思春期を殺しきれない少年少女達の翼   作:ブローデン

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第四話 決闘始末(後)

 

 

五飛はアルトロンを装着し、教室で一人の時はそうしているようにアリーナ上空で腕を組み瞑目していた。

額にはブレードアンテナが付き、緑と赤を基調としたカラーリングの、何処か武闘服を思わせる装甲。そして何よりも、肩アーマーから生えるように小手に装着されている、竜の頭を模したかのような武器。

見ただけで近接戦闘を主眼に置いたISであることは、誰の目からも想像出来た。

 

「お待たせ致しました。ですが試合を始める前に、言っておかなければならない事があります」

 

補給を終えたオルコットが再出撃して来た。だが先程の一夏戦で見せていた余裕はもう感じられない。

 

「……聞こう」

「一週間前、あなたはわたくしが正しいのかと尋ねられましたね。あの時の答えを訂正します、わたくしは間違っていました。

 自分の価値観に囚われ、あなたや一夏さんにも酷い物言いをしてしまった事を謝ります」

 

これは望外であった。

もしオルコットが一夏戦と同じように、半ば戯れのまま戦おうとしたならば問答無用で叩き伏せていた所だったが、彼女も一夏戦を経て思う所があったのだろう。

最初からオルコットが本気であったならば、白式の一次移行が終える前に勝負はついていた筈である。それを偏に己の慢心で、実質オルコットが負けていたと言っても可笑しくない体にまで追い詰められた。

 

「謝罪の言、確かに聞かせてもらった。だが……」

「ええ、勝負については話は別、という事ですわね! もう先程の様な無様は晒しませんことよ!」

「ふっ、それでこそだ。こちらも行くぞナタク!!」

 

自然と口の端が吊り上る。

オルコットの目からは慢心や油断は既に感じられない、戦いに臨む者の目をしていた。やはり代表候補生となるだけの事はある。

少なくともこの瞬間、五飛の中でこれが勝負とも呼べないただの児戯から、少なくとも勝負と呼べる物へと昇華した。

 

 

 

オルコットは最初からブルーティアーズを展開して来た。前言通り、敵に接近を許すことなく勝負を決するつもりなのだろう。だが五飛も、そう易々と当たってやるわけにはいかない。

五飛が経験してきた戦場は、一対多の状況が殆どと言ってもよかった。オルコットもそう簡単には攻撃パターンのイメージを一新出来ないのか、一夏戦と同じく必ず死角から来る攻撃。

 

だがここで無理に自分の攻撃パターンを変えようとしても、今まで自分が構築してきたものをそう簡単に変えられるわけがない。むしろ咄嗟にあの手この手と変えようとしても、かえって中途半端な攻めになりかねない。

恐らくオルコットも同じ判断をしての事だろう、自分が積み重ねて来た研鑽に絶対の自信を持っている表れだった。

 

だが殺気も籠っていないビットの攻撃など、四方からの包囲攻撃に慣れていた五飛にとっては当たる筈も無かった。

 

IS稼働時間だけを見れば、代表候補生にまで上り詰めたオルコットの方が上かも知れない。だが身を置いてきた環境、ISを扱ってきた環境に差があり過ぎた。

 

五飛はビットの収納を一度も許す間もなく、正面に回った二基をツインビームトライデントで横薙ぎにまとめて、背後に回った二基を背中に生えた尻尾状の二連ビームキャノンで撃破した。

オルコットに突撃をかける五飛。まさか一瞬でビット全てを落とされるとは思っていなかったらしいオルコットの方は、ライフルによる射撃で応戦しようと、急いで間合いを離そうとする。

 

あの腕に装着されている竜に捕まると不味い。ほぼ直感でそう判断していたオルコットは意地でも接近戦に持ち込まれたくなかった。

 

見れば五飛は既に、腕に装着されている竜で攻撃を仕掛けようとする態勢に入っている。

遠すぎる。織斑一夏に続いて発見された男性IS適性者、やはり実戦慣れしていない故に間合いを見誤った。そう判断したオルコットは足を止め、ライフルを近距離で直撃させようと試みる。

 

 

だがその判断は間違っていた。右腕の竜の頭が、射出された。

紙一重の距離を測り、ギリギリ間合いが届かない所でライフルの零距離射撃を当てようとしていたオルコットは、ライフルを竜の咢を思わせるクロー部分に喰われ、まるで小枝のように噛み砕かれた。

 

驚愕したオルコットだが、冷静さは失われていなかった。刹那、肩アーマー内に折りたたまれていた伸長アームが展開し、竜を射出させているのを確認した。

あれが不意を突かれた種か。見ればアームは既に延長しきっており、この距離からならばライフルを囮に間合いを取れる。あと二軒も下がれば、攻撃態勢の五飛の加速からもあの竜からも逃れられる。

 

その後すぐさまミサイルを放てば迎撃は間に合わない筈。咄嗟にそう判断したオルコットはミサイル発射態勢に入りつつ今少し間合いを取ろうと一気に下がる。

 

不意に左下半身に衝撃が走り、逆噴射を急に止められたオルコットが軽く仰け反る。

見ればスカート左側に、五飛の左腕の竜が食いついている。馬鹿な、自分が伸長距離を見誤ったのか。それとも左右で伸長可能距離に差異があったのか。オルコットはついに一瞬冷静さを失ってしまう。

 

左腕のアーム部分は明らかに格納可能と思われる範囲を逸脱し、不自然なほど伸びている。

そしてこの隙を逃すまいと、ライフルを噛み砕いた右側の竜も、また左側と同じように不自然に伸び、オルコットの右腕を捕縛した。

 

 

 

拡張領域(バススロット)高速切替(ラピッドスイッチ)である。

ISには拡張領域と呼ばれる、武器を量子化させて保存できる特殊なデータ領域があり、操縦者の意志で自由に保存してある武器の呼び出し・再量子化が出来る。

本来は武器の保存に使われるのだが、アルトロンはISの固定装備以外で拡張領域に収納してある武器はツインビームトライデントしかない。アルトロンはその残り領域の全てを、アーム延長部分の収納にあてていたのだ。

 

また高速切替とはIS操縦における高等技術の一つで、事前に武装の呼び出しをせずに戦闘と同時進行で武装を呼び出す技術である。

これの使用が可能ならば、比喩ではなく文字通り一瞬で武器の取り出し・再量子化が可能となる。

 

この二つを合わせることで、アルトロンの固定武装『ドラゴンハング』は見た目以上のリーチを誇り、相手の予測を超えた間合いからの奇襲を可能としていた。

 

 

 

「戦いを……見くびるなぁっ!!」

 

オルコットを捕えるが早いが、そのまま五飛はジャイアントスイングの要領でオルコットを横に振り回しながら一気に急降下加速する。

地面まで半ばという地点で、一回転させ勢いをつけたオルコットを思い切り地面に放り投げる。遠心力も相まって、オルコットはなす術もなく地面に激突し盛大に土煙を上げた。

 

 

如何にISがシールドバリアーや絶対防御が存在するとしても、衝撃の全てを相殺出来るわけではない。

背中から盛大に地面に叩きつけられたオルコットの横隔膜が押し上げられ、肺の空気が一気に押し出される。一瞬ではあるが呼吸不全に陥った。

むせ返りながらも、自身の身体がまだ動ける事を確認したオルコットは五飛の追撃を躱し、態勢を立て直さんと立ち上がろうとする。

 

だが遅かった。その顔を上げた眼前には、既に五飛がツインビームトライデントの切っ先を突き付けていた。五飛の表情には、この絶対的優位な状況にあってもなお一切の油断を感じさせない威圧感があった。

 

「戦場に『こうすれば安全』という方程式は存在しない。判断力はあるようだが、見積もりが甘過ぎたな」

 

斬られる、そう覚悟し襲い来る衝撃に目を瞑ったオルコット。だが予想した衝撃は何時まで経っても来ない。

 

 

 

「だが弱い者と女を、俺は殺さない」

 

 

 

そう言ってツインビームトライデントを収め、その場を後にする五飛。

会場もオルコットも、五飛のある種女性蔑視とも取れる、場にそぐわない酷く物騒な物言いに何が起こったのか理解できず暫し呆然としていたが、程なくしてオルコットが自身の敗北を宣言。

ここにクラス代表決定戦の幕は完全に下りた。

 

 

----------------

 

 

五飛がピットに戻ると、一夏を初めとする千冬以外の面々は呆然と口を開けて出迎えていた。

 

「……五飛、お前なんであんなに強いんだ? 俺より後にISに適性があるって分かったのに」

「その前にあの言葉は何だ! 貴様女を馬鹿にしているのか!!」

「落ち着け二人とも。IS稼働時間は一夏より少しばかり多いし、以前から拳法を学んでいたので格闘戦なら自信はある。それに篠ノ之、俺は女を馬鹿にしているつもりは無い」

 

五飛の実力に驚嘆する一夏と、五飛の発言に怒り心頭の篠ノ之に同時に対応する五飛。

感嘆する一夏と、未だ納得が行った様子の無い篠ノ之を尻目に千冬が五飛の前に出る。

 

「張、お前の強さと自信の程は理解出来た。だが先程の物騒な発言は教育者として見過ごせんな、以後気をつけるように」

「……分かりました、以後気をつけます」

 

やはりこのような場所で殺すだの殺さないだのの発言は不味かったのか、千冬から戒告を受ける五飛。

だが己の信念を曲げることは出来ないので、五飛はとりあえず上辺だけの反省を述べた。

 

 

五飛が実力の一端を垣間見せたのは、彼なりの謀りがあっての事だった。

過去の織斑一夏誘拐事件に関わっているかどうかは別として、織斑一夏に目を付けている存在が居た場合、彼から目を逸らす事が第一。上手くいけば一夏が自衛手段を確立するまでの時間を稼げるだろう。

 

第二に、もし標的が自分に移り、直接手を下しに来てくれれば、それこそ好都合だからだ。

姑息な手段を使ってくるような悪に自分が遅れを取る筈もない。ましてや自分はプリベンター、向こうから手を出してこようものなら、芋蔓式に一網打尽に出来る可能性もあった。

 

そんな事を考えつつ千冬に怒られている五飛の横では、一夏はここで初めて専用機を受領した仕上げとして、山田から専用機所持に関する規約等々が書かれた分厚い教本を手渡され、辟易していた。

だが教本を受け取る右手首に装着されたガントレット、白式の待機状態が目に入った時、一夏にだけはそれが一際輝いて見えた気がした。

 

 

 

寮への帰路につく三人。そこで一夏は神妙な面持ちで五飛に話を持ちかけてきた。

 

「なあ五飛……これからもISについて教えてくれないか? 知識だけじゃなく、実戦も」

「……急にどうした。今回の負けが悔しかったのか」

「そりゃあ悔しかったさ、それに……俺は強くなりたいんだ。せめて、大切な何かを守れるくらいには」

 

試合中にも言っていた事だった。一夏は自分の特殊な立ち位置を理解出来ていない。だが、その熱意は買ってやるべきだ。

オルコットに紙一重で負けた事も良い方向に働いている。一夏の自衛手段を鍛える事も出来るし、五飛と共に居る時間が増えるということは自然と目の届く時間も増える。

 

「分かった、俺も強くなりたいのは同じだからな。こちらこそ宜しく頼む」

「サンキュー五飛! やっぱり持つべきものは男友達だぜ!」

「わ、私も当然付き合うぞ! 一度教えてやると言ったからには徹底的に叩き込んでやる!」

 

そこに割って入る篠ノ之。彼女は単に一夏と共に過ごす時間を増やしたいだけなのだろうが、それはそれで別に構わない。

 

「え、でも箒は専用機もないし……」

「いいじゃないか一夏、ISを動かし始めて僅かの俺達とは違う。色々と教えてもらおうじゃないか」

「うむ、当然だ! ビシバシ鍛えてやるから覚悟しておけよ一夏!」

 

篠ノ之へのフォローを入れると同時に、自身の設定へのフォローも忘れない五飛。

助け船を出した篠ノ之は五飛など眼中に無いと言った感じだが、逆に自分の邪魔になる事はしないだろうと思ったので、気にしない事にした。

 

 

----------------

 

 

同じころ、オルコットは自室で戦闘の汗と埃を落としていた。

 

負けた。今まで侮蔑の対象でしかなかった男に、それも日に二度も。

一夏との対戦は形式上はこちらの勝利だったが、あれは実質自分が負けていたことを悟っていた。しかも原因は自身の驕り。

 

オルコットの徹底した男嫌いは、その育ちの環境にあった。オルコット家は、イギリス社交界では名実ともに名門貴族として名高い。

そのような家に婿入りした父親は、婿養子という立場の弱さもあってか、常に母に卑屈な態度を取っていた。

 

まだ幼く、世界の狭かったセシリアは父のそんな姿に憤りを覚えると同時に、これが男というものかと刷り込まれてしまった。

また男尊女卑の時代から実家の発展に尽力し、女だてらに名門貴族の当主であった母からも『女は強くあれ』と常々教えられてきた。

 

だがそんな両親も、幼いセシリアを残して鉄道事故に遭い、共にこの世を去った。

 

それからというものの、オルコット家の親戚という親戚がセシリアに群がってきた。目的は当然セシリアを憐れんでの事ではない、両親の遺産目当てだった。

魔手から家を守らんと必死で勉強し、若くありながら遺産を狙ってきた大人たちを跳ね除けられるほどになった。

 

その過程で、自分に言い寄る男達も山ほど見てきた。誰も彼もが下卑た笑みを浮かべ、甘言を弄して自分に取り入ろうとして来た。

見知らぬ男も、オルコットの名を聞けば途端に下手に出て来た。もはやセシリアの男に対するイメージは決定的となってしまった。

 

 

 

そんな中で、日本で出会った男二人。織斑一夏と張五飛。

 

織斑一夏はオルコットの名を聞いても『知らぬ』と断じ、あろうことか手向かってきた。一夏とて自分との絶対的な経験の差は分かっていたであろうに、自分の決闘の申し出も迷うことなく受けた。

そしてその決闘も、実質的には勝っていたのにあのような敗け方をしたにも関わらず、難癖の一つも口にしない。

退かず、媚びず、顧みず。今まで出会ってきた男とまるで正反対の一夏の姿勢に、オルコットは『理想の男』の姿を垣間見た。

 

 

張五飛には、完膚無きまでに敗けた。

その時、最後に情けまで掛けられて、言葉尻だけとらえれば完全に女性蔑視の発言まで受けたにも関わらずオルコットは不思議と憤りを感じなかった。むしろ五飛の優しさとも気遣いとも取れる配慮を、仄かに感じていたのだ。

 

事実、このオルコットの感覚は的を射ていた。

五飛は別段女=弱いとは考えていない。むしろ五飛が今まで出会ってきた女性は、いずれも女傑と呼べるほどの人物ばかりであった。女と言えど明確な強さを持った女性に戦うなと言うなど、逆に浅はかである。

 

ただ彼が幼少より受けてきた教育の根底には儒教的な教義と価値観が含まれていたため、表面上どうしても女性蔑視とも受け取られかねない言動が多くなっている。

 

弱い者を相手にしないのは、心が弱いままで戦おうと武器を手に取れば、その心の弱さが武器の強さに負けて心が暴走してしまう。そんな人間は戦うべきではないと考えているからだ。

心の強さを持った人間ならば、武器を取る戦いであろうと、武器を必要としない戦場であろうと、己の目的の為に戦う姿勢を崩そうとしない。

また幾ら弱い者と戦った所で、己の強さに絶対的な自信を持つ五飛にとっては、単なる弱いもの虐めである。そんな戦いをしても後に残るのは虚しさだけ、誇り高い五飛にとってそんな戦いは御免だった。

 

女はそもそも戦場に立つべきではない。

女は生来、母性とも呼べる優しさを多かれ少なかれ持っている。だが戦場ではその優しさが往々にして『甘さ』として表に出て来てしまう。戦場では敵に甘さを見せれば即死に繋がる。むざむざ戦いの場に出させるわけにはいかない。

 

拳で語るという言葉があるが、正にそれを体現する五飛の戦いは見事と言えると同時に、僅かながらにそれを感じ取る事の出来たオルコットもやはり才媛と言えた。

 

 

 

「織斑、一夏……張……五飛……」

 

シャワーの流水音に紛れて、聞き取れるか聞き取れないかの小さな声で呟くオルコット。

 

確かに感じる身の火照りは、決して運動の余韻でもなければ熱めのシャワーの所為でもない、そうはっきりと自覚出来た。

 

 

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