一夏のクラス代表就任から数日経った或る日の朝、クラスで噂が立っていた。
二組に転校生がやって来て、クラス代表がその転校生へ変わったというのだ。しかもその転校生は中国から来たのだとも。
「なあ五飛。噂になってる転校生、中国からって……」
「ああ、一夏の考えている通りだろう」
噂話を耳にして、以前五飛から聞いていた節を思い出す一夏。
五飛からしても、思ったよりも早い編入である。あの性格だ、すぐこちらに顔を見せに来るだろう。
「今更ながらに私の存在を危ぶんでの転入かしら」
鼻を鳴らしながら胸を張るセシリア。一体この自信は何処からきているのだろうか。
「でも今の所専用機持ちは一組と四組しかいないから、余裕だよ」
「その情報、古いよ」
噂話に応えるように聞こえてきた声。皆一斉に声の方へ視線を向ける。女子ばかりの中でも更に小柄な、長いツインテールを垂らした少女。
肩が露出するように改造した制服を纏い、教室の入り口で仁王立ちするのは転入して来た凰鈴音その人だった。噂をすれば何とやら、早速顔を見せに来たようだ。
「二組もクラス代表が専用機持ちになったもの。中国代表候補生の凰鈴音よ、まあ今日は顔見せって所ね」
専用機持ちに加えて、代表候補生。突然の来訪と新事実の発覚に、にわかに騒がしくなるクラスメイト達。
だが一夏と五飛はそんな事気にも掛けず、友人との再会に破顔していた。尤も五飛はその表情を殆ど変えてはいないが。
「やっほー五飛に一夏。どう? あたしが居ない間寂しくなかった?」
「鈴……久しぶりに会ったけど、全然変わってないなあ。専用機まで持ってるのか」
「ふっ、自分から顔を見せに来た癖によく言う」
確かに一夏は一年ぶりに会うから分かるが、五飛にとっては一月と経っていない、久しぶりと言うには些か厳しいものがある。だが鈴にはその半月程の間が妙に長く感じられていた。
五飛の居ない間はとにかく暇で暇で、五飛との戦いの影響もあってかひたすらISの訓練に明け暮れていた。というよりも、他にすることがなかった。
鈴も気が付かぬうちに、随分と五飛の存在が己の中で比重が大きくなってしまっていた事に、改めて気づかされていた。その事を時折思い悩んでは、一人溜息を吐いたり赤面したりしていた事は、五飛本人には絶対言えないだろうが。
また中国からの転校生、初対面である筈なのに随分と親しげに話し始める一夏や五飛の姿を見て、篠ノ之とセシリアはひっそりと歯噛みしていた。
そこに背後から近寄った影が鈴の頭に拳を落とした。織斑千冬である。気付けば既にSHRの始まる時間となっていた。
「もうSHRの時間だぞ、さっさと教室に戻れ。それにいつまでも入り口に立っていると邪魔だ」
「ち、千冬さ……織斑先生、すいません。じゃあ五飛に一夏、また後でね」
そそくさと二組に戻っていく鈴。
その後、休み時間の度に「鈴とはどういう関係か」と詰め寄る篠ノ之とセシリアに、一夏と五飛はいい加減気を使った。なにせ友人だ幼馴染だと言っても全く信用してくれなかった。
後で本人の口から言い聞かせるしか無いようだ。
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昼休み、鈴は前言通りに一夏と五飛と共に食堂の一角に座り、昔話に花を咲かせていた。
この頃は既にセシリアをはじめ、クラスの女子と十人ほどで談笑しながら昼食というのがお決まりとなっていたが、今日は彼女達は隣のテーブル席に座り気を遣ってくれているようだった。
勿論篠ノ之とセシリアは気が気でないのか、しっかりと聞き耳を立てていたが。
「でも何で一夏がクラス代表なの? あたしはてっきり五飛だと思ってたのに」
「まあ色々あってな、俺も五飛の方がいいと思ったんだけど……」
「強くなりたいのだろう? クラス代表戦などはその為の経験を積む最たる例の一つだ」
勿論現時点の実力で言えば、五飛の方が一夏では足元にも及ばないレベルの強さであるのは明らかであるし、一夏自身その自覚はあった。
だが五飛と拮抗し得る実力を持った者など、この学園生徒では恐らく五指いるかいないかだろう。そのような中で自分が圧勝してしまうと、本来のクラス対抗戦の意味合いが薄れてしまう。手加減したまま戦うなどは以ての外である。
「ふーん、強くなりたいねえ……で、どう五飛。五飛から見た一夏はどんな感じ」
「悪い奴ではないな。向こう見ずな所があるが、それはIS乗り向きの気質でもある」
「俺、向こう見ずなのかなあ……」
他にも一夏と鈴の昔話に耳を傾けていた五飛だが、そこで一つ気になる点を見つけた。
一夏がISを初めて動かしてしまった時の話である。本来別の一般高校を受験するはずだったのだが、試験会場がIS学園の試験会場と同じ建物内で、中で迷ってしまった一夏はIS学園が試験に使う打鉄を保管してある部屋に辿り着いてしまい、動かしてしまった事が切っ掛けであると言う。
一夏の話を信じるのであれば、いくらなんでも不自然過ぎる話であった。
本来IS学園と何ら関わりの無い一般高校と受験会場が併設ということは有り得ない。しかも貴重なISを一時置いておく為の場所に鍵も掛けず、誰でも触れられるような状態にしておくだろうか。
そこまで思考したところで、五飛は勢いよく叩かれるテーブルの音によって現実に戻された。痺れを切らした篠ノ之とセシリアが、とうとう席を立ち詰め寄ってきたのだ。
「一夏、そろそろどういう関係かハッキリ説明してほしいのだが!?」
「そうですわ! 一夏さん、まさかこちらの方とつっつつ付き合ってらっしゃるの!?」
「なんでそんな話になるんだ、ただの幼馴染だよ」
「そう一刀両断されるのも女として複雑な気分だけど……まあ、付き合ってるわけじゃないわよ」
篠ノ之も幼馴染で、鈴も幼馴染。にも関わらず篠ノ之と鈴に面識がない理由はこうだった。
篠ノ之は姉がISを開発した事もあって、重要人物保護プログラムにより日本各地を転々とせざるを得ない状況に陥ってしまった。それが小学四年の終わり、転校により一夏と離れる事となった。
そして丁度入れ替わるように小学五年の頭に、鈴が転校してきたのだ。以来中学二年の終わりに鈴が帰国するまで一夏とは友好関係にあった。
「こっちが篠ノ之箒。ほら、前に話したろ? 小学校からの幼なじみで、俺の通ってた剣術道場の娘さん」
「そうなんだ……初めまして、これからよろしくね」
「ああ、こちらこそな」
篠ノ之の鈴を見る目がやたらと鋭い。鈴が自分と同じ、一夏と昔馴染みの関係である事に一方的にライバル心を募らせているようだった。
対して鈴は気付いていないのか、気付いていてどこ吹く風なのか。いつもの様に八重歯を覗かせて笑っている。
「ンンッ! わたくしの存在を忘れてもらっては困りますわ、中国代表候補生、凰鈴音さん?」
「……誰?」
「なっ!?わ、わたくしはイギリス代表候補生、セシリア=オルコットでしてよ!? まさかご存知ないの?」
「うん、あたし他の国とか全然興味ないし」
顔を赤くしながら憤慨し、言葉を詰まらせるセシリア。だからその自信の原動力は一体なんなのだろうか。
「いいい言っておきますけど! 私あなたのような方には負けませんわよ!」
「一組の代表って一夏でしょ? でも戦ったらどっちにも簡単には負けないわよ。悪いけど、強いもん」
「言ってくれますわね……!」
「折角候補生同士知り合ったんだから、そのうち手合わせしましょうよ」
激昂するセシリアに対して、不敵な笑みを浮かべる鈴。五飛との邂逅を経て、内面的にも外面的にも変わった鈴は以前と比べて確かに強くなっているだろう。
五飛がそう思いつつ鈴を見ていると、鈴もふとこちらを向いた。
「でも一夏が代表って事は、その分五飛が扱いてるんでしょう?」
「ああ、五飛もセシリアも容赦ないからなあ。練習が終わったらいつも暫く動けねえし」
「五飛も一夏ばっかりじゃなくて、これからはあたしの相手も偶にはしてよね」
「俺はいつでも構わん、お前が気が向いた時に来ればいい」
そこでチャイムが鳴り響いた。午後の授業開始の予鈴である。
「じゃあ放課後、練習が終わったら頃にお邪魔するわ。どうせ二人は相部屋でしょ? んじゃまた後でねー」
堂々と一夏の部屋に行くと言ってのける鈴に驚く篠ノ之とセシリアだったが、二人にはまだそんな度胸は無かった。
だが二人きりと言うわけではなく五飛も居るので、抜け駆けのような事はしないだろうと踏んですぐに冷静さを取り戻していた。
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放課後のアリーナ。ここ数日はセシリアの言に従って一夏、五飛、セシリアの三人でトレーニングを積んでいた。セシリアの意に沿うわけではないが、事実三人でやった方が効率も一夏の伸びも良い。
だが今日はそこに一人の増員が居た。篠ノ之箒である。
授業において実際にISを起動させる実習が始まった事で、放課後の練習機貸し出し申請が通り、使用許可が下りたのだ。
四人に増えたので、二対二で模擬戦の形を取り全員で連携の訓練が開始できると踏んだ五飛だったが、この日五飛が遅れて参加することになった事で少々問題が発生していた。
遅れてきた五飛が一夏に聞いてみれば、箒とセシリアが自分こそ一夏に手取り足取り教える、または二対二の場合は自分が一夏と組むと互いに一歩も譲らず、遂には二人だけで模擬戦の様相を呈し始めてしまったらしい。
だが不思議な事に、両者は構えを取ったまま微動だにしていない。
篠ノ之は練習機である打鉄の刀型の近接戦闘用ブレードの柄を、猫科動物が爪を立てるかの如く丸めた右手の人差し指と中指で保持していた。
更に刃の方をセシリアに向け、左手も同じように手を丸め、人差し指と中指で平地部分を挟み込んでいる。およそ一切の流派に、聞いたことも見たこともない奇怪な構えであった。
この構えを見た瞬間、一夏は全身から冷や汗を溢れさせていた。一度その身で受けた事でもあるのだろうか、一夏の全細胞が、今の篠ノ之との闘争を拒否していた。
一夏が言うには、あの構えは篠ノ之流の必勝形なのだと言う。
対するセシリアも、平素のライフルを構える手が違った。銃身を左腕の上に乗せ、左目を閉じながらスコープを覗き完全に篠ノ之のみを視界に入れている。
狙いは篠ノ之の額一点のみ。見ているこちらでもそれが分かるほど、ライフルの照準が、セシリアの目が、篠ノ之の額をちりちりと焼いている。
IS技術に関してはセシリアに軍配が上がるが、篠ノ之は持ち前の剣技でその差を補う形となっている。これが正式な試合で、互いに性能差の少ないISを駆っていれば面白い勝負が見られるであろうと五飛は思った。
だが、今は放課後。それも一夏を鍛え上げると同時に自身の技術も磨く事を目的とする場である。正直言って、邪魔以外の何物でもない。
「……仕方ない。一夏、あの二人は放っておいてこちらはこちらで始めるぞ。時間は限られている」
「うへぇ五飛とマンツーマンか、厳しいなあ」
二人の事は置いておいて訓練を始める一夏と五飛。
その後一応の決着を見たセシリアと箒も加わり、漸く連携戦闘の練習の体を成すことが出来た。
この二人、一夏の事で反目し合うと同時に、一夏に関する際には息の合った連携をするのかも知れない。
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夜の自由時間、予告通り鈴は五飛と一夏の寮室に転がり込んでいた。
「なんかあの箒とかセシリアって子、妙にあたしに冷たい気がするんだけど……」
「箒は人見知りな所があるからな、きっと緊張してるんだろ。セシリアはまあ……あれが普通みたいなもんだから、気にするな」
鈴の疑問に、水場で茶を淹れる準備をしながら答える一夏。五飛は自分の学習机に座り、鈴は事も無げに五飛のベッドに寝転がりながら会話をしている。
セシリアの方に関してはともかくとしても、箒に対しては見当違いな推測を鈴に聞かせている。実際は、幼馴染であることがセシリアに対するアドバンテージだと思っていた所に、鈴が登場した所で自身の優位が揺らぎかねない存在として一方的にライバル視している事が原因であった。
「全く、篠ノ之にも困ったものだ」
「そうだなあ、高校生にもなって人見知りはないよな」
五飛はそういう意味で言ったのではないのだが、一夏は自論が正しいと思ってしまっている。
篠ノ之はクラスでも孤立傾向にあるし、一夏に対しては照れ隠しなのだろうが、どうも暴力的な態度を取ることが多い。一夏と彼女のやり取りを見ていれば、半ば条件反射にまでなってしまっている。
排他的な部分ばかりがアクティブになってしまっているのだ。その行動力を、自分の想いをストレートに伝える方向に向ければ、これほど分かりやすいものも無いだろうに。
「でも五飛とか他の子にはそこまでじゃないんでしょ? 何であたしだけ」
「分からん。ただ俺の場合は気にも留めていない、といった風だがな」
「五飛は普段物静かだしねー、戦う時とギャップがすごいもん」
流石に篠ノ之の気持ちを五飛の口から表に出すわけにはいかない。あまり気にされてないのは事実だが。
実の所、鈴は既に篠ノ之、セシリア両名の感情に大体の察しを付けていた。自分にも、あのような態度を一夏に近い女性に取っていた経験があるからだ。
今後彼女達と接するにあたり、はっきりさせておかねばならない事があった。また、未だ不安定な自分の気持ちに踏ん切りを付ける為にも。
今夜一夏の所へ来たのも、それが主な理由であった。
三人とも一夏が運んできた茶に手を伸ばし、一呼吸入れたところで意を決した鈴は目的の話に移ろうとした。
「と……所でさ、一夏、あの……『約束』……覚えてる?」
「約束? えーっと……ああ! あれか、鈴の料理の腕が上がったら毎日酢豚を……」
何故酢豚限定なのだろう、五飛は素朴な疑問が浮かんだ。だがそこまでの言葉を聞いた鈴の表情はパッと明るくなった。
だが次の一夏の言葉を聞いた瞬間、それこそ世界の終わりに直面したかのような表情へ急転直下した。
「奢ってくれるってやつか?」
「……はい?」
「だから、俺に毎日飯をご馳走してくれるって約束だろ? いやー一人暮らしの身にはありがたいぜ」
一夏は心の底から有難がっている。だがこれにはいくらなんでも五飛も気付いた。いや、むしろ五飛でなくとも気付くだろう。その昔の約束というのは、恐らく。
「……そ、そう! その事なんだけど、あたし料理の腕てんで上がらなくってさ、だから御免! まだ暫く無理そう!」
「そんなに気にする事ないのに、たまには味見してやるぜ?」
「じゃあたまにはお願いしようかしら! あっもうこんな時間! んじゃまた明日ねー!」
鈴は他愛もない話題であることを強調しようとしていたが、明らかに強がりから来る誤魔化しである。一夏の返答を聞いた途端、逃げるように部屋から出ていく鈴。一夏も呆気にとられている。
だがその時、一夏は気が付かなかったが五飛は見つけてしまった。
部屋から逃げ出すように出ていく鈴の瞳から、大粒の涙が一滴零れ落ちて、自室のフローリングに滴るその瞬間を。
「……なあ五飛、鈴のやつ急にどうしたんだ?」
止めの一撃と言わんばかりの一夏の台詞に、五飛は頭を押さえるのみであった。まさか自分が危惧していた事がこんなに早く起こってしまうとは。
明日から何事もなければいいのだが。
「……一夏、お前はもう少し他人の心に機敏になった方がいい」
「ええ? どういう意味だよそれ」
「言葉通りの意味だ。もし今分からなくても、いずれ結果を伴って表れる」
結果を伴うというのは、当然ながら篠ノ之かセシリア、若しくは今はまだ知れない誰かの涙を以て。
ここで一夏に、篠ノ之やセシリアからどう思われているのかを口で説明するのは簡単だろう。だが一夏はそれを聞いた所で理解できないだろうとも予想がついていた。
一夏は飲み込みが早い。聞いた事は忘れてしまうが、見た事は覚えている、そして自らの手でやった事、感じた事は濡れ手に粟の如く理解していく。
だがそれは、一夏自身が身に着けようと努めているからである。本人が理解しようとしていない事を理解させようとしたところで、人間はそう単純には出来ていない。
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当然の事ながら、鈴はそのまま部屋に戻ろうとしたわけではなかった。一刻も早くその場を離れたかっただけだ、そもそも泣き顔のままで戻れるわけもなかった。
あの時一夏が約束を本来の意味で理解していれば、結果は違ったのだろうか。それとも、その上で断られていたのだろうか。今となっては鈴にはそれもどうでもいい。
子供時分の口約束など、現実はそんなものなのかも知れない。いつか読んだ少女漫画の様に上手くいくわけなどない。当時からの一夏の性格を鑑みれば当然の結果ではないか。
鈴は寮からも出てあてどなく走りながら必死に自分にそう言い聞かせた。
だが鈴にとってあの時あの言葉は、幼いながらも確かに一世一代の決意があったのだ。
憧れとも、初恋とも、恋に恋していただけなのか。鈴自身も分からなくなっていた恋の一端は、鈴の中で完全に終わりを告げた。
皮肉にも新たな学園生活が始まる日の夜に、五飛の目の前で。
あああああー! りんちゃあーん!!