思春期を殺しきれない少年少女達の翼   作:ブローデン

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第八話 EMETH

 

「出力はセシリアのスナイパーライフルなどの比ではないな」

 

鈴を抱えつつ、先程掠めたビームの分析数値を見やる五飛。鈴は頬どころか顔全体を赤くしている事以外には常と変らず、まだ状況が把握しきれていないのか呆けた顔をしている。

 

「五飛!? 何でお前がここに……って二人とも、まだ来るぞ!」

「ちっ! 鈴、今少し大人しく掴まっていろ!」

 

一夏の質問に答える間もなく、敵からの第二射が立て続けに五飛と一夏を狙ってくる。敵の出方も姿も確認出来なくては回避に専念するしかない。

 

程なくして晴れてきた爆炎から見えてきた敵の姿は、一言で言えば『異形』だった。

 

一切の肌の露出の無い漆黒のISスーツ。ISを装着しているとはいえ、異様に長い事が想像出来る両手足。首から上をすっぽりと隠したフルフェイスヘルメットの様な装甲。その顔に不気味に赤く光る五つのカメラアイ。

そして巨大な両肩と両腕、その肩と腕部に見えるのは先程のビームの発射口だろうか。

 

「なんなんだアイツ……あれでもISなのか……?」

「答えろ! 何者だ貴様は! 何が目的だ!」

 

当然の疑問を口にする一夏と、敵の意図を問いただそうと叫ぶ五飛。だが敵は依然として不気味な沈黙を保ったままだった。

 

『織斑君、凰さん! 聞こえま……あ、え!? 何で張君まで!? と、とにかく早くアリーナから脱出して下さい! すぐに先生達がISで制圧に向かいます!』

 

管制室の真耶から通信が入ってきた。居る筈のない人間が混ざっていた事に多少驚きはしたものの、直ぐに退避するよう指示を出してくる。

 

「……いや、せめて皆が避難を終えるまで食い止めないと!」

「山田先生、俺も一夏の意見に賛成です」

『それはそうですけど……でもいけません! 生徒を危険な目に遭わせられません! 張君まで何を言うんですか! 織斑くーん!?』

 

そこまで言った所で管制室からの通信を切る一夏と五飛。いや、切らざるを得なかった。敵ISが身体を傾け猛スピードで突進してきたのを避けるのに集中するために通信を切ったのだ。

 

もしこれが一夏と鈴のみで正体不明機を止めるとなると、相当難しい話だったろう。

だが一夏の判断自体は間違っていなかった。一撃でIS戦闘用の遮断シールドを打ち破る火力を持つ以上、観客席の物理防壁もどれほど持つのか怪しいものだ。

 

それに、五飛は元々自分一人で正体不明機を止めるつもりであった。だがそこに一夏が加わるのであればより早く片を付けられる。本来ならば護衛対象を巻き込むわけにはいかないのだが、状況が状況だ。

どうせならば目の届く所で協力してもらった方が手間も省ける。問題は白式のエネルギー残量と、未だ五飛の腕の中で呆けている鈴であった。

 

「話は聞いていたな、悪いが付き合ってもらうぞ鈴。だが無理そうならばこのまま退け」

「だっ誰に言ってるのよ! そ、それよりもそろそろ……」

「む、すまん」

 

鈴に協力の旨を伝えると、同意の返事と共に抱きかかえていた鈴を離す五飛。紅潮した顔は未だ治まっていないようだが。

 

「何か作戦はあるのか? 正面からあの火力に挑むのは難しそうだし……」

「いや、簡単な話だ。俺と鈴が牽制する、動きを止めた所を一夏、お前が決めろ」

「まっ下手に策を弄するよりはそれが一番ね!」

 

事実、複雑な作戦と言うのは当然複雑な行程が必要になるので、それだけ失敗する確率も高い。それならば数の利を生かした力押しの方が確実に決められる。

止めを一夏に任せるのは、白式が持つ単一仕様能力『零落白夜』の能力を見込んでの事と、止め以外に連発出来るだけのエネルギーの余裕がない事である。

 

「責任重大だなあ……でも任された!」

 

切っ先を敵に向けて構えなおす一夏。後は五飛と鈴で必殺の隙を作り出すのみだった。

 

 

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「もしもし!? 織斑君聞いてます!? 凰さんも張君も! もしもーし!?」

「本人達がやると言っているのだ、この状況ではやらせてみるしかあるまい」

「おおお織斑先生! 何を呑気な事言ってるんですか!?」

「少しは落ち着け、山田先生。糖分が足りんからイライラするんだ、コーヒーでも飲め」

 

いそいそとコーヒーを用意する千冬だが、砂糖と塩を間違えて大量に盛っている。口ではああ言っても、普段の千冬からは想像も出来ないような間抜けな事をする程動揺しているのは明らかだった。

 

「先生! わたくしにIS使用許可を! すぐに出撃できますわ!」

「そうしたいところだが、これを見ろ」

 

管制室のコンソールを数回叩き、表示画面を切り替える。その数値はこの第二アリーナのステータスチェックだった。

 

「セキュリティがレベル4に設定……? しかも扉が全てロックされて隔壁まで……あのISの仕業だと!?」

「そのようだ。これでは避難することも救援に向かう事も出来ないな」

 

落ち着いた様子で話す千冬だが、その手は苛立ちを抑えられないのか、手全体が白くなるほど力強く握り拳を作っている。

 

「で、でしたら緊急事態として政府に協力要請を……」

「既にやっている。現在も三年の精鋭と外部の協力でシステムクラックを実行中だ。ロックを解除出来ればすぐに部隊を突入させられる」

 

言葉を続けながらも、なお強く握り拳を作る千冬の姿を危険信号と受け取り、頭を押さえながらベンチに座るセシリア。

 

「はあぁ……結局待つ事しか出来ないんですのね……あら? 篠ノ之さんは何処へ……?」

 

セシリアの声に気付いたのか、真耶もセシリアと共に周囲をきょろきょろと見回すが、その姿は見当たらない。

何かに感づいたのか、千冬だけはさっきよりもさらに厳しい目つきを作っていたが、それは誰にも気が付かれていなかった。

 

 

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「くそ……っ!」

「一夏っ馬鹿! ちゃんと敵を見なさいよ!」

「わかってるっつーの!」

 

これで三度目となる一夏の斬撃の機会だったが、敵にするりと躱され今回も無駄になってしまった。すかさずその剛腕を振り回して反撃してくる敵ISから再び距離を取る一夏。

鈴も反撃に転じた敵ISを抑え込む為に龍咆を、五飛は二連ビームキャノンを放つが、それも敵の剛腕に弾かれるように防がれてしまう。

 

すかさず五飛と鈴にも肩の拡散型ビームの反撃が来るが、こちらは近距離の面攻撃用の武装なのか、距離を保っていればそうそう当たるものでは無い。

 

決して一夏の斬撃が遅いわけではない、敵の機動が想像以上に速いのだ。あの巨躯を支える為の出力と、全身に備えられたスラスター群の性能であろうか。

しかも一夏の攻撃は何処か加減がある。恐らく零落白夜の威力が敵ISの操縦者にまで及ぶ可能性を考慮しているのだろうが、この場では甘い判断と言わざるを得ない。

 

止めを刺すには牽制などではなく、完全に敵の足を止める必要があった。

五飛もドラゴンハングで仕掛けているのだが、敵の機動を捕えるまでには至っていない。だが、ただ捕まえられていないだけで、何度かその射出を直撃させてはいるのだ。

 

ドラゴンハングはその射出力と強度だけでも、並の装甲ならば容易く貫いてしまうだけの性能がある。如何に絶対防御が発動しようとも、その衝撃だけで敵の意識を刈り取る事さえ可能な威力である。

だが敵はその直撃を受けても、少し怯む程度に僅かしか足を止めない。敵機の装甲もさることながら、その衝撃に耐えうる操縦者の能力も凄まじい事が予想出来た。

操縦者がいれば、の話だが。

 

「一夏! 加減が利く状況ではないぞ!」

「悪い! 頭では分かってるんだがどうしても……でも五飛、鈴。あいつの動き、何か違和感がないか?」

「……奇遇だな、俺もそう思っていたところだ」

 

背を合わせるように、敵ISに構えを取る一夏と五飛。

五飛の予測と同じように、一夏も違和感を感じ始めていた。敵の動きが、あまりにも機械じみているのだ。

 

「……そういえばアレ、さっきからあたしたちが会話してる時はあまり攻撃してこないわね。まるで興味があるみたいに聞いてるような……」

 

二人の少し上空に構える鈴も、二人とは別の点の違和感を感じ取っていた。それらの点を踏まえて考えられる可能性は、あの敵は無人制御である事。

 

「ううん、でも無人機なんて有り得ない。ISは人が乗らないと絶対に動かない、そういうものの筈だもの」

 

鈴は突飛な発想を否定するが、実のところ先進各国では、ISの無人制御は水面下で進められている計画だった。

だがISコアの解析が遅々として進まず、何処の国も未だ机上の空論を出ない領域で足踏みしているだけである。

 

しかも、敵の狙いはどうやら織斑一夏の身柄とは関係がないらしい事も察せられた。

敵の攻撃は一夏にのみ集中しているわけではない、五飛や鈴にも万遍なく加えられているのだ。まるで自分の力を誇示するような暴れ方だった。

 

 

 

『五飛、聞こえますか!』

「カトルか、中の様子はどうなっている!」

『やはり予想通りでした。アリーナ内のセキュリティが全て最高レベルのままロック、隔壁も殆ど下ろされていて避難も救援もままならない状態です』

 

その時、カトルからプライベート・チャネルで通信が入ってきた。ハッキングされている、内部の状況がそれを明確に示していた。

 

『今も学園側や隊の皆が手伝って少しずつシステムを奪還していますが、その過程で分かった事があります。ハッキング元は、アリーナのISです』

 

その情報が決め手となり、先程の想定が断定に至った。ISであれだけの戦闘をこなしながら、これだけの大規模なハッキングを併行させるのは人間とISの単体能力ではほぼ不可能だ。

ただ、もしISを動かしているのが人間でなく、精密機械の塊であるというのならば話は別になってくる。

 

「一夏、内部から情報が入ってきた。やはりあれは無人機らしい」

「マジかよ……でも、それだったら遠慮は無用だな!」

「うそ……本当にそんな事ってあるんだ……」

 

三者三様の反応だが、これで改めて反撃に移れる。その時だった。

 

『もうすぐアリーナに通じる隔壁だけでも……え……待ってください! 内部からアリーナへ向かっている人が……!? 五飛、ピットです!』

 

「一夏ぁっ!! 男なら……男ならそのくらいの敵に勝てなくてなんとする!」

 

 

その絶叫にも似た声援の主は、管制室から試合を観ていた筈の篠ノ之箒であった。

ハイパーセンサーで拡大して見やると、肩で息をして怒っているとも焦っているとも取れる様相をしていた。

 

だがこんな状況であの絶叫、それも生身の乱入者。己の力を誇示するように暴れまわる敵ISの標的にならないわけがなかった。敵は既に両腕を篠ノ之に向けて構えている。

それを見ても篠ノ之は一瞬怯えるような表情をするも、キッと敵ISに向き直りその場を動こうとしない。その胆力は認めないでもないが、この場では余りにも無謀な行動だ。

 

「箒、逃げ――」

 

敵ISのビーム発射口が揺らめき始め、一夏が箒に向かって逃げるように言おうとしたその時。

 

敵ISに向かって一刀、いや三刀の武器が投擲されていた。

一つは上空に待機していた鈴が双天牙月を連結させ、ブーメランの要領で敵に投げつけたのだ。敵ISは咄嗟に発射態勢を取りやめ、双天牙月をその剛腕で弾き飛ばした。

 

残る二つは、アリーナの観客席から、隔壁を切り裂きながら投擲されていた。

一夏と鈴、篠ノ之もその武器に見覚えは無いが、五飛はよく知っている武器だった。刀身が半円を描く様に大きく湾曲している、ショーテルと呼ばれる両刃剣。

 

カトルの専用IS『サンドロック』の武装である。

 

 

 

三刀同時に攻撃を受け、うち二刀はその両腕で弾き飛ばすも、ショーテルの一刀は防ぎきれず左肩に深く突き刺さった。

 

その隙を見逃す五飛では無かった。すかさず両腕のドラゴンハングを展開、敵ISの一際細い上腕に竜の咢を喰らいつかせる。

 

「一夏! 今だ!」

「応!」

 

五飛の声に応え、身動きを封じられた敵ISに急襲する一夏。無人機ならば遠慮は要らない。狙うは、敵パイロットの胴体。

零落白夜を発動させ、すれ違いざまに横一文字に雪片弐型を振り抜き、敵に向き直り残心を維持する。

 

一瞬の間を置いて、五飛がドラゴンハングを収納させた。すると両断された腰から上の半身が地面に崩れ落ち、少し遅れて下半身も仰向けにどうと音を立てて倒れた。

切断面から散るのは血ではなく、微かな火花と鉄の断面。やはり機械制御の無人機であった。敵ISが地に伏すと同時に、投げられたショーテルも光の粒子となって消えて行った。

 

 

 

「終わったの……?」

「……どうやらその様だな」

「ふう……やっとか。でもあのヘンテコな剣は誰が投げ――」

 

大きな息をつき、構えを解く一夏。だが次の瞬間、全員のHUDに警告が再び表示される。

 

「一夏! 五飛! あいつまだ動いて……!!」

 

上半身だけで伏している敵ISがその腕をこちらに向けている。出力をさらに上げたのか、腕そのものを変形させて狙いを定めていた。

狙いの先は、いち早く再起動に気付いた、凰鈴音。

 

次の瞬間、発射されるビーム。五飛は躊躇いなく敵と鈴の射線上に割り込んだ。

両腕を×の字に組み、肩に備え付けられていたシールドを左手に構えている。ドラゴンハングの強度とシールドを合わせれば、これ位の攻撃、数瞬は耐えられる筈だ。

 

「五飛!?」

「一夏! やれぇ!」

「うおおおぁぁっ!!」

 

視界が白く包まれる中、五飛は鈴の悲鳴にも似た呼びかけと、一夏の怒号を聞いた。正面から加えられていた衝撃が途切れた事を感じた瞬間、五飛の意識も同時に途切れた。

 

 

----------------

 

 

次に五飛の意識が戻った時、視界には鈴の顔が飛び込んできた。

周囲を見回すと、どうやら保健室のようだ。ベッドに寝かされていたらしい。

 

「……敵はどうなった」

「大丈夫よ、ちゃんと一夏が仕留めたわ。もっとも一夏の方にも攻撃がいって、五飛と同じように寝込んでたけどね」

「油断があったか……俺もまだまだだな」

 

そう言いつつ上体を起こす五飛。全身に軽い痛みはあるが、大きな怪我が無いことを把握した。だが部屋には五飛と鈴以外の気配は無い。

 

「ああ、一夏の方が先に目が覚めて帰ったわ。二人とも大きな怪我は無いけど、全身に軽い打撲があるようなもんだから数日は痛みに耐えろって、千冬さんが。一夏なんか、お見舞いに箒とセシリアが鉢合わせしちゃってそっちの方が大変だったんだから」

「そうか……鈴は」

「ん? あたしは平気よ、ちゃんと五飛に護って貰ったし……」

「お前は、一夏の方に行かなくていいのか。惚れているのだろう、一夏に」

 

 

五飛が寝ていた時と同じように、再び静寂が保健室を包んだ。

流石に今後もよそよそしい態度を続けられては歯切れが悪い。この場には二人しかいないのなら、いっその事問いただしてしまった方が早いと判断した。

 

 

「……やっぱり、バレてた?」

「分かりやすい程にな。もっとも気付いたのはあの日の夜だったが」

「あー……うん、もう、綺麗さっぱり諦めたわ! 五飛も一緒にいて分かったと思うけど、あいつ昔から超が付くほど鈍感でさ! 約束は覚えていてくれてたけどあたしが言ったのとは全然違う意味で捉えてたし……結局、あたしの一人相撲だったんだなあって、それで……」

 

まるで悪戯がばれた子供のような、バツの悪い表情を浮かべる鈴。

 

鈴の言う約束とは、まだ女尊男卑ではなかった時代に日本で使われていた、一種のプロポーズとしての言葉をもじったものだったらしい。

本来は男性から女性に言うのだが、毎日自分が食べる食事を作ってほしい、転じて一緒に暮らしてほしいという意味合いなのだそうだ。

 

「だからさ、一夏の事はあの二人に任せておいてあたしは五飛のお見舞いに来たってわけ! 五飛だってあれだけ苦労したのに、目が覚めても誰もお見舞いが居ないんじゃ」

「もういい……済まなかった」

 

捲し立てるような早口で弁解する鈴を、言葉途中で遮るように切り上げる五飛。鈴から視線を逸らして見た外の風景は、既に夕暮れ時だ。

鈴の言葉を切り上げさせたのは、既に彼女の瞳は溢れんばかりの涙を湛えているからだった。これ以上喋らせるのは、彼女の心を傷つける事になる。

 

 

 

外を見ていた五飛の肩が、ふと重しを感じた。

鈴が縋りつくように、五飛の肩に顔を埋め、泣いていた。肩を震わせ、嗚咽を必死にこらえていても、ISスーツのまま寝かされていた五飛の肩には止め処なく涙が浸み込んできて、その温度を感じさせている。

 

 

いかにセシリアや篠ノ之と仲良くなったとはいえ、二人の想い人に自分も想いを寄せていてつい最近諦めました、などとは口が裂けても言えなかったのだろう。

流石にそこまで親しくはなってもいないだろうし、二人に変に気を遣わせたくないという鈴の配慮もあっただろう事は予想出来た。

 

今まで五飛に距離を置くような態度を取っていたのは、五飛と一緒にいては自然と彼に縋ってしまうからだった。

既に情けない姿を五飛に見られている分、これ以上の醜態は晒したくなかった鈴の誇りが、彼との距離を置いていた。

 

それに今回、鈴は初めて『死』を意識した戦闘を経験した。一切の加減が無い攻撃が自分に向かってきた時、その攻撃から五飛が庇った時。自分の、仲間の死を想像したに違いない。

 

数年来の片思いからの失恋、初めての死を意識した恐怖からの解放、五飛の目が覚めた事による安堵感、五飛に自分の想いを問われ全てを吐き出した恥と、五飛の存在の大きさ。

それらが一気に押し寄せてきた鈴には、その感情の波を止める術は無かった。

 

 

 

「……よく泣く女だな、お前は」

 

視線を外に向けたままの五飛の言葉に、肩に縋って顔を埋めたまま小声で「五月蠅い」と反論された気がするが、あえて聞こえないふりをすることにした。

五飛は鈴の肩を抱いてやるような事はしなかったが、突き放すような真似もしなかった。それ位の優しさは五飛とて持ち合わせていた。

 

今五飛に出来る事は、上気して体温の上がった鈴の髪から漂う石鹸の香りの中、昼間の騒乱が嘘のように静かな夕暮れの風景を眺めている事だけだった。

 

 

----------------

 

 

「面倒をかけたなカトル、あそこでお前が居なければ危なかった」

『いや、僕の仕事は実質あれだけでしたよ。五飛もお疲れ様でした』

 

程なくして、誰よりも五飛の身を案じていた鈴は泣き疲れた事と安心感もあってか、椅子に腰かけたまま五飛の膝を枕に寝息を立てている。

そこでカトルから今回の顛末を報告する通信が入ってきた。プライベート・チャネルによる秘匿通信なので、余程の事が無ければ盗聴される心配は無い。

 

戦闘後、あのISの残骸は学園により厳重に保管される事となった。内部の人間には生徒、教師を含め箝口令を敷かれ、外賓の人間に口止めを頼むのには学園側も相当骨を折ったそうだ。

当然の事ながら、以降のクラス対抗戦は全て中止となっていた。

 

『残念ですが、今の所あの無人機を送り出した組織ないし国家は確認できません。それどころか、何処でどうやって作られたのかすらはっきりしないんです』

「やはり織斑一夏が目的では無かったようだな」

『ただ、決定的な情報も掴めました。今世界に現存しているコアの所在は、ISごと行方不明になっている三つを除いて、全て確認出来ています』

 

先進国ですら机上の空論の域を出ない無人制御のIS、そして公式記録に存在しない新しいISコア。これらの要素から導きだされる今回の事件の首謀者は、一人しか思い浮かばない。

二人とも思い当たる人物は知っている。だがあくまで状況証拠からの推論に過ぎず、そう断定する決定的なものは何一つ無かった。

 

『この騒動を聞きつけて何処かが動き始めないとも限りません、気をつけて下さい……では、僕はこれで』

 

そう言って通信を終えるカトル。外は既に日が沈みかけている、鈴を起こして自室に戻らなければならない。

 

外はまるでこれからの学園にふりかかるであろう事件を示唆するかのように、夕暮れ時の影が消え、学園全体をさらに暗い夜の帳が包み始めていた。

 

 

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