「一体何だというのだ! 分かるように説明してくれ!」
呼吸を整えた一夏にそう尋ねる篠ノ之。あの黒いISの何が一夏をああまで激昂させたのか、五飛も聞きたい所ではあった。
黒いISは先程からアリーナ中央に佇み微動だにしようとしない。恐らく一定の間合いから来る武装や攻撃に反応して起動する仕組みなのだろう。
幸い素手であった一夏の拳は、攻撃と判断されなかったらしい。
「ああ……ラウラ、というよりもあの黒いIS、あれは千冬姉を模しているんだ。その武器も、太刀筋も、あれは千冬姉のものだ、千冬姉だけのものなんだ、それを……くそっ!」
「お前は……いつも千冬さん千冬さんだな」
一夏の回答と幼馴染である篠ノ之のいつもという言から、一夏は昔から姉を誇りに思っていたのだろう。
その姉をあんな得体の知れない物体に模倣された事で激昂、という事だった。五飛にとっては篠ノ之の呆れ具合も分からなくもないが、一夏の怒りも分からない話ではなかった。
そして一夏のその証言から、五飛はあの黒いISの正体にあたりを付けた。
第一回モンド・グロッソ格闘部門優勝、及び総合優勝者である織斑千冬を模した動き、一年間ドイツ軍でIS部隊の教官を務めた過去、そしてそのドイツから来たラウラ=ボーデヴィッヒのISが変貌。
これだけそろった事実から導き出される答えは一つしかない。
「VTシステムか……ナメた真似をしてくれる」
「ヴァルキリー、トレース……?」
「VTシステムだと!? しかしあれは……!」
初耳の単語を耳にしてその意味を察せない一夏と、知識として知っているような反応を見せる篠ノ之。五飛も実物を目の当たりにしたのは初めてであった。
ヴァルキリートレースシステム。過去のモンド・グロッソ部門優勝者の動きをトレースするプログラム。
だがそのIS操縦者の肉体限界を無視した稼働と精神汚染の危険性の高さから、IS条約によりあらゆる組織、国家、企業において研究、開発、使用が禁じられている代物である。
しかもシステム発動時のボーデヴィッヒのあの反応からして、恐らくボーデヴィッヒ自身にも知らされずに搭載されていたのだろう。
自国の兵士を完全に道具としてしか扱っていない、この場に存在しないドイツ軍上層部への怒りを隠しきれずその表情を一層厳しくさせる五飛。
結局のところ、ボーデヴィッヒもそういった外道の被害者でしかなかったのだ。
五飛がそこまで説明した所で、一夏が改めて意を決した。
「だったら尚更だな。あんなIS、ラウラの本心じゃないってんなら叩き斬ってやらないと気が済まねえ」
「理由は分かったが、今のお前に何が出来る。白式のエネルギーも残っていない状況でどう戦う気だ」
「ぐっ……」
篠ノ之の言も尤もである。しかもあの黒いISも元々が強制解除直前のシュヴァルツァ・レーゲン、あそこに一撃を入れる必要はあろうが、さほどエネルギーも残ってはいないだろう。
『非常事態発令! トーナメントの全試合を中止! 状況をレベルDと認定、鎮圧の為直ちに教師部隊を送り込む! 来賓、生徒は直ぐに避難する事! 繰り返す……』
それに先程からクラス対抗戦時と同じように、千冬がマイクを通じてアリーナ全域に避難勧告を出している。
「篠ノ之の言う通り、一夏がやらずとも状況はすぐに収拾されるだろう」
「だから、無理に危険な場所へ飛び込む必要は無い、か?」
「そうだ、見ろ」
そう答える篠ノ之の視線の先には既に黒いISの周囲を、ラファール・リヴァイヴを纏った教師部隊が囲いつつあった。
「違うんだ箒、あれはラウラ自身が生み出した、歪んだ千冬姉なんだ。ラウラはその虚像に囚われてるだけなんだ。千冬姉が出来ないっていうなら、その弟である俺があれを止めずに、誰が止めるって言うんだよ。いや、俺がする必要が有るとか無いとかそんな状況は関係ない。俺は俺の意思でラウラを、あのISを止めたい、止めなきゃならない。そう思えるから……!」
結局は五飛が根敗けした形となった。
それに目の前にいる一夏は、最早二か月余前の状況に流されてこの場に居るだけに過ぎない男ではなかった。
正しい者は強くなければならない、だが心の無い強さは只の暴力でしかない。能力は未だ成長段階ではあるが、織斑一夏と言う男は確かな心の強さを得始めている。その事を実感出来る発言であった。
「それがお前の正義か……いいだろう、好きにするといい」
「悪いな五飛、今の俺にはそれが一番の応援だ」
「なっ!? 張まで何を……ええい馬鹿者どもが! ならばどうすると言うのだ! どのみち白式はエネルギーが……」
「無いなら他から持ってこれればいい、でしょ?」
先程の電撃から持ち直したのか、デュノアがふわりと一団の元へやってきた。
「普通のISなら無理だけど、僕のリヴァイヴならコア・バイパスでエネルギーを移せると思うよ」
「あれだけ戦闘をしていたデュノアの分だけでは足りまい、ナタクのも幾らか使え」
「本当か!? だったら頼む! 早速やってくれ!」
アルトロンは本来、『単機で敵拠点への強襲及び離脱を可能とする機体』をコンセプトに作られた機体である。その為装甲、火力、機動力はかなりの性能を有しているが、継戦能力は平均的なISより僅かに下回っている。
だがその分補給を迅速に行えるようにする一環として、他機体とのエネルギーを相互に交換できるシステムが搭載されていた。
汎用性に特化したデュノアのR・リヴァイヴカスタムも、同じような思想を持っているのだろう。
展開状態のR・リヴァイヴカスタムとアルトロンから伸ばしたケーブルを、待機状態にある白式へと接続する。
しかしただでさえ燃費の悪い白式、R・リヴァイヴの残りエネルギー全てと、アルトロンの半分ほどのエネルギーを渡しても両腕と武器の展開が精一杯だった。
アルトロンのエネルギーを残したのは、万が一の時の為に備えるという一夏の提案である。
「けど約束して、絶対に負けないって」
「ここまで啖呵を切ったんだ、負けるつもりは一切無い。けど五飛……もしもの時は、頼んだぜ」
「個人的な理由で俺はあのISが気に喰わん、だがボーデヴィッヒの事はお前の手できっちり決めろ」
そして意を決して両腕装甲と雪片弐型のみを展開させる。頭部、胴体には装甲もシールドも無い。 当たれば重傷、最悪命を落とすことも有り得る。だがそれこそが、真剣を用いた立ち合いの本来の構図である。
額に三寸でも斬り込まれれば死んでしまう。だが命のやり取りに臨む一夏に、迷いや怯えの色は見えない。一夏とて先の無人機戦を経て、戦いとはどういうものかを僅かながらも肌で感じていたのだろう。
「いっ、一夏!」
それまで事を傍観していた篠ノ之が弾かれたように口を開いた。常の様な気恥ずかしさは無い、その目は真っ直ぐ一夏を見つめている。
「死ぬな……絶対に死ぬな!」
「……サンキュー箒。信じてくれ、ただ信じて待っていてくれ。必ず勝ってみせる」
そう言いながら黒いISへと臨む一夏。デュノアと五飛の方をちらと見やると、デュノアは静かに一度頷き、五飛は真っ直ぐ一夏を見ている。
少し離れて黒いISを取り囲んでいる教師部隊も、誰も一夏を止めようとする者はいない。恐らく千冬が気を利かせたのだろう、この弟にしてこの姉ありである。
「シャルル、五飛、箒、そして白式……皆の力を貸して貰うぜ……! 零落白夜!」
そう言って発動した零落白夜は、常よりも二倍近い光刃を形成していた。だが一夏が目を閉じ神経を研ぎ澄ませると、それまで猛るエネルギーの奔流を形にしたような零落白夜の光が細く、鋭く集束していく。
やがてその集束が収まった時、光刃は研ぎ澄まされた日本刀のような形に落ち着いた。
そして黒いISと一夏、互いの間合いギリギリの所で向かい合った時、一夏が不可解な行動を取った。
なんと零落白夜の刀身を、ざくりと地面に突き立てたのだ。その姿は一夏の適度な脱力と相まって、さながら盲人が杖を突いているかの如き佇まいだった。
あまりに不可解な構えを見たデュノアは困惑しきりであるが、五飛は不思議と一夏の勝ちを確信した。
纏っている雰囲気が似ているのだ。放課後の訓練時、セシリアと立ち会っていた時の篠ノ之の、あの奇怪な構えと。篠ノ之の方も、一夏の構えを見るなり顔色を変えている。驚愕とも歓喜とも取れる表情だった。
双方とも先程からぴくりとも動いていない。僅か数秒しか経っていない筈の時間が、その空間では数分とも数時間とも感じられた。
先に動いたのは黒いISの方だった。一夏に傷を負わせたように、腰に溜めた構えから居合の要領で襲い掛かる黒い刃。
しかし黒いISが動いた時点で一夏の方は未だ動いていない。やられる、誰もが最悪の結末を予想した、まさにその瞬間。
零落白夜が地面から跳ね上がり、天を突いた。
黒いISの刃は一夏の首の皮に触れるか触れないかの所でぴたりと動きを止めている。敵の刃より遅れて抜いたにも関わらず、零落白夜は神速を以て敵の刃よりも早く振り抜かれた。
構えは違えど、篠ノ之は神速を生み出した一夏の剣を知っていた。篠ノ之家における剣の極意にこんな言葉がある。
もし奪わんと欲すれば、まずは与えるべし。もし弱めんと欲すれば、まずは強めるべし。もし縮めんと欲すれば、まずは伸ばすべし。而して、もし開かんと欲すれば、まずは蓋をすべし。
たわんだ弓が矢を放つように、力を溜めて解き放てば、それは神速を生む。篠ノ之のあの構えは、振り抜かんとする刀を左腕で「蓋」をし、溜めた力を一気に開放する予備動作だったのだ。
光刃ゆえ手では触れられない零落白夜だが、一夏はそれを地面を左腕に見立ててやってのけた。
「出来ている」
篠ノ之が自然とそう呟いた数瞬後、黒いISの正中線が下から上へとゆっくり裂けていき、朦朧状態のボーデヴィッヒが崩れ落ちてきた。
一夏は、眼帯が外れ露わになったボーデヴィッヒの金色の左目と目があった。それはまるで捨てらた子犬のような、助けを求める眼差しに見えていた。
「……まあ、ぶっ飛ばすのは勘弁しといてやるか」
ボーデヴィッヒを倒すつもりで臨んだトーナメントが、紆余曲折を経てボーデヴィッヒを助ける事になってしまうとは。
力を失ったボーデヴィッヒを抱えながら呟く一夏。それが本人に届いているかどうかは、誰にも分からなかった。
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五飛は保健室に向かっていた。
学年別トーナメントは既に中止となり、ボーデヴィッヒは保健室へと運ばれている。
ドイツがVTシステムを秘密裏に開発、搭載していた事実は、これ以上ない環境の下白日に晒された。各国からのバッシングは言うに及ばず、すぐにIS委員会からの強制捜査も入るだろう。
最悪、ISコア保有数を削減される可能性もあるが、結局は身から出た錆である。むしろそうなっても当然の事をしでかしたのだ。
それよりも五飛が気になったのは、ボーデヴィッヒの腹積もりについてだった。
今回の件で心を入れ替えていればそれで良し、もし以前と変わらぬようならば今度こそ完膚なきまでに叩き潰すつもりでいた。試合展開自体は完全にボーデヴィッヒの負けであったし、ドイツ軍に千冬に対するコンプレックスを利用されていた事にも気が付いただろう。
それでも変わらないというのならば、如何に年若いといっても腐った物は腐った物。早急に取り除かなければ周囲に伝播してしまう。
そして目的の保健室まで来て、入り口の扉に手を掛けた時、中から会話が聞こえてきた。ボーデヴィッヒと千冬の声である。
『ラウラ=ボーデヴィッヒ!』
『はっ、はいっ!?』
『……お前は、誰だ?』
『わ、私は……私……は……』
その言葉の続きが聞こえてこなかった事で、五飛は扉に掛けた手を一旦止めた。ボーデヴィッヒの声色に、不安と戸惑いを感じての事だった。
『誰でもないのなら丁度良い、お前はこれからラウラ=ボーデヴィッヒになるがいい。何、時間は山の様にある。何せ三年間はこの学園に在籍しなければいけないからな。その後も、まあ死ぬまで時間はある。たっぷり悩めよ、小娘』
『あ……』
判り辛くはあったが、確かに励ましの言葉である。
まさか千冬の口から他人を気遣う言葉が出てくるとは、常の千冬を見ていれば誰も思ってもいないことだろう。
『それから、お前は私にはなれないぞ。アイツの姉はこうみえて心労が絶えないのさ』
千冬の言うアイツとは、一夏の事以外有り得ないだろう。
詰まる所、ボーデヴィッヒは千冬の様に成りたかった、子供が架空の英雄に憧れるようなものと同じ、それだけの事だった。
ただ、自分の中で形作っていた理想の千冬像が、あまりにボーデヴィッヒの理想が美化され過ぎて現実とかけ離れた歪な虚像となってしまっていた。
そして千冬の過去に汚点を残し、千冬に戦士でなく一人の姉の顔をさせる要因である一夏を排除する事で、己の理想する千冬と現実の千冬のギャップを埋めようとした。つまりは理想を押しつけていたに過ぎなかったのだ。
『さて、私からは以上だが……そこの男子、盗み聞きか? 異常性癖は感心しないぞ』
『えっ?』
そこまで五飛が思案した所で、室内の千冬から声が掛けられた。五飛とて一応は気配を殺していたのだが、やはり戦乙女の名を冠する者は伊達では無かったようだ。
ボーデヴィッヒは気付いていなかったのか、以前までの態度からは想像出来ないような頓狂な声を上げた。
「……失礼しました、悪気は無いつもりです」
「張か……まあいいだろう、事情はある程度察している。だが生徒同士の蟠りは生徒同士で解決しろ。どうしてもという時は手を貸すがな、それも教師の務めだ」
五飛と入れ替わるように保健室から出てゆく千冬。どうやらボーデヴィッヒの元教官から、教職の仕事へと戻るようだ。
残された五飛とベットに横たわるボーデヴィッヒの間に気不味い沈黙が流れる。尤もボーデヴィッヒが一方的に気不味いと思っているだけなのだが。
道に惑っていたとはいえ、五飛にも彼の友人にも散々酷い事をしてきたのだ、断罪されても仕方がないと言う思いはある。
「……済まなかったな、お前の気持ちは分からんでもない。どのような仕打ちも受けよう」
口では気丈な物言いを見せるボーデヴィッヒだが、五飛は彼女の今の姿を見た途端そのような気は綺麗さっぱり失せていた。
今のボーデヴィッヒは、まるで今まで関わってきた者全てに怯え震えている子兎のようなものだった。己の過去の行いに怯えるという事は、少なくとも己を省みる事が出来ているという証拠である。
この上ボーデヴィッヒを断罪しようものなら、どちらが悪なのか分からなくなってしまう。
変わっていればとは思っていたが、まさかここまでの変貌を見せるとは思いも寄らなかった。セシリアも一夏と関わった事で随分と変わった事を考えれば、これも一夏の才能なのだろうか。
五飛自身は少々不完全燃焼な所はあったが、こういう状況ならば最早自分が出る幕は無い。深い溜め息をつき、ボーデヴィッヒに敵意が無い事を告げた。
「安心しろ、今のお前を見れば以前とは違う事はよく分かる。俺が言える事は只一つだ」
「……何だ?」
「後で鈴とセシリアに詫びの一言でも言っておけ、それだけだ」
それだけ告げると、きょとんとした顔のボーデヴィッヒを尻目に用は済んだと言わんばかりに踵を返し退出して行く。
生きている以上、道に惑う事は誰にでもある。五飛とて覚えのある事だ。これから彼女がどのような道を進むのか、それは分からない。
だが少なくとも過去と同じ間違いをすることはあるまい、そう思えるものがあった。
「……済まんなナタク、どうやら俺の見込み違いだったようだ」
そう一人ごちながら、保健室を後にした。
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トーナメントは中止となったが、今後の指標の為全ての一回戦は日時を変えて実施される事となった。
だがトーナメントが中止になった事で、例の『優勝者は織斑一夏と付き合える』という噂も無効となった事に落胆している女生徒が少なからず見受けられた。
勿論噂の内容を知らなかった一夏は、そんな女子の一団を見てもどこ吹く風であったが。
更には、一夏は篠ノ之と付き合うという約束を、やはり買い物に付き合う程度のものと勘違いしていた事が発覚し篠ノ之から盛大な制裁を喰らってうずくまっている。
「一夏って、わざとやってるんじゃないかって思う時があるよね」
「あの一連の行動がわざとであれば、奴は相当悪辣な人間になってしまうな」
「ぐぐぐ……どういう、意味だ……?」
しかしこの時重要だったのは、その後真耶から告げられた「今日から男子の大浴場使用が解禁された」という報告であった。
浴場の鍵は真耶が持っているので、三人が来るまで入り口で待機しているとの事だった。
以前風呂が使えると聞いた時はあれだけはしゃいでいた一夏が、それを聞いた瞬間デュノアと顔を合わせつつしどろもどろしている。
「どうした一夏、楽しみにしていたのだろう。嬉しくないのか」
「い、いや! そんな事は無い嬉しいぞ! 嬉しいんだが……」
「……ちょっと、ね?」
この二人、何かを隠している。恐らくは、デュノアに関する何かを。と言っても、五飛には殆ど予想がついていたのだが。
「……俺は別段風呂に入りたいとは思わん、自室で済ませる。山田先生には適当に言い訳しておいてくれ」
「あっおい五飛!? ちょっと待ってくれー!」
今日はこれ以上トラブルに遭いたくない五飛は、言い訳を一夏に任せて自室に戻る事にした。
一夏が知っていて尚誰にも漏らさないという事は、デュノアが何を隠しているにせよ、少なからず酌量の余地があるということだろう。一夏はそういう人間である。
己の任務の支障にならなければ、こちらから無理に聞き出そうとする必要は無い。
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翌日、朝のSHRにデュノアの姿は無かった。
『先に行ってて』と食堂で別れたのだが、何かあったのだろうか。同室の一夏も知らないようだった。
ボーデヴィッヒの姿が無いのは昨日の負傷があっての事だろう。それに意識がはっきりしているのならば事情聴取等も行われている筈である。
「み、みなさん、おはようございます……」
そんな事を考えていると、明らかにテンションが下がっているというか、妙に疲れているような真耶がふらふらと教室に入ってきた。
「今日は、ですね……皆さんに転校生を紹介します。転校生と言いますか、既に紹介は済んでいると言いますか……はあ」
どうも要領を得ない物言いだった。不明瞭な説明ではあったが、転校生が来るという事だけはわかったのでクラスがにわかに騒がしくなる。
今月に入って三人目である、幾らなんでも集中しすぎだ。だがその転校生が入ってきた事で、その謎が一気に解けた。
「シャルロット=デュノアです。皆さん、改めて宜しくお願いしますね」
「ええと、デュノア君はデュノアさんでした、という事です。はあぁ……また寮の部屋割りを組み立てなおす作業が……」
スカート姿のデュノアが一礼すると、クラスの全員も状況が飲み込めずぽかんとしたまま礼を返す。
そんな中、五飛は一人ほくそ笑んでいた。やはり己の眼は間違っていなかった、漸くそれが証明されたのだ。
「おかしいと思った! 美少年じゃなくて美少女だったわけね!」
「って、織斑君同室だから知らなかったって事は……」
「ちょっと待って! 昨日って確か男子が大浴場使ったわよね!?」
教室が一斉に喧騒に包まれ、それはあっという間に溢れ返る。そんな中一人落ち着いていた五飛は、一夏とデュノアが急速に仲を深めた理由はそれだったのかと一人得心していた。
二人だけの秘密の共有というのは、一種の共犯意識でも働くのか不思議と距離が縮まるものなのだ。
自分は蚊帳の外であると思ってそんな事を冷静に考えていた五飛だったが、そこに一石が投じられた。
「そもそも転校初日から更衣室とか男子三人で使っていたよね、張君……?」
学年別トーナメントの五飛のパートナーにしてクラス一のしっかり者、鷹月静寐の発言であった。
何もそんな所までしっかりしている必要は無かった。そう叫びたい五飛であったが、その発言が切っ掛けでクラスの女子の目が一斉に一夏と五飛に集中する。
「一夏さん! 一体これはどういう……」
「五飛ぃ!!」
セシリアが席を立ち一夏を問い詰めようとした瞬間、何者かが教室入口の扉を文字通り蹴り破って乱入してきた。甲龍を身に纏った鈴である。
学園敷地内において許可の無い場所でのIS展開は規則違反なのだが、そんなものは知った事ではないと言わんばかりのその顔には怒りの色が濃く滲んでいた。
もしや今の会話を聞いての行動だろうか。隣の教室に聞こえるような声量では無い筈だが、ハイパーセンサーでも起動させていたのか。
「鈴! お前自分が何をしているかわかっているのか!?」
「煩い! たまには複雑な乙女心を思い知りなさい!」
「わああっちょっと二人とも! 俺! 俺居るから!?」
五飛も緊急事態にアルトロンを展開しようとするが、鈴と五飛の射線上には座席配置からして当然一夏が巻き込まれる形となる。
そんな一夏の叫びを無視して鈴は龍咆を発射しようとする。が、その瞬間一夏の前に割って入った存在が居た。ラウラ=ボーデヴィッヒである。
「ラウラ!? お前のISもう直ったのか?」
「コアは辛うじて無事だったからな、予備パーツで組み上げた」
「へえ、そうなん……むぐっ!?」
一夏の言葉が、遮られた。
ぐいと胸倉を掴まれ、ボーデヴィッヒが自らの方に引き寄せ、あろうことか唇を奪って遮ったのだ。
これにはクラス全員はおろか鈴も、あの五飛ですらも言葉を失った。接吻をされた一夏自身も口をあんぐりと開けている。
「お、お前は私の嫁にする! 決定事項だ! 異論は認めん!」
「……嫁? 婿じゃなくて?」
「日本では気にいった相手を『嫁にする』と言うのが一般的な習わしだと聞いた。故に、お前を私の嫁にする」
そんな習わしは日本人どころか五飛も聞いた事が無かった。ただ、クラスの女子数人は何故か悟り顔だったような気もするが。
しかしこんな所までセシリアと一緒だとは予想がつかなかった。あれだけ敵意を剥き出しにしていたボーデヴィッヒまで一夏に陥落させられてしまうとは。
だが会話の最中、一夏の鼻先をレーザーが掠めた。発射したのは、セシリアである。
「一夏さん? わたくし、実はどうしてもお話ししなくてはならないことが出来まして。ええ、突然ですが急を要しますの。おほほほほ……」
言葉使いとは裏腹に、セシリアの額には血管が幾本も浮き出ている。手に握られているのはスターライトmk-Ⅲ、背中には今まさにISが光の粒子から形成されているところだった。
一夏は窓へと向かった。ここから教室出入り口までは距離があり、鈴という障害が居る。ならば此方もISを展開して窓から逃げる事が出来れば。
だがそれも叶わなかった。一夏の目の前に、いきなり日本刀が突き立てられたのだ。教室に真剣を持ち込むような人間はこのクラスには、否、学園内においても一人しかいない。
「……やってくれた喃、一夏」
篠ノ之箒は、突き立てた日本刀をあの異様な掴みで再び手に取り、敵味方関係なく間合いに入ったものはすべて斬る『魔神』へと変貌を遂げていた。
最早退路は断たれた、それを悟ってもなお一夏は低く身を屈めて宛てのない逃亡を始める。
そんな一夏が誰かとぶつかった。一夏が顔を上げた目の前には、天使のような笑顔、否、天使のような悪魔の笑顔を湛えたシャルル改めシャルロット=デュノア。
「一夏って他の女の子の前でキスしちゃうんだね。僕、びっくりしたな」
優しげな語気とは裏腹に、デュノアは既にISを展開し終えパイルバンカーに炸薬を装填している。
「は、はは、ははは……」
乾いた笑い声を上げる一夏。後方よりセシリアの狙撃、前方には憤怒の篠ノ之、そして横合いから襲い来るデュノア。
人はあまりの状況に直面すると酷く冷静になるか、思考が停止するかのどちらかと聞いた事がある。一夏の現状は恐らく後者のほうなのだろう。
「なんだお前たち、人の嫁に寄ってたかって。私が相手になってやろう、嫁を守るのも務めだからな」
ボーデヴィッヒのその言葉を皮切りに、四者が四様に得物を構える。
それは恋の鞘当てなどという可愛げのある様子ではない、一夏という餌を取り合う捕食者同士の争い。
既に蚊帳の外に追いやられた五飛と、それに並び女の争いを呆然と見つめる鈴。
「……何か言う事はあるか?」
「えーと……ごめんなさい」
「分かれば良い」
鈴も女同士の争いの醜さを目の当たりにして、己のしようとしていた所業が如何に無益なものかを悟ってくれたようだった。
「良いわけがあるかこの馬鹿共がぁっ!!」
結局その睨み合いは、千冬の怒号と落雷によって教室が揺れるまで続いた。
IS再始動計画?
ノーコメントで。