ここから数話は展開を(ry
六月の最終週、一週間を全日程使ってIS学園学年別トーナメントは開催される。
全生徒が参加するこのトーナメントは、それだけに試合を消化するだけでもかなりの時間を要し、大会の規模も来賓の数もクラス対抗戦時のそれとは比較にならない多さである。
そこには各国政府関係者だけでなく、ISに関する研究所員、企業のスカウトエージェント等々の姿も見受けられる。
それだけこの学年別トーナメントがIS関係者にとって重要な意味を持つ事を示していた。
三年生に対しては各所属からのスカウト、二年生に対しては過去一年間の成果、一年生に対しては先天的才能評価と、学園生徒にとっても重要な指針とされる。
先のクラス対抗戦のような乱入者の懸念は、今回は殆ど無かった。何かを忍び込ませるには規模が大きすぎるのだ。
あまりに各国各組織の目が集中し過ぎているがゆえに、そのような場所で動乱を起こせば、それはほぼ世界を敵に回す事と同義である。流石に不逞の輩もそこまで無謀な事はしないだろう。
尤も、そういう事を平然としようとした馬鹿を五飛は自身を含めて数人ほど知っていたが。
それぞれの立場にいる者がそれぞれの夢や野心に臨み闘志を燃やす中、一夏と五飛。その二人だけはそれらとは全く別のベクトルに闘志を全て注いでいた。
ラウラ=ボーデヴィッヒを倒す事、その一念のみに。
「一夏と五飛はボーデヴィッヒさんとの対戦だけが気になるみたいだね」
「まあ、な」
「俺が望むのは結果だ、他人の評価ではない」
更衣室で言葉を交わすことなく向かい合って座っていた一夏と五飛に声を掛けたのはデュノアである。
更衣室のモニターからでも観客席と試合場の様子は伺えるが、そんなものは気にも留めていない二人の様子を察しての言だった。
「感情的にならないでね、二人とも。彼女は恐らく一年の中では一、二を争う実力だよ」
「ああ、わかってる……」
「……仇討ちのつもりはないが、同じ轍は踏まん。今度こそケリを着ける」
とは言うものの、鈴とセシリアのISはやはりトーナメントに間に合わなかった。代表候補生の二人が結果を出すどころか出場すら出来ない、しかもその理由が大会前の模擬戦で他国の代表候補生に一方的に打ち負かされたと分かれば、二人の立場を悪くする要因になり得る。
それを考えればこそ無意識の内に二人とも肩に力が入り過ぎてしまっていたようで、デュノアが声を掛けたのもそれを少しでも解そうとした意図も含んでいるのだろう。
デュノアは一夏とペアを組むと決まってからこちら、同室である事も手伝ってかかなり親しくなっていた。一夏の方は以前とあまり変わらないが、日常においても戦闘においてもデュノアの方が一夏の意図を汲みかなりの気を利かせている。
一夏自身はさして連携を意識している様子はないが、とにかくデュノアはそのISの特性も合わせて、一夏の動きに合わせた戦術を取るのが上手かった。
ちなみに五飛とペアを組むことになった女子は、同じく一組の鷹月静寐であった。曲者、お祭り騒ぎ好きの一組の中にあって常識を携えて、はしゃぐクラスの女子達をまとめているしっかり者、いわゆる苦労人気質の人である。
抽選が決まったので試しに組んで動いてみれば、五飛としてもかなり動きやすい相方だった。五飛の気性を知ってか、決して自分から前に出ることなく援護に専念。突出した技能は無く絡め手にも若干弱いものの、その定石を決して崩さない戦術はどのような相手にも安定して応戦出来る。
本人もたった三人しか居ない男子と抽選で組むことになるとは思っていなかったようで、望外の環境にやる気を出して士気も充分。これならばボーデヴィッヒと組む相手が余程の者でない限り、五飛は対ボーデヴィッヒに専念出来るだろう。
その事を鈴に話したら、若干一夏を見る目と同じような目を向けられたが。
「そろそろ対戦表が決まる筈だよね」
学年別トーナメントの対戦表は公正を期して大会前日に発表される筈だったのだが、急なルール変更にシステムを対応させる時間が無かったのか当日の試合直前での発表となっていた。
噂をすれば何とやら、その直後モニターがトーナメント表へと切り替わった。三人ともそれまでの思考を一旦止めてそこに表示される名を食い入るように見つめた。
『え?』
「……俺の手でケリをつけたかったが、仕方あるまい。ここはお前達に譲ろう」
間の抜けた声を揃えて上げたのは一夏とデュノアだった。対して五飛は対戦表を見るなり、一夏に静かにそう告げた。
一年の部、Aブロック一回戦第一試合は、一夏・デュノア組対ボーデヴィッヒ・篠ノ之組であった。
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五飛は一夏とボーデヴィッヒの試合を更衣室隣の待合室でモニター越しに観戦することにした。
鈴とセシリアは元より不参加なので通常の観戦席にいるが、五飛は参加者なので試合場に直通できるこの場所の方が面倒が無くて良い。こちらの方が有事の際には素早く動ける。
先の無人機乱入事件の場合は、敵により遮蔽シールドが破壊されていたからこそ観戦席から直接試合場へ飛び込む事が出来たのだ。本来ならばアルトロンの武装でもそう易々と破壊出来る代物ではない。
試合開始と同時に瞬間加速を行い斬りかかった一夏だったが、当然の様にボーデヴィッヒのAICによって寸前の所で動きを止められていた。
だがあのAICを掻い潜って攻撃するのは不可能ではない。方法は二つ、敵の不意を狙うか、二人同時に別方向から攻撃する事。
開幕の瞬間を狙った一手、つまり前者の方法を狙ったのだろうが流石にボーデヴィッヒもそれくらいの敵戦略は読んできていた。
静止した一夏に零距離で大型カノンを発射しようとしたボーデヴィッヒだが、寸での所で一夏の頭上を飛び越えて現れたデュノアのアサルトライフルを受けて砲身をずらされ、大型カノンの弾丸は一夏の頬を掠めたに留まった。
即座に後退して間合いをとろうとするボーデヴィッヒと、そのまま畳み掛けるように攻撃を加えながら追撃するデュノア。
「ねえ張君、織斑君はボーデヴィッヒさんに勝てるかな?」
五飛のペアである鷹月静寐が、隣で観戦しながらそう呟いた。この頃はボーデヴィッヒの人当たりの悪さと一夏に対する態度は既に噂として広まっていた。
「一対一では難しいだろうな、今の一夏ではAICとの相性が悪すぎる。だがこの試合は二対二、やり様はある」
五飛がそう言った所で、モニターにはデュノアの追撃に割って入り、実体盾を展開しながら斬りかかる篠ノ之の姿が映っていた。
篠ノ之とぶつかり合う寸前の所で再び一夏と前衛と後衛を入れ替え、篠ノ之と切り結び始める一夏。
近接戦闘ならば、性能面だけでも白式が打鉄に打ち負ける道理は無い。速度を上げながら火花を散らす二人だったが、程なく篠ノ之の方がじりじりと押され始めた。
焦れた篠ノ之が大上段に太刀を振り上げた。だがそれこそ一夏の狙いだった。
完全に振り下ろされる前に懐に踏み込み、篠ノ之の斬撃を太刀筋半ばで左手をみねに添えた雪片弐型でがっきと受け止める。その刹那、一夏の両脇から銃身が伸びてきた。
背後に控えていたデュノアが重装散弾銃を二丁、篠ノ之に放った。この距離で不意をつかれた、しかも面制圧力に特化した武装。まず外れる事は無い。
だがその射撃は空を切った。ボーデヴィッヒがワイヤーブレードを篠ノ之の足に絡ませ、アリーナ脇に放り投げたのだった。
結果的に篠ノ之は助かったが、あれはボーデヴィッヒが助けたわけではない、明らかに邪魔だったから退かしたといった風にしか見えなかった。どうやらボーデヴィッヒの方も一夏を倒す事しか頭に無いようだ。
今度はボーデヴィッヒが一夏と、篠ノ之がデュノアと当たる構図となった。
ボーデヴィッヒ一人で鈴とセシリアを圧倒した事からそのISであるシュヴァルツァ・レーゲンも一対多を主眼に置いた設計だと思われたが、第三世代兵器であるAICの特性を見る限りでは完全に一対一の戦闘に主眼を置いた機体だ。
一対二の状況で圧勝出来たのは偏にボーデヴィッヒの技量の高さと、鈴とセシリアの連携の不得手による所が大きい。
その証拠にあのワイヤーブレードは六刃が装備されているが、一つ二つが襲ってきたところで熟練者ならば簡単にいなすことが出来るだろう。六刃全てを一体の敵に向かわせる事でその真価を発揮する武装である。
この勝負の鍵は、如何に迅速に篠ノ之を脱落させて一対二の状況を作り出せるかに掛かっているといっても過言ではない。
しかもボーデヴィッヒの方はそのことを分かっているのかいないのか、先の篠ノ之の扱い様からして最初から篠ノ之を頭数に入れていない。勝算は十二分にあった。
ただ問題なのは、二対一の状況を作り出すまでの部分。
篠ノ之と相対しているデュノアは武装と技術の差もあって、デュノアがかなり押している。だが一夏の方は、ボーデヴィッヒ相手に一人ではそう長く持ちそうにない。
一夏もそれを分かっているようで、先程とは打って変わって決して自分から仕掛けようとせずに、ボーデヴィッヒのプラズマ手刀とワイヤーブレードを刀と脚を使い必死に凌いでおり、ボーデヴィッヒの眼をデュノアに向けないよう立ち回っている。
たとえデュノアが篠ノ之を落とした所で、同時に一夏も落ちてしまえば計画は水泡に帰してしまう。
ふとボーデヴィッヒがプラズマ刃を解除した。とすれば、あの手が来る。
ボーデヴィッヒがその両掌を突き出した瞬間、一夏の動きが凍ったように止まった。やはりAICの網の目を回避するのは容易いことでは無かった。
六つのワイヤーブレードを一斉に射出させ、痛恨の叫びを上げる一夏のほぼ三分の一の装甲を削り取った。あれではエネルギーシールドも相当量減らされてしまっただろう。
さらにボーデヴィッヒは一夏の右腕を二本のワイヤーで拘束、捻りを加えながら地面へと叩きつける。
衝撃を殺し切れず、動きが止まった一夏に大型カノンの照準を合わせるボーデヴィッヒ。最早ここまでか、誰もがそう思った。
「ああ! やられちゃう!?」
「いや、どうやら間に合ったようだ」
慌てる静寐に対して、冷静に答える五飛。
一夏とボーデヴィッヒの射線上に飛び込んだデュノアが、盾を使い重金属音を響かせながら砲弾を弾いた。そしてすぐさまワイヤーを切断し、一夏の手を引いてその場から離脱する。
視点が切り替わったモニターには、刀を杖代わりに膝をついた悔しそうな表情の篠ノ之が映し出された。どうやら間に合ったようだ。
これで状況は完全に二対一、先ず段取りの一つは成った。彼らにとって本番はこれからである。
「鷹月も良く見ておくといい、連携行動ならば俺よりもデュノアの方が上かも知れん」
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そこからは打って変わって、それまでとは真逆の試合展開となった。
一夏とデュノアの連携の前に、一方的に押され続けているボーデヴィッヒ。一夏の方に集中すればデュノアからの射撃を受け、デュノアに専心しようとすれば一夏が零落白夜で襲い掛かる。
射撃でボーデヴィッヒを牽制しながらも一夏への援護を忘れない、連携の根幹を成しているデュノアを先に落とすべきではあるが、一撃必殺の零落白夜からも目を離すことは出来ない。
己の力を過信した事と、一夏憎しの念に囚われすぎたが故に生み出してしまった必然の状況だった。ボーデヴィッヒも篠ノ之の援護に少しでも回っていればこうはならなかっただろう。
そして遂に決着の時が近づいてきた。
一夏の動きを止める為にAICを使用した次の瞬間、背後から接近していたデュノアに零距離で散弾銃の連撃を浴び大型カノンを爆散させたのだ。
AICが解かれ、雪片弐型を構えなおし零落白夜を展開させる一夏。あの距離からならばボーデヴィッヒも避けられない筈だ。
見る者誰もが必殺を確信した一撃、だったのだが。
一夏が振り下ろす直前、零落白夜のエネルギー刃が小さく萎んで行きそのまま消えてしまった。どうやら試合途中で受けたダメージが予想よりも大きかったようだ。
それを見たボーデヴィッヒは再び攻勢に移る。零落白夜が使えなくなったという事は、あと一撃でも決まってしまえば白式のシールドエネルギーは尽きてしまうだろう。
ボーデヴィッヒのプラズマ刃を死に物狂いで捌く一夏を援護しようとしたデュノアも、ワイヤーブレードの迎撃により態勢を崩された。
被弾したデュノアに気を取られた一夏の隙を逃さず、ついに一夏の身体に袈裟斬りが入ってしまった。
「は……ははっ! 私の勝ちだ!」
地に伏した一夏を前にして高らかに勝利宣言をするボーデヴィッヒ。だが、試合は当然終わってなどいない。この試合は最初から『二対二』なのだ。
「まだ終わってないよ」
瞬時加速を使い一瞬にしてボーデヴィッヒに肉薄するデュノア。
ボーデヴィッヒの表情には狼狽が見える。恐らくデュノアが瞬時加速を使えるとは思っていなかったのだろう、五飛もデュノアが瞬時加速を使う姿を見るのはこれが初めてである。
己の力を信じるのはまだいい、一人で戦おうとするのも構わない、この試合におけるボーデヴィッヒ最大の誤算は、あまりに敵戦力を過小評価し過ぎていた事。
だがその狼狽から一瞬で立ち直ったボーデヴィッヒは、一対一の状況では無類の強さを誇るAICを発動させようとする。
しかし次の瞬間、動きが止まったのはデュノアでは無かった。
『あっ!?』
「が……っ!?」
試合場に居る三人と五飛を除く、試合を観戦していた殆どの人間が驚愕の声を上げると同時に、いきなりあらぬ方向からの『斬撃』を受けたボーデヴィッヒ。
思考と視線を同時に巡らせた。既に白式は動けない筈、一体誰がどうやって。そして、倒した筈の一夏と目があった。刀を大上段から振り下ろしたような姿勢のまま不敵な笑みを浮かべる一夏と、ボーデヴィッヒの足元に突き刺さっているのは雪片弐型。
その意味を理解した瞬間、ボーデヴィッヒと既にエネルギーが尽き試合場から退いていた篠ノ之は愕然とした表情を浮かべた。
雪片弐型を『投げた』のだ。
刀本来の使い方からあまりにも逸脱した邪法、武士の魂とも呼べる刀を死角から放り投げる。剣士である篠ノ之からすれば信じられないだろうが、武士の魂などという矜持は戦場では何の役にも立たない。
これ以上の不意を突いた攻撃は無いだろう、白式が動けない以上攻撃もされないと信じきっていたのならば尚更である。
周囲の驚愕とは裏腹に、五飛は笑みを浮かべていた。この手段を一夏に教えたのは五飛であるが、まさか本当に繰り出す機会が巡ってくるとは思ってもみなかった。
攻撃を決めるには運の要素が多分に含まれており、まず投擲コントロールが正しくなければ当たらないし、ボーデヴィッヒの攻撃を首の皮一枚の所で耐えた事、そしてそれを確認もせず白式はもう動けないと拙速に陥り背を向けたボーデヴィッヒ。これらの要素が一つでも欠けていれば成功はしなかっただろう。
だがそれだけの隙を作り出すだけで、デュノアにとっては充分だった。
デュノアは既に隠し玉である六九口径パイルバンカーを展開させている。第二世代武装の中にあって、唯一第三世代機を墜とせるであろう破壊力を持った武装である。
ボーデヴィッヒがデュノアに向き直り、その意図に気付いた時には既に時遅し。ボーデヴィッヒの腹部にパイルバンカーの一撃が叩き込まれた。
絶対防御が発動し、そのエネルギー残量をごっそり奪われ衝撃も相殺しきれずボーデヴィッヒが苦悶の表情を浮かべる。
駄目押しと言わんばかりに二発、三発、四発とパイルを打ち込むデュノア。彼が装備している六九口径パイルバンカー『灰色の鱗殻』は回転式弾倉による高速炸薬装填を可能としている。
ボーデヴィッヒは身体を大きく傾かせ、そのISにも紫電が走り始めている。IS強制解除の兆候だ。
しかしISが解除されると思われた瞬間、異変が起こった。
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突然ボーデヴィッヒが身を裂かれんばかりの絶叫を上げた。
シュヴァルツァ・レーゲンから四方に電撃が放たれ、密着していたデュノアを吹き飛ばす。
そして誰もが目を疑うような変化がシュヴァルツァ・レーゲンに起こっていた。そのISが、変形していた。
むしろ変形などと言う生易しい言葉では適切に表現し切れない。その装甲を形取っていた直線が粘土の様に溶け始め、黒く濁った物体がボーデヴィッヒを包み込み、いや、飲み込んでいった。
「ね……ねえ、張君……あれって一体何な……張君?」
そのあまりの現実離れした光景に恐怖した静寐は、その不安から隣にいるであろう五飛に縋ろうとした。
だが五飛は静寐の隣はおろか、待合室の何処にも見当たらなくなっていた。
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「何だよ、あれは……」
一夏は目の前の光景を見てそう呟いていた。
ISがその形状を変えるのは、初期操縦者適応と形態移行の二つの場合のみとされている。
換装装備による多少の部分変化はあっても、基礎の形状が変化することはまず無い。
だが今、衆人観衆の目の前で、本来有り得ない筈の事が起こっている。
シュヴァルツァ・レーゲンだったものは、ボーデヴィッヒを包み込むとその表面を流動させながら心臓の様に脈動を繰り返し、ゆっくりと地面へ降りて行く。
それが地に足を付けると、高速で全身の成形を始めた。完成した姿は黒い全身装甲のISに似た何か。だがその姿は先の無人機とは違う、確かな人間の少女を模したシルエットであった。
問題は、その手に持つ得物にあった。その場に居た一夏だけが気付いた事だが、それは嘗て姉である織斑千冬がかつて振るった武器、『雪片』に酷似していた。
それを見た瞬間、一夏は構えた。殆ど無意識の内だった。
だが刹那、その黒いISが一夏の懐に飛び込んだ。刀を中腰に構え、居合に見立てて放たれる一閃。それを受けて一夏は確信した。
武器だけではない、その太刀筋すらも姉のものを模倣していると。
白式の雪片弐型はたやすく弾き飛ばされ、居合の要領で振り抜いた刀が流れるように上段の構えへと移った。
縦一文字に斬撃が襲い掛かる。刀で受ける事は既に不可能、一夏は咄嗟にその身を退いた。
既にシールドエネルギーが底を付いていた白式には、搭乗者を守る機能は働いていない。なんとか敵の刃先を掠めただけにとどまった左上腕からは、血が流れ出ていた。
だがこれは姉の太刀筋を心得ていた事と、一夏の動体視力が可能とした回避だった。一夏以外の者であったなら、その身体は頭頂から右と左に両断されていただろう。
先の動きが最後の力だったかのように光の粒子となって消える白式。最早この場で戦う術は一夏に残されていない。
「それが……それがどうしたぁ!!」
しかし一夏はそれ以上退かないどころか、怒りを露わに拳を握りしめ黒いISへ立ち向かって行く。余りにも無謀な行為であった。
「うおおおおっ!」
一夏の拳が黒いISに触れる寸前、一夏の身体ががくんと逆方向へ引っ張られる。デュノアに敗れて試合から下がっていた、打鉄を解除した篠ノ之である。
「馬鹿者! 何をしている、死ぬ気か!?」
「離せ! あいつ巫山戯やがって! ぶっ飛ばしてやる!」
それでも止まらぬ一夏をなんとか後ろから取り押さえようとする篠ノ之。今の一夏は怒りのあまりに思考が止まってしまっている状態だった。
その目も、あの黒いISを捉えている様に見えて、焦点が合っていない。我どころか怒り以外の全てを忘れてしまったような凄まじい怒り様である。
「どけよ箒! 邪魔をするならお前も――」
「っ! いい加減に……!」
最早聞く耳を持たない、ならば無理にでも我に返させようと一夏の頬を張ろうとした篠ノ之がその手を振り上げたその瞬間、二人の横合いから飛び込んできた影が一夏を殴り飛ばした。
今にも敵に飛び掛からんとしていた体勢も相まって盛大に横向きに転んだ一夏だったが、その目には常と変らない光が戻っていた。
「……少しは落ち着いたか?」
「……ああ、悪い五飛。助かった」
一夏を殴り飛ばしたのは、待合室から飛び出して来た張五飛その人だった。