尾張グダグダ戦国記   作:far

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【朗報】織田信長殺人事件の犯人、私じゃなくなった【無罪】

 

 正確には、私じゃなくなりました。ツヅキ?という、信行さまのお気に入りの人がヤッた事になったみたいですね。

 アレですよ。私、今世では足軽ですからね。一応武士ではありますが、武家でバイトしてる人、という方が正しい気がします。

 正規雇用かどうかすら、実はすごい怪しい。

 フリーランスか、組の杯をもらう前のなんちゃってヤクザか。まあ、どの道ブラック労働者ですね。

 

 そんな小物にヤられたとあっちゃあ、織田家の評判に関わっちゃうわけです。

 この手柄スライド。なんか、割と良くある話らしいですよ。

 その戦で家が滅びちゃった人とか、謀反起こして負けちゃった人とか、配慮いらない場合は、そうでもないみたいですけど。

 ほら、明智さんみたいな。

 

 というわけで、私は口止め料込みのボーナスを貰って、バイトリーダー、もとい足軽組頭へ昇進。

 信長さんの支配下だった清洲城などを抑えるための進軍に組み込まれ、働くのでした。

 以降も、尾張統一のために戦があれば、言われるがままに戦場へ。

 途中で勘定方に回されて、文官コースに路線変更。上司の上司の上司が丹羽様に代わったりしつつ。

 

 そして、4年。

 桶狭間の戦いで、今川義元を討ち取れま…………せんでしたっ!

 

 むしろ戦いが回避されました。

 家中がだいたい、頭下げて降伏。という意見でまとまっちゃったみたいでね。

 

 この下っ端に近い立場からでも、何とか信行さまで桶狭間を乗り切ろうと、色々頑張ってみてはいたのですが。

 その一切合財が、無駄になっちゃったっていう、ね。

 

 

「信長様が生きておられれば……」

 

 居酒屋で一緒に飲みながら、丹羽様が、そう愚痴っておられます。

 酒を飲める店は、それこそ古事記の時代からありますが、机と椅子があって、小料理も出す居酒屋スタイルは江戸時代から。

 はい。現代知識チートですね。オーナー、私です。

 足軽時代、ヒマが多くて給料も安かったんで、副業として始めたんですよ。

 仮設店舗みたいな小屋の、立ち飲みスタイルから始めて。忙しくなったら店員も雇って、儲けでちゃんとした2号店作って。

 売れ筋はスズメや野鳥の焼き鳥。なんか鶏は食べちゃダメらしいですね。

 この時代の人は、時に縁起を担ぐためだけに命や大金をかけたりしますからね。諦めました。

 

「最近流行り始めたらしい、味噌田楽です。お試しください」

 

 3号店の店長が、そう言って私と丹羽様の前に一皿ずつ、串に刺された焼き豆腐を置きました。

 味噌が庶民にも出回りだして、色々なものにつけるようになったのは、室町時代から。

 つまり味噌田楽が最近の流行、というのは本当にその通りなのです。そして私はこれを、彼に教えていません。

 ここはまだ開店して間もないし、店長も雇ったばかりですが、熱意があるようで大変に結構。

 

「おう。なかなかに酒に合うな」

 

 気に入ったらしい。丹羽様がおかわりを頼むのを横目に、私はもう一本呑もうかどうか、考えながら、何気なく店内を見回しました。

 

 特に深い意味は無く描いてみた、壁のコアラの掛け軸やら。

 カウンター席と、酒樽の上にワラで編んだクッション付きの椅子やら。

 焼き鳥を焼くのに適した焼き台や、妙に洗練された配置の調理場やら。

 あちこちにかかっている、金属とガラスではなく、障子紙と陶器製ですがランプやら。

 

(あれ? ひょっとして私、やっちゃいましたか?)

 

 今更ながら、少しばかり自重を忘れていた事に気付いてしまいました。

 

 いや、まあ、いいか。今更どうにもなりませんし。

 炭火で焼かれた、焼き鳥は香ばしくて美味しいし。

 作らせた徳利から注ぐ、若干黄色いながらも清酒がたてるトクトクトク… という音も楽しいし。

 

 むしろ、もう少しやっちゃってもいい気がしてきました。

 

「ああ、信長様にも、これを…… いや、あの方は下戸だったな」

 

 ぐいっと、いつになく大仰な動作で酒を煽る丹羽様。だいぶ酔っていますね。

 このように、今でもモロに信長派な丹羽様。彼が今も生き残っているのは、使える人材だからと領地安堵で調略されたからです。

 仲良くなったのは、カネに物を言わせて職人に作らせた、日本式そろばんをプレゼントしてから。

 起源をたどれば古代メソポタミアまで遡るくせに、室町末期になるまで日本に入って来て無かったんですね、そろばん。

 入ってきたら使いやすいようにと、上段1珠、下段4珠のシンプルな形に魔改造するあたり、実にニッポンですよね。

 

 そんな使いやすくしたそろばんを贈って、仕事も地道にこなして。信頼を得たら、こうして居酒屋へ誘って。

 平社員のいない会社での主任が、課長、部長を飛ばして次長とコネをつないでいる感じでしたが、上手くいきました。

 元 信長閥ということで、他の面々と若干距離をとられてましたからね。好機だな、と思いました。

 

 そんな下心満載の私の贈り物、そろばん。最初はそれを。

 

「計算用紙の節約にはなるか…」

 

 とパチパチはじいていた丹羽様でしたが、次第に計算にも活用。どんどんと指が早くなってゆき。

 いつの間にか教えていなかった、掛け算や割り算の使い方までわかっていました。

 その元になる、九九はありました。奈良時代あたりからあるらしいですね。起源は古代中華とか。

 思ったよりもいい物だったぞ。と礼を言われたので、仕事帰りの一杯に誘うようになって。

 支払いは割り勘にしたら、なんか好感度上がって。

 

 よし。上につながりを持てた。意見を通す、までは行かなくとも、何とか桶狭間の結果に影響を……

 

「戦は、ナシですか」

 

「無いな。家中に丸っきり、戦う気がないわ。篭城すらも、する気がないぞ」

 

 及ぼせなかったんですけどね。

 

 史実でもなんで勝てたのか、割と謎ですからね。勝ちに不思議の勝ちあり。

 まあ、切り替えていきましょう。

 

「丹羽様。降伏したとして、三河の松平みたいに織田家も尾張の統治を任されますでしょうや」

 

「わからぬ。だが美濃の事があるから、壁として残されるやもしれぬ」

 

 この4年。尾張統一は、丹羽様ではありませんが、信長さんだったら…… と思うほど難航しました。

 いや、グダグダだった。そう言った方が正しいのかもしれません。

 信行さまも、土豪たちも。まるで、やるべきことを先延ばしにする、現代の会社員や学生らのようでした。

 家臣らすらも、お前ら信長じゃなくて信行選んでたんと違うんかい。そうツッコみたくなるほど、グダグダでした。お前らもっと働け。せめて動け。

 

 尾張のどこもかしこもが、そんな有様で。今川がそろそろ来るかもしれない。そんな空気を感じ取っていても、全然ひとつにまとまらない。

 反乱を起こすわけではないが、反抗的というほどでもないが、決して従順ではない。

 非暴力不服従。ガンジーかお前らは。

 

 もし信長さんだったら、難癖つけてでもいくつかの家を潰して、見せしめにしたかもしれません。

 でも信行さまは、話せばわかる。とか、はっきりするまでは。とか、こう…

 政治的には正しいかもしれないけど、悲しいけど今、戦国時代なんですよ。

 対信長の時には見せていた、はっきりとした態度が、どこにもありませんでした。

 長年目の前の障害であった兄がいなくなって、気が抜けてしまったのでしょうか。こんな初期で燃え尽きられても困るんですが。

 

 信長ヤッちゃったお前が言うなって? それはそう。

 

 そんなグダグダした尾張を、武田と北条との同盟に忙しい今川は見逃してくれていましたが、美濃の斉藤家は違いました。

 父親の道三を倒して美濃国主になった斉藤義龍が、尾張の北の方の守護代の織田信安と組んで、ちょっかいをかけてきたのです。

 

 まあそれは、織田家中での生き残りをかけた、元信長派の家々が戦線に投入されて何とかしました。

 特に活躍したのが、前田家。利家する。と動詞にもなった、ロリコン抜き、代わりに実家のピンチを見捨てられなかった慶次郎イン。

 戦なら任せろ。と暴れまわったそうな。

 補給? 内政?

 一時期クビになってて、お金に苦労して計算覚えた利家さんと違って、慶次郎さんは文化人ではあるけど、数字には、うん。

 

 そうして手に入った尾張上4郡を、何もしてない信行派の家臣らが持っていこうとして、分配で揉めて。

 それに色々たまってた森家がキレちゃって、割と大きめの反乱起きちゃって。

 

 元々信長、信行兄弟にそれぞれ別れて、家督争いしてたわけで。

 敗れたからって、はいそーですか。じゃあこれからそちらが上司ですね。とは心情的に難しいわけで。

 そう考えると、史実の柴田勝家とか、信行派だったのに、よく筆頭家老と言われるまでに成り上がれましたね。

 まあ彼は最終的に信行を密告したり、家督争い開始前にも信長の下で戦してたりするので、また別かもしれませんが。

 

 ですが普通の旧信長派には、不平不満があったわけです。信長はれっきとした嫡男で、正当性があったのですから。

 それに配下や身内には甘く、好かれてもいました。

 それを倒しておいて、このザマか。

 そういう想いが、元々あったのでしょう。実際、まとまりを無くしてグダグダでしたし。

 

 その上で、今回。血を流して奪った土地を、よしあとはワシらが差配する。もらってやろう。

 と、横から。いや、後ろから全部持っていこうとされて。

 しかも、その配分で仲間内で揉めてグダグダしたので。

 

「お前ら、いい加減にしろよ」

 

 森さんがキレるのも、残念でもなく当然でしょうか。

 あんな状態のやつらになら、勝てるか? そう感じたのもあるかもしれません。

 

 でも今の状態で信行さまを討ち取っても、森家に皆が従うとかは無いわけで。

 討ち取っちゃったら、主君の仇になりますし。家柄も元美濃の豪族で、土地もあんまり持ってなくて、尾張統治の大義名分も無いですから、従えないのです。

 

「尾張のためにならぬのだ。ここは抑えよ。悪いようにはさせぬ」

 

 仲裁として名乗り出た丹羽様が、そういう方向で頑張って説得。

 何とか治めたはいいけど、その条件として森家の要求が一部通って、それがまた信行派の家臣の不満を呼んで。

 

 そんなこんなで、それでも4年をかけて何とかまとまった尾張。

 すると今川が、ひとかたまりになって食べやすいですね。丸ごと美味しくいただきますってさ。

 それで織田家は、どうぞお召し上がりください。って頭を下げるわけですよ。

 こんなのもう、酒を飲むしかないじゃない。

 

 ドブロクの上澄みをすくっただけでも、清酒と言い張れないこともありませんが。

 ちゃんと火入れ、つまり過熱して発酵を止めて、灰でろ過して造った清酒。

 本当は灰じゃなくて、活性炭を使いたかったのですよね。灰だとありきたりで、真似されやすいですから。

 しかし活性炭は1000度近くの水蒸気かガスで蒸して、微細な穴だらけの木炭を更に微細な穴だらけに加工したものです。

 その穴にミクロなカスが吸い込まれて、液体が綺麗になるわけですね。水の浄化にも使われます。

 しかしながら、この室町の尾張の技術では、どうしても作れなかったんですよね。

 灰によるろ過だと、透明になるまで綺麗にできずに、黄色がかった清酒で精一杯でした。

 

 でもまあ、日本酒と呼べるだけの物には仕上がっています。

 さらにカネに物を言わせて造ってみた、麦焼酎。山葡萄で造ってみた、ナンカコレジャナイワイン。

 ビールは微妙に造りかたを知らずに、再現できないのが無念です。古代メソポタミアでも飲んでたらしいので、技術的には造れると思うのですが。

 

 そんな酒たちを、丹羽様の酒盃に注ぐ。

 

「今日は私のオゴリですから、付き合って下さい丹羽様」

 

「そうだな、今日くらいはな」

 

 幸い、今の私は文官コースの内政官。名実ともに海道一の弓取りになった、今川義元の下でも、生きていけるとは思います。

 でもねー、なんだかねー。今まで積み上げた物が、崩される感じがして、しょうがないんですよね。やるせないっていうか。

 自分の手の届かない所で、自分の関わる、関わってきた織田家が大きく変わってしまう。

 それが、イヤなんでしょうか。

 

 あっ、丹羽様も無言でグイグイ飲んでる。そういえば、あなたこれで崩壊的なのは2度目でしたね。

 1回目が私のせいなのは、未だに秘密です。口止め料を貰いましたからね。ちゃんと黙っていないとね。

 ささ、飲んで飲んで。今だけは全てを忘れましょう。ええ、それがいいですとも。

 




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