浴衣を来たモッピーの髪をアップにしなかったOVAは万死に値すると思います。
もうあれからどれ程経ったのだろうか。
八月の中頃、いわゆるお盆の時期に合わせて帰省した篠ノ之箒は、生家である篠ノ之神社を前にしてそう独り物思いに耽っていた。
白騎士事件以来家族は散り散りなってしまっても、此処だけは何も変わっていない。
独り立ちというには早すぎる家族との別れから激動と鬱屈の日々を過ごしても、此処だけは時間が止まっているような感覚がある。
神社から程近く、というよりもその隣には道場が併設されており、嘗ては篠ノ之も一夏も、遡れば千冬もここで剣道を学んだのである。
聞くところによれば、道場主である篠ノ之の父が不在となってからも高弟達が有志で剣道教室を開いてくれているらしい。
当初はそれこそ千冬に篠ノ之、一夏三人のみであったが、並べて壁に掛けられている木札を見る限り中々の人数が今も篠ノ之流を学んでくれているようで、それとなく嬉しかった。
また、実家に帰りまず足を運ぶのが神社の拝殿ではなくこの道場というところが、篠ノ之箒という人間を如実に表している。
「箒ちゃん、ここに居たの」
道場に佇む篠ノ之に声を掛けたのは、相応の落ち着いた物腰と気品を備えた笑みを浮かべる、三十絡みの女性だった。
「懐かしくて、つい。すみません雪子叔母様」
「いいのよ、元々箒ちゃんの家じゃない。離れて暮らしていれば懐かしくも感じるわよ」
篠ノ之神社は篠ノ之家が離れた後はこうして親戚である叔母が管理を引き継いでくれていた。
篠ノ之箒は、昔からこの叔母には弱い。悪い意味では無く、年相応の物腰を備えながらも何処か乙女のような雰囲気も併せ持つこの叔母が歯切れよくぽんぽんと捲し立てる言葉を聞いていると、不思議と爽やかで心地良く、ついうっとりしてしまう。
自分も年齢を重ねるのならば、叔母の様な女性になりたいと昔から願っていたものだった。
「でもいいのかしら。夏祭りのお手伝いしてもらって、その上神楽舞までお願い出来るなんて」
鳥居に繋がる道にも、既に出店を構える者達が日の高い今の内からいそいそと準備を進めている。
この時期に帰省したのは盆の時期であるという理由も当然あるが、一番の理由はこの神楽舞にあった。
「迷惑、だったでしょうか」
「そんな事ないわ、大歓迎よ。でも夏祭りなんだし、箒ちゃんも誘いたい男の子の一人も居るんじゃない?」
「そ、そんなことは……!」
気恥ずかしさから慌てて否定の言葉を紡ぐも、その顔は一瞬にして耳まで紅が差し、その脳裏には瞬時に一夏の姿を思い浮かべてしまっている。
その様子を見て得心がいったのか、叔母もこれ以上の突っ込みは野暮と判断して、柔らかな笑みを湛えるばかりであった。
「ふふっ、それじゃあ折角だから厚意に甘えさせて貰いましょうか。六時から神楽舞だから、今の内に禊ぎを済ませてちょうだいね」
「は、はいっ」
元来、篠ノ之神社で行われていた盆の祭りというのも仏教や古神道の習合の様な通常のお盆に見られる様式と違って土着神信仰に由来する物らしく、例祭時以外では盆だけでなく正月にも神楽舞が行われている。
神座に神々を降ろし、巫・巫女が集まった人々の穢れを祓ったり、神懸かりとなって神の意志を伝えたり、また人の側からは願望が伝えられるなど、神人一体の宴を催す場での歌舞が神楽と呼ばれるようになったと考えられている。
その事と合わせると、土着神信仰の残るこの篠ノ之神社で行われる神楽舞は先祖の霊を奉る招魂・鎮魂よりも、神人一体の宴を催す後者の意味合いの方が強いのかもしれない。
当然昔から篠ノ之の一家の者がその役割を担っていたのだが、先の一家離散からその役目は親族が担ってきた。
それも篠ノ之の一家が離れ離れになってからは、親族による神楽舞の興行は年々まちまちであった。
だが今回、自分の中でほとぼりが冷めたからなのか、束から手ずからISを受け取った事で心境変化があったのか、今年は自分にやらせて欲しいと篠ノ之の方から願い出たのだ。
不可解なのが、元々古武術であった篠ノ之流がこの神楽舞を起源として剣術へ変わったとされている事である。現に篠ノ之神社においては神楽舞に宝刀も用いる。
正確な事は戦火によって資料の多くが焼失したので不明なのだが、篠ノ之流そのものが女性の為の武術であったと匂わせるものも残っている。
篠ノ之流が剣術として成立した時代を、仮に多くの剣術流派が生まれた戦国時代だと想定すると特にこの異常さが際立つ。
この当時、別して武家の女性などは男の従属物としか考えられていなかった。
系図を紐解けば分かるように、男性は幼名から諱まで克明に記されているのに対して、女性は名前が記されている事自体が稀であった。
今の世まで逸話を残す山内一豊や前田利家の正室である見性院や芳春院などは別とするにしても、その殆どは名前を記されておらずそっけなく『女』としか書かれていない程度が一般的なのである。
父または兄、時に弟の都合により見も知らぬ男の下へ嫁ぎ、勝手に離婚させられ、また別の男の下へ嫁いでゆく。
武家にとっての婚礼とは、家名を残し後継を生む為の厳粛な儀式であり、恋という概念の入り込む余地も無い。
全て家の都合であり、政略だった。家と家を結ぶ鎹の役であり、時として単なる人質の役なのだ。
奇妙な事に、こうした徹底的な男尊女卑の時代は、一方で途方も無く自由で野放図な女性を生み出すようだった。
この当時では出雲の阿国や義姫などが代表的な例だろう。まるで時代そのものがそうした女性の出現によって一種のバランスを取ろうとしている所が、何とも奇妙ではあるが面白い。
当時とは逆転した女尊男卑の流調の強い現代で言えば、織斑一夏の出現などがそれに当てはまると言えるだろう。
そして篠ノ之家の系図はと言うと、篠ノ之家へ嫁いできた、または他家へ嫁いでいった女性は皆男性と並び、その名が一人一人克明に掲げられているのである。
また剣術としての篠ノ之流も、懐刀を用いるような小太刀の術ではなく、れっきとした大小を用いる流派として生まれている。
もしかしたら篠ノ之流、ひいては篠ノ之家もこうした野放図な女性によって生まれた剣術と家柄なのかもしれない。
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「夏祭り?」
「ああ、箒の実家の神社で毎年やっててさ。去年は受験だ何だで行く余裕なかったから、今年は皆で行こうかなって」
相も変わらず一夏と五飛の部屋を根城としている鈴を交えて、一夏は異国の生まれ二人を日本の祭りに誘っていた。
「あー、あそこ。五反田も混ざって行った事あったわねえ……」
「ほう、篠ノ之の家は神社だったのか」
とは言っても鈴は以前日本で暮らしていた頃に何度か行った事があり、五飛も常に刀を振り回しているあの篠ノ之が、まさか神社の出だとは思っていなかったので些か驚いた呈を見せた。
だがこの時点では、別段興味を引かれるような物では無かった。
「それに今年は箒が神楽舞をするんだと」
「カグラマイ?」
「……舞踊による祈祷の一種のようなものだ」
「そういえば昔行った時に何かそんな事をしていたような……一夏と弾で馬鹿騒ぎに夢中だったから覚えてないわ」
この時期、特に日本の生まれである生徒は流石に帰省出来る者はしているようで、何時にも増して学生寮内には人影が少ない。
夏季休暇中の課題は五飛の焚き付けもあり、元々IS学園に強引に留学出来るような能力を持つ鈴は当然ながら一夏においてもその殆どを片付ける事が出来ている。
むしろ一夏は只でさえ他の者と比べて技術面や知識面での土台形成が遅れているのに対して、かたや第二形態移行済みの専用機所持者。
本人も特にこれといってする事が無いこの夏季休暇は、五飛や鈴と共に暇さえあれば座学と訓練をしていると言っても良い密度で過ごしていた。
幼馴染の、または級友の晴れの舞台を拝む意味でも、特に断る理由は見当たらなかった。
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盛夏の長い陽も沈みかけた頃、参道に連なった屋台は既に店を開いており段々と喧騒も大きくなってきている。
それに合わせて、神楽舞が行われる舞台周辺にも人がにわかに集まり始めていた。
「結構集まるもんなんだなあ……」
「専用機持ちになって顔が知れたのもちょっとは影響あるかしらね」
「……」
既に観覧席に腰を下ろしていた一夏達は、そのような雑談を交わしながら篠ノ之の登場を待っていた。
鈴の指摘は事実の一端ではあったが、一人別方向へ視線を向けていた五飛はこの集客の真実を一人悟っていたのだった。
どこから嗅ぎつけたのか、以前プールで群衆の中に見かけた一団を見つけていたからである。
このような厳粛な場の最中、以前のような喧騒を立てられてはたまったものではない、一人密かに警戒をしていた。
程なくして神楽笛の音が響きはじめ、誰が言うでも無く舞台の周囲が厳粛な空気に包まれる。
笛の音に合わせるように舞台へゆっくりと歩みを進めて来るのは、純白の衣と鮮やかな赤の袴の舞装束に身を包んだ篠ノ之である。
その表情は強張る事はなく落ち着いており、薄く施された白粉と口紅が普段の篠ノ之を知る者からは意外なほどの凄艶さを生み出している。
が、流石にこのような場では篠ノ之のファンも無暗に騒ごうとはせず、時と場合を弁えているようで五飛の警戒も杞憂に終わった。
やがて左手に持つ扇を揺らしながら、神楽笛に続いて篳篥、箏、太鼓などの音が鳴り始めるに合わせてその足運びも本格的な舞のものへと変化させていく。
腰を落として、その場で回転しながらゆっくりと鞘から宝刀を抜いていく。
緩慢に見える動作の中にも時折垣間見える鋭さは、剣術として成立した篠ノ之流からの流れを、逆に舞へも組み込んだのではないかと連想させるものがあった。
そもそも舞とは動から静、静から動へと転じる動きの鋭さが要求される芸能である。実の所、この鋭さを出すためには見ている者にはおよそ想像も付かない程筋力が求められるのである。
篠ノ之が見せる剣技も、恐らくはこの舞の修行で培った膂力あっての鋭さなのであろう。
回転に合わせてゆっくりと刀を抜く動作を行い、丁度一回転した所でほぼ居合抜きの如く刀を抜き放った体勢で、ぴたっと動きを止めた。
静寂の中で、篠ノ之の頭に付けられた金の簪が、動きを止めた所で一拍遅れてしゃん、と鳴る事で篠ノ之の舞に厳粛さと残心を十分に生み出している。
そこからは扇を脇差、宝刀を太刀に見立てた二刀一刃となって再びゆっくりと動き舞の動きを再開していった。
出来ている。純粋にそう思える美事な舞である。
先程の一団などは阿呆の如く口を開けて篠ノ之の舞に酔いしれている。
これが先祖の霊を奉る為の舞であるならば、人の死とは正しくこういう事を指すのだろう。
死んでゆく者にとって、死は何の意味も持たない。どんな死に様であろうと死はそれ自身では虚であり、空無に過ぎない。
その死を哀惜する生者にとってのみ、死は意味を持つ。生者が死者を思うその時、死にゆく者は初めて死者として生き返るのではないだろうか。
そう思い入ったのは、一重に篠ノ之の舞が見る者にそう思わせるだけの見事な舞であったからに他ならなかった。
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「よっ、お疲れ」
「見事だったな」
「普段の箒からは想像出来なかった姿だわ……」
「一夏!? お、お前達まで……!?」
その後、巫女装束で御守りの販売を手伝っている篠ノ之の所へ顔を出したのだが、その時の篠ノ之の狼狽の仕様は凄まじかった。
一夏達の顔を見るなり「これは夢だ」と叫びはじめ、かぶりを振って現実逃避を始めてしまったのだ。
それほどまでに知人に見られていた事が気恥ずかしかったのだろうか、あれほどの舞ならば胸を張って誇っても良い位である。
幸い騒ぎに気付いた篠ノ之の叔母が篠ノ之に喝を入れた事で我に帰り、加えてその叔母の計らいで篠ノ之も共に出店を回る事になった。
「やはりしのののさんが一番かわいいな」「モッピー知ってるよ、皆モッピーのこと大好きだって事」「ブン殴るぞお前」「モッピーは関係ないだろ! いい加減にしろ!」「訴訟も辞さない!」
篠ノ之を待つ間、篠ノ之のファンの一団がそんな会話をしつつ舞台を後にして行ったのを横目に、色を直している篠ノ之を待って一刻程経った頃。
「まっ、ままま待たせたな!」
未だ平静を取り戻せていないか、たどたどしい第一声を声高に響かせて漸く篠ノ之がやって来た。
だが篠ノ之の狼狽とは裏腹に、その姿を見て一夏と五飛、さらに鈴までもが嘆息を漏らした。
「その通り待ったぜ箒、待ちくたびれ……って、浴衣かあ。いいな、似合ってる」
「ほう……」
馬子にも衣装、と言うには篠ノ之本来の素材の良さにそぐわない。つまりは一夏の言の通り、篠ノ之の浴衣姿は五飛の目から見ても十分絵になっていた。
普段はポニーテールにしている長い黒髪を後ろに丸める様に纏め、うなじ部分に肌色が見える程度の、極めて露出の少ない立ち姿の筈がどこか匂い立つような色気を醸し出している。
「ぐぬぬ……何か女として悔しいけど似合ってるわ」
流石に浴衣を着る機会が巡ってくるとは鈴も想定していなかったらしく、鈴は一夏達と並び通常の私服である。
他の女性の艶姿に嘆息を漏らす一夏と五飛に歯軋りしつつも、篠ノ之の凄艶さは鈴も認めるところであった。
「でもこんな雑踏を四人一塊で動くのも大変でしょ、ここからは二手に別れた方がいいんじゃない?」
「む、一理あるな」
いざ行かんとした時に、鈴が提案を述べた。確かにこの時間ともなれば鳥居周辺の雑踏は相当なものになっていた。
この場に居る五飛を除く三人は時期は違えどもそれぞれ経験があり、過去を鑑みても複数人が固まって歩くには窮屈過ぎる状況である事を知っている。
「んじゃ五飛、ちょっと出店巡りに付き合いなさい」
そう言うが早いが、鈴は何時もの様に五飛の手を引っ張り駆けだし始めた。
「……言っておくが、人の財布を当てにするなよ」
「そんなしみったれた事言ってんじゃないの! さあまずは甘味制覇を目指すわよ!」
「ええいとにかく手を引っ張るな! 迷子になるとすればお前の方だろうが!」
篠ノ之は鈴の発案に同意するまでは良かったものの、いざ一夏と共に残されそうになると慌てて鈴に待ったを掛けようとするが、時既に遅く二人はあっというまに雑踏に紛れて姿を消してしまった。
一夏にとっては、鈴の突飛な行動と五飛を連れまわすこの光景は最早馴染んだもので、二人のやり取りを肩を竦めて苦笑する程には慣れっこであった。
これは鈴から篠ノ之に対する気遣いでもあると同時に、己が五飛と二人で回りたいという少々の打算も含まれての事だった。
お互い若い者同士、切っ掛けさえあれば女性は男性の想像をはるか超えて、時として自分が思っている以上にアグレッシヴになれるのである。
それは現に証明済みで、その場に出くわさなかった鈴は知らないとはいえ臨海学校のあの夜など、篠ノ之は一夏とあわや接吻という所まで漕ぎ着けている。
篠ノ之とていきなり鈴と五飛が消えて多少慌てたものの、期せずして再び一夏と二人きりという状況に満更でも無い様子だ。
事実、内心では鈴の気遣いに頭を下げると同時に互いの労苦に檄を送っていた。
尤も、一夏と篠ノ之の方は五反田の妹、蘭と偶然出くわしてしまい更なる心労を重ねることになるのだが、この時点では誰も分かるわけが無かった。
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「ハーッ! もうお腹一杯。久しぶりとはいえちょっと食べすぎたかしら」
「一体何処にあれだけの量が入るのだ……」
甘味どころか殆どの出店を制覇して悦に浸る鈴と五飛は、鈴の案内で本殿の裏手の林を進んでいた。
この日に合わせたのか、市内では別の場所で花火大会も催されており、人知れず絶好の鑑賞スポットがあるという鈴の言によってだ。
ふと、二人の会話が途切れ沈黙が訪れた。聞こえるのは虫の音と僅かに土と草を踏み続ける足音のみ。
「……ねえ。そういえばさ、一つ聞いていい」
「何だ」
他愛もない切り出しで沈黙を破ったのは、鈴の方だった。
「五飛のISってアルトロンって名前よね。でも五飛は『ナタク』って呼んでる。なんでかなーと思って」
実の所、鈴にとっては他にもあれこれと聞きたい事は山ほどある。もしこれが相手が五飛以外であればもっと饒舌になっていたであろう。
だが五飛に関してだけは、男女間の負い目を抜きにしてもそれが憚られるような気がしてならなかった。殆ど直感と言ってもいい。
鈴のその言葉を聞いて、鈴ですら分からぬ程の刹那、五飛の身体が一瞬だけ硬直した。だが傍から見れば何の反応も無く歩みを進めているようにしか見えない。
「……そのうち教えてやろう」
「今じゃ駄目なの」
「話せば長い。機が巡ってくれば話す事もあるだろう」
何処かはぐらかすような五飛の言葉に軽くだが食い下がろうとする鈴に、さらにはぐらかすようなありきたりな回避の言葉。
流石にこれ以上は無理か、鈴もそう判断した所で、丁度林を抜けて少しばかり開けた場所に辿り着いた。
小高い丘に物見の様に屋根付きの休憩所が設置されている。鈴はおぼろげな記憶を懸命に引っ張り出して、この場所に五飛を誘ったのだった。
ここは嘗て一夏や弾と共に訪れた事がある。今夜一夏が篠ノ之を伴って此処に来るという事も十分にありえるのだが、それはそれで別に構わなかった。
何も逢瀬だけが夏の思い出だけではない、友と過ごす時間の代え難さは鈴とて分かっているつもりだった。
ぱっ、と周囲が赤い薄光に照らされたかと思うと、重厚な炸裂音が後から響いてきた。
篠ノ之神社の祭りに合わせて行われている花火大会の第一射が、夏の夜空に大輪を咲かせたのだ。
花火が打ちあがり始めると、二人はまた自然と無言になった。互いに何も言わずに打ち上げられる花火を見つめている。
「月が、綺麗ね」
そのまま何発見ていたか、打ち上がった数もおぼろげになり始めた頃、ふと鈴が呟いた。花火が上がっているのに、それを褒めるでなく花火よりも遥か上空の満月を見ての感想である。
「何故花火を見ずに月を見ているのだ」
「いいじゃない、花火より上に堂々と浮かんでるんだし月も一緒に見たって」
実の所、この一言には鈴の壮大な決意も含まれていた。あくまで五飛にはっきりとは分からぬ様、鈴なりの配慮をしたうえでだが。
一夏と出会って程無い頃の小学校時代、国語の授業で教師が与太話程度に生徒達に話した事があったのを、当時子供ながらにわざわざ調べていたのを思い出していた。
「だが……確かに今日の月は綺麗だ」
帰り際に一夏と合流した二人は、篠ノ之は一晩実家の方に泊まってから戻るという事でその晩は三人で帰路に着いた。
だが夏の思い出の一日として静かに幕を閉じる筈だったこの日、鈴は二つの見当違いをしていた。
五飛とて木石から生まれたわけでは無いという事実が頭の中から抜け落ちていた事と、五飛ほどの人間がかの有名な夏目漱石に一度くらいは目を通した事があるという予想をし得なかった事である。
現在書き貯めが底を尽き絶賛難航中です、すいません
まだ書きたい妄想はあるのに中々表現出来ない自分が不甲斐無い