「作戦完了、よくやった……とでも言うと思ったか? 残念、命令違反だ」
旅館に帰還して搭乗者を救護班に預けた後、一夏達は即大広間で全員正座の下、賞賛も労いの言葉も無く千冬の説教を延々と聞き続ける事となっていた。
一夏も他の代表候補生達も独断行動を始めた時点である程度の覚悟はしていた筈だが、いざ受けてみるとなるとやはり厳しいものがあったのだろう。
ぴんと背筋を伸ばし静かに目を閉じている五飛と違い、三十分も経てば次第に一夏達の顔色は青くなって来ていた。
「まあ一人全く堪えていない者も居るが……学園に戻ったらすぐに反省文の提出と懲罰用の特別トレーニングを用意する、覚悟しておくように」
「お、織斑先生……もうそろそろその辺で、怪我人もいますし、ね?」
「ふん……」
怒りを露わにしている千冬とは対照的に、真耶の方は慌てながら救急箱や水分補給用の飲料水を抱えている。
「じゃあ皆さん、一度休憩してから診断を始めますので、その間に水分補給をしておいて下さい。夏はその辺りも意識しないと危険ですからね」
「そういえば半日ぶりの水分……うぶ、口ん中切れてやがった、しみるゥ」
「ゆすげ」
それぞれがスポーツドリンクを受け取り漸く人心地がついた姿を見せる面々を、それでもじっと見つめている千冬。
「……しかしまあ、過程はあれだが全員よく無事で戻ってきた。よくやったな」
そう一言漏らすと、生徒に表情を読み取られる前にさっさと背を向け退出して行ってしまった。
今回の作戦の責任者である以前に、やはり教職に就く者としては生徒達の身を誰よりも案じていた事は想像に難くない。
千冬の意外な労りに一同は暫し呆けてしまったが、程なく女子から怪我の診察を行うという事で一夏と五飛は一時待機となった。
中庭には、七夕という事で飾り付けされた笹が月の光に照らされながら、潮風を受けてさらさらと揺らめいている。
日本の七夕は中国のそれとは違い、短冊に願い事を書いて笹に飾るという独特の風習が存在している。
七夕の起源は元々、中国は早くとも春秋戦国時代の中期、完成は後漢の末期ではないかと推測されている。今で言う『織姫と彦星』は『
広い中国、風習は地方により様々であるが分かりやすい例を挙げるとすれば、七夕になると祭祀の時に燃やす紙製の七姐の衣を買い求め、それを使い七夕の夜に七姐を祭るというものだ。
織女と牽牛は夫婦であるが、仕事をせずに遊んでばかりいたので年に一度の逢瀬以外は仕事の日々を強制されるという、儒教的思想の濃い説話も存在する。
昔の農民が仕事に追われる日々を哀れむために作ったのが七夕伝説の最初なのではないかとも言われていた。
それを考えれば、日本の七夕祭りの華やかさは五飛にとってはともすれば異質とも思える。
「……なあ五飛、俺達やるべき事はやれたよな……?」
五飛が煌びやかに飾り付けられた笹の葉を眺めながら暫し物思いにふけっていると、ふと一夏から今日の事件について尋ねられた。
「あの場の一人でも欠けていればこれだけの結果は出せなかっただろう。だが俺達は勝ったのだ、胸を張れ」
「……うん、そうだよな……」
どこか煮え切らない態度なのは、一夏自身考えなければいけない事、整理しなければならない不可解な事が山と残っている為だろう。
だが一先ずは事態が丸く収まり、最終的に誰一人として大きな被害は無く、暴走した銀の福音の搭乗者もほぼ無傷で救助出来ている。結果を鑑みれば充分に誇れる代物である。
一夏の問いにはそう答えたものの、五飛の内心もまた全く違っていた。
当人の表情は未だ作戦の只中にいるような鋭い目つきをしていたのを、一夏は薄暗さと戦闘が終わった安堵さから見逃してしまっていた。
夕食時には、他の生徒から何があったのかと一夏と五飛、代表候補生達は質問攻めに遭った。
だが国家機密に関わる件なので当然何も喋れるわけもなく、その事をちらつかせたら不満げながらも皆引き下がってくれていた。
しかし帰還後から一夏と篠ノ之が妙によそよそしいというかぎくしゃくとしているのは、やはり帰り際のあの行動と、今篠ノ之の髪を束ねている新しいリボンが由来なのだろう。
あのリボン、どうやら一夏が事前に用意していた誕生日プレゼントらしく、食事の際は席が隣り合ってもまるで初対面の見合いの男女の如くぎこちない会話をしていた。
それだけ互いを意識し始めたという事は、何も悪い事ではない。あの鈍感極まる一夏をして省みれば、大いなる一歩である。
その二人を怪訝な表情で観察していたセシリアやシャルロット、ボーデヴィッヒには悪い事なのかも知れないが。
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夕食から暫く後、五飛は砂浜に佇んでいた。この時間外出許可はされていないが、五飛には未だやるべき事が残っていた為に旅館を抜け出していたのだ。
だがそれと同時に、自分の不甲斐無さも深々と感じていた。
今回の事件は、結果だけ見れば白式の第二形態移行という喜ぶべき結果だが、その過程では一夏が命の危機に陥り、自身も一度落とされてしまっている。
本来の任務である一夏の護衛という面で見れば、あまりにもお粗末な過程に五飛は自分を責めていた。
「張? こんな時間にどうした」
ふと背後から名前を呼ばれて振り向く。そこには、白い肌を月明かりに照らした水着姿の篠ノ之が居た。
普段のストイックな態度とは対照的な、露出の多いビキニタイプの水着を纏っている。篠ノ之のバストは豊満であった。
「篠ノ之か……一人になりたかった、とでも言っておこう。お前もこんな時間に旅館を抜け出して海水浴とは、らしくないな」
「ふふっ、どうやらお互い様のようだな。だが、その……済まんが、あんまり見ないで欲しい、落ち着かん……」
「……分かった」
篠ノ之から視線を逸らし、再び海の方に向き直る五飛。
だが篠ノ之は一向にその場を離れる様子はなく、何か口元が言葉をひねり出そうともぞもぞと動いている。
「……そ、その、だな……」
「どうした、まだ何か用があるのか」
「……今日は済まなかった。本来ならば謝っても謝りきれん事なのだが、こんな言葉しか出てこない……」
自身の驕りと心の弱さによって、一夏と五飛を危機に陥れた事を詫びた言葉であった。
だが五飛は篠ノ之に対して微塵も恨み辛みなど感じていない。戦場に出た以上、己の身に何が起こってもそれは己自身の不覚以外の何物でもない。
加えて、篠ノ之は己の負の部分を先の戦いで克服しつつある。戦いの中で己を見出すのは武に携わる者ならではであり、五飛にも理解が出来た。
「……気にするな。俺が寝ていた間の経緯は鈴から聞いている」
「鈴が……」
加えて、失意の篠ノ之を立ち直らせる経緯は既に鈴から愚痴交じりに聞かされていた。二人の仲の良さは既にIS学園の殆どの者が知る所である。
五飛の方にそんな意識は全く無かったが、五飛の意外な面倒見の良さがこういった所で鈴にも伝染していると思うと、篠ノ之は少し可笑しく思えた。
「お前がそう思った理由も分からなくはない……昔の話だ。俺は敗北と屈辱にまみれ戦う事を拒否していた、俺には戦う資格は無いと。丁度今日のお前のようにな」
「張が? ……想像出来んな」
その話を聞いた篠ノ之は、五飛が敗北するという姿を全く想像出来なかった。
日々IS学園での五飛の姿は、平時は剛毅木訥を形にしたような振る舞い。一度ISを駆ればそれとは対照的な、烈火の如く苛烈で圧倒的な戦いを見せている。
「だが、そんな俺の目の前で……いや、そんな俺の目の前だからこそ多くの弱い者が傷付き、倒れていった」
遠い目をして身の上を語る五飛。常の振る舞いもあって、どこか人を寄せ付けない雰囲気と強さを感じ取っていた篠ノ之はこの姿を見て、五飛に対するイメージ改める切っ掛けとなった。
五飛とて自分とそう変わらぬ年頃、悩みもすれば落ち込みもするし、そういう経験をして来ているのだ。また五飛のその言から、ISに関わる以前から何らかの形で戦いの場に身を置いていた事を察した。
「昔から俺の考えは変わらん、弱い者は戦うべきじゃない。だが戦いを拒否して弱い者を見殺しにするのは俺が殺したのと何も変わらん……あるお節介な女と出会って俺はそれに気づいた。強い者は、弱い者を守る義務がある。だからこそ俺は再び戦う事を決意した」
ここで篠ノ之ははたと気づいた。鈴が自分に言っていた言葉は、五飛のこの思想を受けてのものだったのだ。
「……そうだな、私も鈴の手がなければ恐らく潰れてしまっていた……」
「お前がこれからも戦い続けると言うのなら否定はしない。今のお前ならば、その時の俺よりは強いかも知れんな」
「い、幾らなんでもそれは買い被り過ぎではないか?」
五飛よりも自分の方が強いと言われて、自嘲気味に苦笑する篠ノ之。
いくら昔の五飛と比べてという前提でも、醜態を晒した己が五飛よりも強いなどとは欠片も思えなかった。
「俺は目の前で誰かが傷付き、それでも尚戦おうとする心の強さを見せつけられて漸く立ち直る事が出来た。それに比べれば、鈴の言葉を受けて即座に立ち直れたお前の心は強い」
「むぅ……お前に面と向かって言われると何やら調子が狂うな……だが、ありがとう……」
「……お喋りが過ぎた、俺は消えよう」
これ以上篠ノ之を水着姿で立ち話させる事に気を遣ったのか、珍しく昔を語った事による気恥ずかしさからか、砂浜から去ろうとする五飛。
だがその歩みは、篠ノ之がやって来た旅館の方角とは真逆へ進んでいる。
「何処に行くんだ? そっちは旅館とは逆方向だぞ」
「心配するな、やり残した仕事を終わらせるだけだ」
副次的なものではあるが、目の当たりにしてしまった以上は見過ごす事の出来ない事である。
心情的にも憚られる上、元より立場もあって明かせるわけもないが、お前の姉を捕えに行くとは篠ノ之に言える筈もなかった。
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「紅椿の稼働率は絢爛舞踏も含めて四十二パーセントかあ、まあこんなところかなぁ。Dシステム稼働効率は予想通り、エネルギー供給率も充分。ただ面白いISデータが手に入ったのは予想外だったね」
海面三十メートルはあろう高さの岬の柵の上に腰を下ろし、転落を恐れる様子もなくぶらぶらと足を遊ばせながら空中ディスプレイをまじまじと見つめている束。
数値の羅列の隅、別のディスプレイを呼び出して映した映像は、銀の福音視点から捕えた大鎌を振るう漆黒のISが映し出されている。
「は~、それにしても白式は驚くなぁ。自己修復機能のブーストだけじゃなく操縦者の生体再生まで可能だなんて、まるで」
「まるで『白騎士』のようだな。コアナンバー〇〇一にして世界最初の実戦投入機、お前が心血を注いだ最初の機体に、な」
岬の背後に広がる森から、音も無く現れたのは千冬であった。
千冬本来の極力気配を消した立ち振る舞いに加えて、身に纏う黒いスーツが夜の闇に溶け込んで一層存在を消しかけている。
「やあ、ちーちゃん」
「おう」
二人は互いの顔を見ない。束は千冬の方を振り向かず、依然として足を遊ばせ、千冬は近くにあった一際大きなクロマツにその身を預けた。
言葉を交わさずとも、互いが何を考えているのか何とはなしに察する事が出来る。この二人もまた、そういった仲である。
「邪魔するぞ」
だがそこに予期せぬ第三者が森から現れた。先程篠ノ之と別れた五飛である。
「……張、外出時間はとうに過ぎていると分かって此処に居るのだろうな」
「分かっている。だが今の俺にはその命令を聞く義務は無い」
「何……?」
千冬の戒告をあえて無視する意向を明確に示し、千冬の隣まで歩みを進め、同じように束の背を見つめる五飛。
今この瞬間、五飛の身分はIS学園の生徒では無い。よってわざわざ敬語を使う必要も無かった。
篠ノ之束の世界とは、妹である篠ノ之箒、親友である織斑千冬、その弟織斑一夏。比喩ではなくこの三人のみで形成されていると言って良い。
だが昼間と同じく、束は今も五飛に拒否の反応を示していない。彼女の世界にとって異物である筈の五飛を、あの束が自分と一夏、箒以外にここまで時間を許しているのを目の当たりにしたのは、昼間に続き二度目である。
五飛が来てからも、束と千冬は一言も、その五飛すらも言葉を発しない。ただ近くの木々のざわめきと虫の音だけが辺りを包んでいる。
やがてその場の沈黙を破るかのように、五飛がこの場所に来た目的をぽつりと、それでいてはっきりと言い放った。
「篠ノ之束、委員会まで同行して貰おう」
「! ……やはり、か」
「…………」
千冬は五飛の方を向き驚いたような表情をしては見せたが、その言葉からも分かる様に、何処かそういった予想はしていたのだろう。
束の方はと言えば五飛に向き直る事もなく、千冬の方を見るでもなく、ただ月を眺め続けている。
「貴様が一体何から逃げているのかは知らん。だが今のお前にはIS学園無人機襲撃事件と、今回の『銀の福音』暴走事件に関する重要参考人として嫌疑が掛かっている」
この場では疑いは二つの事件にのみ関係している事を示唆したが、五飛の見立てでは二つどころでは無かった。
世界初のISが動かせる男子、その男子がISを動かせると判明するに至った不自然な経緯。その男子の公式戦デビューを狙って来たかのような無人ISの乱入。
そして今回の篠ノ之箒への新型IS譲渡に示し合わせたかのように発生し、何かに導かれるように日本に向かってきた軍用IS暴走事件。
極めつけは、燃費の悪い白式の性能を穴埋めするかのような、あまりに都合の良過ぎる紅椿の単一能力と、その発動タイミング。
思えば先日の無人機も、零落白夜だから倒せたのではなく、零落白夜でなければ倒せない様に作られていたとしたら。
妹の為に作った新型ISを、妹の存在と共に世界に知らしめる為だけに軍用ISを暴走させたのだとしたら。
状況証拠は一切無い上、余りにも幼稚な動機。だがそう仮定すると、一夏を中心に起こっている今までの不可解な事件が全て繋がるのも事実であった。
「……ねえちーちゃん、それに少年。今の世界は楽しい?」
束が口を開いた。
だが事実上の出頭命令を告げた五飛の命令には一切関心を向けず、月を見上げたままそう千冬と五飛に話しかけた。
「そこそこにな」
「楽しくは無い。だが生き甲斐のある世界だ」
「そうなんだ……」
千冬も束も短い言葉を交わし、五飛も束の質問の意図は読み取れないものの極めて端的に質問に答えた。
「わたしは――」
「!!」
一際強い潮風が三人の佇む岬に吹きつけたその時、束が何かを呟いた。その言葉は風音にかき消され聞き取れなかったが、何かを感じ取った五飛は即座に右腕にのみISを部分展開し、ドラゴンハングを束に向けて放つ。
だがそのドラゴンハングは空を切った。今まで確かにそこに居た筈の束は何の前触れも無く忽然と姿を消していたのだ。
転落した様子も無い。紅椿の試運転時にISを装着している様子が無い状態から連装ミサイルランチャーを召喚していた事からも、恐らくは視認出来ない部分にISに準ずる何かを身に着けていたのだろう。
ハイパーセンサーにすら反応せず、眼前にして居ながら、何時消えたのか確認できなかった。恐るべきステルス性能は流石ISの生みの親と言った所か。
だが取り逃したにも関わらず、五飛は驚く様子は一切見せず、軽く溜息を吐いてその場を後にしようとした。
元より今自分に与えられている任務は織斑一夏の護衛、世界的に指名手配されている篠ノ之束の拘束など五飛の中の優先順位では二の次である。
ISの登場により起こった世界的混乱を収める為だとか、ISコアは篠ノ之束のみが製造できる為だと言うのは所詮建前もいいところ。
結局、大国がその頭脳を独占したいが為の思惑が渦巻いている。そのような者達の為に働くなど御免である。
加えて、恐らく束は今後も一夏、篠ノ之箒に何らかの形で関与してくるであろう事は予想出来た。
妹の為に二大国の軍事機密をああも容易く利用してのけたのだ、再びIS学園に干渉して来る事などは更に容易い事だろう。
確実な尻尾を掴むのはそこからでも良い、プリベンターはあくまで火消しの為に動く。
立場が立場だけに見て見ぬふりはしなかったが、逃げたからとてこちらが追ってまで捕まえる必要は今の所無い。
ただ、もし再び私欲の為にIS学園だけでなく世界に無用の混乱を起こそうとした時。その時こそ自分達の役目を果たす為、確実に彼女を捕える事になるであろうが。
「まさか一夏が発見される以前にISを使える男子が存在し、それも委員会に属していたとはな……」
去り際の五飛にそう言葉を掛ける千冬。
「だがいいのか? 多少なりとも委員会に顔が利く私の目の前で秘密を明かして」
「表向き、俺は委員会に存在していない事になっている。例えお前が何か言ったとしても門前払いされるだけだ」
「そうか……」
既に五飛の顔は、普段の学生の顔に戻りつつある。だが今夜のやり取りが無かった事になる前に、千冬には確かめなければならない事があった。
「張、今後もし……束が同じような真似をしたらどうする」
去り行こうとする五飛の背中にそう疑問を投げかける千冬。
「今度こそ確実に捕まえる。その時は俺を止めるか」
「……いや、もしあいつが世界の敵になったとしたら――」
「私が、斬る」
恐らく千冬も今回の件が束の手によるものと薄々気づいてはいたのだろう、澱みなくはっきりとそう断じた。
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「はぁっ……はあっ……やっと……みつけ……はっ……」
「お前まで抜け出していたのか、そんなに息を切らせてどうした」
旅館への帰路、盛大に息を切らせて大汗をかいている鈴に出くわした。
まさかとは思うが、自分を探して駆けずり回っていたのだろうか。
「はあ……っどうしたじゃないわよ! 一人で抜け出したみたいだからまた無茶でもしてるかと思ったじゃない! あーもう心配して損した!」
「……一応謝っておくべきなのか、これは」
「当然よ、ジュースでも奢りなさい!」
「いいだろう」
「……へっ?」
鈴自身理不尽極まりない要求であることは多少自覚があったが、まさか五飛がこんな素直に従うとは思ってもみなかった為、頓狂な声を上げてしまった。
「お……おー! よきにはからうがいいわ!」
「……ふっ」
「なーもー鼻で笑うんじゃない! あんたが変に素直なのがいけないのよ!」
妙な言葉遣いになって咄嗟にふんぞり返るも、内心の混乱を悟った五飛に理不尽な言い訳を叫ぶ鈴。
五飛の方も、妙に素直だったのは今日の事があって若干落ち込んだ気分になっていたが故だった。
戦闘時は感情を表に出しており、純粋さのあまり一般人から見ると予想外の行動に出る場合も多い五飛。
その為一見すると粗暴な性格と受け取られやすいが、実際は同年代と比較するとシャイでナイーブな面が強い傾向にある。
恐らくここで鈴が駆けつけなければ沈痛な面持ちのまま一夜を過ごしたであろうが、鈴との他愛ないやり取りで多少なりとも気が紛れたのは事実だった。
しかし次の瞬間、先程篠ノ之と会った砂浜の方角から発砲音が響いてきた。
五飛と鈴は顔を合わせるまでもなく同時に地を蹴った。この時五飛の反応に鈴が合わせる事が出来たのは、今日の事件を経て気が抜けきっていなかったからか。
だがその警戒も杞憂に終わった。
駆けつけてみれば、水着の篠ノ之を抱えて逃げる、同じく水着姿の一夏にその後を追いかけるは各々の得物を展開して振り回しているセシリア、シャルロット、ボーデヴィッヒの三人。
織姫と彦星よろしく、七夕の夜に逢瀬でもしていた一夏と篠ノ之を見つけた三人が逆上しての追走劇、と言った所だろうか。
昼間あれだけの捕物騒ぎがあったというのに、元気の有り余っていることである。だがこれだけぎゃあぎゃあと騒いでいては、程なく千冬の知る所となり懲罰を課せられてしまうだろう。
あまりの騒ぎに当人たちは記憶から抜け落ちてしまっているのか、加えて自分が言えた事では無いが、曲がりなりにも今は外出許可時間外なのだ。
「仕方ない、このまま放置するのも気が引ける。止めに入るぞ」
「まったく一夏も箒も、やるなら私みたいに上手くやりなさいよ……」
「……俺とお前は織女と牽牛ではなかろう」
「うっ……いいじゃないの、こういうのはムードよムード! おらーあんたたちよくも邪魔してくれたわねー!」
そう五飛に言い放ちながらも、怒号と共に顔を赤くしながら騒ぎに突撃する鈴。
結局この騒ぎは当然千冬の知る所となり、止めに入った五飛と鈴も含めて全員夜更けまで大広間で再び正座させられる事になるのだった。
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翌朝、朝食を終えてすぐにIS及び各機材の撤収、学園に戻るバスへと生徒全員が乗り込む頃には十時を回っていた。
「千冬姉ももう少しこう何というか……手心と言うか……」
「半分は自業自得だろう。だがお前も随分と大胆になったものだな、旅館を抜け出して逢瀬とは」
「ばっ! あれは何ていうか……駄目だ、抵抗するガッツも足りない」
昨晩の寝不足に肉体労働が重なりグロッキー状態の一夏に、さして疲労の様子を見せていない五飛が隣り合わせにバスの座席に座っていた。
「うーしんどい……誰か、飲み物くれないか……?」
『そっ、それなら』
「ねえ、織斑一夏君に張五飛君っているかしら」
篠ノ之、セシリア、シャルロット、ボーデヴィッヒが一夏の要求に一斉に反応して声を挙げたと同時に、一組のバスに見慣れない女性が入って来てそう尋ねた。
最前列の座席であった為、女子達よりも先に来訪者の方に自然と反応した。
「はい、俺が織斑一夏ですけど……」
「……何者だ、女」
「君達がそうなんだ、へえ……」
年齢は二十歳位だろうか。金髪を靡かせ、サマースーツをラフに着崩している。
一夏と五飛を興味深そうに眺めるその目は、品定めというよりは純粋な好奇の視線であった。だがどちらにせよあまり愉快では無いのは確かである。
一夏と五飛共に覚えの無い顔は、学園の関係者では無い事を示している。だが何処かで見た事があるような既視感も感じていた。
「あ、あの、貴方は……」
「私はナターシャ=ファイルス。『銀の福音』の操縦者よ」
「あっ……!」
何処かで見た事があるような顔、それもその筈である。何せ昨日一夏達が手ずから救助した銀の福音操縦者なのだから。
だが一夏がそれに気づき困惑していると、一夏と五飛の順に、頬へ彼女の唇が触れた。
「……これはお礼。ありがとう、白いナイトに龍のファイターさん」
「え、あ、う……!?」
「っ女! 貴様いきなり何を…!」
米イスラエル共同開発の第三世代IS試作機の搭乗者という身の上に、五飛が振り払う暇も無く零距離まで近づくその身の熟し。
この二つの要素から察するに鍛え抜かれた軍人である事が伺えたが、一夏も五飛もそれを判断できる冷静な思考では無かった。
「じゃあ、またね。バーイ」
そう言って手をひらひらと振りながらバスを降りて去っていくナターシャ。
やる事だけやって消えてしまった感があるが、本当に一夏と五飛に会いに来ただけだったのだろうか。しかも『またね』とまで言った以上、彼女には自分達と再度相見える機会があると確信しているのか。
未だ状況を把握出来ない一夏とは違い、一瞬混乱はしたものの何とかそこまで思考を巡らせるまでに回復した五飛であったが、その思考は再び遮られた。
その一部始終を見ていた一組の代表候補生達と、篠ノ之の手によって。
ナターシャがバスを降りると同時に、篠ノ之の空裂は一夏の水月、ボーデヴィッヒのサバイバルナイフは首筋に。
セシリアのスターライトmkⅢは一夏の眉間に狙いを定め、シャルロットが取り出したるは六九口径パイルバンカー。
そして、そのような状況に陥っている一夏と背中合わせになった五飛の目の前には、一組のバスに居る筈の無い二組の生徒、中国代表候補生凰鈴音の笑み。
数分後、そこには千冬と言葉を交わしているナターシャを尻目に代表候補生一同に平伏している一夏と五飛の姿があったという。
昨日の七月七日は、七夕と並び小暑と呼ばれる節目である。これから、夏の盛りが始まろうとしていた。
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「放課後バトルフィールドを忘れるな」