思春期を殺しきれない少年少女達の翼   作:ブローデン

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第十九話 出撃ヒロインチーム

 

 作戦の失敗から既に三時間余りが経過していた。

 

 旅館の一室、並んでベッドに横たわる一夏と五飛。ISの操縦者絶対防御能力の一つに、致命領域対応というものが存在する。

 全エネルギーを操縦者の生命防御に回しているこの状態は、通常稼働以上にISと各神経が深く繋がった状態にあり、それ故にISがそのエネルギーを回復するまで操縦者もまた目を覚ます事は無い。

 

 だが一夏に至ってはその上に人工呼吸器までつけられ、未だ予断を許さない状況が続いていた。

 その傍らには篠ノ之が控えており、うなだれた姿勢のまま一時も離れようとはしない。リボンを焼失し腰まで垂れ伸ばした長い髪が、今の篠ノ之の心情を表しているかのようだった。

 

 千冬は一夏の手当てを指示すると、招集がかかるまで各自待機を命じ再び作戦室へと戻っていった。一言の叱責も無かったのがまた、余計に篠ノ之の心を惨めにさせた。

 

 

 

 事の起こりは、海上封鎖を掻い潜って封鎖区域に侵入していた密漁船を、一夏が銀の福音の流れ弾から守った事にあった。

 千載一遇の機会を捨て、敵を倒す事よりも犯罪者を守る方を優先した一夏に対し、篠ノ之は激昂した。

 

「馬鹿者! 犯罪者などを庇って、そんな奴らは――」

「箒っ!!」

 

 見捨てておけ。そう言おうとした時、篠ノ之ですら今まで見た事の無い一夏の怒りの形相と怒号に遮られた。

 だが次の瞬間、一夏の顔は酷く辛そうな、今にも泣きだしそうですらある表情に一変して、篠ノ之に告げた。

 

「箒、そんな、そんな悲しい事言うなよ。力を手にしたら弱い者の姿が見えなくなるなんて、どうしたんだよ。らしくない、全然箒らしくないぜ」

 

 

 

 福音から攻撃を受けた瞬間は記憶が曖昧である。一夏の言により、力を得て浮かれていた気持ちから一転、冷水を浴びせられたと同時にまた繰り返してしまったという後悔の念がどっと押し寄せていた。

 辛うじて思い出せるのは、自身の紅椿がエネルギー切れを起こし、一夏が敵の攻撃から庇ってくれた瞬間。

 

 福音の攻撃から一夏に庇われ、命令違反を犯してまで駆けつけた五飛により戦域から離脱することに成功した。

 手に入れた力で一夏に肩を並べ助けるつもりが逆に助けられ、また己の未熟さを危惧した五飛の言った通りになってしまった。

 

 命令を無視してまで駆けつけたという事は、五飛にとってこのような事態になる事はほぼ予想済みだったのだろう。五飛がそう察せられるほど、自身が傍から見て危うげであったにも関わらず、それに気付けなかった自分自身が情けなかった。

 

「(私は……どうして、いつも……!)」

 

 いつも、力を手に入れればそれに流されてしまう。湧き上がる衝動を抑えきれない。使いたくて使いたくて堪らなくなる。

 剣術を修めたのも、己の技を鍛える為では無く心を律する為であった。中学生時分に剣道の全国大会で優勝したのは、その延長に過ぎない。

 

 だがその結果も内心は誇らしいものでは無かった。大会で竹刀を振るっていた瞬間、そこには己を律する心構えなど無く力に酔っていただけであった。

 姉である束が失踪してからの執拗な監視と聴取が繰り返され、心身共に負担を受け続けてきたが為の憂さ晴らしでしか無かった。

 

 それに気づいた時も大概自己嫌悪に陥ったが、今回はその比ではない。自らの失態が、好いた男性と級友の命を危険に晒してしまったのだ。

 

 

 

 その時、ゆっくりと背後の襖が開かれた。

 

「篠ノ之さん……貴方も少し休んでください。根を詰めて貴方まで倒れてしまっては、皆心配しますよ?」

 

 篠ノ之の様子を心配した真耶であった。

 

「……此処に居たいんです」

「いけません、休みなさい。これは織斑先生からの要請でもあるんですよ。いいですね?」

 

 少しばかり語気を強めたが、叱るでは無く何処までも優しく笑顔で説得しようとする真耶。このような姿を見れば、普段の気弱な態度と違い確かに教師として生徒に対する威厳と優しさを備えた良い教師である事が分かる。

 

「……分かりました」

 

 力無く返事をし、退室しようとする篠ノ之。だが幽鬼の如き表情を浮かべたまま覚束無い足でふらふらと去っていく背を、これ以上掛ける言葉が見つからない真耶は困り果てた顔で見送るしか出来なかった。

 

 

 

「篠ノ之の様子はどうだ」

「休むように説得はしましたが、やはりあの様子では……」

「そうか……」

 

 作戦室に戻り座席に付き、目標の位置を再確認する。不思議な事に銀の福音の動きが一夏達の帰還直後から急に不鮮明になり、一定の空域に留まったまま動こうとしていない。

 衛星カメラで姿を確認しようにも、何か妨害電波を発する機能があるのかその付近だけはノイズしか映らなかった。

 

「こんな状況で、本部はまだ私たちに作戦の継続を?」

「解除命令が出ていない以上……作戦は継続だ」

「ですが、これからどのような手を打てば……」

 

 作戦は継続と言った千冬自身も、本部の意図が分からなかった。仮にも生徒が二人重傷を負った、本来ならばこれ以上IS学園に任務を任せるわけはないのだ。

 その事は本部にも伝えた筈。だがそれ以降本部は作戦について何も通達を寄越さない、それどころか定時連絡の現状確認すら来ていない。

 

 加えて、あれだけ騒がしく作戦に口を出してきていた束も作戦開始直後から姿を晦ましていた事が、千冬の中にずっと引っかかっていた。

 

 

----------------

 

 

 当然篠ノ之は自室に戻らなかった。

 制服姿のまま、髪も纏めずに振り乱しながら夕焼けの砂浜を全力疾走していた。じっとしていられる心境では無い。

 だが自分が力を振るえば、また溺れてしまうかも知れない。他人を巻き込んでしまうかも知れない。自分がこれ以上何かをするわけにはいかなかった。

 

 ふと足を止めれば、思い出されるのは一夏の事ばかり。思い出の中の一夏は常に笑っていた。その笑顔を、自分が消してしまった。自分が力を手に入れてしまったばかりに。

 自分の様な者が力を持っても過ちを繰り返す、一夏も五飛もそんな愚かな自分を庇って傷付いた。最早ISは二度と使うまい、そう心に思った矢先、背後から声を掛けられた。

 

 

「あーあ、やっと見つけた。こんな所で一人で黄昏て落ち込んでんじゃないわよ」

 

 凰鈴音だった。彼女とてIS学園以前からの付き合いである五飛が、自分の慢心が原因で傷付いている。それを考えれば、とても彼女の方を振り向けなかった。

 だが彼女の声色には篠ノ之に対する怒りや一夏、五飛への心配も見られない。

 

「あのさぁ……あたし達これから敵をぶちのめしに行くつもりだけど、あんたも来る? 勿論命令違反上等の行動なんだけど」

「わ、私……は、もうISは……使わない」

 

 力を正しく使えない自分が戦った所で、誰が一夏と五飛の二の舞になるか分からない。それを考えれば当然の事だった。

 だが途切れ途切れの篠ノ之の返答を聞いた鈴の言葉は、意外なほど冷たいものだった。

 

「まあそう言うと思ってたわ。でもその方がいいわね、だってあんた弱いもん」

「……何?」

「だってそうでしょ? 何であんたなんかを五飛が庇ったと思う? ……五飛の目にはあんたが『守るべき弱者』と映ったからよ」

「……そうだ、私は無力だ」

 

 篠ノ之は鈴の蔑視とも取れる言葉に反論することなく肯定した。紅椿の性能は別としても、事実そう思いかけていた所である。

 だがその無気力な態度が、逆に鈴を怒らせてしまったらしかった。

 

「開き直ってんじゃないわよ! あんたは立派に戦えるだけの力を持っていながら戦う事を拒否してる。あんたが自分の負の部分に怯えて戦わないのは勝手よ、でも今あたし達が戦わずに指を咥えて見ているだけだと一夏と五飛の二人だけじゃない、たくさんの犠牲が出るかも知れない。力を得るって事はね、そういう時にこそ戦う義務……いいえ、使命を得るって事なのよ。それでも戦いたくないって言うんなら、もうあたしから言う事は無いわ」

「……!」

 

 そう言い残し、その場を背にしようとする鈴。だが篠ノ之の燻っていた火種は鈴の言葉を受け再び燃え上がり始めた。その背に向かって、篠ノ之が吠える。

 

「確かに……確かに私は弱い……だが! 私はそれでもまだ! まだ戦える……!」

 

 鈴が足を止めた。篠ノ之には見えていなかったが、その時鈴は引っかかったと言わんばかりの満面の笑みを浮かべた。

 改めて表情を常に戻し、篠ノ之に向き直ると種を明かした。

 

「やっとやる気になったわね、全く面倒臭いったらありゃしない。ほら行くわよ、もうラウラが敵の位置を調べ上げてる頃だろうし作戦会議を始めないと」

「え……?」

 

 ここまで来て、漸く鈴の物言いが自分を奮い立たせる為だと気付いた。だが何故、一夏と五飛を傷付けてしまった自分の為に鈴がそこまでするのか、即座には理解出来なかった。

 

「どうして……私のような者にそこまで……」

「今はあんたの心を立ち直らせる事が先決と判断したからよ。それに一夏と五飛があの程度で参るわけないじゃない、目が覚めないうちにあたし達が敵を倒してたまには二人の鼻を明かすのも、悪くないんじゃない」

「何故だ……何故お前はそこまで強く在ることが出来るんだ?」

「さあ? 甲龍の、ううん、他の代表候補生のISも紅椿には性能じゃ遠く及ばないでしょうね」

 

 にっと白い歯を覗かせて微笑を浮かべる鈴。ちょっと照れたような、含羞みの微笑だった。

 

「でもあたし、心は強いつもりよ」

 

 

----------------

 

 

 同じ頃、銀の福音はあるISと戦闘を繰り広げていた。

 プリベンターの一員であるデュオ=マックスウェルと彼の駆るIS『デスサイズヘル』である。

 

「頂き……っとわっ!!」

 

 持ち前のステルス技術を駆使して敵センサー類から姿を消してツインビームサイズで襲い掛かっても、すぐさま全方位に弾幕を張り姿を消していようがいまいが何物をも近づけさせない。

 こちらには射撃武器らしいものと言えば頭部のバルカン、ただしこれの性能は牽制用に近く、精度も良いわけではない。左腕のバスターシールドもあるにはあるが、これの弾速では敵の機動性に追随出来ないうえ一発叩き落とされればそれまでの代物である。

 

「ちいっ……五飛が苦戦するわけだぜ」

 

 もう一人同僚がいれば、苦戦はしたかも知れないが倒せない相手では無い。

 だがこれ程まで日本に近い空域、しかも敵の位置情報は既に判明済み。平均して一定のステルス性能を有してはいても他のプリベンターの機体では容易に存在が発覚してしまう。

 

 その為、プリベンターの機体でも随一のステルス性能とジャミング性能を有するデスサイズヘルでしか、その存在を隠しながらの戦闘は不可能である。千冬達の目標情報が不鮮明になっていたのもこの為であった。

 元々は単独行動の為に特化した性能、抜きん出たステルス性も部隊運用を考慮に入れず自機の隠匿のみに絞ったが故の高性能であり、仲間の存在までは隠匿出来ない。

 持ち前のその性能で敵の攻撃は殆ど回避していたが、それは敵も同じ。一進一退はおろか完全に膠着状態に陥ってしまっていた。

 

「しかしこいつ何時までエネルギーが持つんだ? 第三世代の軍用試作機だからってここまで……ん?」

 

 そう思案していると、ふとデスサイズヘルが警告を発した。この空域に自分以外のISが接近している警告である。

 

「……げっ! 何だそりゃ!?」

 

 デュオが福音を相手にしながらもHUDを確認すれば、そこには件のIS学園に通う代表候補生専用機の反応が五つ。

 あちらには未だ自分のISは捉えられていないであろうが、時間の問題である。全身装甲により搭乗者の姿は見られなくとも、このIS自体が本来存在していない筈の物なのだ。

 

「まったく、女に任せて尻尾巻いて逃げるなんて相変わらず格好悪いなあ俺……」

 

 再度その姿を消し、死角から翼を斬りかかろうとするデスサイズヘル。それに呼応して、銀の福音が接敵して何度目かわからない全方位攻撃を繰り出す。

 だがデスサイズヘルは再び姿を現すことは無かった。攻撃パターンを呼んで全方位攻撃を繰り出した福音の弾幕に乗じて、空域から完全に離脱していたのだった。

 

 

 

『……敵機の離脱を確認』

 

 今まで戦闘を繰り広げていた対象が忽然と消えたところで動きを止めた福音だったが、ふと顔を上げた。

 次の瞬間、超高速で飛来した砲弾が頭部を直撃し大爆発を起こした。

 

「初弾命中、続けて砲撃を行う!」

 

 着弾地点より五キロ離れた場所から福音を狙撃したのは、砲戦特化パッケージ『パンツァー・カノーニア』を装備したシュヴァルツァ・レーゲンである。

 八十口径レールカノンを二門と物理シールドを備えたその姿は、正しく砲撃戦特化と呼ぶに相応しい。

 

「(目標は何者かと交戦していた……? しかしハイパーセンサーには目標の反応しか存在しなかった、暴走故の奇行だろうか)」

 

 疑問を振り払うように砲撃を続けるボーデヴィッヒだったが、その速度で瞬時にボーデヴィッヒとの距離を詰める福音。

 初弾以外は殆ど回避されるか、翼から放たれる光弾により相殺されながらボーデヴィッヒへ接近していた。

 

「三千……二千……ちっ、予測より速い!」

 

 砲撃戦仕様は、その名と外観から機動性を殺して安定性と反動相殺を最大限に高めた装備である。銀の福音の機動性にはとても追随出来る状態ではない。

 肉薄した銀の福音がその右手をボーデヴィッヒに伸ばそうとした瞬間、その右腕はさらに上空から降りてきた機体によって弾かれた。

 

「させません事よ!」

 

 ブルー・ティアーズによるステルスモードからの強襲であった。

 強襲起動用パッケージ『ストライク・ガンナー』を装備したブルー・ティアーズは、六基のビット全てを腰部に接続、攻撃機能の一切を停止させ全てスラスターとして用いられている。

 さらにその手にしたレーザーライフルも、通常のそれとは違い全長が二メートルを超える高出力の物を装備して攻撃に使えないビットの分の火力低下を補っていた。

 

『敵増援を確認、排除開始』

「遅いよっ!」

 

 セシリアの射撃を避けつつ反撃に転じようとしていた福音を、背後から全く別の機体が強襲を仕掛けた。

 先の突撃の際に、セシリアの背後に乗っていたステルスモードのシャルロットであった。

 

 二丁の散弾銃の接射を背中に浴び、体勢を崩す福音。だがそれも一瞬で持ち直し、すぐさまシャルロットに翼を向けて反撃を仕掛ける。

 

「おっと! そんな攻撃じゃこの『ガーデン・カーテン』は落ちないよ!」

 

 Rリヴァイヴ専用の防御パッケージ、実体盾とエネルギー盾の両方を展開させて福音の弾幕を防いだ。

 その間もシャルロットが得意とする高速切替を使い、アサルトライフルを呼び出して弾幕の隙間を縫うように反撃を開始する。

 

 高速機動からの射撃を加えるセシリア、距離を取って砲撃を再開するボーデヴィッヒ、攻防一体のシャルロット。

 三方からの射撃戦に、福音も遂に消耗の色を見せ始めた。

 

『優先行動を変更。現空域からの離脱を最優先』

「させるかあっ!!」

 

 銀の福音直下の海面が爆ぜ、飛び出してきたのは紅椿とその背中に乗った甲龍。

 

「離脱の暇など与えん!」

 

 福音へと突撃する紅椿。その背中から離れた甲龍には攻撃特化パッケージ『崩山』が装備されており、従来の龍咆に加えて増設された二門の龍咆、計四門の龍咆が一斉に火を吹いた。

 

「そう簡単には逃がさないわよ!」

『!!』

 

 福音へ肉薄していた紅椿は、龍咆の咆哮と同時に瞬時に福音の視界から消えた。紅椿が消えたと同時に現れたのは、熱殻拡散衝撃砲による、福音に比肩し得る程の弾幕。

 紅椿の突撃は元より晦ましであった。対紅椿に迎撃態勢を取っていた福音は、回避行動すら取れずに直撃を受けた。

 

「やりましたの!?」

「馬鹿セシリアそれフラグ!」

 

 拡散衝撃砲の直撃を受けてもなお福音はその機能を停止させるには至っていなかった。

 

『≪銀の鐘≫最大稼働、開始』

 

 今までの全身を回転させる全方位射撃ではなく、その場で両腕を広げ両翼も自身の外側へと向ける。

 福音が一瞬光に包まれたかと思った次の瞬間、その光が弾けたように光弾となって全方位へと放たれた。

 

「ええい! 下手な鉄砲を!」

「箒! 僕の後ろに!」

 

 先の出撃ではエネルギー切れを起こした失敗を踏まえ、今の紅椿は機能限定状態にある。

 展開装甲の多用からエネルギー切れが発生した事を突き止め、自発作動しないように調整してあった。

 

 当然防御は心許無くなるが、防御戦パッケージを備えたシャルロットにその役割を担ってもらうからこそ、篠ノ之はその分のエネルギーを攻撃に回すことが出来る。

 集団戦闘の基本にして利点は、各々の役割分担を明確化させることで一つの役割に集中、迅速に状況対応を行える点にある。

 

「それにしても……これはちょっときついかな」

 

 防御専用パッケージであっても、福音の異常な射撃を立て続けに受ける事はやはり厳しいものがあった。

 現にそう言っている間にも、実体盾が一枚完全に破壊されてしまっている。

 

「ラウラ! セシリア! お願い!」

「言われずとも!」

「お任せになって!」

 

 後退するシャルロットと入れ替わりになって、ボーデヴィッヒとセシリアがそれぞれ左右から射撃を開始する。

 セシリアは高速機動を維持しながら高感度ハイパーセンサーを生かした移動射撃、ボーデヴィッヒは再び距離を取って敵射程外からの砲撃。

 

「足を止めたのが命取りよっ!」

 

 二人の猛攻を受け、動きを止めた所に直下から鈴が襲い掛かる。

 双天牙月による斬撃を繰り出し、それが躱されても零距離からの拡散衝撃砲を浴びせる。懐にさえ入ってしまえば、こちらにも勝機はある。

 

「はああああっ!!」

 

 二刀の双天牙月を麻幹のように軽々と振り回し、次々と斬撃を浴びせる鈴。狙いは一点、敵の翼状マルチスラスターの根本。

 福音の手刀や蹴りを捌き、至近距離からの光弾と衝撃砲の応酬を繰り返しながらも、決して動きは止めない。ここで攻め手を緩めれば、また距離を取られてしまう。

 

「(あたしだって……あたしだってアイツに……五飛に……!)」

 

 想い人に並び立ちたいのは、何も篠ノ之だけではない。鈴とて同じである。

 一夏の周囲には各国の代表候補生が取り巻き、篠ノ之は彼女達と共に戦えない事を一人密かに歯噛みしていたのだろう。

 

 だが自分と五飛との関係はどうだろうか。

 中国の代表候補生と、ごく最近発見されたISが使える男子。周囲から見れば実力差は一目瞭然であろう。しかし実の所、あの初手合わせ以来鈴は五飛には敵うまいと思っていた。

 五飛は自分が知らぬ何かを背負い、自分が経験した事の無い修羅場を潜って来ている。そう感じさせる強さを持っている。

 

 篠ノ之に言って聞かせた話も、殆どが五飛の受け売りであった。

 少し前の自分は、篠ノ之と似たようなものだった。己の為に、野心の為に力を振るい、力を示す事しか考えていなかった。他人の為に使うなど想像もしていなかった。

 だが五飛と引き分けたあの日を切っ掛けに、以降会話を重ね刃を交える内に五飛のその思想に少しずつ感化されていったのだった。

 

 一朝一夕で並び立てるとは思っていない。だが、その背を見つめているだけで満足するほど淑やかな女性では無い。

 未だ追いつけぬ身なれど、背中が見えるのならば追い続け、いずれは並び立ちあわよくば追い越して見せたい。鈴はそういう気性の女性だった。

 

「(研ぎ澄ましなさい凰鈴音! あの時の五飛の連撃に比べれば……!)」

 

 五飛と初めて手合わせをした時を思い出しながら、そう自分に言い聞かせる鈴。事実、福音の攻撃は充分な膂力と速度を以て襲い掛かってきていたが、五飛の攻撃に感じるある種の洗練さが欠片も感じられない。

 ISとは人機一体となって初めてその真価を発揮するもの。搭乗者が意識を失い、ISの力のみで戦っていれば機械的なパターンの動きの集合でしかなかった。

 

 徐々に鈴と福音の斬撃と手刀の応酬が加速していき、それに合わせて一刀ごとに鈴の表情が、斬撃が、鬼気迫る物へと変貌していく。

 そして頬を掠めた福音の貫手、その腕を下方に打ち払った。一瞬だけ無防備となった瞬間を見逃さず、鈴の双天牙月が福音の翼へと振り下ろされる。

 

「貰ったぁ!!」

『……!!』

 

 脚部スラスターで加速された福音の蹴撃が鈴の左肩の衝撃砲を爆散させたと同時に、鈴の双天牙月もまた、福音の左翼を根本から斬り落とした。

 

「鈴!!」

「箒! あとはあんたが決めて見せなさい! その力で……!」

「ああ、やってみせる!」

 

 爆発の衝撃で海面へと落下していく鈴からの叫びを受け、片翼となり明らかに反応速度が鈍った福音へと篠ノ之が二刀で斬りかかる。

 福音の右肩へと喰いこむ雨月。獲った、そう思った瞬間、信じられない事に福音は完全に袈裟掛けに斬られる前にその掌で雨月を握り止めていた。

 

「なっ……!」

 

 一瞬の虚を突かれ、左の空裂も同じく掴み取られる。

 刀身から発しているエネルギーにより掌が焼かれている事もお構いなし、その握力と馬力により刀身を掴んだまま大きく腕を広げ、篠ノ之が無防備な状態に晒される。

 そして篠ノ之に、残った右翼の砲口を突き付ける福音。

 

「箒! 武器を捨てて回避しろ!」

 

 ボーデヴィッヒから離脱を促す叫びが聞こえてくる。

 だが、篠ノ之は武器を手放す素振りは見せない。ここで退いては鈴の言葉を、託された力をまた無碍に扱ってしまう事になる。

 

「(紅椿、私にはお前を使う資格は無いのかも知れない。だが今この瞬間だけはその力を……貸してくれ!)」

 

 翼から光弾が放たれた瞬間、髪を数本焼かれながらも篠ノ之が上体を前に屈めるように回避した。そのまま刀を手放さず、縦に回転を始めるとそれに呼応して爪先の展開装甲が開き、エネルギー刃が発生した。

 

「たあああああっ!!」

 

 浴びせ蹴りの要領で繰り出したエネルギー刃の斬撃が、敵右翼を斬り落とす。

 ついにその両翼を失った福音は、崩れる様に雨月と空裂を手放し海面へと落下していった。

 

 

----------------

 

 

「箒、無事か!」

 

 珍しく慌てたボーデヴィッヒの声を聴きながら、漸く呼吸を整えて無事を返答する篠ノ之。

 

「私は……大丈夫だ、それよりも鈴と福音の搭乗者を」

 

 篠ノ之の無事を確かめ、改めて鈴と福音の搭乗者の救助に向かおうとしたボーデヴィッヒとシャルロットだったが、その瞬間海面から猛烈な水柱が上がった。

 

「!?」

「なっ……何なのよあれは!?」

「鈴、無事だったか!」

 

 その勢いに吹き飛ばされるように、鈴が三人の元へ戻ってくる鈴。左肩の龍咆は完全に欠損しているものの、通常飛行に問題は無い様子だ。

 どうやら一足先に搭乗者の救助に向かったようだが、それ故に吹き飛ばされる形で仲間の元へ戻る事となった。

 

「あたしは大丈夫、それよりも……!」

 

 光の球が海面に浮き、その周囲の海面が半球上にえぐれている様に見えた。

 しかもその光の球の中に居るのは、見紛う事無く膝を抱えて蹲っている『銀の福音』だった。

 

「これは……!? 一体何が起きて……」

「……!? 馬鹿なっ! 『形態移行』(フォームシフト)だと!?」

 

 形態移行はISコアの戦闘経験蓄積も然る事ながら、何よりも搭乗者とISの同調率が重要である。

 だが目の前のISは搭乗者の意識は失われている状態の筈。各国の代表候補生に加えて篠ノ之束謹製の新型ISと戦闘した以上、経験蓄積は急激に増えたかも知れないが搭乗者の意識も無い状態、しかも余りにも短時間での形態移行。

 通常であれば、有り得ないと断言出来るほどの異常現象だった。

 

 ボーデヴィッヒが叫んだ瞬間、まるでその声に反応したのか福音が獲物を見つけた獣の様に猛然と顔を上げた。

 それこそ獣の様な、機械音の様な、声であるかすら判別が難しい咆哮を上げながらボーデヴィッヒに襲い掛かった。

 

「はっ……!?」

 

 速すぎる、そう言い切る事も出来無い程の速度で足首を掴まれた。

 そして鈴と篠ノ之が斬った両翼の断面から、まるで蝶が蛹から孵るかのようにゆっくりと、エネルギーの塊が失われた翼を形成した。

 

「ラウラを離せぇ!」

 

 シャルロットはすぐさま武装を近接ブレードに切り替えて突撃するが、その刃は開いている片腕でいとも容易く掴み止められてしまう。

 

「よせ! 逃げろ! こいつは……」

 

 ボーデヴィッヒの叫びが虚しく遮られ、福音がその禍々しい程の美しさを見せる光の翼を大きく広げてボーデヴィッヒの全身を包み込んだ。

 包まれた翼が一瞬眩い光を放った。そして広げられた翼から解放されたボーデヴィッヒとISは、見るも無残な姿となって海面に落下して行った。

 光の翼に包まれた内部で、その全身に零距離で光弾を浴びせられていたのだ。

 

「ラウラっ! よくも……っ!」

 

 近接ブレードを投げ捨て、散弾銃を呼び出すシャルロット。混乱と怒りから、最早再量子化の暇もかなぐり捨てている。

 福音の顔面へ銃口を向けて引き金を引く。爆音が響いたが、それは散弾の発射音では無かった。

 

 福音の胸部、腹部、背部から、装甲を破って、今度は殻を破って羽化した鳥の羽の様に、無数の光の翼が一斉に生えてきて勢いよく広げられていた。

 そしてその翼全てから光弾が放たれ、シャルロットの散弾が放たれる前にシャルロットごと散弾銃を吹き飛ばしたのだ。

 

「こんな性能……軍用とはいえあまりにも異常な……!」

 

 高機動射撃を敢行しようとしたセシリアの眼前に、瞬時加速を使った福音が眼前に迫る。

 セシリアの言の通り、両手両脚、実に四ヵ所同時着火による常軌を逸した瞬時加速であった。

 

 高出力故の長身銃は、懐に入られてしまえばそれは鈍器でしか無くなる。距離を置こうとするが、その銃を蹴り飛ばされ無手になってしまう。

 そして至近距離から放たれる、光の翼からのエネルギー弾幕。反撃の糸口も掴めず、一瞬で三人が屠られた。

 

「あんた……よくも仲間を!」

「よせ鈴! お前はその損傷では……!」

「冗談! ここで退いたら女が廃るわ!」

 

 よしんばここで退いたとしても、あの圧倒的な性能を目の前にしては紅椿も何所まで応戦できるか分からない。

 その上、セシリア達を救助するにも福音の存在があってはままならないのは明白であった。

 

「……仕方ない、私が福音を抑える。その隙に何としてでも止めを刺せ!」

「了解! 今度こそやってやるわ!」

 

 圧倒的な性能差を見せつけられてもなお立ち向かってくる二人の闘志に応えるかの様に、福音の翼が揺らめいた。

 

 

 




(脳なry


形態移行を果たした銀の福音は、更に圧倒的な性能を見せつける
果敢に応戦する鈴と箒だが、次第に追い詰められていってしまう

その頃負傷した五飛と一夏は、時を同じくして不可解な現象に遭遇していた

思春期を殺しきれない少年少女達の翼、第二十話『燃え尽きない流星』
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