思春期を殺しきれない少年少女達の翼   作:ブローデン

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第二十三話 HOT LIMIT

 

 学園へと戻った五飛に待っていたのは、プリベンターからの追加任務であった。織斑一夏に並び、篠ノ之箒の動向にも一応の気を留めておくべしという内容である。

 

 一夏や五飛のIS、白式やアルトロンのように、国家代表または代表候補生でない者が持つ専用機というのも特殊といえば特殊ではあるが、二機には帰属国家、つまり白式は日本、アルトロンは表向きではあるが中国という登録国籍があるのでまだ良い。

 だが篠ノ之箒が持つ紅椿は、姉である束の謹製、しかも手ずから渡されたのだ。当然そこには帰属国家など存在しない。これが非常に危うい状況を生み出してしまっていた。

 

 つまり今の篠ノ之は、あらゆる国家が自由に自国の所属へと勧誘出来る上、紅椿の所在も所持者である篠ノ之の意思如何で所属が決まってしまう。

 

 篠ノ之束謹製である第四世代技術を搭載したIS、それも所持者はその篠ノ之束の実妹。

 強大な力を持ったISが一機手に入るだけでなく、束への人質として利用価値の高い存在である篠ノ之箒まで手に入るとなれば、強硬手段を用いてでも手に入れようとする国が出てこないとも限らない。

 

 しかしその紅椿を纏う事自体が、恐らく現在の世界最高の自衛手段を持っているに等しい。

 その為、五飛本来の任務に支障をきたさない程度に「一応の」という指示であった。

 

 

 

 だが少なくとも学園に戻って以降の数週間は平和そのものであり、問題や事件はそれらしい素振りも見せなかった。強いて挙げるとすれば、学期末考査の前日に根を詰め過ぎた一夏が倒れかけた位か。

 入学当初は当然ながらISに関する面では素人同然、一般教養に関しても高い水準である学園の授業について行くのに必死だったが、唯一の同性である五飛が何事も苦も無くこなしている様子に対抗心を燃やしたのか根気良く努力を重ねていた。

 

 五飛から見てもこの調子なら定期考査は特に問題なくクリア出来るだろうと判断していたが、心配性なのか過去に何か嫌な思い出があるのか、一夏はそれでも安心できず睡眠時間を削りに削って考査に臨もうとしたのだ。

 幸い体調を崩して考査が受けられなくなる前に変調に気付いた五飛の説得によって、目の下にくまを作りながらも試験に臨み事無きを得た。

 

 そして八月、一般学校よりも少々遅れてIS学園も夏季休暇へと入る。

 

 

----------------

 

 

「あ゛づい゛~……」

「……」

 

 一夏と五飛の部屋に何時もの様に転がり込んでいる鈴だったが、その服装は膝まで丈があるかないかのハーフパンツに飾りっ気の無いタンクトップ一枚という、かなり際どい薄着であった。

 その上タンクトップを腹部まで捲り上げ、唸りながら相も変わらず他人のベッドの上をごろごろとのたうち回るので、本人は気付いているのかいないのか時折下着がちらちらと覗いている。

 

「ねー五飛ーあついー」

「夏だから暑いのは当然だろう、それとはしたない格好は止めろ」

「むー……」

 

 一応自室に冷房は掛かっているのだが、冷え過ぎは身体によくないので冷房を付ける際は一貫して二十八度に設定してある。

 だが鈴はそれも気にいらない様で、抗議の意を込めてさらに騒がしく暴れ始めた。

 

「アッー! アーツィ! アーツ! アーツェ! アツゥイ!」

「ええい五月蠅い! そんな風に喚いているから余計に暑く感じるんだ!」

「暑いもんはクッソ暑いんだから仕方ないじゃないの! いけないのはあたしじゃなくて日本の夏よ!」

 

 暴れ回る鈴を一喝するも、無茶苦茶な理由で反論してくる鈴に五飛は呆れ返ってしまった。

 

「だったら里帰りでもすればよかっただろうが……何故帰らなかった」

 

 現に夏季休暇に入ると同時に、生徒の約半数が帰省している。

 だが鈴は日本の夏は嫌いと以前から公言していたにも関わらず、帰る様子は見せていなかった。

 

「えーだって一人で帰ってもつまんないしー、どうせなら五飛と一緒が良かったんだもん」

「俺は一緒に居て面白い男ではないぞ……」

「何よー折角こんな美少女が一緒に居たいって言ってるんだから少しは喜びなさいよ」

「ふう、暑い暑い……お、今日も来てるな鈴。本当に仲良いなあお前ら」

 

 そこに第二形態に移行した白式に関する報告書の提出を終えた一夏が職員室から戻ってきた。冷蔵庫の麦茶を汲みながら、五飛と鈴の分も注いで手渡す。

 

「一夏も何か言ってやれ、鬱陶しくて敵わん」

「え、これ位普通じゃないのか? 千冬姉なんかもっと酷いぞ、夏場は家じゃ下着がデフォだったし」

「ほら見なさい、夏は誰にとっても等しく暑いものなのよ」

 

 一夏に同意を求めた事が間違いだった。

 あの千冬がプライベートではだらしがないというのも意外だったが、公的な面では厳格なだけに私的な面ではその反動が出ているのだろうか。

 

「折角の夏休みなんだし何処か出かけましょうよー大の男が二人して部屋に籠りっきりでどうするのよー」

「他人の部屋に入り浸っているお前が言うな……」

「だったらプールにでも行くか? ほら、今年からオープンするっていう近くの。結構評判良いらしい……ぜ?」

 

 鈴に振り向きつつそう提案した一夏の言葉が尻切れになったのは、既にそこに鈴の姿は無かったからであった。

 

「明日の十時に現地でいいわよね! そうと決まれば早速準備よ!」

 

 見れば鈴は既に廊下に飛出し、そう叫びながら今日の内に準備を済まそうと自室に駆けて行ってしまった。

 先程までのだらけっぷりが嘘の様な現金さである。

 

「全く……だがそう簡単に安請け合いしていいのか」

「何言ってるんだ、五飛も一緒に行くんだぞ?」

「なっ……!」

「まあまあ、確かに暑いからって籠りきりも良くないだろ? 身体を動かす丁度良い機会だと思えばいいさ」

「……ふん」

 

 確かにここ数日は高温多湿で有名な日本の夏にしても、茹だる様な日が続いている。

 五飛が言葉を濁したのも、一夏の言う事も尤もと感じたからであった。

 

 

----------------

 

 

「さて、漸く戻ってこれましたわね」

 

 五飛達がプールへ行く約束をした日、白いロールスロイスを校門前に乗り付け降りてきたセシリアが、相変わらずの熱気にうんざりしながらそう呟いた。

 

 夏季休暇一杯は母国で過ごしても良かったのだが、そこは恋する乙女。想い人と僅かでも一緒に過ごしたいという思いからの早期帰還である。

 

 それに里帰りと言っても、とてもではないが心穏やかには過ごせなかった。

 実家に溜まった職務、代表候補生としての報告、専用機の再調整、バイオリンのコンサート、旧友との親交。

 

 そして、両親の墓参り。

 

 考えれば考えるほど分からなくなる。

 何故、何も言わずに逝ってしまったのか。何故、自分一人が残されたのか。何故、あれほど不仲に見えた二人が最後まで一緒に居たのか。

 いつかこれらの疑問が分かる日が来るのだろうか。

 

「あれ、セシリアが帰って来てる。随分早かったわね」

「暑い中何をそんなに難しい顔をして突っ立っている」

 

 その場で考え込んでしまったセシリアに声を掛けたのは、制服ではないラフな外出の装いをした五飛と鈴だった。

 

「あ、あら五飛さんに鈴さん、べ、別になんでもなくてよ」

 

 友人との再会に平静を装おうとしても、いつもの尊大な言い回しもたどたどしくなってしまう。何よりも既に先程までの沈痛な面持ちを見られてしまっている。

 

「流石に何でもないって顔じゃなかったわよ今のは。良ければ相談に乗るけど?」

「他人の事情においそれと首を突っ込むのはよせ。済まんなセシリア、気にするな」

 

 明らかに面白半分で首を突っ込もうとしている鈴を御する五飛だったが、セシリアはその五飛の方をまじまじと見据えた後、何か意を決したように口火を切った。

 

「……そうですわね、折角ですからお言葉に甘えさせて頂きましょうか」

 

 お門違いだとは自分でも分かっている。だが常に周囲の予想の上を行く五飛、もしかしたらという一抹の可能性にも賭けてみたい。

 

 

 

 そうしてセシリアは今は亡き両親の事を二人に打ち明けたのだった。

 母に対して卑屈だった父、父に対して高圧的だった母、そして二人揃って先立ってしまった事。

 

「……何だか悪い事聞いちゃったわね、ごめんなさい」

「いえ、いいのです。自分自身、誰かに聞いて欲しかったのかも知れません」

「……」

 

 話の内容を聞いて改めて己の浅はかさを恥じる鈴だったが、五飛の方はといえば少しばかり俯き加減に何かを思案していたが、顔を上げると同時に口火を切った。

 

「お前が一人残された理由は分からん、だがお前の両親が最後まで共に在った理由は察しが付く」

「え……」

 

 まさか本当に意見を貰えようとは。

 内心の驚きを表に出さないよう必死に抑え、努めて冷静であるように改めて五飛に尋ねた。

 

「……五飛さんは、両親の話を聞いてどう思いましたの?」

「お前の眼には不仲に映っていたかも知れん。だが、最後の瞬間一緒に居る事が出来たという事は、やはりお前の両親は確かに愛し合っていたのだろう」

 

 セシリアは瞠目した。これは二人の過程を見てきたが故の己の視点からとは全く別方面からの考えだった。

 幼い頃からの先入観や双方の態度により、勝手に両親は不仲であると思い込んでいた。だが思い返してみれば、確かに父は卑屈と言えるほど常に腰が低く母は高圧的ではあったが、互いの愚痴や文句を一言も聞いた記憶が無い。

 思えば母は、家中では立場の弱い父の存在を否定的に扱った事は一度も無いし、父は母からどれだけ高圧的に接せられても、何処へ行くにも常にその後方に控えていた。

 

 そう、セシリアの記憶が正しければ両親は『常に一緒に居た』のだ。

 二人のやり取りはセシリアから見れば不仲に見えても、実際には二人なりの不器用な夫婦の形だったのではないだろうか。

 

「結婚とは永遠の約束だ……それを忘れるな」

「永遠の約束……」

「……暑い中長々と話しすぎたな。鈴、行くぞ」

 

 そう言うと少々強引に話を切り上げて、セシリアが礼を述べる暇も無く歩みを進め始めた五飛。

 どうも篠ノ之といいセシリアといい、ここ最近女相手に何処か説教染みてしまう言が多いのは、自分も知らず知らずに夏の暑さに浮かされているのだろうか。

 

 

 そんな五飛の心配を余所に、セシリアと鈴の二人は暫し呆然としてしまっていた。原因は五飛の『結婚とは永遠の約束』という発言である。

 

「五飛って……もしかしなくても結構なロマンチストだったりする?」

「ま、まさか五飛さんからあのような言葉が出てくるとは……」

 

 徹底した現実主義の五飛から、ああまで歯の浮くような台詞が出てくるとは二人とも思いもよらなかったのか、不思議と顔が紅潮してしまっていた。

 当の五飛は自身の経験に基いた、至って真面目な意見を述べたつもりだったが二人にはそんな事など知る由も無い。

 

「どうした、置いて行くぞ」

「あっちょっと待ってよもう! じゃあセシリア、また後でね!」

 

 五飛もまた、鈴とセシリアがそんなやり取りをしている事は露と知らない。

 足早に先行していた五飛に煽られて、駆け足で五飛に追いすがる鈴。僅か五、六間程度の駆け足だったがその額には早くも汗が滲み出始めている。

 今日の暑さは昨日に比べても格別の暑さである。

 

「……ねえ五飛、さっきの言葉……あたしの両親にも当てはまると思う?」

「……意見を違えたのは双方お前の身を案じたが故だろう、愛がなくなったわけではあるまい。少なくとも俺はそう思っている」

「そ、そうよね……へへ……」

「変な奴だ……」

 

 

----------------

 

 

「……来ないな」

「来ないわねえ……」

 

 待ち合わせは学園ではなく現地という段取りとなっていたが、時間になっても一向に一夏が現れる気配は無い。

 こちらから連絡を取ろうと思っていた所に、その一夏から携帯電話に着信が入った。

 

『悪い二人とも、急に行けなくなった』

 

 聞けば白式の開発元である倉持技研から、第二形態となった白式のデータを取らせて欲しいと研究員が赴いて来たらしい。

 アポイントメントも無い火急の申し出であるが、人の良い一夏は私事よりもそちらを優先したという事だった。

 

「どうする、一夏を一人置いてというのもうしろめたい気はするが」

「そうねぇ……二人きりってのも悪くないけど、今日はそういう感じじゃないし日を改め……!」

 

 ふと鈴が言葉を止めた。その視線の先には、本日の園内で開催される『水上ペアタッグ障害レース』の案内看板が大きく書かれている。

 正確には、鈴はレースそのものの案内よりも優勝賞品である『ペアで沖縄五泊六日の旅』に集中していた。

 

「……これよ!!」

「……」

 

 看板を前に一人ガッツポーズを取る鈴の姿に、五飛はまた面倒な事が起こると容易に予想が出来た。

 

 

 

 

 

「さあ第一回ウォーターワールド水上ペアタッグ障害物レース、開催です!」

 

 司会の女性が特設ステージ上でそう叫ぶと、会場からは怒号にも似た歓声と拍手が上がる。

 

「なんと! 本日はサプライズゲストにもご参加頂いております! それでは紹介致します! モンド・グロッソ中国代表候補生凰鈴音選手、そして同じく中国で発見された世界で二人目のISを扱える男子、張五飛選手、どうぞ!!」

 

 司会進行の女性に高らかに名前を呼ばれステージに姿を現す二人だったが、鈴の姿が確認された瞬間、会場の空気が一変した。

 

 

 

「うわーっ鈴ちゃんだーっ!」「しのののさんの方がかわいいだろ!」「わーっりんちゃんりんちゃんりんちゃん!!」「セシリアに比べれば他の子なんてちょろいですわ!」「ちょっと貴方馬鹿にしてますの!?」「ボーデヴィッヒ隊長に踏まれ罵られてこその健全な成年男子だろうが!」「まったくレベルの低い人達だ……シャルルきゅんの良さが分からないとは」「うわーっシャルキチだー……」「すまないがホモは帰ってくれないか!」「ショタとホモってどう違うの?」「あああああー!! りんちゃあーん!!」

 

 

 

「(何だこの異様な盛り上がりは……!?)」

 

 五飛は知らぬ事だったが、各国のモンド・グロッソ代表選考の基準項目にはその人物の容姿もしっかりと含まれている。

 つまり各国の代表及びその候補生は、紛れも無くアイドルとしての立場も存在するのだ。

 

 現に鈴も、雑誌モデルを幾回かこなした経験がある。だがそれでもこの盛り上がりについては異常である。鈴も歓声に手を振って応えているが、その笑みは引き攣っている。

 五飛の知る代表候補生の名前の他に、日本代表候補生ではない篠ノ之の名が挙がっていた理由は、条約による最低限の情報公開規約により新たな専用機所持者として大々的に報道された為である。

 そこで名と容姿を知られ、早くも固定ファン層が生まれていたのだった。

 

 ちなみにこのレース、男性参加者は五飛のみである。

 他の男性も参加しようとしたのだが、受付嬢と周囲の無言の圧力によって全員引き下がらざるを得なくなっていた。五飛の参加が許されたのは、その話題性と集客力に依る所が大きい。

 

「優勝賞品は南国の楽園、沖縄五泊六日の旅! 皆さん頑張ってくださいね!」

「よーしサクっと優勝かっぱらって一緒に南国へ行くわよ!」

「……考えておいてやる」

「(そうよ暑いからって一緒に籠りっきりじゃ起こるものも起こらないわ、二人で南国に行けばムード位どうとでも……!)」

 

 考えておくとは言ったものの、打算に満ちた表情を浮かべる鈴を余所に、五飛は沖縄へ行く気など毛頭無い。考えた末の結論が「行かない」という答えであったとしても、決して嘘では無いのだから。

 この馬鹿騒ぎでフラストレーションを少しでも発散させて鈴が暫くは静かになれば、そう軽い気持ちで考えていた。

 

 ルールは、おおよ七十五メートル四方の巨大なプール、その中央の浮島に設置してある旗を取ったものが勝ちである。天井からワイヤーで吊り下げられたその浮島は、確かに人一人の跳躍では届きそうもない高さにある。

 コースは中央に向けて円を描くように作ってあり、道中に設けられた障害は必ず二名以上の手がなければ抜けられない仕組みとなっている。

 

 勿論道順を無視して泳いでいく事はルールに反する。しかも道中転落した場合は再度スタート地点から再出発しなければならない。

 中々上手く作られてはいるが、それはあくまで一般人に対してのみ。五飛は元より、鈴に至っても代表候補生、身体能力は一般人のそれとは桁が違う。この程度の障害はむしろこちらにとって有利に事が運ぶレベルであった。

 

「さあいよいよレース開始の時間となりました、選手はスタート位置へどうぞ!」

 

 参加者がスタート位置につき各々が構えを取り終えた頃、乾いた競技用ピストルの音が鳴り響き二十四名の参加者が一斉に駆け出した。

 

 

 

 参加者は大きく分けて真っ先に旗を狙う派と、周囲の妨害を第一とする過激派の二つに分かれている様だ。そう、このレースは他者への妨害が自由なのである。

 

 ゴールなど最初から狙わずに、落とされては即復活し、他の参加者の妨害に腐心している組が見ただけでも四組は確認出来た。

 第一の障害に辿り着く前から、既に約半数の参加者が押し合いへし合いの様相を呈しており次々とプールへ転落している。

 

 だが五飛と鈴は妨害など意にも介さず、また周囲を妨害するまでもなく一躍トップ集団に躍り出た。

 足を掛けに来た者は逆にその足を掬い、無謀にも真正面から立ち向かってきた者はすれ違う刹那にプールへと転落させられていた。

 

 二人でなければ切り抜けられない仕掛けも何のその、まさに飛燕の如き身軽さを持つ鈴と、一挙手一投足に全く無駄な動きの無い、精密機械の様に動く五飛にとっては準備運動にもならない。

 離れ小島だろうが段差であろうが水流まで全て一息にクリアしていった。

 

「ふっふっふ、こちらの戦力を把握する前に参加を容認すべきではなかったわね!」

「警戒が甘すぎる、自業自得だ」

 

 だが代表候補生ともなればその能力は誰もが知る所、それを分かっていながら簡単に参加を容認したという事は、それだけの対抗馬が用意してあるという事だ。

 その正体が見えてきた。スタート当初から五飛達に先んじて先頭を走っている唯一のペアが居る。一際大きな背丈を眼前まで捕えた時、首位のペアは足を止めて五飛達に振り返った。

 

「おおっと、トップの舟木姉妹ペア! 破竹のIS組に得意の格闘戦を持ち込むようです」

 

 成人男性もかくやの筋骨隆々とした体躯、それに揃って同じ顔をした女性二人が五飛と鈴の正面から立ちふさがって来る。

 しかも司会が格闘戦が得意と言っているという事は、その道では名の知れた存在なのだろう。

 

「ご存じ二人は先のオリンピックで姉はレスリング金メダル、妹は柔道銀メダルという輝かしい成績を残しています! 流石は姉妹、競技種目は違えど息はピッタリだー!」

「ワハハ!」

「ワハハハ!」

 

 疑問を挟む余地もなく、続けて司会が二人の経歴を高々と読み上げる。確かにオリンピックのメダリストともなれば、一端は代表候補生に匹敵する能力を有しているであろう。

 背中合わせに構えた双子の姿は正しく一心同体、水着姿でありながら金剛力士のような威圧感を漂わせていた。双方の体重差を鑑みれば、正面からのぶつかり合いは愚の骨頂である。

 

「こうなったら……先に獲る! 五飛、跳ぶわよ!」

「そういう事ならば!」

 

 鈴の跳ぶという言葉から咄嗟に理解し、鈴を追い越し舟木姉妹の前に躍り出る五飛。

 体格差を埋める秘策がありやと思われたが、即座に反転しバレーボールのレシーブの要領で構え、五飛の両手を踏み台にした鈴を旗目掛けて思い切り放り上げたのだ。

 

 この時、舟木姉妹の頭上を跳んで行った鈴が見せた跳躍は、鍛錬によって到達し得る領域を明らかに凌ぐものであった。

 

「ヤ! 妹よ!」

「ム! OK姉者!」

 

 対する舟木姉妹も、相手が真正面からの激突を避けて旗の獲得を優先させた事を察し、妨害よりも旗の奪取を優先させる判断を下したようだ。

 妹が姉を呼び、得意の柔道の投げを応用して姉を旗へ向けて恐るべき膂力で投げた。

 

 恐ろしい事に、鈴の方が先に跳んだにも関わらず双方浮島に手が届く頃合いは殆ど同時であった。舟木姉妹の膂力による恐るべき加速がものを言ったのだ。

 二人でもみ合いながら旗に飛び掛かり、そのまま水面へと落下して盛大に水飛沫を飛ばした。

 既に旗は定位置には無い。という事は、今水中に沈んでいる両者のどちらかが手中に収めたという事。

 

 

 

「獲ったどー!!」

「ぬふぅ……無念!」

「決まったー! 優勝は凰り……!?」

 

 高らかに旗を掲げながら、先に水面から飛び出してきたのは鈴であった。遅れて浮かんできた舟木姉は、無念の叫びと共にその顔に悔しさを滲ませている。

 だがその鈴の勝利を告げようとした司会の声が名を叫ぶ寸前で途切れた。

 

 観客の方も鈴を迎える歓声も無く、そこに居合わせた男女を問わず全員の瞠目した視線を一身に浴びた。

 その視線は舟木姉妹も例外ではなく、見ればあの五飛ですら頭を抱えており、しかも心なしか耳が赤みを帯びている。

 

「ちょっと五飛! ほらちゃんと獲ったんだから拍手位しなさいよ!」

「なっ……!? そのままこっちに来るな馬鹿! 早く隠せ!」

「隠す? 何を隠……す……」

 

 言いかけた鈴の視界の片隅に、誰の物とも知れないブラジャー部分の水着が浮かんでいるのが見えた。

 誰かは分からないが不幸な事だと思った。だが良く見てみれば、自分が付けている物ととても似ている。色といいサイズといい全く同じと言って良いかもしれない。

 

 そういえば妙に胸元が涼しい。いくら水から上がった直後とはいえ夏の盛り、しかもプール施設内で涼しいと感じる事は有り得ない。

 先の五飛の言葉に気付いた鈴は、ゆっくりとその視線を自分の胸元へ移す。

 

 視線の先には、己の唯一のコンプレックスが一糸纏わぬ形で晒されていたのだった。

 

「ぁ……ぃ……ぇ……!!」

 

 

 

『うわああああありんちゃんだああああああ!!!!』

「いやーーーーーー!?!?」

 

 

 

 その日の夜、国内某所において日本観測史上最高気温を更新したとの気象庁の発表があったという。

 

 

----------------

 

 

「まあねえ、私も同じ女性として気持ちはわかるけど、物には限度ってものがあってねえ」

「はい……すいません……」

 

 あの直後、パニックに陥った鈴はこともあろうにISを展開して暴れ回り、レースに用いたプールは半壊、天窓も一部破損するという物損被害が発生したのだった。

 五飛も遂にはアルトロンを用いて暴れる鈴を制圧するに至り、現在は落ち着きを取り戻し五飛と共に私服に着替えて、事務室で先程の司会女性にこってりと絞られている最中であった。

 

 当然ながら優勝賞品の授与はお流れである。怪我人が一人もいなかった事と観客の中に写真等の撮影機器を誰も持っていなかったことが救いだろうか。

 

「彼氏も駄目じゃない、いくら女性優位だからってこういう時はちゃんと抑えに回らないと」

「……申し訳ありません」

「か……彼氏って……」

「(ちいっ! 自分で言っておいて何だけど爆発すればいいのに……!)」

 

 この場でどんな反論をしても自分達に理の無い事を心得ている五飛は、司会に指摘されるまま頭を下げ続けていた。

 同じく鈴も反省しきりだったが、司会女性の「彼氏」という言葉に反応して顔がみるみる真っ赤になって行っている。

 

 不意に備え付けの電話が鳴り、女性が受話器を取った。

 

「はい、事務室です……ああはい、わかりました。今しがた学園の方から貴方たちの引き取り人が来そうよ。今回は半ば事故って事で、大目に見てあげるわ」

「失礼しました……」

 

 事務室を出てからも失意のまま俯いている鈴に、流石の五飛も今回は掛ける言葉が見つからない。

 むしろ五飛自身も『見てしまった』一人なのである。どちらかといえば謝罪の言葉を述べなければならない立場にある。

 

 

 

「五飛が一緒に居たのに、珍しい事もあるもんだなあ」

 

 声に反応して顔を上げると、そこには今日共に行動する筈であった一夏の姿があった。

 どうやら学園からの引き取り人とは一夏の事だったらしい。

 

「本当は山田先生が来るはずだったんだけどちょっと手が離せないみたいだし、俺のデータ取りも終わった所でな」

「そうか……手間をかけさせたな」

 

 左から鈴、一夏、五飛と横に並び、歩きながら会話を続ける。

 

「でもIS使ってまで暴れるとか一体何があったんだ、五飛は一部始終知ってるんだろ?」

「…………」

 

 そう聞かれた五飛も鈴も一瞬言葉に詰まり、五飛は一夏の方を見やる。

 するとそれとほぼ同時に鈴もこちらの方を向き、顔を怒りと羞恥が綯い交ぜになったような表情で目に涙を溜めながらこちらを睨んでいる。

 

 当然、一夏には鈴の方は見えていない。

 

「……悪いが、あまり人に話せる事では無い」

「何だよ二人だけの秘密ってか、そんな事なら一緒に行ってた方が良かったかなあ」

「悪いけどむしろ一夏が居なくて良かったわ……」

「うわ鈴も五飛も何だか冷てえ。そんなに絞られたのか……」

 

 五飛の対応に一瞬ほっとした表情と言葉を漏らす鈴だったが、大きく息をつくと己の両の頬をぺしぺしと叩き、常と変らぬ負けん気の強い表情に立ち戻った。

 

「そうよ五飛何か奢りなさい! あれだけのものをタダで見ようなんて許さないわ!!」

「何だかよく分からないけど五飛、俺甘いものが食べたい」

「ちょっと待て、何故一夏まで同伴する気なんだ」

 

 五飛の目論見は見事に当てを外し、大人しくなるどころか以前と同じ、若しくは以前よりも更にバイタリティを溢れさせているのではないかと錯覚するほどの勢いを見せる鈴。

 

 蜩が泣き始めるには今少し時間が掛かりそうな、季節は未だ盛夏の只中にある。

 

 

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