「あれ、どっちに行くんでしたっけ」
はい、皆さんこんにちは。私は今、木曽から美濃稲葉山城への移動中です。
ですがちょっと、アレになってしまいまして。
移動中にお昼を食べて、ちょっと休憩して。さあ、移動を再開しようとした時などに、たまにかかるアレ。
『どっちから来て、どっちに行くんだったか解からなくなる現象』に見舞われてしまいました。
普段通らない、田舎の一本道のコンビニやファミレスに入った後とかになるアレです。
しかしそんな時のために、用意している道具があります。
着物の襟をめくり、そこに刺してある太めの針を取り出して、端の方ではなくて中央に近い方にある穴に、糸代わりの髪の毛を通します。
そして吊るした針がゆっくりと動くのを、静かに見つめます。そして止まった方向が、北を指している。
はい、方位磁石です。いや針だから方位磁針かな。
ええ。現代知識チートですよ。地味ですけども。
綿火薬は派手で良かったですよねえ……
技術流出したら怖いのと、大量生産しようとしたら絶対事故が起こって大惨事になるので、秘匿し続けて多用するつもりはありませんが。
方位磁石は放出しました。
西洋諸国が乗ってくる船に、羅針盤があるでしょうし、そのうち普通に日本に入ってくる可能性が高いからです。
隠しておいても、どうせ西洋商人が高く売りさばくなら。その前に解禁して、売った方がいいでしょう。
作り方も簡単ですし。
まずは、ある程度以上強力な磁鉄鉱を手に入れます。無かったら、鉄鉱石や鉄を雷が落ちそうな場所に置いて、落ちるまで待ちましょう。
磁鉄鉱が入手できたら、鉄、できれば鋼をこすり付けましょう。ただし1方向のみ限定で。往復もダメです。
50回もこすったら、完成です。その鉄はもう、磁石化しています。
ね。簡単でしょう?
細かい事は忘れましたが、磁力の流れが整えられて固定化して、永久磁石になる。とかなんとか。
諏訪独立させて来い。と命じられた時に、さすがに旅支度はさせてもらえたので、その時に作りました。
針は職人に作らせましたが、磁石化は私がやったので『作った』でいいはずです。
磁鉄鉱は、高かったですね…… いやマジで。
磁石が作れるほどの磁鉄鉱は、基本海外からの輸入品。しかも強い磁力の需要が無いので、わざわざ探してもらったので、高くついたのです。
いつもの鍛冶屋さんに話を持っていって、そこからのたらい回しで、最終的に熱田商人衆の元締めの加藤順盛さんにまで辿り着いて、コネができたのは嬉しい誤算でしたね。
何に使うのか吐かされて、羅針盤の生産が熱田で始まっちゃいましたが。
針の形状は細長いひし形で、中央に突起を。羅針盤の中を油で満たすと、波で揺れる船内でも針の動きがゆっくりで安定するし、サビ防止になる。
軸受けは、メノウを使うといい感じだよ。
というのを、ついでに教えておきました。
「こいつ、叩けば他に何か出そうだな」
という顔をするどころか、面と向かってそう言われてしまったので、自分では使う予定の無いチートを少々吐きました。
「魚には、背びれの他に、胸ひれに尾びれとありますし、鳥も翼だけじゃなくて、尾羽も持ってますよね?」
「おう、それがどうした?」
あれ? めっちゃ舐められてます?
聞くだけ聞いて、何も対価を払わずに放り出されそうなニュアンスを感じるんですが。
だってまだ名前すら聞かれていませんし。
あっ、これ、そもそも私が誰だか解かっていませんね。ただの変わった客としか思ってないヤツです。
ならハメるか。
「風や水の流れの中で自由に泳いだり、飛んだりするのには、複数の動かせるヒレや羽根が必要だって事です。なら船には?
まあ、先に答えを言っちゃいますと、船首に小さな三角帆(ジブ帆)を追加すれば、向かい風でも斜め前になら、進めるようになります
あとは大型の船なら、帆をいくつかに分けて、それぞれ動かせるようにすれば効率と速さが増しますね。操作は腕が必要になりますが」
「ホントか? いきなりウソくせえんだが」
「三角帆なら、小船で実験してみれば、すぐ解かりますよ。ついでに
より水を押し出して、しかも厚くなった分、丈夫で長持ちします」
翼断面って言っても伝わらないでしょうし、説明が難しいですからねえ。
だいたいで伝えておけば、あとは職人が試行錯誤して、感覚で何とかしちゃうでしょう。日本の職人さんなら、きっと大丈夫。何とかするよ。
「そうか。じゃあ、やってみせてもらおうじゃねえか」
おっ、来ましたね。
そりゃあ加藤順盛といえば、織田信長の父親の織田信秀と組んで『尾張の守護、斯波家の家老のひとり』というポジだった織田弾正忠家を成り上がらせた大商人。
加藤の苗字を名乗る武士でもあって、織田家の家臣の一員でもあります。
まあ、武士としては名のある働きはしていないので、凄いのは今川や斉藤を追い払って、尾張を手にした尾張の虎のスポンサーという部分ですね。
そんな大物なら『二十代半ばの若造なら、好きにできる』と思いますよね。
「無理ですね。主命がございますので。申し遅れました。私、織田家で部将の地位についておりまして、居酒屋の店主もやっております――――」
「ってお前がアレか! そりゃあ変な知識も持ってるわ!」
名乗ったらビックリされたんですが。というか、アレ呼ばわりされたんですが。いったい私は、どんな評判になってるんですか。
私、これでも商人で武士という事では、あなたの後輩なんですけど。
商人としては勝てませんけど、武士としては、家中の立場はともかく、地位では追い抜いてるはずなんですけど。
「あっ………… 初めて顔を合わせるな。熱田の座の纏め役の加藤 図書介 順盛だ」
好きに泳がせてから「余の顔見忘れたか」「この紋所が目に入らぬか」する、黄金パターンをやってみたのですが、あの方々に比べて重さや偉さが足らなかったようです。
謝罪も無く「ハハァーッ」も無く、なんか色々無かった事にして、あいさつから入りましたよ、コノヤロウ。
「そうですか。以降よしなに。ところで、先ほども言いましたが、私、主命でちと北へと出ます。1年はかからないと思いますが、その間の商売が心掛かりでして…
なにかあったら、お力になってくれますよね? もちろん」
「うむ。確かに任された」
ちょっとしたお願いをして、非礼を無かった事にする取引が成立しました。
相手も大物なので、このへんで手打ちにします。
店の後ろ盾が増えた。これは、とても良い事ですからね。
だってこの時代、無茶苦茶する人は無茶苦茶しますからね。
現代でさえ、親が亡くなったら、血のつながりも無い自称親戚がどこからともなく出てきて、遺産を持って行ったとか聞きますし。
私の知らない親戚や、自称上司や、してもいない借金の証文持ちが現れて、店の権利を持っていこうとする恐れが無いとは言えないんですよね。
まあ、そんなヤツが出てしまったら、こっそり撃っちゃって。と、猟師の方々にはたまにお酒をオゴって頼んでいますが、ヤッてくれるか確証まではないので。
保険は多い方がいいのですよ。
ついでなので、商談もしました。
「熱田神宮のお守りってあるじゃないですか。護符を小袋とかに入れたやつが」
「ああ、あるな。なぁる、あれを最初から小袋に入れてあるやつを売ろうってか」
お守りの起源は古く、縄文時代の勾玉か、下手をすると文明以前の『原始人の持っていた何かの骨』まで遡ります。
それが交通安全のお守りとか、現代まで形を変えて残っているのは、良く考えるとすごい事ですが、まあそれは置いておいて。
『お守り』と言われて、我々が想像する、現代風のお守りって、江戸時代かららしいんですよね。
つまり、そう。現代知識チートの出番です。
「いえいえ、それだけではありません。用途別で用意するんですよ。戦勝祈願とか、豊作祈願とか、安産祈願とか。
袋に文字を刺繍とかするだけです。ああ、商売繁盛も忘れずに作りましょう」
「フッ、商売繁盛、ね。ふむ……」
加藤さんは、少し考えてから「イケる」と踏んだのか、目の色が変わりました。
「……普通に売れそうだな。他にもっと無いか? 熱田神宮ごと盛り上げるようなヤツだ」
そして無茶振りしてきました。
大人の人っていつもそうですね。投げられたボールを、私が何でも打ち返せると思うなよ?
まあ、今回は案があるんですが。
ひとつはほら、前に一回ちょろっと言っていた、きよめ餅です。
伊勢には餅関係のお土産がたくさんあるのに、熱田には無いのは寂しいですよね。
あとは私も欲しいやつ。情報サービスです。
ここ熱田は、情報が集まるところ。なら後はそれをまとめて、売るだけです。
各地の米相場の値段から、戦の動向。京など近畿地方の最新ニュース。流行の店や料理、小物などの情報ですね。
武士や商人、町人にだって、間違いなく需要があるので、きっと課金してくれます。
「餅屋はともかく、こちらの情報を売る商売は、私は何もいらないししませんが、是非やって欲しいのですが、どうです?」
「う~ん、紙さえもう少し安ければイケそうだが……」
いきなり、実際に売るなら紙に書いてだな。と、新聞や情報ペーパーのような物を想像している加藤さん。さすがですね。
紙なら、ワラ半紙みたいなのでいいかな。
「ワラや竹を、木炭の灰やら、石灰を溶かした水に入れて煮込めば、コウゾやミツマタみたいに溶け込むんで、紙漉きできるようになりますよ」
「マジか」
「マジです。奈良時代とかには、やってたみたいですよ」
「ホント、妙な事知ってんなあ……」
「あっ、情報はともかく、紙作りには一口噛みます。山の人らにツテがありますので」
お仕事仲介で、不労所得の中抜き美味しいですからね。
その辺が解かっている加藤さんも、これには悪い顔でニヤリ。
お前もワルよのぅ。いえいえお代官さま(的な人)ほどでは。
いっぺんやってみたかったシチュが、目と目の会話ですが叶いました。ちょっと加藤さんを好きになってきましたよ。
だから追加で、チートブッパします。
セレクトショップというか、アンテナショップというか。
京や堺など、最新の流行を生み出している場所にあるような店のラインナップや雰囲気を、丸ごとパクッ…、もとい、模倣したお店ですね。
京風の掛け軸や扇子、香料に、そろそろ流行の茶の湯の道具。それらを揃えた店があったら、文化人を自認する方々や、商人は放っておかないでしょう。
まあ、京や堺との貿易ルートを持っていないと意味が無いですが。でも熱田きっての商人の加藤さんなら、ねえ?
「店を開くだけではなくて、実際に茶の湯をやってみせる場を。そうですね。野外で、毛氈を敷いて行う野点という形式があるので、それを大々的に行ったり。
能や狂言や猿楽を、上方から能楽師らを招いて、熱田で舞台をやってもらえたらいいと思いませんか?」
「そりゃ確かに盛り上がるな。カネはかかるが」
「人は集まりますよ。情報屋を始めて、定着したら、こういう広めたい情報を無料でバラまいて宣伝するって手も使えるようになります。
そうなれば、宣伝してくれっていう人も現れるかもしれませんね」
それもカネになる、と。
そういうことです。
また目と目で会話が成立しました。なんかノリが似ているというか、波長が合いますね。
あとは手紙や小物を届ける、飛脚便でも立ち上げてもらいたいところですが、あれは戦国時代だと難しいですからねえ。
私的なものも含めて、関所だらけ。何なら、ただの農民たちですら勝手に村に作っていたりします。
それに怪しいやつめ、と止められたり、始末されてしまう可能性もありますし。そもそも国に入れない事も。
そして単純に治安が悪くて、飛脚の命が危ないという致命的な問題が。
これから行く美濃の国人でも、確かちょっと前に京都見物に行った帰りに、伊勢湾あたりを船で移動中に、賊に襲われて亡くなっていたりします。
確か、遠山って人でしたかね。今世で聞いたニュースなので、正確性は保証されませんが、物騒な時代なのだけは確かです。
ともあれ、今日は会ったばかりですし、こんなものでしょう。
覚書やら、契約書やら、証文やらを取り交わしたら、お暇しましょうか。
ちゃんと書類で残しておかないと「そんな話したっけなあ」とトボけて、踏み倒した挙句に「勉強になっただろう?」とムカつくドヤ顔で言ってくるでしょうからね。
ええ、確実にやりそうです。だってそういうの、私もやりたいから。
あ、そうそう。
「加藤さま、今回の情報料は、お気持ちで結構ですよ」
「さま付けはいらねえよ、若造。ほんっっと、いい度胸してんな」
「じゃあ、加藤さんで。そうでないと、生きて来れなかったんですよ」
いや、ホントにね。
人生って二度目でも、ままならないんですよ。
どれだけ楽しめるかは、それとは別の問題なんだってのも気付きましたけどね。
いやはや。いたるところに青山ありってやつですかねえ。