ジェネリック夜神月 in 米花町 作:deruta
「ん……あれ? ここ、どこだ?」
視界がクリアになると、俺は見知らぬ街角に立っていた。アスファルトの匂い、ビルの狭間に見える青空、行き交う人々の喧騒。どれもこれも、見覚えのない風景だ。
ついさっきまで、俺は自室のベッドでスマホをいじっていたはず。気づけば、こうして知らない場所にいる。これはまさか、噂に聞く異世界転移ってやつか!?
「いやいや、いきなり転移とかありえないでしょ……」
俺は頭をかきながら、周囲を見回す。すると、すぐそばの電柱に貼られたポスターが目に飛び込んできた。
――『毛利探偵事務所 依頼募集!』
その文字に、俺は思わず二度見した。毛利探偵事務所。聞き覚えのある名前。いや、聞き覚えどころの話じゃない。
「え、嘘だろ……」
さらに歩みを進めると、向かいのビルの1階に、見慣れたカフェの看板が目に入る。
――『喫茶ポアロ』
もう、疑う余地はなかった。
「ここ、コナン世界じゃん!?」
俺は思わず叫びそうになったが、なんとかこらえた。周囲の人間は俺のことをただの奇人変人だと思っているだろう。いや、それどころじゃない。
「マジかよ、米花町かよ! 週に何人死んでると思ってんだ、この町は! 俺、明日まで生きてるかな……?」
頭の中で警告音が鳴り響く。ここは日本有数の危険地帯、殺人事件が日常茶飯事の魔窟だ。いや、待てよ。ここはコナン世界。事件が起こるということは、名探偵がいるということ。つまり、俺が巻き込まれても、きっと助けてくれるはず……いやいや、それじゃあただのモブだ。俺はなんのために転移したんだ。
「せっかく転移したんだ。モブなんかで終わるわけにはいかない! せっかくだから、この世界で何かしてやろうじゃねぇか!」
俺は心の中でガッツポーズをした。このままビビって何もしないなんて、あまりにももったいない。
「まず、状況確認だ。転生特典的なのあるかな?」
俺は肩にかけていたカバンに手を伸ばす。そういえば、気づいた時からこのカバンを背負っていた。もしかして、これが特典か?期待に胸を膨らませて、カバンのチャックを開ける。
中には、黒いノートが1冊入っていた。
「ノート? これが特典……って、DEATH NOTE!?」
ノートの表紙には、見慣れたアルファベットが記されている。俺は思わず目を丸くした。これは、かの有名な漫画『デスノート』に登場する、死神のノート!
「おいおいマジか! まさか、俺が夜神月になるってのか!? くぅぅぅ、たまらん! 神様、あんたは俺にこの世界を、この腐りきった世界を変えろと言っているのか!?」
俺は興奮のあまり、周囲の視線も気にせずノートを手に取った。ずっしりとした重みが、俺の心を高揚させる。ページを開くと、日本語で書かれた『DEATH NOTEのつかい方』が目に飛び込んできた。
「ふむふむ、読んでみよう」
俺はノートのルールを読み上げる。
「まず、このノートに名前を書かれた人間は死ぬ。……ふむ、当たり前だな。次に、顔を思い浮かべながら名前を書かなければ効果はない。……確か、同姓同名の別人殺しを防ぐためだったよな。そして、名前の後に死因を書けばその通りに死ぬ。……完璧だ!」
俺はノートを閉じ、高笑いを一つ。
「ふっ、フハハハハハハ!俺がこのコナン世界の神になる日が来たか!」
俺はノートを抱きしめながら、夜神月さながらのポーズを決める。我ながら痛々しい姿だ。しかし、そんなことはどうでもいい。俺はこれからこのノートを使って、この町に正義をもたらすんだ!
「まずはターゲットを探すか!」
俺は気分転換にと、近くの公園へと向かった。ベンチに腰を下ろし、ノートを膝に乗せる。
「よし、観察開始!」
俺は夜神月がやっていたように、公園を行き交う人々をじっと観察する。
「あそこにいるのは、カップ麺のゴミをベンチの下に捨てた大学生。ふっ、罪なき善良な市民を装って、こんなところで悪事を働くとはな。死をもって償ってもらおう」
俺はペンを構え、ノートに名前を書き込む準備をする。しかし、名前が分からない。そうこうしているうちに大学生はそのまま立ち去ってしまった。俺はガクリと肩を落とす。
「まあ、こんな小物じゃ、ノートの無駄か。もっと大物、そう、社会を蝕む巨悪を殺すべきだ」
俺は気を取り直して、再び公園を見渡す。
「あそこにいるのは、赤信号を渡るオッサン。交通ルールも守れんのか。死をもって……いや、これも違うな。大したことない」
「あ、あの子供は……親の忠告を無視して遊具に登ってる。死を……いやいや、さすがに子供を殺すのは気が引ける。それに、まだ大した悪事じゃないし」
俺はため息をついた。おかしい。ここは事件が日常茶飯事の米花町だぞ。なぜこんなに平和なんだ?
「おいおい、コナン世界なのに犯罪者いねぇのかよ!?」
俺は内心不満を漏らす。せっかくデスノートを手に入れたというのに、月ごっこをする相手がいないじゃないか。
そのとき、公園に設置された大型モニターで流れるテレビのニュース速報が、俺の耳に飛び込んできた。
『速報です! 先日、婦女暴行の罪で逮捕された高村一郎容疑者ですが、本日、身柄を拘束中に警察の隙をついて逃走。現在も行方を追っています』
俺は目を見開いた。
「婦女暴行……! しかも、警察の監視から逃走中。これは……神様からのプレゼントだ!」
俺は歓喜の声を上げた。これだ!これこそが、俺が探していた獲物だ!
「きたきたきた! これだよ、これ! 俺の正義の第一歩!」
俺は高揚した気分で、カバンからペンを取り出す。ニュース画面には、容疑者の顔写真とフルネームが映し出されていた。
「高村一郎……。よし、覚えたぞ」
俺はノートを開き、ペンを走らせる。
「俺の正義の鉄槌、第一号だ。この社会から、お前のような腐敗した人間は排除しなければならない。……まずは、名前を……」
『高村一郎』
俺はしっかりと、一字一句間違えることなく、ノートに名前を書き込んだ。
「死因は……何も書かなければ心臓麻痺で死ぬんだよな。これなら、不審がられることもないだろう」
そう呟き、俺はノートを閉じた。そしてモニターのニュース速報の画面をじっと見つめる。ノートに名前を書いてから、人間が死ぬまで40秒。その時間が、俺には永遠のように感じられた。
1秒、2秒、3秒……
刻一刻と時間が過ぎていく。俺の心臓は高鳴りを止められない。本当に、死ぬのか?本当に、こんなアホなごっこ遊びで人が死んでしまうのか?
「このノートが本物なら……」
そのとき、ニュース画面が突然切り替わった。
『速報です! 現在逃走中の高村一郎容疑者ですが、つい先ほど、隠れ家と見られる場所で突然の心臓発作を起こし、死亡した模様です。警察が死因を捜査しています』
そのニュースを聞いた瞬間、俺の体は硬直した。心臓が、ドクンと大きく音を立てる。
「……本当に、死んだ……!!」
俺は硬直したまま、満面の笑みを浮かべた。
「うおおおおお! マジかよ! すげぇ!」
俺は立ち上がり、ノートを片手に天を仰ぐ。このノートは紛れもない本物だった。俺は本物の夜神月になるんだ。この腐敗しきった米花町を、正義の力で浄化してやる!
俺は誰もいない公園で、夜神月さながらのポーズをキメた。その姿は傍から見ればただの奇人だが、俺の心は高揚感に満ち溢れていた。
しかし、その光景をたまたま公園の向かいの道を通りかかった少年が、じっと見つめていた。
(……あの人、何をしているんだ?)
少年は、目を細めて男の姿を観察する。満面の笑みを浮かべ、片手に黒いノートを持ち、天を仰ぐ男の姿は、どうにも不審にしか見えなかった。
「なんだか……ただのバカみたいだな」
少年は小さく呟くと、興味をなくし、そのまま歩き出した。
一方、俺は神になった気分でスキップをしながら道を歩く。
「ふっふっふーん、ふっふっふーん……」
俺が米花町の神になるんだ!
今日から、この街の悪は、俺が裁く!
俺はご機嫌に鼻歌を歌いながら、人混みの中に消えていく。
こうして米花町に、もう一つの影が生まれた――。