尾張グダグダ戦国記   作:far

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【ここは信州】織田家だけど諏訪家の代理人です【私は外交官】

 

 はい。今日は足を伸ばして、信州、諏訪へとやってきました。

 はい。また出張でございます。まだ出張中でございますよ。お仕事が終わらない。

 

 ところで信州といえば蕎麦ですよね。でも麺になった蕎麦って江戸時代からで、今はまだ無いんですよ。ほぼ蕎麦がきオンリー。

 しかもメンツユも鰹節とか昆布とか、必需品が無いんで、自分で作る気にもなれません。

 昆布はその気になれば手に入りますが、あれは寒い海でないと取れません。最低でも仙台あたりまで行かないと生えていないので、輸送費が上乗せされて結構なお値段に。

 昆布を食べて、よろこんぶ。というクッソ下らないダジャレのせいで、縁起が良いと古来より人気商品なんで、流通してはいるんですけどね。

 

 キャッチコピーとしては大成功なのでしょうが、すごく納得できない。

 

 鰹節にいたっては、まだ干しただけ、もしくはワラで燻してから干しただけの、まだ鈍り節モドキという段階。

 これ、ワラじゃなくて薪で燻すだけでも違うんですが、尾張じゃカツオは滅多に取れないんですよね。三河湾内に入ってくれないので。

 三河も越えて、遠江や駿河まで行くと、なぜか取れるようになりますが。

 

 令和になりますが、海の無い県を除いたカツオの漁獲量で、愛知県は佐賀県と最下位を争っていました。

 なお静岡県が堂々のトップです。不思議に思ったので、覚えているのですが。本当になんでこんなに差があるのやら。

 

 そんな事をつらつらと考えながら、目の前の景色に目をやります。

 諏訪湖のまだ透明な水面が、日の光を映してキラキラと輝き、湖面に浮かぶ船で釣りをする人が見えました。岸辺には、しじみを取っているらしき子供達もいます。

 昭和30年代の後半にはもう、生活排水と工業排水で失われてしまった光景ですね。

 こんなに綺麗な諏訪湖を見るのは初めてで、少し心が浮き立ちます。

 

 確か諏訪湖の東岸の方には、温泉がありましたっけ。ぜひ浸かりながら、この光景を眺めてみたいところではあります。

 しかし残念ながらここは西岸で、あとに行く事もできなさそう。いつか行ける時までお預けですね。

 南の方には、名前は知らないが古い城が見えます。寺とくっついて見えていて、何なら寺のほうが立派に見えるが、わりとある事。

 城の中に寺社があったり、寺社を城代わりに使ったりも、ある話で。

 松永弾正久秀などは、それで敵が篭った寺を焼き討ちしちゃって、悪名が高まっていましたね。

 

 まあ燃やした寺が 東大寺 で、 大仏も溶けて崩れちゃった から是非もありませんが。

 

 令和では、三好長慶には忠実だったし、将軍暗殺にも関わっていなかったっぽいし、極悪人という評価も間違っているのでは? と再評価が進んでいましたが。

 それでもヤベー人であるのは間違いないと思います。

 ただ松永の最後は、愛用の茶釜に火薬を詰め込んで火をつけての自爆(おそらく世界初)という、明らかに俗説の死に様が史実であって欲しいですねえ。

 

 史実にしようかな。

 

 思考が物騒な方向へと流れていこうとした時です。

 諏訪湖を見下ろす、鶴ヶ峰という山。そこにある、忘れられたような小さな寺に、ようやく待っていた人が姿を見せました。

 

「――諏訪四郎、様でよろしいか?」

 

 待ち人が、本人かどうか呼びかけました。二重の意味で。

 

「……まだ、そう名乗る決意は出来てはいない」

 

 残念ながら片方しか、合っていなかったようです。

 

「では、武田四郎勝頼として、これからも生きていかれますか?」

 

 待っていた相手は、武田の後継者になった、四郎勝頼。信長の妨害で、正式な官位を得られなかったので四郎。

 史実では甲斐武田家の領土を最も広げた、強すぎる大将。そしてその後織田に武田家を滅ぼされた、最後の当主。

 元は諏訪を継ぐ予定だったはずが、義信の切腹で後継者に路線変更。

 そのせいか、武田の重臣たちとの仲はあまりいいものではなかったらしいです。

 少なくとも、あまりコミュニケーションは取らずに、話も聞いてくれないトップではありました。

 

 あれ? この人を諏訪の(ぬし)にしていいんだろうか…?

 

 はい。諏訪の主です。

 諏訪氏は信玄に総領家が滅ぼされているし、村上氏も現在越後まで逃げちゃっていますので、大きな顔をしづらい。

 だから信玄と諏訪総領家の娘の子である、四郎勝頼を担ぎ出そう、というわけですね。

 

 今世でも、武田の後継者に指名された四郎勝頼をね。

 

 何でそんな人とのコンタクトを、私がやってるんだろう。

 織田家臣ぞ? 私、尾張織田家の家臣なるぞ?

 

 ――今、武田は警戒している。我らの事も、注意深く監視していよう。信玄と義信、どちらに転ぶのかと――

 

 だから動けないから、代わりにやってきてね。って手紙で依頼されちゃったんですよね。

 今の諏訪家の当主の諏訪頼忠に。

 断っても良かったかもしれませんが、そうすると諏訪独立の話が進まなくなるんですよねえ。

 藤吉郎くんに投げようにも、彼だと地位が足りない。年齢は25歳で、私と同じなんですが。

 

 頼忠は、勝頼の祖父にあたる諏訪頼重*1の従兄弟で、諏訪大社の大祝(おおほうり)です。ただ生き残っただけではなくて、武田が滅亡するまでじっと耐えて。

 その後に織田が隙を見せるまで、更に耐えて。本能寺の変が起きるや、旧臣らとともに旧領を回復。諏訪独立を果たした男です。

 

 まあ、その直後に火事場泥棒、もとい徳川家康が、武田の旧領を手に入れるために侵攻して来ちゃって、負けて臣従したんですけどね。

 

 本能寺の変の時、家康も信長に招待されて京の近くの堺にいたんですよ。で、巻き込まれまして。

 当時は一般的ではなかった、伊賀越えのルートで本拠地の岡崎にまで逃走に成功しています。

 客として招待されただけだったので、軍勢を率いていたわけではなくて、少数の家臣のみしかいなかったので、かなり危険でした。

 家康の生涯何度目かの絶体絶命の逃走、そのラストですね。神君伊賀越え、と言われています。服部半蔵がこの時に活躍したと言われていますね。

 

 その割には、伊賀出身者の待遇が改善されてないな? これも伝説では? と最近は言われていますが、家康はそういう所はケチなので、なんとも言えません。

 家康の幼少時から仕え続け、歴戦の中で次々と一族を失い、最後は時間稼ぎの捨て石にされてもなお奮闘した鳥居元忠もそう言っています。

 で、そんなケチな家康は無事に自分の城に帰って安心して、そして気付きました。

 

「あれ? 今なら織田家に遠慮せずに、領土広げたい放題じゃね?」

 

 ボーナスタイムに気付いてしまったのです。秀吉の中国大返しという速攻で、思ったよりも終了の時間は早かったものの、それでも甲斐は取れました。

 

 そんな理由で、再び独立から従属へと立場が戻った諏訪頼忠。

 しかし徳川側へと付く事ができたのは、結果として成功でした。頼忠は関ヶ原の戦いを経て、その功績で諏訪藩の初代藩主になったのです。

 年齢的に跡を譲っていたので、関ヶ原で戦ったのは息子の方でしたけど。頼忠は江戸で留守番。

 

 ……もうこの人を旗頭にして、諏訪独立で良くないでしょうか?

 

 いや、でもなあ。勝頼、実際強いんですよねえ。一騎打ちで北条の重臣の家老を討ち取っちゃうような、国主としてはダメな強さですが。

 でも兵を率いる将の1人としてなら、かなり良い。そんな将を引き抜けるのは大きいし、武田の諏訪統治の大義名分も一緒に奪える。

 それに勝頼はともかく、その母親の諏訪御料人は諏訪での人望があるんで、勝頼にもそのおこぼれ程度の効果はあるんですよね。

 

 諏訪御料人は、父を切腹させて家を滅ぼした信玄に、14歳で無理やり側室にされて、しかも武田家中では家臣らからの扱いが悪くて、15歳で勝頼を産まされ、もうひとり産んで若くして亡くなっています。

 そんな悲しい人生への同情という方向での人望の効果が。

 あっ、あと勝頼の嫁も諏訪氏からでしたっけ。

 

 う~ん、悩ましい。

 勝頼本人も自分の身の振り方に迷っていますが、こちらとしてもこの人をどうすべきなのか悩ましい。

 

 いっそ消したらスッキリしますが、それはそれで勿体ないというか。

 それにわざわざここまで足を運んでくれて、独りでやってきてくれた誠意を、この場の思いつきで裏切るのも良くありません。

 少しばかり、説得してみましょうか。

 

「仮に今、武田のご当主が倒れたとしましょう。仮に、です。その場合ですが、家臣の方々は、あなた様について来てくれましょうや?」

 

 あっ、痛いところを突かれた。って顔をしています。効いてる効いてる。でもそんな素直に顔に出しちゃダメですよ。教えないけど。

 よし、もう少し押しますか。

 

「あまり時間はありません。冬が過ぎれば、すぐに諏訪の人々は動きます。手始めに高島城の城代、甘利信忠を討ちます」

 

 高島城は諏訪大社の近くにあって、かつての諏訪氏の居城の跡地に武田が作った、武田の諏訪支配の象徴です。

 それを奪うことで、諏訪の人々の支持を得て、勢いも得ようという策です。あと普通に要衝なので。

 

「諏訪の人々は、上から下まで、武田を憎んでおります。止まることはないでしょう。理由はお分かりですね」

 

 よく歴史小説などでは、過酷過ぎる税を武田家が課していたりしますが、少なくとも今世では、そこまでではありませんでした。年貢は6公4民です。

 年貢だけは。

 これに棟別役という、家屋の数や規模に応じた税金を領土の全土に採用。これは他の国にもありますが、武田はわざわざ棟別帳という建物の記録まで作って、キッチリ取り立てていました。

 更に段銭という臨時徴税や臨時課税、堤防や道路整備などの労役が加わります。

 

 以前に少し述べましたが、甲斐は普通に餓死者が出る国です。出稼ぎのように、何度も他国へと襲撃に出るほどに。

 その貧しい甲斐の国のマイナスを埋めるために、信濃全体がかなり吸われていて苦しいのです。

 

「裏切りたくない、とお考えでしたら、残念ながらもう手遅れでございます。あなたはもう、武田を裏切るか、諏訪を裏切るかの二つに一つしか選べませぬ」

 

 勝頼の額のシワが、また深くなりましたね。いかにも苦悩する若者の姿です。

 よし、もっと悩ませよう。

 

「全てを解決するような、都合の良い手段はありませぬ。ですが選ぶ事は出来ます。ただしどちらを選ぶにせよ、ご自身の意思にてお選び下さい。さもなくば後悔は、より深くなりましょう」

 

「お前は俺を説得に来たのではないのか? なぜそんな事を言うのだ」

 

 むう、さすがに少し不審に思われましたか。

 別に言葉自体は、おかしなことを言っているつもりはないのですが。

 

「お味方になっていただけたとしても、迷いや未練を残してでは、いつまた武田に戻られてしまうかわかりませんからな。

 それに仮に武田の当主になる、と決意された場合は…」

 

「場合は?」

 

「その場合、私は生きていますかね?」

 

 まあ、斬られますよね。

 口先で諏訪に協力する、と言っておいて、実際は武田側に情報を全部流す。とかするのが有効ですが、この人、そんなタイプじゃなさそうなので。

 私を斬って、ここを去り、あとは戦場にて全てを決めよう。とか、そういう感じです。

 

 う~ん、策略に弱そう。

 なぜか笑って「よし、決めた! 俺は諏訪四郎勝頼だ!」とか言っちゃってるけど、この人を諏訪の主に選んで本当に良かったんだろうか。

 

 私は意訳すると『武田家に残っても、将来は暗い… 暗くない?』と不安にさせて『諏訪四郎になって、自分の意思で決断は気持ちいいYO!』と背中を押しただけなんですが。

 織田家の回し者の私が持ってきた話なのに、織田家の援軍や物資のバックアップも無いし、独立後のヴィジョンというか、予測も一切話してないんですが。

 

 やっぱりこの人、武人としては上出来で、大将としても一級で。でも大名には向いてないんじゃないかなあ。

 

 そういう人、ひとり知っています。今川氏真って言うんですよね。

 史実だと、どっちも御家を滅ぼしてますねえ……

 今回味方につけるの、勝頼とその人なんですよねえ……

 正確には氏真が支援してる、義信。地理的に、諏訪に攻めてくるのは信玄側ですからね。

 信濃独立を始める時に、牽制だけでもしてくれたら、諏訪に来る武田の兵はかなり減ります。

 

 戦略的には正しいんですが。正しいんですが。

 なんでしょうね、ものすごい不安になってきました。

 どういう展開になろうとも、所詮私は余所者なので、逃げ出せばいいんですけども。

 大丈夫かなあ、諏訪。

 

*1
逃げ上手の若君に出てきたキャラと名前が同じですが、こちらはその子孫




なんか推薦が好評なので、今日も推してみる。
小説家になろう より、ドヨ破竹 氏の 劉禅転生
劉備が死んで、皇帝になってからの劉禅に転生。なかなかに詰んだ状況から、ノンキに生き残るという、謎の偉業を達成するお話。
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