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「ナムアミダブツ! ナミアミダブツ!」
おそらくは漢字で書けないだろう、もしかするとカナでも書けず、さらにもしかすると意味すら知らずに、呪文のように唱えているだけ。
祈りですらなく、掛け声と、殺意と、恐怖を誤魔化す死にたくないという叫び。
そんな聞きたくなかった、御仏への言葉が戦場にあふれていました。
どう見ても一向宗です。全く有り難くはありませんが。
なぜ美濃に、それも浅井家に率いられて、近江の方向から一向宗が?
彼らの本場は三河と長島と加賀と大阪と安芸と… 結構多いな。
とにかく、浅井家の近江の国では比叡山延暦寺という有名有力な、別の宗派のお寺がありまして。
そこから圧力を受けた結果、歴史上『はじめての一向一揆』を起こした後に、大人しくさせられたはず。
確かにそこそこの人数はいますが、こんな大規模にやってくるなんて、何かきっかけでも…………
…………あっ。ヤッベ。
そういえば、鳴海城にいた一向宗が、落城後にバラけて賊になって治安悪化するのがイヤだったから、船で長島に逃がしたんでした。
そうしたら長島が受け入れ切れなくて、あふれた人間と、ついでに略奪に出たいヤツらが西の浅井方面へ向かったんでしたっけ。
長島は、尾張と伊勢の国境を流れる木曽川と、長良川、揖斐川という木曽三川の河口部に挟まれた低湿な平坦地の、三角地帯です。
東の尾張へと来なかったのは、彼らにも逃がしてくれた恩を感じる心はあったのか、それとも逃げた場所にすぐ戻りたくなかったのか。
ともあれ彼らは、浅井領へと踏み込んでいったわけです。
たぶん、暴徒として。
食う寝るところに住むところ。全部ありませんからねえ……
それがなんで、ここに浅井軍と一緒にいるの。
しかもなんで、近江の一向教徒も合流してるの。
くそっ、聞きたいけど、私のせいだとバレたくないから「なんででしょうね?」って半兵衛どのに聞けない。
ですがこうして結果だけ見れば、多分長政は一向宗を取り込むことに成功したのでしょう。
すごいですね。まるで青州黄巾党を取り込んだ曹操みたいだ。
マジですごいけど、本当にどうやったんでしょうね? あの人、そういう器の大きいエピソードに心当たり無いんですけど。
それとも一向宗を信仰してる家臣でもいて、ツテがあったのか。
まあ、こうして戦場で敵対している以上は、やる事は同じなんですが。
「死ねば極楽と言うが、その前に地獄の責め苦があるのを忘れるなよ! 極楽はキッチリ清算してからだ!」
前々から疑問に思っていた事を叫びながら、矢を撃ちます。兵の中に混じって、ちゃんとした鎧を着ている奴が狙い目ですね。
農民から徴兵している人たちも、一向宗の人たちも、基本的にただの暴徒の方々なので、指揮がないと突っ込むか逃げるかしかできないのです。
叫んでいる内容はアレですね。
『極楽行き(極楽行きとは言っていない)』もしくは『極楽行き(すぐさまとも、地獄へ行かなくていいとも言っていない)』という、一種の詐欺じゃないかという疑いですね。
長い年月地獄で刑を受けたあと、いずれ極楽へは行けるからウソじゃない。全部は言っていないだけ、というヤツですね。
「惑わされるな! 御仏の慈悲は無限だ! きっと極楽へ行ける!」
「そうだそうだ! アミダ様をナメんじゃねー!」
「ナムアミダブツ! ナムアミダブツ!」
まあ、すでに戦場まで来て殺し合いキメてらっしゃる方々には、通じなかったわけですが。
すごいね、信仰。
でもちょっと難しい単語使ってたヤツは、坊主くさいので撃っておきましょう。
照準器で方向合わせ。同時に距離を測って『この距離ならここ』と矢に記した目盛りまで引く。
弾道計算は体感的かつ単純に、今回はだいたい200mだから角度は40度くらい。直角の半分から気持ち下っと。
ギッ、と音を立てて曲がった弓が、かけた矢から手を離すと、ビィンッという弦の音と一緒に反動を手に伝えてきます。
手首でそれを受け止めて、矢の行方を見ながら、もう一射。先に飛んだ矢を参考に、矢を射る先を少しズラして。
続けて、同じくもう一射。
よし。3発目で当たりましたね。では少し場所を移動して、次の獲物を探しに行きましょう。
浅井軍と斉藤軍の戦いは、こちらが優勢です。
中立を宣言した稲葉家はともかく、『状況がよくわからんので、寄らば斬る』という武装中立をしていた氏家家は、話を通せば動いてくれました。
それと稲葉山城付近の小領主らや、半兵衛どのの動かせる安藤家の兵。
それら動かせる兵をありったけ、それでも1000に満たない数をかき集めて、可能な限りバレないように浅井軍の本陣に近付けて、奇襲したからです。
だいたい不破さんの功績です。
目的地の浅井軍の本陣への情報も、そこへのルートを決める情報も不破さんですし。
見つからぬように、裏道や回り道を案内したのも。見つかったとしても「不破の兵です」と誤魔化して通り抜けてこれたのも。
ちょっと兵たちにお酒を振舞って、思いっきり油断させたのも。夜のイイ感じの時間に襲撃できるよう、調整したのも。
みんな、不破さんのおかげです。
まあ、表には出ないんでしょうけどね。
表向きになるのは、帰蝶さまですかね? 女の身で国主をやるには『侵略してきた敵を追い払った』という、わかりやすい武功が有効ですからね。
あと直接戦ったとか、倒したとかの派手な方が一般ウケがいいので、不破さんのような裏方仕事は残りにくいというか。
下手すると、後世では半兵衛どのの功績に摺りかえられちゃうんじゃないでしょうか。
だから「不破の兵」ですって言ったのが 私 なのも、きっと不破さんが自分で言ったことになるはずだからセーフで。
しかし美濃中にばら撒くかのように広げていた、浅井の兵らに見つからぬように来るのは大変だろうと思っていましたが、それほどでもありませんでした。
ばら撒きすぎて、薄くなっていたせいです。これ、美濃のあちこちの村や町が襲撃されてて、今すごい大変な事になってるんじゃないですかね。
戦後が大変だー。(他人事)
一向宗という正体が割れた今だから、わかりますが。
これってあまり言う事を聞かないだろう一向宗らを有効活用、もしくは使い捨てするために、美濃に放流したんじゃないでしょうか。
害虫を集めて、敵地に放出。みたいなノリで。
奪って生きる。楽しくやる。出来なくなったら、ナムアミダブツ。
う~ん、蛮族かな?
(「浅井家家臣、新庄 直頼! 氏家卜全が討ち取ったぁ!」と叫んで、首を落として、髪をつかんで持ち去る姿を見る)
蛮族でした。
敵も味方も、蛮族でしたよ。そうだよ、戦国の日本人は首狩り族だったよ。
まあそう言う私も、矢が当たって敵兵を仕留めたら、子供の頃にかけっこで一等賞を取ったような気持ちになりますが。
よくある展開の、罪悪感とか、人を殺してしまったとか、そういう葛藤はもう無いですね。さらっさらに無いです。
記憶が戻った時は戦の最中だったので、それどころではないと棚上げしましたし。
その夜に落ち着いた時は、若干落ち込みましたが『よくある展開を自分がやっている』という自覚ができると、イマイチ浸れないというか、落ち込んでいるのがナルシストっぽく感じてイタイというか。
それからも戦場に行って、戦って殺して。
気分が良い訳ではないけれど、さほど悪くなる事もなく。
「まあ、こんなものか」
それが私の結論でした。
弓や矢の改良とか、いざ火薬を作る時にはどうするかとか。戦に関するあれこれを始めたのは、あれからでしたね。
『悩んで、それから吹っ切れる』という工程は、私も踏んでいたようです。
「おっ、いい獲物」
今ではこうして、積極的にヤッてますからね。
刃物を振り回して戦場を駆けていないだけ、蛮族味は薄いからセーフ、としておきましょう。
ところで、なぜこうして単独行動しているのかというと。
かき集められた兵が、思ったより少なかったのと、私が織田家の人間だからです。
兵が少ないので、指揮官足りちゃって、私の手を借りるまでも無いのと。
『尾張モンの指揮下とかイヤです』という兵たちの意思ですね。ついこの間、尾張まで行って痛い目見て、帰ってきた所だからね。
仕方ないね。
しかしいませんね。浅井長政。
これは一向宗使い捨てという予想は、やはり当たっているっぽいですね。
でなければ、あの猛将は間違いなく前に出てきているでしょうから。
それでもまだ時間はありそうなので、探してみますが、これは望み薄かなあ。
それからしばし。
獲物を探して戦場を広く見渡していると、乱戦気味になってきた事に気付きました。
これはそろそろ、仕掛け時ですかね。
さて、不破さんの陣は何処でしたっけ。
え~っと、城の影があっちに見えるから、確かこっちの方に…… ああ、あったあった。
不破さんの陣は、浅井側にあります。こっちに来ていたのも、道案内をしていたのも、当主1人だけです。
他の不破家の面々は全てそのまま不破郡に、つまり浅井家の側に居続けたので、当然そうなります。
これから、こちらに寝返りますが。
私と丹羽様と違って、連絡の取れる不破家の方々は、当主が本格的にこちらに付いた事を把握しているのです。
不破さんも、道案内の時に「うちの兵だ」と偽ったのが浅井家に伝わったら、裏切っていたのがバレてしまいます。
お前のせいだろうって? それはそう。
でもこれで、不破さんはなし崩しにですが、完全に斉藤家が勝つ方へ尽力せざるを得なくなりました。
つまり信頼できる味方です。やったね。
私は多少恨まれるでしょうが、私は美濃の人間ではないから、斉藤家は恨まれないのでセーフです。
なんでここまで半兵衛どのや帰蝶さまに肩入れしてるのか、自分でも不思議ですが、まあ面白いから良しとしましょう。
憎まれ役とか、悪役とかも、やってみると意外と楽しいもんです。
そうやって味方に引き入れた不破さんですが。
ここで浅井軍を大きく叩くか、長政を仕留めるか、数年は浅井家が攻めて来られないダメージを与えないと、困るんですよね。
だってまたすぐ来ちゃったら、今度は降伏を許してくれないかもしれませんからね。
だからこその、寝返りです。
乱戦になりかけた、あるいはなった所での、最後の一押し。
これで普通の大将なら、撤退を決意するでしょう。
そこを伏兵で仕留める。
この奇襲で長政を仕留められなかった時用の、第二の矢ですね。
第三の矢? それは無いようなものですが、有るといえば有る、かなあ。
『今なら浅井家は弱っています。六角さん、よろしく!』という100%他力本願な手が。
六角家と斉藤家は、道三時代は仲が悪かったですが、義龍がだいぶ改善したんですよね。
史実では龍興の時代には、織田家に攻められた斉藤家に援軍出そうとしたくらいに。浅井家に邪魔されて、結局援軍は出せませんでしたが。
今世でもツテくらいはあるので、情報を送るのは出来ます。その先のリアクションは一切読めませんが。
動いてくれるかなあ。動かないんじゃないかなあ。浅井家と六角家は仲が悪いですけど、六角家もかなりグダグダですからね。
あ、そうそう。斉藤家とずっと言ってきましたが、実際には一色を名乗っています。
ちゃんと幕府の許可も取っての、正式な名乗りなのですが……
義父の道三への気遣いなのか、直接は勝てなかった義龍への反感なのか。
本心は謎ですが、のちに天下取った信長さんが認めずに、ずっと斉藤として扱っていたので、後世でも斉藤呼びが主流なのです。
よってわかり易さ優先で、これからも斉藤表記で進めますので、ご了承下さい。
帰蝶さまが織田を名乗っちゃったら、また話は別ですが。
流石に無いと思いますので、大丈夫でしょう。たぶん。きっと。メイビー☆
そんなIFは置いておいて、一度本陣まで戻らねば。
これからぐるっと回り込んで、浅井軍の退路に伏せておく兵たちに、私も混ぜてもらうために。
何人か指揮官クラスや、一向宗の坊主らしき人を射殺してはいますが、遠いからあれが誰だったか、イマイチ解からないんですよね。
しかも弓だから、誰か他の人が「あれを射たのは俺だ」とか、手柄を横取りしようとしますし。だから名の有る武将といえば槍なんですよねえ……
ですが敵大将ほどの大物となれば、話は違います。さすがに手柄が大きいので『ホントにお前が仕留めたのか?』と調査が入りますから。
お前、そもそも矢を遠くまで飛ばせないじゃん。とか、お前、そこにいなかっただろ、とか。口裏合わせて証言を捏造するとかを、ちゃんと調べてくれるはずなのですよ!
失礼。少々尾張の足軽時代のトラウマが。
『あいつら、後ろから流れ矢してやろうか…』と何度思った事か。
その殺意もまた、戦での殺人をためらう現代人メンタルを取っ払ってくれたのかもしれません。
全く感謝はしませんが。
さて、武功武功。
浅井長政、まだ生きてて下さいよ。私が武功に出来なくなりますからね。