の訓練もこれで新たな段階を迎える事が出来るだろう。
一夏に手取り足取り教えているデュノアを見て、複雑な表情を浮かべている篠ノ之とセシリアの事は気にしないでおこう。
そこで突然アリーナ内がざわつき始めた。見れば近くのピットにはあのボーデヴィッヒが専用IS『シュヴァルツェア・レーゲン』を纏って佇んでいた。
「ねえちょっと、あれ……」
「ウソっ、ドイツの第三世代機だ」
「まだ本国でトライアル段階だって聞いてたけど、完成してたの?」
漆黒のボディに右肩に一際大きい砲身を携えているその機体は、見ただけでその堅牢さが伺える。
転校初日以来、クラスの誰とも口を聞こうとしない孤高の存在。一夏も五飛も当然話しかけた事はない。
一夏にとってはいきなり平手打ちを喰らわそうとした人物である。しかも自分を恨んでいる様子、何をどう話しかければいいのか分からないでいた。
五飛には、彼女は口を聞こうとしないのではない、その必要が無いと判断して行動しているのだと見ていた。そのような人物に幾ら話しかけようとしたところで取りつく島などあるわけがない。
「……織斑一夏」
「なんだよ」
開放回線で声が飛んでくる。一夏自身気が進まないが、声を掛けられた以上ここで無視するわけにもいかない。
「貴様も専用機持ちなら話は早い、私と戦え」
「嫌だ。戦う理由が無い」
「貴様には無くても私にはある。貴様がいなければ教官が大会二連覇の偉業を成し得ただろうことは明白だ。だから私は貴様を、貴様の存在を認めない」
つまりは、千冬の教え子であるということ以上にその強さに心酔しているのだろう。だから千冬の経歴に傷を付けた一夏を目の敵にしていたということか。
一夏の方もその話を聞いた瞬間、見るからに切歯扼腕の雰囲気を漂わせていた。一夏が強くなりたいというのも、そういった過去の己の不甲斐無さを恥じる一端があっての事なのだろう。
だが、だからといってボーデヴィッヒと一夏が戦う理由にはならない。ボーデヴィッヒが一夏に勝ったところで、また一夏の存在が消えた事で千冬の何が変わるわけでも無い。
この申し出はボーデヴィッヒの自己満足に過ぎない、それを悟ってか一夏もこの場でやりあう気は無さそうだった。
「また今度な。そんなに自信があるなら、月末の学年別トーナメントで俺に当たるまで負けなけりゃいいだけだ」
「ふん。ならば……今戦わざるを得ないようにしてやる!」
ボーデヴィッヒがそう言うが早いが、その砲身の狙いを一夏に定め火を噴いた。
だがその攻撃が一夏に当たる事は無かった。瞬時に一夏の前に躍り出たアルトロンが、ドラゴンハングを使ってその砲弾を横薙ぎに弾きとばしたのだった。
「お前と一夏の因縁にどうこう言う気は無い。だが個人の感情に周囲を巻き込むな、女」
「ドイツの人は随分沸点が低いんだね、ビールだけでなく頭までホットなのかな?」
「貴様ら……」
ただでさえ常よりも人数の多いアリーナ内、しかも全員が全員ISを装着しているわけではない。そのような状況で戦闘を始めれば少なくない人数が巻き込まれるのは必至である。
五飛の言と同時に、アサルトライフルを展開させたデュノアがその銃口をボーデヴィッヒに定めている。
「フランスの第二世代型と中国の脳筋ごときが、私の前に立ちふさがるとはな」
「ふん、問答無用で戦いを仕掛けた貴様が言えたことか」
「未だに量産化の目処が立たない第三世代型よりは動けるだろうからね」
通常は一、二秒ほどかかる武装の量子構成を五飛も気付くか気付かないかの速さで武装を展開させていたデュノアも、高速切替を習得しているのだろう。
『そこの生徒! 何をやっている! 学年とクラス、出席番号を言え!』
三者微動だにしないにらみ合いが続き、あわや戦闘が始まってしまうかと思われた時、突然アリーナのスピーカーから声が響いた。
騒ぎを聞きつけてやってきた担当の教師だろう。
「……興が削がれた、今は引こう」
横槍を二度も入れられた上に数の利もあってか、ボーデヴィッヒは存外あっさりとISを解除してアリーナゲートへと去って行った。
「一夏、大丈夫?」
「ああ、助かったよ。それに悪い五飛、反応出来なかった……」
「あの場は奴が一方的に敵意を向けて来ていた、仕方のない事だ。次に奴と対峙する時は気を付けろ」
つい数秒前までの鋭い眼差しは二人にはもう無い、人懐こい笑顔のデュノアと物静かな五飛の双眸が一夏に向けられていた。
時刻は既に午後の四時を回っている、丁度アリーナの閉館時間という事で、この場は解散となった。
その後、一夏達が訓練をしていると聞いて、わざわざアリーナの更衣室まで真耶がやって来た。話によれば、男子が大浴場を使える目処が立ったという報告だった。
今までは僅か二人の男子の為に大浴場の使用を女子達に制限させるわけにもいかなかったので、寮部屋のシャワーのみだったが今月末からは週に二回、男子の使用日を設ける事になったという。
別段五飛は自室のシャワーで特に問題はなかったのだが、それを聞いた一夏の喜び様と言ったらなかった。日本の入浴習慣は特殊だと知っていたが、これが日本人と言うものなのだろうか。
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「何よあの軍人かぶれ! ほんっと感じ悪いわねー!」
一人部屋となった五飛のもとには以前の様に鈴が入り浸っているのだが、昼間の怒りが未だ収まっていない様だ。
思い出しては憤慨している鈴だが、五飛がボーデヴィッヒに感じた事と同様に、鈴にもボーデヴィッヒに対して昼間の怒りとはまた別のものを感じ取っていた。
「だがお前も薄々感じてはいるのだろう。ボーデヴィッヒの危うさを」
「それは……まあね。何とかしたいと思うのは、押しつけがましいかしら」
今のボーデヴィッヒは、少し前までの鈴と同じだ。
力を求め、力を示し、誰かに認めて貰いたい。その一念のみで突き進もうとしている。かつての鈴は父に、今のボーデヴィッヒは恐らく千冬に認めて貰いたいが為に。
千冬に対する心酔、そこに汚点を残させた一夏に対する恨みも加わり、周囲はおろか自分自身も冷静に見ることが出来ていない状態だった。
その千冬に汚点を残した事件があればこそ、千冬はドイツに赴きボーデヴィッヒと出会う事が出来たというのに、それすらも分からない程盲信的になり過ぎている。
かつて鈴を諭した時とは違い、一筋縄では行きそうにもない。だがかつての自分と重なるから部分があるからこそ、鈴はボーデヴィッヒに似たような道を進ませたくないのだろう。
「お前のその思いは正しい。だが今は焦って行動するべきではない、機を待つ事も時には重要だ」
今のボーデヴィッヒは聞けと言って聞くような状態には無い。彼女に言い聞かせる事が出来る状況は、恐らく今月末の学年別トーナメントでボーデヴィッヒとぶつかり、奴に勝ち得た時。
公式の場で勝敗をはっきりさせれば、ボーデヴィッヒとて聞く耳持たぬというわけにはいかないだろう。尤もその前に一夏が彼女に勝てば、彼の性格ならばボーデヴィッヒを丸めこめるかも知れない。
そこまで思案したとき、鈴の腹から虫の音が響いてきた。
今までしていた話の内容とのあまりの差に、流石の五飛も無意識のうちに口の端を僅かながら吊り上げてしまった。
「……夕食に行くか?」
「あっ! ちょっと何よその笑みと静かな提案は! あたしだって鳴らしたくて鳴らしたわけじゃないんだから!」
顔を赤くしながら騒ぐ鈴を連れて寮の廊下に出てみれば、一夏に篠ノ之、セシリアの三人の背も見える。三人も夕食に向かうのだろうが、一夏を中心に三人横並び、篠ノ之とセシリアは一夏の左右の腕にそれぞれ抱きつくようにして歩いていた。
あれでもなお二人から好意を寄せてられいる事に気付かないというのだから恐れ入る。
だがその夜、時刻を少し遡って一夏によりデュノアの秘密が暴かれていたのだが、五飛が知り得るわけもなかった。