Paradise Lost - ストリップ・リクライシス   作:添牙いろは

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リーダーの器

 楓たちの予想を裏付けるかのようにチャットルーム『シンカブ組合』からひとり、またひとりと脱落者が続いていく。かつて三〇人以上いた参加者は、いまや両手で数えられるほどに減っていた。楓は――勤め先のファメリアが外れたらどうしてくれようかと毎日欠かさずチェックしていたが、楓の顔を立ててか、現在のところはまだ残ってくれている。他には――風俗店が四つ、メイドキャバクラ、町の小さな映画館、そして、以前クーポンを提案してくれた居酒屋くらいのもの。

 加えて、明らかにメンバーたちのモチベーションも落ちてる。とある平日の昼下がり――今日は本番に出演するネオ・カブキ・ポップスと舞を除く三人二チーム――リリザを中心として美春とあやの――ハロクドを中心としてカリンと新月――その六人による合同稽古が予定されていた。だが、姿を見せたのはリリザ、カリン、そして新月の三人だけ。ただし、ハロクドについては、もはや誰も期待していない。彼女が現れるのは、本番直前かメンバーとの顔合わせの場に限られている。なので、最初から楓が代役として入るつもりでいた。

 元々休みがちだった美春はともかく、あやのの欠席に楓の胸にわずかな痛みが走る。理由は――勤務先のジムからストリップ活動に対して難色を示されたというもの。これまで問題視されたことはなかったのに。だからこそ、ただの偏見では済まされないものを感じ取っていた。確実に、何かしら外からの強い圧力が加わっているのだろう。あやのは『自主練は続けてますので!』と文末に添えていたが、それでも今後の本番出演の見通しは不透明だ。

 空気が沈む中、カリンがそっと案を挙げる。

「……スピィさんに声をかけてみようか?」

 しかし、楓はすぐに表情を曇らせる。スピィはもともとストリップへの熱意が薄く、ここ最近はステージにも立っていない。特措法縮小案の報道が出始めた頃から、その傾向は顕著になった。未来への展望が見えなくなって見切りをつけたのでは――そんな疑念すら湧いてくる。

 だがそれより、楓が最も気にするのは、スピィの日々のレッスンに対する姿勢だった。地道な努力を怠る者をステージに立たせたくはない――それが、楓の揺るがぬ信条であった。

 微妙な空気が流れる中で、新月が朗らかに軽口を叩く。

「みんなやる気ないな~」

 茶化し気味に、場を和ませるような言葉――と見せかけて。

「もう、ファメリア行っちゃう?」

 お前もやる気ないじゃん! と、楓はツッコみたくなったが、それを口にすれば、せっかく足を運んでくれた新月の気分を損なうだけ。彼女の目的が練習よりも打ち上げにあることは明らかだが、それでも来てくれるだけ、来ない者よりはずっとありがたい。

 黙ってやり過ごそうとするも、つい楓の怒りの矛先は“あの人物”に向いてしまう。

「……やっぱり、如月舞が目立ちすぎてるんじゃ」

 思わず、口に出してしまった。頑張っても報われない――すべてのスポットライトを舞ひとりがさらっていく現実が、旧メンバーの意欲を削いでいる――そう思えた。

 しかし、その言葉に、カリンが慎重に言葉を紡ぐ。

「それを言うなら、楓さんにも一因はあるんじゃないかなぁ」

「えっ、私!?」

 楓は驚いて彼女を見る。カリンは少し視線を落としながら、静かに続けた。

「自分ひとりくらい休んでも……楓さんが代わりに出てくれるって、どこかで甘えちゃってるところがありそうで」

 たしかに、楓は日曜日の予定をなるべく空けていた。何かあれば代役を務められるように――自身のステージに対する貪欲さが裏目に出るとは、楓には思いもよらなかった。

 さらに、新たに加わった四人のバンドメンバーたち、そしてエルメの存在によって、『誰かがやってくれるだろう』という気の緩みが、旧メンバーの間に蔓延しているように感じられる。

「もしかして、美春も……?」

 楓は視線をカリンに向けた。もしかすると美春も、楓を頼って欠席を――だがカリンは、わずかに気まずそうな顔をして目を逸らす。何かを誤魔化しているというよりも、言いにくいことを包み隠しているような、そんな表情だった。

 しかしここで、そんな空気を壊すように新月が楽しそうに口を開く。

「あ、美春はねー、最近男ができたとかで!」

 その一言に、楓のこめかみにビキリと青筋が浮き上がる。最近、髪の色を抜いて垢抜けたと思ったら――普段あれだけ男嫌いを公言していたクセに――!

 あからさまに怒りを煮えたぎらせている楓を、カリンは慌ててなだめようとする。

「ま、まぁ……地球では、愛情と憎しみは表裏一体、といいますし」

 男に対して執着があるからこそ逆に、ストリップに来るような男を嫌っていた――そして、彼氏はそんな男たちとは違う――ということなのかもしれない。やはり、納得はできないけれど。

 そんな中で、リリザはただ静かに微笑んでいた。普段、ライブハウスに害を為す者には容赦なく憎悪するはずの彼女が、まるで何事もないような顔をしている。それが、楓には少し意外だったのだが――

「でしたら、私がソロで出ればいいだけのことです」

 こともなげに告げると、楓の方を見て穏やかに言い添えた。

「そもそも……これは、こうなることを見越して組まれたグループだと、私は理解していますので」

 楓には何も言えなかった。それについては、一部否定できない。リリザのスキルが高いからこそ、その存在を軸に、他のメンバーが引き上げられるようにと組んだ構成だった。とはいえ、欠場までを織り込んでいたわけではない。

 だが、リリザは最初から、誰にも期待していなかった。最初から、自分がどうにかすればいい――そう信じていたように見える。その冷静な立ち振舞いは、わかりやすい怒りを見せるよりも遥かに恐ろしい。

 結局――その日の練習は、リリザをソロ前提とし、それと、楓・カリン・新月の三人での合わせとなった。

 このままでは、ほとんど何も残らない――焦りを握り込んだ拳がじんわりと汗ばむ。シンカブ組合の存在意義が、音を立てて崩れ始めているようだった。

 

 カリンによる必死の交渉をもってしても、街の外で協力を得ることは叶いそうにない。内部の関係者ですら、やんわりと手を引きたがっている様子が窺える。だからといって、諦めるわけにはいかない。ハコを借りるのが難しいようなら路上で――警察まで敵に回っていたらどうしよう、と楓は本気で心配していたが、国民としての最低限の権利は守られているようだ。

 そこは、路上というより広場――ビルのひしめくこの一帯の中で、あえて残された空間といえる。普段はストリートミュージシャンやダンサーたちが演奏することもある場所だが、今回は彼女たちがそのスポットを使わせてもらうこととなった。

 本番まで、どんな嫌がらせがあるかと毎日胃が縮むような思いだったが――どうにかノクターンの面々は無事に当日を迎えている。

 夏の夕方、新歌舞伎町の空にはまだ薄明るさが残っていた。太陽はすでに高層ビルの向こうへと沈みかけており、辺りにはオレンジ色の柔らかな光が差し込んでいる。昼間の熱気がようやく和らぎ始めた頃合いだった。アスファルトの上にはまだ残暑が漂い、ジリジリとした地熱が足元から立ち昇ってくる。

 広場には、夏休み中の若者や観光客が思い思いに歩いていた。物珍しげなカップル、よくわからないままスマホを手にステージに向けてベストポジションを探す外国人観光客、そして興味なさそうに日傘をさした中年女性たち――これから何かが始まろうとしている仮設の舞台に気づいて立ち止まり、ちらりと準備中の舞台袖に視線を向ける者も多い。彼女たちの存在は、徐々に通行人の目に止まり始めていた。

 天夏と恵は、肝の据わった様子でどこかリラックスしている。陽子もいつも通り淡々としており、表情に大きな変化はない。彼女はもともと感情の起伏が読みにくいが、緊張しているようには見えなかった。そんな中、明らかに挙動不審な者が約一名。

「だだだっ、大丈夫です! 大丈夫でございますとも……っ」

 湊の敬語は妙に浮ついていて、肩がガチガチにこわばっている。ミニライブのステージで活躍してきたようにはとても見えない。

「どうしたの? 貴女はメイド・スター……なのでしょう?」

 たしか、そんな肩書きを持っていたはず――楓のうろ覚えの励ましに、湊は顔を引きつらせたまま応える。

「じ、実は……喫茶からセクキャバに移って以来、ステージで歌ったことがなくて……」

 申し訳なさそうな告白に、天夏が「そんなら私もー」と軽く手を挙げた。ドラム担当の恵も楽しそうにサムズアップを突きつける。まあ、普通はそんなものだろう、と楓も察していた。そもそも、ストリートライブやステージに立つ機会など、誰にでも巡ってくるものではない。楓自身も、ライブハウスに来るまでは、視聴もコメントもほとんどないダンス動画を、ただ淡々と投稿し続けていただけだった。あとは、練習の成果を信じるしかない。

 だとしても、湊の緊張ぶりは見ていられないほどだった。顔は青ざめ、視線は定まらず、口調もおぼつかない。この状況をどう鎮めるべきか、楓が悩んでいると――誰かがスタッフエリアに入ってくる気配を感じる。それでふと振り向いたが――その人物は明らかに関係者ではない。何しろ、その装いは――メイド服――こういうのは、湊ひとりでお腹いっぱいだ、と楓は追い出す以前にうんざりさせられた。しかし――深い紺を基調とした落ち着いていて実用的な雰囲気は、湊のそれとは一線を画する。まるで、モップ片手に館内を掃除していそうな、そんなリアリティを帯びていた。長い髪はポニーテールにまとめられ、前髪の一部が右目を隠している。そして何より、湊がメイドにとって最も重要だと話していたヘッドドレスが意味するものは――

「せ、先輩……!」

 感極まった湊の言葉で――何となく、そんな気はしていたけれど、と楓も腑に落ちた。話によると、湊は二代目で、たったいま現れ、関係者エリアに無断で入ってきたこの女こそが、湊がやたらと崇拝していた初代なのだろう。ここまで堂々と、それもメイド服という特殊な衣装で来られたら、スタッフたちがうっかり関係者だと勘違いしてもおかしくない。だが、それを除いても――その凛とした佇まいには、何人たりとも彼女の行く手を遮り難い雰囲気があった。楓も、この新たに現れたメイドが妙なことをしなければ、止める必要はないだろうと考えている。むしろ、どうにか湊の気持ちを立て直してほしい。

「私のバトンを受け取った貴女なら、大丈夫よ」

 初代が二代目を労う。その優しげな声は、湊だけでなく、その場の空気をも和ませた。

「配信されていた湊の動画は見ているわ。練習中のポテンシャルを発揮できれば、きっと、うまくいく」

 実のところ、湊に言葉は必要ない。何故なら、初代の到来――それが意味するところは――

「私は、もう……満足です……」

 湊にとって、それは()()()()()のかもしれない。先輩に戻ってきてもらうための歌――それが、達成されたことで――たしかに、硬さは和らいでいる。だが同時に、緊張感も完全に抜けきってしまった。

 彼女には、もう――

「では、本番を楽しみにしているわ」

 初代はかけるべき言葉を伝えたことで、この場を立ち去ろうとする。だが――

「先輩!」

 湊には――

「もう一度、先輩の歌を聴かせてください……!」

 湊は、すでに歌う意味を失っている。目の前に、待ち焦がれていた探し人がいるのだから。

 いま、湊がステージで歌ったところで、誰の心にも響かないだろう――ゆえに、楓は前に出る。コミュ症ながら、勇気を振り絞って。

「はじめまして。シンカブ組合・組合長の……楓、と申します……」

 こんなとき、カリンがいてくれたら、もっとうまくまとめてくれただろうに――だが、今日のカリンは出演者でもあるため、ライブハウスのほうで準備に入っている。自分がやるしかない、と楓は気持ちを奮い立たせていた。

 楓の様子は――目は泳いでいるし、落ち着きはない。先程の湊ほどではないにせよ、初対面の相手を前にして明らかに緊張している。そんな硬くなった楓を――

「お初にお目にかかります。初代メイド☆スター、(ひのき)しとれと申します」

 丁寧なお辞儀ひとつで、温かく溶かしてくれた。これが、洗練された振る舞い――楓は、湊との間に歴然とした格の違いを思い知る。

 まるで、しとれから応援されたかのように、楓からも自然に言葉が紡がれた。

「いま、新歌舞伎町は危機にあります。今回のステージの評判次第で、世論も変わるかもしれません」

 楓は、しとれの真っ直ぐな視線に背中を押された気がしていた。どこか懐の深さを感じさせるその眼差しは、緊張する楓の言葉にも優しく耳を傾けてくれるようで、胸の奥から思いがこぼれ出す。いまはとにかく、真っすぐに伝えなければ――そんな一心だった。

「最善を尽くしたいんです。湊さんが尊敬している貴女なら、どうか……私たちに力を貸してください」

 楓にできるのは、頭を下げることだけ。とはいえ、しとれの実力は楓にも未知数である。ただ、湊がここまで崇拝しているのだから、かなりのものなのだろう。そんな憶測しかない。だが、それ以上に――明らかに、場慣れしている――こうして、スタッフでもないのにスタッフエリアに馴染んでいることがその証左でもある。

 しとれは少し瞳を閉じて黙考したあと――

「それでは、僭越ながら……今回は湊に代わり、私が“ご奉仕”させていただきます」

 可愛い後輩に免じて――チラリと送られるしとれの視線に、湊はすっかり感極まっていた。

 しとれの様子から、歌については熟知しているように見える。いまはまさに本番直前で、リハーサルをしている猶予もない。ただ、幸いなことに、しとれは自他共に認める湊の上位互換――なので、そのままの段取りで進めることとなった。

 ぶっつけ本番――いくら湊が推すからといって、本当に大丈夫なのか、という懸念はある。しかし――

「眠らない街の灯りが消えていく……♪」

 第一声が響いた瞬間、その懸念は一掃された。湊とは次元が違う。檜しとれは、明らかに()()だった。歌唱もダンスも、舞と並ぶほどのレベル。そして何より――人々の心を射抜くような眼差し――きっとそれは、客との距離が近い喫茶のミニライブで鍛えられたものなのだろう。自分を見つめる一人ひとりとアイコンタクトを交わしていくような濃密なパフォーマンス――まるでプロのアイドルが、ほんの小さなステージに舞い降りたかのような衝撃――楓は息を呑むばかりだった。

 演奏が終わると、会場は大歓声に包まれる。しとれの活躍は、買い物中の人たちの足を次々とこの場に引き止めたようだ。そんな中、しとれは一礼だけして、控えめにステージを降りる。観客の熱気とざわめきだけが、その場に残された。

 舞台袖で――湊は、感激のあまり涙ぐんでいる。しかし、そんな後輩に微笑みかけると、それ以上は何も言わず、しとれは今度こそこの場を後にした。

「わっ、私……!」

 湊は去りゆく先輩の背中に呼びかける。

「先輩に……また帰ってきてもらえるように、私、頑張りますから……っ」

 きっとしとれには、まだ戻れない事情があるのだろう。それで楓は、思い出したくないことを思い出す。しとれがこの街を去った理由――楓はそれを知らない。あえて、知らないようにしていた。何故なら――失踪の時期が、TRK26の解散時期と重なっていたから――

 けれど、このステージで楓は確信する。しとれもまた――あの伝説のストリップ・アイドル・ユニットのひとりなのだと。

 そんな大物に盛り上げてもらったのだ。ならば、この熱は絶対につながなければならない。

『次は、メジャーデビューしたばかりの期待の新人・MAYさんですっ!』

 ステージの準備を終えたカリンがPAの方から熱気に包まれた広場に向けて告げる。

『歌うのはデビュー曲『 My Gambit(マイ・ギャンビット)』です。名前だけでも、覚えて帰ってくださいねっ!』

 そのアナウンスに合わせて――楓たちはまたしても振り向いた。それは、先ほどしとれが現れたときと同じように。どうやら()()は、ただそこにいるだけで存在感を放つようだ。舞台袖に姿を見せた舞は、黒の衣装に身を包んでいる。ライブハウス『ノクターン』で観たときと、まったく同じ――漆黒のレースが肌に沿うようにまとわりつき、動くたびに陰影が踊る、あの衣装である。だからこそ、楓には不安が過った。ステージ上で、舞が裸になる様が、ありありと想像できてしまう。いつものステージ――あの衝撃――それらすべてが、まるで映像のように脳裏によみがえるようだ。

 壇上に立つ舞の表情は冷たいほどに無機質で、何を考えているのか、まったく読み取れない。だが、しとれのおかげで、観客たちは大いに湧き上がっている。そんな空気の中で、舞は静かにステージ中央へと立った。緊張している様子はまるでない。こういうところはさすが、といったところか。

 そして――音楽が始まる。やはり、舞の振り付けはいつ見てもキレが良い。とはいえ――先ほどみたしとれの振り付けも見事なものだった。楓はずっと、ダンスにだけは自信を持っており、そう簡単にそれが揺らぐことはない。だとしても――()()()()()()()()人間がこんなにゴロゴロいるなんて――世界の広さを再認識すると同時に、もっと自分の腕も磨かなくては、と髪飾りに手を添え、決意を新たにしていた。

 楓は顔を上げてステージに臨む。耳に残るメロディは観客の意識を引き込んでいくようだ。

「大胆不敵に魅せるわ My Gambit♪」

 さすがメジャーデビューしているだけに、知っている人もチラホラいるらしい。ここから先――リリザなら大丈夫だろう。結局、あれから美春はまったくライブハウスに来ないし、あやのも――本人は出たがったが、店長判断で見送りとなった。しかし、いまとなっては、ソロのほうが良さそうだ、と楓は思う。当初の予定では、生演奏で人を集め、如月舞でつなぎ止めたうえで、ノクターンによる総力戦――という流れのはずだったが、しとれの登場により、ハイレベルのまま進行している。正直、楓にもここで歌う自信はない。幸い、ハロクドは来てくれているので、最後はワチャワチャと参加型の『コンニャン体操』で盛り上げてくれることだろう。

 だが――その算段は脆くも崩れ去る。舞のサビが終わったところで、こともあろうに――! 信じられない光景に、楓は――

「音楽止めて!」

 叫ぶと同時にステージへと飛び出した!

 あの女――まさか、こんなところで――

「ナニ考えてんの、あんた!」

 腕を掴まれたことで、舞のダンスは止められる。衣装の前を大きく開いたまま。

「邪魔しないで」

「ここでは脱ぐなと言ったでしょ!」

「安心しなさい。中は水着よ」

「そういうことじゃない!」

 公共の場で()()()()()()()()という仕草自体が問題行動として取り上げられてしまうかもしれないのだ。それほどまでに、新歌舞伎町は危うい立場にあるというのに――!

「偽りの姿で拍手をもらうために、私はステージに上がっているわけではないの」

 舞の瞳は、微動だにしない。楓の必死な形相を、どこか冷ややかに見下ろしている。この女は、ストリップにだけは誠実であると信じていた。いや、ストリップに()()誠実でないのかもしれない。他のものをすべて犠牲にしてでも――

「……()()()()()()()()、帰る家を失ったんじゃないの」

 ようやく音の消えたステージの上で――感情のままに楓はつい口走る。だが、舞が動じることはない。本当に、いつもの調子で。

()()()()()()()()()()、貴女は帰る家を失ったのね」

 その一言で、楓の中で何かが切れた。怒りに任せて手が出そうになった、そのとき――

 

「ああああああああッ!?」

 

 別の場所から絹を裂くような悲鳴が上がる。それで、楓は我に返り、舞は――

「興が冷めたわ」

 踵を返して舞台袖へと去っていく。騒動の中心はステージの上から群衆の中へ。観客が散り散りになっていったことで現れたのは――黒服によって拘束されている女性――彼女に見覚えはないが、おそらく――あの女性は()()()()()()()()()()()()()()を犯したのだろう。それは――かつて白昼堂々路上で女子を刺殺しようとしたノクターンの前オーナーのように。

『本日のストリートライブイベントは、諸事情によりこちらで終了とさせていただきます。誠に申し訳ありません』

 カリンのアナウンスによって、動揺して立ち尽くしていた人たちも、今度こそ静かに離れていく。

 ――最悪の結果だ。楓は愕然として膝を突く。こんな騒動を起こしてしまったら、安心党にさらなる口実を与えるだけ。自分が直接失敗したわけではない。だが、自分が主導として進めていた計画が、むしろ街の存続を脅かすことになってしまうなんて――

 やはり、これが自分の限界か――そもそも、自分ごときが組合長などという肩書きを持ってしまったことが間違いの始まり――

「楓さんっ!」

 カリンの叫びに、楓はハッとして顔を上げる。それが、どん底のときに手を取ってくれた友の声だったからこそ、楓はすぐさまかつての自分を取り戻した。膝を抱えて泣いていたところで何も変わらない――こんなところで、何をウジウジしていたんだ、自分は――!

 楓は涙を拭い、前を向く。そこには――平穏を取り戻しつつある新歌舞伎町の街並みがあった。ひとつふたつ騒ぎがあったところで、そう簡単に揺らぐような街ではない――自分が貶めてしまったはずの街から、逆に勇気をもらってしまったことで楓は恥じる。だからこそ、今度こそ冷静に見ることができた。女を連行していく黒服と共にあるのは――ノクターンの店長であるエリ。ならば、彼女が連れて行かれる先は――

 追いかけるように楓がステージを下りようとしたとき、傍らにカリンが立っていることに気づく。しかし、その瞳は悲しげで――黒服たちを呆然と見送っていた。

「どうして……」

 そのつぶやきに、楓は問う。

「知ってる人?」

 人脈の広いカリンであれば、関係者であっても不思議はないが――やはり、そこがコミュニケーション力の差なのだろう。

「あの人……『シネマ・トーチライト』のオーナーさんだよ」

 それを聞いても、楓には思い出すことができない。

 だから。

「楓さんは、行って。撤収は、カリンたちでやっておくから」

 それがシンカブ組合の長である自分の役目なのだろう、と楓は足を向けた。ライブハウス・ノクターンへと。

 

 楓が入ったとき、控室は――重い沈黙――無言の黒服――まるで牢獄のような圧迫感に満ちていた。椅子に座らされていたのは、緩やかなウェーブのかかったセミロングの髪をシュシュでまとめた女性。薄手のサマーニット越しにも、豊かな胸元が自然と目に入る。だが、それを誇張するような服装ではなく、全体に控えめで落ち着いた印象を与える出で立ちだった。

 その前にはエリが座っている。いつものスーツ姿で。しかしそれが今日は――まるで取調官のような様相だった。楓は中へ通してもらえたものの、出入り口は黒服たちによって固められている。関係者としての立場なら、言えば出してもらえるとは思うが――やはり、その部屋の空気はどこまでも重い。

「何が、あったんですか……?」

 楓はエリに問う。自分にはそれを知る権利がある、という強い意志で。

「どうやら、舞さんのライブを撮影しようとしていたようです」

 あの問題のライブを――だが、今日のイベントは撮影を許可していた。ゆえに、それだけでこのような措置に遭うとは考えにくい。

 その理由とは――

「……それも、舞さんが脱ぎ始めた瞬間に」

「それって、まさか……」

 如月舞と()()だった、ということ――!?

「舞さんの協力者であれば、冒頭から撮影しているでしょう」

 楓の考えを読むように、エリはその邪推を否定する。だが、楓にはまだわからない。彼女が男であれば、とっさの下心だったのかもしれないが。

「たしか、『シネマ・トーチライト』のオーナーさん……とのことですが」

 カリンからの受け売りをそのまま口にする楓。それで――映画館のオーナーは観念してガクリと肩を落とす。

「だって……仕方がないじゃない……!」

 それを聞いて――しまった、と楓は焦る。このままでは――よくわからないまま話が進んでしまう――!

 だが。

「この街では……政治家の力なしでは生き残れないのよ……!」

 

 新歌舞伎町の片隅にひっそりと軒を並べる映画館『シネマ・トーチライト』――半世紀以上前に彼女の祖父が立ち上げたものだ。しかし、創立直後に政権交代――安心党による『歌舞伎町クライシス』――『管理社会』と呼ばれた厳しい時代――多くの店舗が営業停止の危機に瀕していた中、館主は密やかに、しかし確実にその嵐を生き延びてきた。

 

 そして、このオーナーは三代目にあたる。が、その歴史を、楓は知らない。ただ――『この街では』という言葉で新歌舞伎町の住人だと察し、そして――

「どういう、ことですか……?」

 楓は尋ねる。カリンの悲しみの意味を知るために。

「私たちの生き方は、おおっぴらにしてはいけないのよ」

 場末の映画館が生き残れた“秘訣”を虚ろな瞳でオーナーは語る。

「私たちは、政府に逆らわず、ただひたすら……静かに、細々と、生き延びるしかないの」

 その言葉には、痛みと諦めが滲んでいた。何かを主張しようとすれば消される――あの時代は、それが“常識”だった。

 そんな悲痛な叫びを聞き――楓は拳を握りしめる。楓は、 現在(いま)の自己責任社会を良しとしていない。部分的であれば、旧時代に戻ってもいいのでは、とさえ考えている。しかし――これが、管理社会――とっくに終わって久しいのに、こんな形でいまでもひとりの人間を縛り続けているなんて――それはきっと、楓が味わってきたのとはまた異なる形の屈辱だったのだろう。

 だからこそ、楓は伝えたい。

「もう、安心党の時代は、終わったんです」

 それでも、このオーナーは安心党に縛られ続けている。つまり――彼女がスパイだった、ということなのだろう。それを知っても、楓がそれ以上責めるつもりはない。

 何故ならば。

「エリさん……少し、時間をいただけませんか」

 意外な問いに、エリは――表情を変えずに考える。そして――自身の任命責任も含めて。

「いまから、二十四時間……で、よろしいですか?」

「はい」

 と即答できたのは――実際のところ、オーナーの身を救いたいから、というわけではないから。けれど、その前に確認しておかなくてはならないことがある――ただ、そんな予感がして。

 

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