大甘菜は真冬の空に咲き誇る   作:百合って良いよねって思う

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『余り物には福がある』と人は言うけれど、それは選ぶことができなかった者の言い訳なのだと私は思う。私はそんな言葉使いたくない。選択を間違え、あまつさえ選ぶことすらできなくなった私には、惨めな称号がお似合いだから


裏切者には罰がある

『……Kも、えななんも、Amiaも……甘菜だって、誰よりも消えたがってるくせに』

 

雪の言葉が、頭から離れない。わたしは、人を幸せにできる曲を作らなきゃいけない。雪を救う曲を作ってみせる。

 

……あの時の甘菜の反応は明らかにおかしかった。雪のことでいっぱいいっぱいで気づけなかったが、そのことに気づけていたら、また何か違ったのだろうか。

 

 

***

 

『――な!かんな!いるの!?』

『いたら返事して、かんな!』

 

『Untitled』の再生を終了して、現実世界に戻ってきた。少しだけみんなから遅れた影響か、奏の後に私がいなくて焦っているという状況になってるみたい。

 

「……みんな、無事に戻れてたんだね」

『それはこっちのセリフだよ、かんな!でもよかったー、戻ってこれたんだね』

『はぁ……とりあえず、これで無事に全員帰ってこれたわね』

『でも、私達一体何されたの?ミクに触られたら、いつの間にかここに戻ってたけど……』

『うん。それになんだったんだろう、あのセカイって場所。ミクは変なこと言うし、雪も……』

 

あの場において、ミクとまふゆの言うことを正しく理解できたのは私だけだった。仕方ないだろう。あそこら辺はバックボーンまで知らないとわかりにくいのだ。Amiaもえななんも、当然まふゆの事情なんて知らない。親や周りから抑圧されて、どんどん自分がわからなくなって……。

私はそれがわかってたのに何もできなくて……それどころかまふゆのことを追い詰めて。

 

思考の海に沈む。悪循環だとわかっていても止められない。

 

『雪って……あんな子だったんだね』

 

Amiaの声に思考の海から戻ってくる。違うと言いたいけど、私に言う資格なんてない。

 

『……そういえば、雪ってかんなのこと、名前で呼んでたよね?』

『確かに。もしかして、知り合いだったの?』

 

まふゆが私を名前で呼んでたことを、KとAmiaが言及してくる。……流石に、誤魔化せないよね。

 

「……そう、だね。友達……だったの、かな」

『……?随分と歯切れが悪いじゃない。はっきりしなさいよ』

『ま、まあまあ、えななん。かんなにはかんなの事情があるんだよ』

「……ごめん」

『ちょ、かんな?』

『えななん、流石に謝った方がいいんじゃない?』

「……大丈夫だよ。私は気にしてないから」

 

流石に気分が落ち込みすぎてた……薬も効いてきたし、今なら少しは明るく振舞える自信はある。

 

意識して、Amiaのように明るい声を出す。

 

「それよりも、どうしようか……雪、あの様子だと戻ってこないよ」

『まぁ、今日はこれでお開きにしよっか。雪のこととか、これからのことは、また明日考えればいいよ』

『あんなヤツのこと、もう考える必要ないでしょ。大体、本人がひとりでやるって言ってるんだから、もう戻ってくるわけないじゃない!』

 

少し空気が悪い。Amiaは何を言えばいいのかわかってない感じだし、えななんもKもだいぶ落ち込んでる。

 

結局、その日はそのまま、AmiaとKが落ちたことで一旦解散することになった。

 

 

***

 

次の日、私は働かない頭を必死に動かしながら学校に来ていた。昨日は全然眠れなくて、結局夜通しミックスの作業を進めてた。徹夜自体は慣れてるし、一徹くらいなら問題ないけど、昨日のまふゆとの会合が思ったよりもダメージとして残ってるみたい。話しかけられてもいつもより反応が悪かったらしく、杏にも心配されてしまった。

 

「……風、気持ちいいな」

 

放課後、今日は部活がオフの日で何となく家に帰りたくなかった私は、開放されている屋上で夕日を眺めていた。中学でも屋上は開放されてて、辛くなったときはよくここで風を感じたものだ。……瑞希や、神代類のように。

 

――……Kも、えななんも、Amiaも……甘菜だって、誰よりも消えたがってるくせに

 

「そっか……やっぱり、私は消えたいのかな」

 

多分、まふゆの言ったことは合ってる。私は消えたい。けど消えられない、ある意味奏と同じ。前世で精神科医をしてた私には、今私が多くの精神疾患に罹ってることなんてよくわかってる。薬を飲んでいても、所詮は市販薬。そもそも直接的に作用する成分の種類が少ないのに、耐性もすぐできちゃうからあまり長い期間飲み続けられない。いつか限界が来る。

 

「限界までに、みんな救われてほしいけど」

 

厳しいだろうな。瑞希や絵名は前を向けても、奏やまふゆはイメージが湧かない。

 

校庭を眺めれば、サッカー部がボールを蹴りあって練習している姿が見える。たまに彰人くんがいるのが見えるけど、今日はいないみたいだ。

 

「みんな、楽しそう」

 

うちのサッカー部は割とエンジョイよりみたいで、部員の多くに笑顔が見える。中学は私立の女子中で、みんながみんな血眼になって結果を出そうとしたりレギュラーを狙っての蹴落とし合いが当たり前だったから、何となく新鮮な気持ちだ。私は文化部だったのでそんな血みどろの争いとは無縁だったが。

 

「……あ、瑞希」

 

校庭から少し目線を外してふと校門の方を見れば、ちょうど瑞希が校門を通り過ぎようとしているのが見えた。ピンク色の髪をしているからだいぶ目立つ。天馬司ほどではないが存在感もあるし。

隣には、見覚えのある女子がふたり。確かクラスメイトだったはずだ。原作のメインストーリーであんな感じの場面があったので、多分合ってる。

 

「まふゆ……」

 

少しの間目を背けても、すぐに頭の中はまふゆのことでいっぱいになってしまう。

 

今、奏はまふゆを救うための曲を作っているはずだ。私には作れない、『人を救う』曲を。

 

「はぁ……帰ろ」

 

奏には、何か聞かれるだろうか。……聞かれるだろうな。私はまふゆの幼馴染だから。

酷く憂鬱な気分だけど、ナイトコードに行かない選択肢はない。私はまふゆに救われて欲しいから。そのために必要ならば、私は命だって捧げよう。

 

 

***

 

『ねぇ、K。少し休んだら?』

『平気』

 

やっぱり奏はあれからずっと作業をしてたらしい。ナイトコードでの反応も悪いし、もしかしたら倒れちゃうかもしれないと思ってるのかAmiaもえななんも心配そうだ。

 

『あー……ところでさ、次の曲の作詞って誰がやるの?雪も帰って来なさそうだし、そろそろ決めないとなって』

『……かんなに、お願いしたいと思ってる』

「……へ?」

 

場の空気が少し悪いから何か気の利いたことを言おうと考えてたのに、急に爆弾が降ってきた。

 

――私が、作詞?

 

――なんで?何を書けば……

 

『できそう?』

「……ちょっと、厳しいかも。歌詞なんて、もうずっと書いてないし、雪レベルのクオリティはすぐにはできない」

『なら、わたしがやる』

 

Amiaが流石に大変だって言うけど、Kはまともに取り合おうともしない。挙句の果てには『邪魔しないで』と言ってミュートにしてしまった。

 

「……K」

 

今のKは、まふゆのための曲を作ってる。ミックスやアレンジはできる。奏の曲という基があって、それを伝えたい方向に持っていくだけだから。正直、中身なんてない。

でも、歌詞は違う。今の私に、まふゆに届く詞なんて書けるわけがない。歌詞は中身が伴わないと意味がないから。今の私にはその中身がない歌詞しか書けない。

 

結局、その日も大した作業はできず、Amiaとえななんと少し喋ってから落ちた。

 

 

「……はぁ」

 

やっぱり、眠れない。ベッドに入ってからかなり時間が経ったのに、むしろ頭は冴えていく。相変わらずまふゆのことが浮かんでは沈み、自己嫌悪だけが高まってしまう。

朝日が昇り始めたころには既に眠ることを諦めて、日課であるランニングへと繰り出した。

 

夜も眠れず、授業も集中できない。前世で既に学んだことを繰り返してるだけだから躓くことはないものの、最近確実に精神が削れるような生活を送っている。隈はメイクで隠しているし、演技の応用で普段と変わらない様子で過ごせてはいるが、杏や瑞希みたいな聡い人達にはバレてしまいそうだ。

 

「ふぅ……流石にオーバーワークだったかな」

 

日課とは言え、いつもは5km程度の所を今回は15km程走ってしまった。まふゆのことが頭に浮かんでは振り払うように走っていたとはいえ、明らかに度が過ぎてる。

 

「……あの、すみません」

 

適当に自販機で買ったスポーツドリンクを飲みながらベンチで休んでいると、声を掛けられた。少し凛とした感じで、どこかで聞いた声だなと思いながら声の方を向けば予想だにしなかった人物が立っていた。

 

「はい、なんで――っ!……桐谷、遥……!?」

 

トップアイドル、桐谷遥がそこにいた。正確には少し前に脱退したという記事を見たので肩書は既に元トップアイドルだが。確か、彼女のランニングも日課だ。だがこの辺りで彼女を見かけたことはない。今日はたまたま時間がずれたからなのかはわからないが、何故私に声を掛けたんだろう?

 

「あっ……ご存知、だったんですね。少し前に脱退して今はただの一般人ですが、元アイドルの桐谷遥です」

「……あなたのことは昔から知ってます……とてもよく。私、大暮甘菜って言います。それで……何か私に用でも……?」

「大暮さんですね……いえ、用と言えるほどのことでもないんですが。実は最近よく大暮さんのことを遠目で見かけてて、今日はやけに長く走ってたようなので心配になって……」

 

なるほど……私が気づかなかっただけでどうやら桐谷さんは私を度々見ていたらしい。この辺は同じ年代の人も全然いないし、この髪も相まって余計に目立ったのだろう。

 

「そうだったんですか……すみません、わざわざ心配してもらって」

「いえ……その様子だと、ただの考えすぎだったみたいですね。ごめんなさい」

「いえいえ、全然大丈夫ですよ」

 

この辺りでランニングをしている同年代は少ないからか、桐谷さんは私に興味津々といった雰囲気を出している。試しに「よく走ってるんですか?」と雑談気味に問えば普通に答えてくれて、途切れることなく会話が続いていった。

 

私は昔から桐谷さんのことを知っていたから特に疑いもなく話せているが、桐谷さんはただのよく見かけるだけの私とこうして長く会話をしているあたりコミュ力の高さが伺える。というか、プロセカキャラはコミュ強が多すぎる。奏、草薙寧々くらいしかコミュニケーションが苦手な人物は思い浮かばない。後はみんな初対面の人にも躊躇うことなく話しかけに行ける印象だ。

 

ちょっとだけの、憩いの時間。そういう時間は早く過ぎ去ってしまうもので、気が付けば学校に行かなければいけない時間だった。

 

「そろそろ学校の時間なので帰りますね。楽しかったです」

「こちらこそ……あの、大暮さん」

「何でしょう、桐谷さん?」

「時間が合えばでいいので……また、こうして話し相手になってくれませんか?」

 

驚いた、桐谷さんがそんな提案をしてくるとは。……正直魅力的だが、私がそんな立場になっていのだろうかという不安が付き纏う。

 

「……私なんかでよければ」

「あまりこの辺りでランニングをするような知り合いがいなくて……こういう時間での話し相手が欲しかったんです。なので……是非ともなってくれたら嬉しいです」

 

やはりプロセカキャラには独特なカリスマのようなものがある気がする。奏しかり、桐谷さんしかり。擬音として表すならキラキラしてる、だろうか。そんなキラキラに私はとても弱い。

 

その後、流れるように連絡先を交換して学校へ向かった。……みのりちゃんよりも先に連絡先を交換してしまって、少し罪悪感を感じながら。

 

今後、定期的に一緒にランニングをするようになったり、杏との関係がきっかけで下の名前で呼び合うようになるのは、まだ先の話。

 

 

***

 

『わたしは、雪のために曲を作る。雪を……救いたいの』

 

夜、少し遅れてナイトコードにログインした奏が、そう言った。

 

……よかった。これなら、いつかまふゆは救われる。

 

これでいい……そのはず、なのに。

 

どうして、まだ苦しいんだろう?

 

錠剤を噛み砕き、みんなの話に耳を傾ける。セカイへ行こうとするAmiaとK、行きたくないと言うえななん。えななんは随分とご立腹のようだ。

 

『……かんなはどうするの?』

 

Kが少し不安げに聞いてくるけど、答えはひとつしかない。

 

「行くよ……私は、見届けなくちゃいけないから」

『……わかった』

 

私は、行かなくちゃいけない。まふゆが期待せずに奏を待つ選択を、見届けないといけない。

 

私は『傍観者』を選んだ。あの日、まふゆの手を握れなかった時から。見守り続ける、それが義務で……私の、贖罪。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……なのに、どうして

 

『雪のために、歌詞を書いてほしい』

 

奏はどうして、私を引き込むの……?

 

 

***

 

『珍しいね。Kがふたりで話したいって』

「……みんなの前よりも、話しやすいと思って」

 

雪を救うために曲を作ることを決めたわたしは、雪のことを知ろうと思って、かんなに声を掛けた。

 

『それで、どうしたの?私に何か聞きたいことでもあるの?』

「雪のことを……教えてほしくて」

『…………そう』

 

かんな――甘菜は、雪と知り合いらしかった。だから、わたしも知らない雪のことを知っているかもしれない。それが雪を救うヒントになればいいなって思った。

 

『……雪……まふゆとは、小さい頃に家が隣同士で、よく一緒に遊んでたの。あの時の私達は、はっきりと『友達』って言えるくらい仲が良かった。でも、小学校に上がる前に私の家が引越ししちゃってさ。喧嘩もしちゃって……それっきり、話せてないんだ。だから、奏が望むようなことは話せないよ。今のまふゆのことは、私もよくわかってないんだ』

 

まふゆ――恐らく、雪の本名かな。もう十年以上会ってないみたいだけど、お互い覚えてたみたい。

 

「小さい頃の雪は、どんな子だったの?」

 

ただの興味本位だった。少しでも雪の情報が欲しくて、そう聞いた。

 

でも……甘菜は、心底後悔しているような声で話し始めた。

 

『昔の、まふゆは……明るい、どこにでもいそうな、でもちょっとだけ賢くて、家族に愛されてた……普通の、子どもだったよ。私の後ろについてくるのが、凄く可愛くて……絆されちゃった』

 

まるで、それが間違いだったみたいに話す。いつもの明るい声を出す甘菜からは考えられない程辛そうな声で。

 

「……甘菜」

『離れたくなくなっちゃて、どうにかしようって、私ならどうにかできるって思ってたのに……多分、その時点で……ダメ、だったんだろうね。『ずっと一緒にいようね』って約束、したのに……。友達、だったのに……幼馴染、なのに』

 

苦しそうに、甘菜が言う。

 

甘菜は、出会った時からずっと明るかった。少し自己評価は低いけど、まだニーゴがさんにんだった頃はよく雪と歌詞やミックスについて盛り上がってたし、声も弾んでた。でも、ここ最近の甘菜は声に明るさがなくなってきている気がするのだ。

 

「甘菜は、雪が幼馴染だって、気がついてたの?」

 

原因は、それしか考えられなかった。

 

『……うん』

 

甘菜からの、肯定。あんまり詳しくは知れなかったが、甘菜は多分約束を守れなかったこと、喧嘩をしたことを後悔しているのだろう。雪が幼馴染だということに気がついてしまって、それに押しつぶされそうになっている。

 

『……最初は、気づかないふりをしてた。『私達は初対面。たまたま同じサークルのメンバーになっただけ』って自分に言い聞かせて。あの日、私はまふゆと約束できなかった。あの手を握り返せなかった。怖かったの。……約束を守れなかった私が、今更どんな顔してまふゆの前に立てばいいのか、わからなかった』

 

後悔、罪悪感、自己嫌悪。甘菜は、私と似てる。お父さんから音楽を奪ってしまった私と。

 

……でも、甘菜にはまだチャンスがある。まだ、雪と仲直りできる。

そう思ったら、不思議と声を出していた。

 

「……甘菜。やっぱり、歌詞書いてくれない?」

『え?……なんで?』

「甘菜に書いてほしいって思った。わたしだけじゃなく、甘菜の想いも……雪に聞かせてあげたいっていう自分勝手な考えだけど」

『……書けないよ。私の作品は、他人の心に響くものじゃない。人を救えるものじゃない。Kじゃなきゃダメなの……私には、まふゆは救えない。それに……今更、何を書けばいいのかわかんないよ』

 

甘菜の自己評価は低い。すごくいい作品を作るのに、自分を褒めたり自慢してるところを見たことがない。

 

初めて聞いた甘菜の曲は、わたしがはじめて投稿した曲のアレンジだった。アレンジと一口に言ったけど、歌詞もちゃんとついてたし、イラストとアニメーションもしっかり作り込まれていた。

……本人は「ただの落書きをそれっぽくしただけ」とか「有名な人のものをパクっただけだよ」と言って謙遜してたけど、わたしからすれば人前に出しても、何ならプロの世界に行っても一定の評価は受けられそうなほどいいできだった。

 

雪を救うと決めた時、歌詞を甘菜に任せたいと思ったのは直感だった。雪を救う曲の歌詞を書くなら、甘菜じゃないとダメだと思った。甘菜なら、きっと雪の心に届く歌詞を書ける。

 

「甘菜は、雪と仲直りしたいんでしょ?」

『……っ』

「甘菜は、わたしじゃなきゃダメだって言ってたけど……わたしも、甘菜じゃなきゃダメだって思ってる。だから、お願い……雪のために、歌詞を書いてほしい」

 

詳しくは知らないけど、甘菜には雪と同じく救われてほしいと思ってる。

 

だからどうか、この手を握ってと願うばかりだ――。

 

 

***

 

まふゆとは、幼馴染だった。記憶の限りでは物心ついた時から一緒にいたし、絵をプレゼントしたり、『ずっと一緒にいようね』って約束をするぐらい仲が良かった。

もちろん記憶が戻った時には「なんでまふゆがお隣さんなんだ」って頭を抱えたけど、それを引っ括めても私はまふゆが好きだったのだ。離れる選択肢なんてなかった。幼馴染なら、少しは心の拠り所になれるかもしれない。そんな愚かな考えもあって、私はそのまままふゆと一緒にいた。

 

だから、引っ越しをすることを伝えられなかった。伝えた時に何か言われるのが怖くて。「ずっと一緒にいる」という約束を破りたくなかった。足掻いて足掻いて、どうにかしてこの地に留まろうとしたけど、まだ小学校にも入れていなかった私は無力で。結局前日まで伝えることができなかった。

 

伝えた時にはまふゆに「うそつき!!ずっと一緒にいるって約束したのに!!」って言われて、私の心はひび割れた。引っ越し当日に「また会える?また、遊んでくれる……?」って聞かれた時も何も答えられなくて、控えめに差し出された手も握れなかった。無力で情けない私がその手を握っていいのか迷ってしまったのだ。

 

「ごめん」って返したら、「――っ……甘菜なんて、嫌いっ!!」って返ってきて、本当に折れそうになった。

 

その日からずっと、私はまふゆに負い目を感じてる。

私のまふゆへの想いは「罪悪感」なんて言葉で収まるものじゃない。もっと大きい、負の感情だ。

 

赦されたいと思っている訳ではない……でもKの言葉は、やっぱり心に響いてしまうのだ。

 

「……なんで、Kの言葉はこんなに心に響くんだろうね」

『へ?』

 

ニーゴに誘われた時から、Kの言葉には不思議な魅力があった。必要だと言われた、そのことに私の心は湧きたってKについていきたいと思ってしまう。

今回もそう。Kは私を必要としてくれている、その事実がたまらなく嬉しくて、きっと絵名もこんな気持ちだったんだろうなって頭の片隅で思った。

 

「私に、まふゆに届くような歌詞が書けるとは思わないし……そもそも、まふゆに対して何を綴ればいいのかもわからない。……赦されるわけがないって思ってるし、赦してほしいとも思ってない。それでも……Kはまだこの私(裏切者)が必要なの?」

『必要だよ。……わたしの曲には、甘菜が必要』

 

あぁ……ここまで言われちゃったら、何も言い返せない。

 

「……わかった。書くよ、歌詞」

『ほんと?』

「……うん。でも、書けるかどうかも、クオリティも保証できない」

『それでもいいよ……甘菜の想いを、雪に届けてほしいだけだから』

 

その後、事前にKが作っていたデモを聞いて解散になった。

 

歌詞……ちゃんと書けるだろうか……。

 

 

 

「ぅ、ぇっ……かひゅっ……はっ、はっ……」

 

気持ち悪い気持ち悪い。吐き気が消えない。楽になりたいのに、楽になれない。頭痛も目眩も止まらなくて、苦しい。

 

『……甘菜ちゃんは、もっと高いレベルで戦えるって思うの』

 

「おえ゛っ……」

 

トイレの中に胃液を吐き出す。何も食べてなくてよかった。おかげで固形物を吐き出すよりも遥かに楽に済む。

 

作品を作ろうとすると、いつもこうなるのだ。昔のことがフラッシュバックして、吐き気と頭痛と眩暈が止まらない。楽しいはずなのに、気持ち悪くて。気が付いたら筆を離してる。

いつもなら吐き気がしてきた時点でやめているが、今回はそうもいかない。奏が私を必要としてくれている。だったら、死んでもそれに応えたい。

 

『[甘菜……セカイ、来る?]』

「大丈夫……まだ、やれる。やらなきゃ……私は……」

 

奏はいつも最善を尽くす。できることを最大限しようとする。私の見てきた奏はそういう人物だ。私を求めたのはそれが最善だと思ったから。

 

奏も、まふゆも、苦しんでる。瑞希も、絵名も。

 

だったら、私が作詞から逃げることは許されない。逃げたらもっと最悪の未来に近づくと、私の勘が告げている。

 

「……書かなきゃ……書かなきゃ、私がこのセカイにいる意味がない」

 

創作と、過去と向き合う。この程度で贖罪になるのなら、喜んで差し出そう。私の知る未来と、その先のみんなの幸福のために。




桐谷さんの口調がわからない……
過呼吸の描写も難しい……

オリ主の前世の職業は精神科医兼研究者です。研究の専門は脳に関連すること。

実は現実で言う東大理Ⅲ主席合格医学部主席卒業という神様がおふざけで作ったような才能と努力の塊。しかも前世も今世も顔がいいからモテる。しかし恋人は作ったことすらないし告白されても全部断ってた。


前話に引き続き、公式風の設定を下記しておきます。

【キービジュアル】(進級前のものをイメージ)
奏とまふゆの間にミクと対になるように背を向け顔を25時の方向に向けている。目はこちらに向いておらず、手は祈りを捧げるように胸の前で組まれている。





曇らせって他者に影響を与えて輝くものだと思うのですが甘菜ちゃんの擬態が完璧すぎて誰も気づきそうにないことに作者が今気づきました。天才すぎるのも扱いにくい……っ!!
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