幼い日の約束   作:mairu_i

8 / 24
4日目 - 後編 聞こえないノックの音

サークルの仲間たちと別れ、凪は一人帰り道を歩いた。藍色に染まった空に一番星が瞬き、涼しい風が彼の疲れた心をそっと撫でた。テニスでかいた汗が、夕暮れの涼しい風に冷やされて心地よい。

 

その時、ポケットの中でスマートフォンが短く震えた。

画面に表示された名前に、凪は少しだけ驚く。『せつ菜』。サークルに入った時に、事務連絡のために全員で交換して以来、個人的なやり取りは一度もなかったはずだ。

 

メッセージを開くと、そこには彼女らしい丁寧な文章が綴られていた。

『凪さん、今日はお疲れ様でした。サーブの件、本当にありがとうございました。教えていただいたこと、忘れないように練習します!』

 

その実直な文面に、凪の口元が思わずふっと緩んだ。

そして、彼は気づく。

 

(…そういえば、俺は…)

 

せつ菜と話している間、彼女の笑顔を見ている間、すっかり忘れてしまっていた。

ななと距離を取るための道具としてせつ菜を利用する、そんなおぞましい考えは、彼女の笑顔を前に消えていた。ただ、一人の人間として、せつ菜さんとの時間を純粋に楽しんでいただけだ。

 

(…それが、本来、あるべき姿、なのかもしれないな)

 

そんなことを考えていると、想像は自然とありえないはずの未来へと飛躍する。

もし、せつ菜さんと恋人関係になったとしたら。

こうして、一緒に帰り道を歩いたり。彼女が好きだと言っていた、アーティストのライブに、二人で行ったり。図書館で隣に座って静かに勉強したりするのだろうか。

 

そこまで考えて、凪ははっと我に返った。

 

(…何を考えているんだ俺は)

 

彼は、かぶりを振って馬鹿げた空想を追い払う。街灯に照らされたショーウィンドウに、自分の姿が映っていた。疲れて、思い詰めた暗い顔。

 

(ありえない)

 

陽の光の下で、真っ直ぐに自分の好きなことに打ち込むあのせつ菜さんが、俺のような人間に振り向いてくれるわけがない。

…妹一人幸せにできず、閉ざされた家の中で、自分の心の闇にすら答えを出せずにいる、こんな俺に。

 

凪はスマートフォンをポケットにしまい込むと、先ほどよりも少しだけ速いペースで、重たい空気が待つ我が家へと足を向けた。

 

見慣れた我が家の玄関ドア。

凪はポケットから鍵を取り出そうと、その前に立った。せつ菜とのやり取りで、ほんの少しだけ軽くなったはずの心が、家の前に来た途端、またずしりと重くなるのを感じる。

 

その時だった。

 

ぞくり、とコートで感じたのと同じ、氷のような悪寒が背筋を駆け上った。

 

(…この感じは…)

 

忘れかけていた、あの感覚。

家の中から、まるで黒く淀んだ靄のような負の感情の気配が、ドアの隙間から漏れ出してくるかのような、錯覚。いや、これは錯覚などではない。

 

凪は鍵を握りしめたまま、その場に凍り付いた。

コートで感じた、あの一瞬の出来事。あれは、気のせいなどではなかった。そして、今この瞬間に感じているこの気配は、間違いなく、この家の中から発せられている。

 

(なんなんだ…これは…)

 

凪は、ただ茫然と、固く閉ざされた自宅のドアを見つめていた。

ついさっきまでただの帰宅だったはずだ。それが今やまるで、得体の知れない何かが待ち受ける、敵の巣窟にでも帰還するような、そんな、おぞましい感覚に変わっていた。

 

玄関のドアノブに手をかける。一歩家に近づくだけで、肌を刺すような悪寒と、心を掻き乱すような気持ち悪さは倍増していく。

 

(ななが、中にいるのかもしれない…)

 

確信はなかった。だが彼女の身に、何かあったのかもしれないと。

凪は、意を決して、鍵を回した。何があっても、自分が彼女を守らなければ。

 

「おかえりなさい、お兄ちゃん!」

 

扉を開けたその先に待っていたのは、満面の笑みを浮かべたななだった。

 

一見、いつもの屈託のない笑顔だった。

だが、凪はその裏に隠された、笑っていない心を痛いほど感じ取った。

そして、丹念に見れば、その目のあたりが、うっすらと赤く腫れている。まるで、ついさっきまで、どこかで激しく涙を流していたかのような、痛々しい痕跡。

 

「…っ」

 

すぐさま彼女の腕を掴み、何があったのか問い詰め、抱きしめてやる。

昔の自分なら、きっとそうしていただろう。

 

だが、今の兄の体は、玄関のたたきの上で、凍り付いたように動かなかった。

 

(干渉、するな)

 

頭の中で冷たい理性が囁く。

ななの自立を促すのだと、決めたばかりだろう。どこまで妹のプライベートに踏み込んでいいのか。その距離感を正しく保つのではなかったのか。

 

(でも、ななは明らかに無理をしている…!)

 

心の奥で、昔の自分が叫ぶ。

目の前の妹は、笑顔という仮面を被って、助けを求めているじゃないか。

 

(いや、彼女は笑顔だ)

理性が、再び反論する。

(心が笑っていないというのは、兄として、いや保護者としての俺の、過剰な思い込みではないのか?あやふやな根拠で彼女の心に土足で踏み込むのが、果たして正しいことなのか?)

 

「お兄ちゃん? どうしたの?」

 

不思議そうに小首を傾げるなな。

凪は、その問いにすぐには答えられなかった。助けたいという本能と、距離を置くべきだという理性との間で、彼の体は完全に動きを止めてしまっていた。

 

苦悩の末凪が選んだのは、放棄だった。いや、彼自身はそうは思っていない。これは未来のための痛みを伴う治療なのだと、自分に言い聞かせる。

 

「…いや、なんでもない。少し、ぼーっとしていただけだ」

 

凪は、まるで自分のものではないかのような、ぎこちない笑顔を顔に貼り付け、そう言ってななの横をすり抜けた。妹の、傷ついたような気配を感じないように、意識して。

 

「サークルでかいた汗を流してくる」

 

それだけを告げると、彼は逃げるようにバスルームへと向かった。

 

一人湯船に浸かりながら、彼の頭の中はななのことだけでいっぱいだった。あの、無理に作った笑顔。泣き腫らした、目の縁。自分が彼女を、どれだけ追い詰めているのか。

 

(これで、よかったんだろうか…)

 

胸が張り裂けそうなほどの罪悪感に、沈みそうになる。

だがその時。ふと、脳裏に全く別の光景が蘇った。

 

オレンジ色の夕日を浴びた、テニスコート。

『できました!』と、一点の曇りもなく、心の底から笑っていた、せつ菜の顔。

 

屈託のない、計算のない、ただ純粋な笑顔。

ななとの複雑で重すぎる関係性とは対極にある、その軽やかで健康的な時間。

 

あの楽しい記憶が今、ギリギリのところで凪の心を支えていた。あれが本来あるべき、人と人との正しい距離感なのだ。俺は、間違ってはいない。そう、自分に言い聞かせるための、唯一の支えとなりかけていた。

 

兄は、じっとバスルームのドアを見つめていた。

いつものなななら、きっとこのドアを開けて入ってくるはずだ。その時、自分はどうすればいいのか。

 

だが、彼が風呂から上がるまで、そのドアが開かれることは、ついに一度もなかった。

 

◇ ◇ ◇

 

夕食の時間。

朝の、あの息が詰まるような沈黙とは打って変わって、食卓には、二人の穏やかな笑い声が響いていた。

 

「それでね、うたちゃんが、また変な歌を歌い出して…」

「はは、そうか。相変わらずだな、うたちゃんは」

「そうなの。こころちゃんと二人で、もう、大変だったんだから」

「お疲れさま、なな」

 

ななは、今日あった友人たちとの出来事を楽しそうに話す。兄は、それに優しく相槌を打つ。

傍から見れば、それはどこにでもある、とても仲の良い、いつもの兄妹の姿だった。

 

だが、その完璧な日常の風景の下で、二人の心の中は、普段とはかけ離れた場所にいた。

 

(笑ってなきゃ。いつも通りの、物分りのいい妹でいなきゃ、お兄ちゃんは、また私から離れていっちゃう…)

 

ななの心臓は、恐怖で張り裂けそうだった。

兄の隣にいた、あの綺麗な女の人は誰? なぜ、私に見せたことのない、あんな顔をしていたの? なぜ昨夜、私を拒絶したの?

聞きたいことは、山ほどある。だがそれを口にした瞬間、いつもの「日常」がガラスのように粉々に砕け散ってしまうような気がして、ななは必死に笑顔の仮面を被り続けていた。兄への強い独占欲と、彼に捨てられることへの恐怖。その複雑な思いが、彼女の中で渦を巻いている。

 

(…これでいい。これが、正しい距離感なんだ)

 

凪もまた、完璧な「優しい兄」を演じ続けていた。

ななの笑顔を見るたびに、その裏に隠された悲しみを感じ取り、胸が締め付けられる。今すぐ、すべてを投げ出して、彼女を抱きしめ、慰めてやりたい衝動に駆られる。

だが、彼はその本能を、冷たい理性で押さえつけていた。今自分が彼女に与えるべきは、甘い慰めではない。彼女が自立するための、厳しい距離なのだと。

 

「お兄ちゃん、これ、美味しいね」

「そうか? 良かった」

 

完璧な笑顔と、完璧な会話。

その裏側で、二人はそれぞれ全く別の想いを抱えながら、ただ静かに、目の前の食事を胃の中へと流し込んでいくのだった。

 

食卓にかろうじて保たれていた、偽りの平穏。それは、ななの何気ない一言によって、唐突に崩れ去ることになる。

 

「お兄ちゃんは、今日サークルどうだったの? 久しぶりだったんでしょ?」

 

いたって普通の、妹らしい問いかけ。凪は演じている「優しい兄」の役割に徹するため、当たり障りのない返答を、口にした、はずだった。

 

「ああ、久しぶりだったが楽しかったよ。体を動かすのは、やっぱりいいな。同期の…せつ菜さんにも、サーブのコツを教えてほしいと頼まれて。彼女、すごく熱心なんだ」

 

その名前を、口にした、瞬間だった。

 

ぞくり、と。

 

全身の血が凍るような、今日一番の悪寒が背骨を駆け抜けた。コートで感じたものや、家の前で感じたものとは、比べ物にならない。吐き気を催すほどの、純粋な、負の感情の奔流。

 

「…っ!」

 

凪は思わず息を呑み、目の前のななを見た。

なにか、反応があるはずだ。こんな、異常な気配がしたのだから。

 

だが。

ななの表情は、ぴくりとも変わらなかった

完璧な、普段通りの屈託のない笑顔のまま、ただにこにこと兄を見つめている。

 

(なんだ…? 今のは…? ななは、普通に笑っている…。俺の、気のせいか…?)

 

凪が混乱の極みにいると、ななは完璧な笑顔のまま、楽しそうに言った。

 

「へぇ、そうなんだ。お兄ちゃん、教えるの上手だもんね」

 

その、あまりに普段通りで、穏やかな声。

それが、凪には何よりも、恐ろしかった。

目の前で微笑む妹と、自分の体を突き抜けていった、あの憎悪にも似た感情の奔流。乖離した二つの事実の間で、凪はただ冷や汗を流すことしかできなかった。

 

あの強烈な悪寒は、ひとまず過ぎ去った。

凪は神経をすり減らしながら、なんとか会話を続ける。ななも、兄の内心には気づかぬまま、笑顔を返す。表面上はどこまでも完璧な、楽しい兄妹の夕食の時間は、そうして過ぎていった。

 

食後、二人はまるで申し合わせたかのように、それぞれの部屋へと引き上げる。

ドア一枚を隔てた空間。その距離が、今はひどく遠いものに感じられた。

 

(…そろそろ、いつもの時間か)

 

壁の時計に目をやり、凪は思う。

ななの、宿題の時間だ。

夏休みの課題はもう大方終わらせたが、彼女は自分の実力を試すかのように、必須ではない追加の応用課題にも手を出すと、そう言っていた。

 

いつもなら。

今頃ななは、その難しい問題集を抱えて、自分の部屋のドアをノックしてくるはずだった。そして自分の隣に座り、「お兄ちゃん、ここ分からない」と、頼ってきてくれるはずだった。

 

だが。

待てど暮らせど、あの控えめなノックの音は、聞こえてこない。

 

その頃、ななもまた自室の机で、応用問題集を開いたまま固まっていた。

分からない問題がある。兄に聞けば、きっとすぐに解決するだろう。

でも、聞けない。

今日の兄の、あのよそよそしい態度。夕食の時に感じた、目に見えない壁。

今部屋を訪ねていっても、昨夜のようにまた、静かに拒絶されてしまうのではないか。

その恐怖が、ななの足を鉛のように重くしていた。

 

いつもなら、二人の笑い声と、鉛筆の音が響いているはずの時間。

その時間は、重たい沈黙だけを乗せて、ただ静かに過ぎていくのだった。

 

壁の時計の秒針が、カチ、カチ、とやけに大きな音を立てて時を刻んでいく。

待てど暮らせど、ななは来ない。

いつもの時間だったはずの、兄妹だけの勉強会は、今日初めて、その約束を破られた。いや、違う。約束などしていなかった。いつの間にか、それが当たり前になっていただけだ。

 

(…呼びに行くべきか?)

 

凪の脳裏に、一瞬、その考えが過る。

だが、すぐに別の理性がそれを押しとどめた。なながやろうとしていたのは、必須ではない応用課題だ。やらなくても、誰にも怒られるわけではない。それを、わざわざ兄である自分が「手伝うぞ」と部屋まで呼びに行くのは、果たして正しいことなのだろうか。

 

今までの距離が近すぎたのだ。

どこからが兄としての純粋な心配で、どこからが彼女の自立を妨げる「過度な干渉」に当たるのか。今の凪には、その境界線が全く分からなくなっていた。

 

何をするのも、何もしないのも、どちらも間違っているような気がして、彼はただ身動きが取れずにいた。

 

その、息が詰まるような思考のループから彼を救い出したのは、机の隅で控えめに光るスマートフォンの通知ランプだった。

 

(…そういえば)

 

せつ菜さんに返信していなかった。

サークルの後彼女からもらった、あの実直で温かいメッセージ。

 

凪はまるで救命ブイにでも手を伸ばすかのように、スマートフォンを手に取った。この重く淀んだ気分を、少しでも変えたかった。

 

トーク画面を開き、指を滑らせる。

 

『こちらこそ、ありがとう。せつ菜さんは吸収が早いから、すぐに上達すると思う。またいつでも聞いてくれ』

 

送信ボタンを押すと、ほんの少しだけ、胸のつかえが取れたような気がした。

家の外の世界との、正常で何の問題もない、シンプルなやり取り。それが今は、ひどく、貴重なものに思えた。

 

送信ボタンを押してスマートフォンを机に置こうとした、まさにその瞬間だった。

ブブッ、と、間髪入れずに、画面が再び明るくなる。

 

『本当ですか!? 嬉しいです! 兄さんにそう言ってもらえると、すごく自信になります! またぜひお願いします!』

 

(早いな…)

 

その、驚くほどの返信の速さに、凪は思わず、そう呟いていた。

(もしかして、俺のメッセージに通知でも入れてくれているのだろうか…)

そんな考えが頭を過り、先ほどまで返信をしていなかった自分に、少しだけ申し訳ない気持ちになる。

 

だが、その感傷よりも、純粋な人とのやり取りの温かさが、今は彼の心を占めていた。

凪は少しだけ浮き立った気持ちで、指を滑らせる。

 

『そういえば、さっきライブに行くと言っていたな。どんなアーティストなんだ?』

 

送信すると、またすぐに返事が来た。

 

『えっ、聞いてくれるんですか!? 私が好きなのは、『Starlight Anthem』っていうインディーズのロックバンドで、ボーカルの人の声がすごく綺麗で、歌詞も真っ直ぐで…!』

 

画面の向こう側の、彼女の熱量が伝わってくるような、生き生きとした文章。

凪はそのメッセージを読みながら、ふっと、口元が緩んでいることに気づいた。

 

家の重たい空気も、このたわいもないやり取りをしている間だけは、忘れられる。

凪は久しぶりに感じるその軽やかな心地よさに、しばらくの間だけ身を委ねることにした。

 

せつ菜との他愛のない、心地よいやり取りを終える頃、時計の針は深夜を指していた。

 

『ライブ、楽しんでくれ』

『おやすみ』

 

そう短いメッセージを送り、凪はスマートフォンを机に置く。すると途端に、家のあの重たい静寂が、彼の肩にのしかかってくるようだった。

 

(…来る、だろうか)

 

凪は固く閉ざされた自室のドアを、じっと見つめた。

今夜もななが、昨夜のようにあのドアをノックしてくるかもしれない。

 

その時、自分はまた彼女を拒絶しなければならない。

今度は、もっと心を鬼にして。これが彼女のためなのだと、自分に言い聞かせて。

そう凪は覚悟を決め、ひたすらにその瞬間を待っていた。

 

だが、待てど暮らせど、あの控えめなノックの音は聞こえてこない。

時計の秒針だけが無慈悲に時を刻んでいく。

 

やがて凪は悟った。

ななは、もう来ないのだと。

 

あのノックの音は、ななが自分を頼り、信頼し甘えてくれていることの証だった。その音が聞こえなくなった今、この家には、自分が望んだはずの、ひどく冷たい静寂だけが残されていた。

それは、耐え難いほどの寂しさだった。

 

当たり前のようにすぐそばにあった温もりが、そこにはもうない。

この静寂は、自分が望んだ、正しい「距離」の始まりに過ぎない。

 

凪は電気を消すと一人、冷たいベッドに体を滑り込ませた。

広い空っぽの空間で、凪は目を閉じられず、ただ暗闇を見つめていた。

 

◇ ◇ ◇

 

ななもまた、自室の机の前で、固まっていた。

 

目の前には、兄に手伝ってもらおうと思っていた、数学の応用課題集が開かれている。だがその難解な数式は、今の彼女の目には、意味のない記号の羅列にしか映らなかった。

 

(…行けない)

 

行けるはずがなかった。

夕食の時のあの、よそよそしい兄の姿。決してこちらと目を合わせようとしない、どこか遠くを見ていたあの瞳。

 

今、兄の部屋のドアをノックして、昨夜のようにまた、冷たく拒絶されてしまったら。

今の自分にはもう、その衝撃に耐えられる自信がなかった。

 

もちろん、一緒に寝るために部屋に行く、などという選択肢は、もはや頭の片隅にも浮かんでこなかった。

 

(どうして…?)

(あの、女の人は、誰…?)

(お兄ちゃんは、私のこと、嫌いになったの…?)

 

次から次へと湧き上がってくる黒い感情。

兄を疑う気持ち。兄の隣にいた見知らぬ女性への嫉妬。そして、兄に捨てられてしまうかもしれないという根本的な恐怖。

 

醜くて苦しい自分の本当の気持ちと、ななはまともに向き合うことができなかった。そんなことを考えれば、また心が張り裂けてしまいそうだったから。

 

ななは、バタンと問題集を叩き閉じた。

そして電気を消すと、逃げ込むように、自分のベッドへと潜り込む。

 

もう、何も考えたくない。

ななは、ぎゅっと固く目を瞑った。だが、眠気は一向に訪れてはくれなかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。