【ひょっとして俺】織田信長(22歳)死亡【やっちゃいました?】
私、手が震えております。手の中の弓もぶんぶんと暴れています。
しっかりと握っていなければ、落っことすか、どこかに飛んでいくかしていたでしょう。
眩暈もしますね。もう、立っているだけなのに、クラクラします。
暦の上では8月、実際には9月の、まだ暑さの残る日差しがまぶしいですね。
ただいま私、現実逃避をしております。
だっていつだって現実は残酷で厳しいんだもん。だよね?
だから、周りがマジかコイツって顔して、少し遠巻きにこっちを見ているのも。
私の上司の上司の上司か、そのまた上司の、柴田勝家様が全力でこちらへ走ってくるのも。
殿の仇、と一部の敵兵たちが、こちらへ槍を構えて突っ走ってくるのも。
少しの間だけは、目を逸らしてもいい……
うっかり織田信長をヤッちゃったっぽいという事実から、目を逸らしてもいいんだ…っ!
はい。
刑事さん、私がやりました。しかしここは戦国時代。しかも戦場での事件、もとい出来事。
ノーカンで。どうかノーカンで、お願いしたい。
あ、もう少し詳しくですか。はい。ちょっと史実の説明をしますね。
稲生の戦いってご存知で?
まだ尾張どころか、家中も統一できてない信長の、弟の信行(または信勝)との家督争いの一戦ですね。
お付の爺ポジだった平手さんは、謎の切腹。もう1人の爺の林は信行側に付く。母親も信行側。
オマケに後ろ盾だった、嫁の実家の美濃斉藤家の道三も、息子の義龍に謀反起こされて死亡。
そんな感じで割りと孤立気味だった信長さんの。1700人 対 700人(切り上げ) の不利なバトルが、稲生の戦いです。
で、順当にそのまま信長さん側が負けかけまして。本陣前まで攻め込まれまして。
そこからの、大逆転です。
側近が、攻めて来た相手の大物を討ち取った好機に、信長が前に出て叫んだのです。
何を叫んだかは、さすがにわかりません。
まあ、想像した上に、意訳すると。
「ワシを誰だと思っとるんじゃぁ! このクビ取って、タダですむと思っとるんかゴラァ!
こんな感じだったんじゃないでしょうか。ヤンキースピリッツ的に考えて。
これが織田家の身内争いだったのもあって、通じちゃったんですね。
だって先代信秀の嫡男で、おエライさんなのは間違いないのです。そんな大きな問題には手を出したくない。
それが下っ端スピリッツ。責任問題とか、大嫌いです。
そしてひるんだ兵達は逃げ出して、逆に信長陣営は勢い付いて、逆襲を始めて。
元爺の林の弟さんを、嘘か真か信長本人が討ち取ったり。逆転大勝利を収めました。
というのが、史実です。史実、でした。
史実、だったんですよねえ。
無くなりましたけどね。いや、亡くなったのかなあ。
はい。私がヤりました。
ええ、はい。実は私、前世の記憶、ってやつをですね。持ってましてですね。
でも、ついさっきまでは、こう、はっきりとした記憶や自覚は持ってなくて、ですね。
何かヘンな事知ってんな、とか。計算はできるんだな、とか。でも生意気だよな、とか。
まあ、そんな評判の、どこにでもいる小生意気な若造だったわけですよ。
俺は現代人だぞ。
今思えばそういう、上から目線、というか。そんな無意識の見下しがあったんでしょうね。
だからかなあ。
周りがビビッた信長の啖呵にも、反発しちゃいましてね。
手に、弓を持っていましてね。
で、まあ、こう。ひょいっと撃ったところ。上手い具合にノドに刺さりましてね。
赤い陣羽織に、赤い血がどんどん広がっていっているのが、遠目にもやけに鮮やかでした。
射ったのは、私だけでした。犯人丸わかりです。
で、そのタイミングでの、前世覚醒です。
バカじゃねぇの? 今世の俺、バカじゃねぇの?
戦国で、信長いたら、それもこんな初期なら、ワンチャン仕えるだろ! 就職活動しろよ!
なんで息の根止めてんだよ!
それにこれで、知ってる歴史の流れの大部分がたぶん死んだわ!
ただでさえ戦国時代で人生厳しめなのに、なんで自らハードモードに難易度上げてるんだよ!
バカ! もう…… ばか!
あー、もー、記憶が戻ったのと、やらかしの衝撃で心が落ち着かない。脳もかなり疲れている。横になったら、意識が落ちそうだ。
せめてこのままもう少し、現実から目を逸らしてゆっくりしてもよ……
いやよくねぇわ。逸らしてたら死ぬわ。
「みんな、敵が来るぞ! とにかく、戦わんと死ぬぞ!」
でも自分だけで立ち向かっても、死にますからね。頼むみんな、力を貸してくれ…!
私は『信行で桶狭間を何とかしろ』という、信長死亡から連鎖で発生しちゃった強制イベントを、何とか乗り切る方法を考えるから…!
いや、それも後でいいか。確か何年か余裕ありましたよね。
切り替えましょう。今は、とりあえずこの戦場を生き残る事だけを考えましょう。
それで、実は兄の信長を殺すつもりまではなかったっぽい信行が、私を罰しないで、なおかつちゃんと褒美をくれるよう祈ろう。
戦わなければ生き残れない。なお戦っても、運が悪いと生き残れない。
ほんと、戦国時代ってやつは地獄だぜ。