こ↑こ↓から数ry
五飛は一夏とデュノアから、何故デュノアが性別を偽っていたのか改めて理由を聞かされた。
シャルル=デュノア改めシャルロット=デュノアは、その名が示す通り量産機ISのシェアにおいて世界第3位を誇る企業、デュノア社の令嬢である。
IS学園内でも打鉄と並び訓練機として使用されているラファール・リヴァイヴのメーカーであり、その操作性と汎用性から七ヶ国でライセンス生産され、十二ヶ国で制式採用されている名機だ。
しかし現状は会社設立当初から技術、情報力不足に悩まされ、未だ生産できるISが第二世代止まりであることから経営危機に陥っているのだという。これは未だ世界的に知られていない情報であった。
そして経営危機の回避のための苦肉の策として、IS適性の高いシャルロットを男装させ広告塔及び第三世代以降のデータ収集のためにIS学園へ送り込んだのだそうだ。
あわよくば中国と日本で発生した特殊ケース、つまり一夏と五飛とに接触し、そのデータを盗む為に。
それを聞いた時五飛は、デュノアが打算を以て一夏に近づいたことよりも父親がそのような危ない橋を渡らせたのか理解出来なかった。いくら社が経営危機とはいえ、実の娘の筈である。
だがデュノアの身の生まれを聞いてその疑問は解けた。シャルロットは、父の愛人の娘だったのだ。
愛人の子、それを聞いただけでも凡その予想はつけられてしまった。もし事が発覚しても、知らぬ存ぜぬを押し通してシャルロットを切り捨てた所で痛む腹は無いということ。
汚いやり方だ、そう思った。そこまで簡単に親が子を切り捨てるなどあってはならない筈だ。
そこで一夏が機転を利かせた。IS学園は如何なる国家、組織、団体にも帰属しない。勿論それは在学中の生徒の立場にも当てはまる。
つまり此処に在学する三年間の間は、例えデュノア社であろうとフランス政府であろうと、シャルロットの同意がなければ彼女の身柄を如何こうする事は出来ない。
その間に今後の身の振り方や解決方法を探せばいい、一夏にバレた事で自身の今後を諦観していたシャルロットにそう勧めたそうだ。
やはり一夏が今まで隠していたのはそういう理由あっての事だった。シャルロットもその勧めに従い、男装の必要も無くなったので改めて女性としてこの学園に登録した、というのが今回の顛末である。
理由が理由であるし、一夏が純粋に義憤に駆られて動いた事は五飛もよく分かる。それにシャルロットも己の生き方を己で決める事を選んだのだ、この件で五飛から言う事は何もなかった。
ただシャルロットの様子を見るに、やはり一夏に女として陥落させられたのだろう事は想像に難くない。
一度手を合わせただけの筈のセシリアですらああなのだ、それを生活を共にしていたともなればこうもなろう。
加えて、実家の名で呼ばれるのは嫌なので今後はシャルロットと呼んでほしいとも言われた。
ちなみにシャルロットが女である事がバレた理由は、一夏がシャルロットのシャワーを覗いた事に端を発したそうだ。
一夏本人は事故であると必死に弁明していたが。
今回の顛末で唯一の難点を挙げるとすれば、IS委員会による強制捜査が入るであろうドイツの軍事施設が、学年別トーナメント中止の数時間後には『消失』していた点であろうか。
現地では死者は出ていないものの何者かの襲撃により施設、情報の一切が灰に帰したという報告が五飛の元に届いたのは、シャルロットの事情を明かされた数刻後であった。
----------------
ふと五飛が目を覚まし、その身を起こした。時刻は朝の五時になるかならないか、外は薄く日が差し始めている。
部屋の鍵が鳴った音に反応したのだ。内鍵は掛けてある筈、にもかかわらず侵入してくるという事は寮管理者の持つ合鍵かピッキングのどちらかである。
侵入者の正体は、下着のみを身に着けたラウラ=ボーデヴィッヒであった。身を屈めよろめくような、一見頼りなさげでありながら足音を完全に消した歩法のそれは、中国の遁甲兵術に似ていた。遁甲、すなわち中国における忍術に当たる。
五飛が起きているのを確認すると、口に人差し指を当てて五飛にも声を出さぬよう無言で伝えてくる。近くまで来た時、小声で目的を告げた。
「気にするな。嫁に会いに来ただけだ」
五飛は内心またかと溜め息をついた。非常識な来客の目当てはシャルロットが女である事が発覚し、改めて五飛と相部屋となった一夏だった。
あの日の騒ぎ以降、ボーデヴィッヒは常にこのような行動に出てきていた。食事の同席は当然の事、例え更衣中であろうと入浴中であろうと五飛がいようとお構いなしに一夏にくっついて回っている。
「……騒ぎは起こすなよ」
小声で返答した五飛に軽く頷くと、未だ夢の中に居る一夏の布団にごそごそと潜り込んでいくボーデヴィッヒ。
とは言うものの、一夏が目を覚ませば完全にパニックになる事は目に見えていた。目も覚めてしまったので、トラブルに巻き込まれないよう退避する意味も兼ねてロードワークに行くことにした。
もし何かがあっても、軍属であり確かな技術を持ったボーデヴィッヒが傍に居れば一夏の身は一応安全だろう。貞操的な意味では危険かもしれないが。
一夏は、『目が覚めたら下着姿の女性が同じ布団で寝ていた』という状況になる。
それでもなお自分に向けられる好意を自覚できないというのだから、もう五飛にはどうしようもない。
だがここまで来て漸く、その一夏の性格で得と言ってもいい部分を見つけた。女の園とも呼べるIS学園に身を置いていても、ハニートラップの類には絶対に引っかからないだろうという事である。
しかしそれは今の状況だからこそ得と言える事、他人の好意を無碍にし過ぎるのは矢張り良い事ではないのだが。
既に七月、日が昇れば朝とはいえ夏らしい日差しが照りつけ始めて来た。寮の裏の少し開けたスペースで真剣による鍛錬を行っていた篠ノ之と顔を合わせたりしたが、特に問題もなく走り込みを終えて自室に戻る。
時刻は七時を回ったところだろうか、一夏がまだ寝ているようならばそろそろ起こさねばならない。
「やめるんだラウラ! こんな事を続けていれば心が壊れて人間でなくなってしまう……!」
「何を言っているのだ、寝技くらいで大袈裟だな嫁は」
五飛の言も虚しく、やはり二人はベッドの上で騒いでいた。しかも五飛が朝見た時と違い、ボーデヴィッヒは下着もつけずに一糸纏わぬ身で一夏に逆十字固めをかけている。
何故朝から全裸で組技の練習をしているのだろうか。
ということは、ボーデヴィッヒは一夏の布団に潜り込んだ後下着を脱いでいた事になる。
ボーデヴィッヒの明け透け過ぎるアプローチに辟易しながらも、一応女性の裸をみだりに見るわけにもいかないので目を伏せつつシャワー室に入り着替えを始める事にする。
一夏に対する態度を除けば、ボーデヴィッヒも軍人である。学園生活では至って勤勉なので時間に遅れるような馬鹿な事はしないだろう。
「一夏、居るか? 折角なので朝食を共にしようかと思うのだが、入るぞ」
「げ」
「む?」
だがもう一つトラブルの種が舞い込んできた、この声は篠ノ之だ。
「一夏ぁっ! ななな何をしているかこのすくたれ者!!」
一夏と五飛が予想した通り、全裸のボーデヴィッヒと彼女に組みつかれている一夏の姿を見て激怒する篠ノ之。
しゅらん、と真剣を抜いた音がする。流石にこんな室内で真剣を振り回すのは不味い、五飛も咄嗟に止めに入ろうとする。
「な!? 待て、箒! これは違うぞ!?」
「篠ノ之! 相手は無手だぞ、堪えろ!」
「何が違うというのだ! ええい大人しく斬られろ、成敗してくれる! 張も止めるな!」
「人の嫁に手を出すとは不躾な」
不倫現場を妻に見られたような言い訳をする一夏、寮室内で真剣を振り回す篠ノ之、それを必死に抑えようとする五飛、そして一夏の隣で早速ISを展開しようとしているボーデヴィッヒ。
結局篠ノ之がその剛剣で一夏のベッドを一刀両断した所で、騒ぎを聞いて大慌てでやってきた寮長の真耶に涙ながらに止められていた。
当然駄目になった寝具の申請は篠ノ之にやらせた。
----------------
「さて、今日は通常授業の日だったな。IS学園の生徒とはいえお前たちも扱いは高校生だ、赤点など取ってくれるなよ」
時間は少し進み、朝のSHR。
授業自体は少ないが、IS学園では当然一般教科も履修する。中間試験は無いが学期末試験は存在するので、ここで赤点を取れば夏季休暇中も連日補修となる。
あまり成績の芳しくない生徒にとっては死活問題であろうが、既に一般の高校生程度の学習を終えている五飛にとってはそこまで苦ではない。
だが一夏をはじめ幾人かの生徒は鬼気迫る表情を見せていた。日々の生活の中の学習をしていればそれほど苦労するようなものではないと思うのだが、この差はなんなのだろう。
「それと、来週から始まる校外特別実習だが、全員忘れ物などするなよ。三日間だが学園を離れる事になる、自由時間では羽目を外しすぎないようにな」
来週には三日間の校外実習、いわゆる臨海学校が控えていた。『非限定空間におけるISの稼働試験』という題目はあるが、初日は現地に着けば後は自由時間、稼働試験自体は二日目からとなる。
十代の女子がはしゃぐには充分なイベントと言えた。どうも数日前から女子達のテンションが高いのはその所為だったのか。また本日真耶の姿が見えないのも、実習地の現地視察に行っているとの事だった。
「ではSHRを終わる。各人、今日もしっかりと勉学に励むように」
昼休みにはいつもの一団でどのような新型装備や換装装備が届くのか、どんな水着を用意するのかといった臨海学校の話題で早速盛り上がっていた。
「俺は水着持ってないけど、今から買うのも面倒くさいし別にいいかな」
何気なくそう呟いた一夏だったが、それを聞いた瞬間セシリアとシャルロットが目の色を変えて一夏に詰め寄った。
「あら一夏さん? 折角ですのに皆で楽しまないと損ですわよ?」
「そうだよ、やっぱり海に行くなら皆で泳いだ方が楽しいよ」
「お、おう……? 二人そこまでが言うならそうするか……」
セシリアとシャルロットの優しげで、しかしそれでいて有無を言わさぬプレッシャーに押される形でそう了承した一夏。この二人、そこまで海が好きなのだろうか。
だが二人の思惑は、五飛の予想とは趣がかなり異なっていた。
「(折角の水着を披露するチャンス! ここで一夏さんを悩殺せずしてどうしますか!)」
「(やっぱりもっと女の子らしい所をちゃんと見て貰わないと……ね)」
しかし不思議な事に、こういう時にセシリアやデュノアと並んで喰いついてくる篠ノ之がやけに静かだった。日頃や今日の朝の行いを見ているだけに妙に引っ掛かりを感じる。
件のボーデヴィッヒは先程から携帯電話で会話をしている。水着だとかアドバイス等の単語が聞こえてくるので、誰ぞ相談でもしているのだろうか。
「そう言えば五飛って泳げるの? まあ五飛がカナヅチってのも想像出来ないけど」
「水練は一通り積んだが、俺も水着など持っていないぞ」
「……へ?」
鈴の投げかけてきた疑問にそう答える五飛。
当然と言えば当然だ。五飛はIS学園に遊びに来たわけでは無い、任務で来ているのだ。水着はおろか外出用の私服も殆ど持ってきていない。
平時外出するとしても学園の制服で事足りるし、水着とて海に繰り出す場合は必要となるがあくまで自由時間、必ず海で泳がなければならない決まりは無い。
「……五飛、ちょっと週末付き合いなさい」
「何だ急に、一体何の」
「いいから!!」
「わっ、わかった……」
鈴の気迫に圧されて思わず首を縦に振ってしまった五飛。自分が水着を持っていない事の何がそんなに気に喰わないのだろうか。
「全く、女というものはやはりよく分からん……」
「五飛もやっとそこまで辿り着いたか、仲間が出来て嬉しいぜ」
理解が無さ過ぎるお前とは一緒にされたくない、間髪入れずに突っ込みたくなったが心中で叫ぶに抑えた。
----------------
臨海学校直前の日曜日、約束通りIS学園の隣駅で待ち合わせて合流したのだが。
「何をやっているんだあいつらは……」
「……さあ」
五飛と鈴の視線の先には、手を繋いで歩き出す一夏とシャルロット、そしてその後方を身を潜めつつ追跡していくセシリアとボーデヴィッヒの姿があった。
状況から察すれば、一夏と二人きりで外出するシャルロットに嫉妬しての行動なのだろうが、傍から見れば軍属であり然るべき訓練を受けているボーデヴィッヒは兎も角も、セシリアの方はそういった訓練までは受けていないのか尾行にもなっていないお粗末な追跡だった。
程なくシャルロットだけでなく一夏にも気付かれるだろう。
専用機持ちが三人も周囲を固めており、且つよく見れば街中にも日本政府のSPらしき人間が数人彼らの後を追跡しているのが見える。
こちらは流石に本職だけあって、同じような立場の五飛以外には悟られていないようだ。この場は彼らに任せても良いだろう。
「……ま、まあこっちはこっちで気にせず行きましょう!」
「行くと言っても何処へ何をしに行くのだ、今日連れ出したのはお前だぞ」
「勿論水着を買いによ、あたしと五飛の分をね。後はその他諸々って感じで。さあ行くわよ、ここら辺は一夏と弾とでよく遊びまわってたんだから案内は任せなさい!」
五飛の問いに答えるが早いが、五飛の腕を抱えて駆け出そうとする鈴。
「お、おいちょっと待て! 引っ張らずとも自分で歩ける!」
鈴が時折見せるこのテンションの高さは一体何なのだろう。ボーデヴィッヒに負けた時のしおらしさはどこ吹く風、気落ちしているよりはまだマシではあるがこう振り回されては身が持たない。
十代女子のバイタリティの根源は、入学して三月が過ぎた今も五飛にはまだ見えて来ていなかった。
駅前のショッピングモールを闊歩する鈴に連れられてやってきたのは、その二階の水着売り場だった。
交通網の中心でもあり、IS学園とモノレールで直通しているその駅には各種交通手段が揃い、駅舎を含み周囲の地下街全てと繋がっている巨大なショッピングモールが存在する。
IS学園に程近い立地から、あらゆる国のあらゆる人種が集う学園の生徒及びその関係者の為に、各国の飲食衣料に留まらず量販店、レジャー施設までも網羅しているそのショッピングモールは『ここに無いものは市内の何処にも無い』と言われるほどのものだった。
早速水着を見繕い始める鈴だったが、五飛とて女性用の水着売り場に立たされるのはそれだけでどうも据わりが悪い。そんなことは露知らず、鈴は目移りさせていた水着を一着に絞ったのか手に取って五飛に尋ねてきた。
「ね、ね、これなんてどう? 似合う?」
「……悪くないんじゃないか」
早く品物を定めてこの場から離れたい一心から簡潔に答えた五飛だったが、悪くないという言葉は本心であった。
鈴が手に取っていたのは、上半身部と下半身部が分かれたオレンジ色のツーピースタイプ。上はセパレートとスポーツの丁度中間辺りの動きやすさを重視したようなデザインに、下は所謂キュロットパンツと呼ばれる物だ。
こんな事を言ってしまうと鈴に失礼だが、官能的とは言い難い、何処か子供っぽいながらも活動的で活発な鈴のイメージにぴたりと当てはまる機能とデザインであったのは事実である。
しかしその部分は上手く伝わらなかったのか、投げ槍な態度に不満を覚えた鈴はさらに能動的になった。
「う~ん何か投げやりな返事ねえ……じゃあちょっと待ってなさい、試着して見せてあげるわ」
そう言って試着室の方へ向かう鈴に、こんな場所に一人置いていかれてはたまったものでは無いと後ろに続く五飛。
だがそれを見た鈴が何かを閃いたのか、急に悪戯を思いついた子供のような笑みを浮かべて五飛に向き直った。
「ん~? なになに? 五飛はあたしの水着姿がそんなに待ちきれないのかな~?」
「なっ……!? ばっ、馬鹿を言うな! あんな場所に一人で待たされる身にもだな……」
「あっははは、わかってるって。狼狽える五飛なんてこういう時でもないと見れないもんねー♪」
段々と五飛の扱い方を心得てきた鈴に、五飛は溜息を付くと同時に今後に若干の不安を覚えた。サリィといい鈴といい、五飛は普段人を寄せ付けない空気を醸し出している分、その空気を突破してきた人間には尽くペースを乱されてしまいがちである。
五飛がそんな事を考えつつ、鈴と共に試着室前まで辿り着いたその時。
「あ」
「いいっ!?」
「えっ?」
鈴を含めた三人ほどの声が上がった。
試着室の前で五飛達と鉢合わせたのは、一組の副担任である山田真耶とその後ろに居る担任の織斑千冬。だが千冬は更衣室の方をみて頭を抱えている。
その更衣室のドアが開いた瞬間に千冬達と鉢合わせたのだが、女性用の水着売り場の試着室から出てきたのは何故か一夏で、その後方にはシャルロットが水着を試着していた。
つまり、シャルロットは一夏の目の前で水着に着替えた事になる。
「何をしている馬鹿者が……」
五飛の心中を明確に表現した千冬。そして次の瞬間、軽いパニックに陥った真耶の上げた悲鳴が女性用水着売り場に木霊した。
----------------
「はあ、水着を買いにですか。でも試着室に二人で入るのは感心しませんよ、教育的にも駄目です」
「す、すみません……」
「というか大胆にも程があるわよシャルロット……」
ぺこりと頭を下げる一夏とシャルロット。何がどうなってシャルロットは一夏と背中合わせで試着などしようと思ったのか、鈴も流石に突っ込んでいる。加えて教育的以前の問題な気もするが当人二人が反省しているなら五飛は構わなかった。
聞けば教師二人も水着を買いに来たそうだが、未だにこちらを伺っている二人を含めて殆どいつもの面子が揃ってしまっている。
「ところで、そろそろ出てきてもいいんじゃないか?」
一夏が何処へ掛けるでもなく声を上げると、物陰から見えていた金髪と銀髪の頭頂部二つがビクッと揺れた。シャルロットも二人の方を見なくともその顔は苦笑いしている。
やはり二人ともとうに感づいていたようだ。
「た、タイミングを計っていたのですわ」
「私の尾行に気付くとは、流石私の嫁だ」
「何をこそこそしてるのかとずっと気になってたんだけど……」
「結局いつものメンバーか。邪魔をするのも何だしな、私はさっさと買い物を済ませて退散するとしよう」
溜め息混じりに千冬がそう漏らした。既に教師陣二人は水着を手に持っている。やはり教師、それもIS学園勤務ともなれば多忙であるが故の土壇場準備なのだろう。
しかしそこに待ったを掛けた人物がいた、千冬と共に来た筈の真耶である。
「あ、あー。私ちょっと買い忘れがあったので行ってきます。えーと、場所が分からないのでオルコットさんとボーデヴィッヒさん、ついて来てください。それにデュノアさんも」
一夏と千冬の顔を交互に見たと思ったら、何かを閃いたような顔をして生徒三人を引き連れていってしまった。成程そういうわけか、五飛にも同様に閃くものがあった。
「鈴、試着はもういいだろう。俺も自分のは決めてある、次へ行くぞ」
「そうね、五飛には悪いけどあたしの水着姿は行ってからのお楽しみという事で」
「まだ引っ張るのかそのネタを……!」
そんな馬鹿話をしながら歩みを進める二人だったが、鈴の方も真耶や五飛が言わんとしている事は理解出来ていたようだった。
偶には姉弟水入らずの時間を得ても良い。ましてや一夏がISに適性があると発覚してからの混乱、IS学園に入学してからの騒動の連続では碌に家族の会話も出来ていなかっただろう。
例え家族と言えど一個の人間としては別々の存在、何処かで繋がっていなければ縁が切れてしまう事は往々にして有り得る。
家族。一夏と千冬の並ぶ姿を見た五飛の胸に去来する物があった。
あの時、自分達は分かり合えたのだろうか。自分は彼女の強さを理解し認めた、だが彼女の心の底にあったものが見えたかと言えば自信はないし、彼女に此方の強さを理解して貰えた言葉は無く逝ってしまった。
彼女はその自負心から中国神話の武神を名乗ってはいたが、本当は只の女でいたかったのではないのだろうか。
ふと左手に感触を覚え、思考の海に沈んでいた五飛が現実に引き戻された。鈴がこちらの左手を掴んでいる。
「どうした、今度は何処へ連れて行く気だ」
「……ううん。なんとなく……駄目?」
上目遣いに五飛の顔を覗いてくる鈴。決して表だって出してはいないが、微かに不安と心配の色が見え隠れしている。
鈴は何処か人の心の機微に鋭い所がある。もしかしたら五飛の思考の中の何かを感じ取ったが故の行動なのかも知れない。
それに今の五飛の周囲には、各々の立場や度合いは違えど家族というものに対して何かを抱えている者が多かった。
鈴の両親は仲を違えてしまったし、シャルロットは早くに母を亡くし、実父からは全く愛情を抱かれていない。当の一夏とて、物心がつかぬ内に両親が蒸発という憂き目に遭っている。
「……好きにしろ」
そのような人間の一人である鈴の前で、様子から察せられてしまうほどに自分がそのような思考に陥った事を詫びる意味でも、今暫くは鈴の好きにさせようと思った。
誠に奇妙な論理であったが、五飛の心はそれでどうにか平衡を保とうとしたのだ。
その言葉にぱあっと表情を明るくし、再び勢いよく五飛を引っ張りまわす鈴。
少し柔らかい態度を取ればすぐこれだ、やはりどうしてもペースを乱される。
だが今の五飛にとっては、内心何処か悪くないと感じ入る物も確かに存在した。