はい。というわけでね。室町将軍、足利義輝の暗殺に成功……
……しましたっ!
何気に初めてのパターンですね。
今まで、流れで、とかウッカリでヤッちゃったのはありますが、狙って何かしようとすると、なぜか上手くいかなかったんですよねえ。
桶狭間阻止とか。浅井長政とか。修験者の家臣とか。そこそこ平穏な人生とか。
勝因を考えるに、たぶんこれは『一人じゃなかった』事でしょうか?
皆でつかんだ成功で、皆で勝ち取った成果です。実に清々しい気持ちです。
後藤家と蒲生家による、密かな手回しや、甲賀衆の忍者たちの道案内と、逃亡の幇助。
そして歴史に名の残る暗殺者の、杉谷善住坊という相棒。これらの存在が、成功へと導いてくれた。
この相棒、狙撃を外した上に、暗殺後に私を始末しにかかりましたけどね。
どうして仲間の素晴らしさを実感した直後に、即裏切られるのか。これだから戦国は。
「グハッ… 蒲生さま、の命令です、か…?」
私は撃たれた衝撃に苦しみながら、そう聞きました。だって普通はそう考えますよね。
所詮は他国人の他家の家臣なので、将軍暗殺という秘事の情報を握っていられたら、とても安心などしていられません。
実行させた後に、始末するに限ります。
だから用心していたわけですが。
「いんや? これは俺の独断だ。将軍暗殺の功績は、俺が貰っていく。外したなんて知れ渡ったら、次から仕事料が安くなっちまう」
お前もか。
いやあ、思わずカッとなりましたねえ。
言葉を聴いて、一瞬でブチキレましたよ。
自分の小さな利益だけしか見ないで、そのために平然と他を踏みにじる。
そんな『国人衆ムーブ』は、私の中では、もう心の傷レベルで憎悪の対象にすらなっていたようです。
まあ、この『杉谷善住坊が、というか火縄銃が期待したほどには使えなかった』という事実も、地味にストレスになっていたというのも、多分あります。
なんだよ。『100mちょっと先』までしか当てられないって。
そりゃね? 銃弾が球形、しかも完全な球形じゃないんで、空気抵抗受けまくりで自然と弾道が曲がっちゃう、というのはわかりますよ?
それでも銃ですよ? それも拳銃じゃなくて、ライフルですよ?
『私の半分以下の射程』とか無いわ。しかも確実になら『更に半分の50m』て。
私の弓は、狙って飛ばすだけなら『400m』飛びますよ? さすがに命中率はかなり悪くなりますが。
人体くらいの的に確実に当てるなら、やはり『200mぐらい』が限度ですかね。
江戸時代。今私が使っている弓と同じ仕様の弓で、三十三間堂(約120m)の廊下を使った、通し矢の競技が藩対抗で行われていて、大変に盛り上がっていたとか。
廊下なので屋根があって、高く飛ばすと当然そっちに刺さるし、的に当てる必要もあるし、競技時間が一昼夜とクソ長いし、費用は千両とか言われていて藩の援助が必須だしという色んな意味で厳しい競技です。
確か13000本ちょい射て、8100くらい成功したのが最高記録だったかなあ。よく指や腕と弓が持ったものです。
他にも火縄銃に言いたい文句は、殺傷力ですね。
低いんですよ。手足に当たっただけじゃ殺せない。
えっ、それは弓矢も同じだろうって?
毒矢を使いました。
夏の今が旬の、トリカブト。特に毒の多い根っこを刻んで、煮詰めて、なんか黒いベトッとした物になったら完成です。
矢の返しの部分にまでしっかりと付けて、乾かないように油を塗って保護しておきましょう。
後は狙って射て、当てるだけです。
狙うタイミングは、義輝が鷹狩りに出かけた時です。
鷹狩りは単に当時武士たちに流行した趣味、というだけではありません。
人に飼われた鷹は、長く飛ぶことが出来なくなります。つまり射程距離は、そんなに長くありません。
兵たちを指揮して、獲物をその短い射程範囲まで追い込む必要があるのです。
地形を考え、獲物の動きを予測して、兵を分けて動かして。
そんな軍事演習の一種でもあったわけですね。
それと『やっと京から出る事が出来た』義輝が、将軍健在をアピールする手段の一つでもあります。
今から5年ほど前、永禄元年11月に、三好長慶と足利義輝の和睦が成立。ここ朽木から義輝は京へと帰還していました。
それまで朽木で5年間。延々六角家の世話になりながら、代わりに六角家に三好家と戦ってもらっての、念願の帰京でした。
六角家は畠山家とも組んで、バチクソ苦労したらしいですね。
蒲生さんのところでも、後藤さんのところでも、進藤家でも平井家でも目加田家でも。
どこも盛大に愚痴っていましたからねえ…… 何でも去年も大きな戦いがあって、その負債がまだまだ残っているとか。
教興寺の戦いといって、京の南の河内の国が主戦場で、負けた守護の畠山氏は紀伊にまで追いやられてしまったとか。
ぶっちゃけ、信長さんが来る前の畿内での戦いとか、ほぼ知らないので新鮮な気持ちで聞けましたが、グチの占める割合が多すぎて楽しくは聞けませんでしたね。
しかしそんな犠牲を払って、義輝が手に入れた京での生活とは。
ほぼ三好家の物となった京の都での、監視生活でした。
京に戻ったことだし、これから将軍としてバリバリやるぞ。と思っていたのかもしれませんが。
それはもう、三好長慶という政治のバケモノが、剣豪将軍でしかない義輝よりも、よほど上手く回していました。
そこで『よし、じゃああとは任せた! 遊んで暮らすぜ!』と割り切れる性格だったら、日本は平和になって戦国時代が終わったかもしれません。
でもそうはならなかったわけで。
せっかく脱出できた朽木へともう一度戻り、今度こそ六角家に三好家を打倒してもらって、立派な将軍として天下を差配したい。
そんな大それた欲望が、義輝にはあったのです。
だって彼は、武家の棟梁で、征夷大将軍なのですから。
なら自力でやれよ。(ほぼ全ギレ)
しかも回りに大迷惑かけて、結果満足するのは自分と側近だけとか。
更に更に、天下を回す能力がおそらく無いので、実務をするのは六角家や伊勢氏*1になるので、次第にそれを不満に思うようになるのは確実で。
そうなると今度は、散々世話になった六角家を倒すために、毛利家や朝倉家など有力な大名に声をかけて動かそうとして……
そんな感じで、戦乱がエンドレスワルツするのが、室町システムです。
室町幕府ごとポイーと捨てるのが正しい対処ですね。実行した信長さん、さすがッス。
そこまでは思い切れない三好長慶は、妥協案として義輝を抑え込むべく、人質を取りました。
家臣の松永久秀のところへ、11歳の娘を預けさせたのです。
この娘。来年に起こる予定だった永禄の変でも生き残り、とある武士に匿われて、そのまま妻になったと、当時の日記に記述はあるのですが。
その日記以外には、存在を一切確認できず。フロイスの日本史にも、人質を出したという記述はありますが、それが実の娘かどうかは書かれていないのです。
だから近臣の娘を養女にして、人質にした。という説が有力だったのですが。どうも実在したようです。
京で監視生活だった義輝が、避暑の名目で一時的にとはいえ、朽木へと戻ってこれているのは『実の娘を人質に出せてエラい』という三好長慶の……
……なんでしょう。ワビ? ご褒美? なだめるためのアメ?
まあ、そんなサムシングなのでしょう。
そりゃ気晴らしに鷹狩りでもしたくなるわ。
暗殺のためにと、詳しく調べていたら段々お労しくなってきた件について。
もう楽にしてあげた方がいいんじゃないかなあ、という方向で暗殺へのやる気というか、使命感がほんのり出てきましたよ。
お救いして差し上げねば。
他にも宴を開いたり、周辺の領主や大名に会ったり、手紙を送ったりしているようですね。
とにかく動いて常に存在感を出して『室町の将軍? ああ、いたねそんな人も』とはならないように、三好家から離れたこの機に権威と価値を少しでも上げようと必死です。
なお、その費用は六角家持ちです。
領地が近かったので、たぶん蒲生さんも以前はちょくちょくタカられていたと思われます。
暗殺に踏み切ってくれたのも、そういうあれこれでポイント溜まってたんじゃないかなって。
杉谷善住坊は、その鷹狩りで義輝がどう動くのかを予測するのは、とても上手かったですね。
短い射程を補うように、標的の動きを予測する目が、大変に鍛えられていました。
まず鷹狩りを行うだろう場所を、安曇川の近くの平原と予測して、その向こう岸の木立の中に隠れ潜む狙撃スポットまでこしらえてくれたのです。
その予測はことごとく当たりました。当日は、まるで吸い込まれるように、義輝の方から私たちの隠れている場所まで近付いてきましたからねえ。
あの時は、さすがは史実で、信長さんを個人で殺しかけた男。と感心したものです。
まあ史実同様に、当てまくった予測とは違って、狙撃は外したんですが。
2発撃って、2発とも外すのも史実の再現でした。いや、史実で信長さんには、かすり傷は付けられたんでしたっけ?
義輝にはどうだったのかは、もはや永遠の謎ですが。遠目では、かすってすらいなかった気がします。
一方私の放った矢は、義輝の右目に深く刺さりました。
偶然です。
いや、当たるようには射ましたよ? 体の真ん中辺りを狙って、射ましたよ?
でも銃声に反応した義輝が、動きましてね。
とっさにしゃがんだせいで、腹辺りに当たるはずだった矢が、ちょうど顔の位置目掛けて飛んでいって……
ま、まあ、成功したからヨシッ!
そこ。『杉谷ディスッたわりには、お前もグダグダだな』とか言わない。
ともあれ暗殺が成功したら、あとはひたすらに逃走です。
捕まって、正体を吐かされたら、織田家も斉藤家も後藤家も蒲生家も甲賀衆も、あと官位の交渉を任されてる諏訪家も、たぶん冷泉さまも困ります。
……あれ、思ったより影響大きいですね?
良かった。捕まらなくて。
私と杉谷善住坊は、自然に折れたように見える枝などの、忍者の人たちの付けてくれた目印を頼りに、山中を南へと駆け抜けました。
そのまま琵琶湖西岸の近くまで移動して、杉谷善住坊は甲賀へ、私は京へと別れる手筈になっていたのです。
杉谷善住坊は仕事が終わって帰宅ですが、私はまだ京で仕事がありますからね。
まずは私が暗殺に関わっていなかった、というアリバイ工作も兼ねて、五山で寺格の購入の交渉中の冷泉さまと合流しなければいけません。
「公方さまが亡くなった時ですか? 京で活動していましたが何か?」という言い訳を手に入れるのです。
ついでに私も『三好家が将軍さまにまた何か仕出かすつもりらしい』というウワサを流しておかないと。
あらかじめ甲賀衆などが、主に松永久通とからめたウワサを流してくれているはずですが、まあ念のために。
将軍暗殺の情報がいつ流れてくるかはわかりませんが、そのウワサが先に出回っていたら、将軍死亡を耳にした人は『もしや三好が本当に…?』と思ってくれるでしょう。
そうして将軍不在が確定情報になったら、朝廷に直接官位を貰うための交渉開始です。
まずは、武家と朝廷の間のメッセンジャーの勧修寺家にアイサツして、申請書がちゃんとしたルートで手続きできるようにしないと始まりません。
『もし貰えたら、よろしくね』と、成功時の出張もお願いするんでしたね。
貰った官位が正式なルートで各大名家に届けられる事で、正当性を増すのです。
その申請書を作ってくれるのが山科家。
ここは官位の記録と交付にも関わっているので、ここを抑えないと『官位を名乗ってるけど、公式記録に無いので自称です』とか言われたりします。
あとはゲームや小説などでお馴染みの『この人にお金を払ったら官位をくれる人』の菊亭晴季こと、今出川晴季にもアイサツした方がいいらしいです。
将軍がいないとはいえ、武家が朝廷に官位を直接申請するというのは横紙破り。
そのあたりの手続きをする部署というか、貴族の集団のエラいさんにスジを通しておくのは、大事なんだとか。
京はこの時期は荒れ果てていたとは聞きますが、それでもかつて観光した京都の面影くらいはありますかねえ。
そんな風にこれからの行き先を思いつつ、私は杉谷善住坊と別れました。
別れてすぐに撃たれたわけですが。
しかも撃たれたのは背中ですよ。これは、かなり痛かったですね。
ええ。痛い、で済みました。
近江に来る前、尾張に一度戻った時に、防具を新しく作っておいたおかげです。
金属の具足ほど重くないので、今回の任務にも着ていたんですよ。逃走時に、追っ手との戦闘になった時を考慮して。
決して、コイツ対策じゃなかったんですが。
想定外でも、役に立ったからいいとしましょう。出番があったこと自体が良くはないですが、良しとします。
雄の鹿の皮をなめして、ニカワと油でじっくりコトコト煮込んでハードレザーにして。
平らなタタキの床の上に広げて、職人さんが頑張って作った、平らな板を被せて。
あとは上に乗せられるだけの岩やら鉄やらを乗っけて、トン単位の重さでプレス。ついでにその上から槌でトンカン叩きまくる。
そうして出来た密度の高い革を裁断、複数枚重ねて作った、積層革鎧。
途中で面倒くさくなって、職人さんたちに丸投げしましたが、ちゃんと手を抜かずに仕上げてくれていたようです。
手法としては、似たようなものが既に存在していたらしいので、現代知識チートとは言いがたい以外は完璧ですね。
こうして一発だけなら、銃弾も防いでくれましたし。
撃たれたのが胴体じゃなくて、頭だったら死んでましたね。
追撃で2~3発撃ち込まれても、やっぱり死んでいたでしょう。
でも火縄銃なので、いちいち火薬と弾を込めないと撃てないのと、弾代が高いのでケチったのでしょう。
あのクソ坊主は、私が弱ったと見て、のこのこ歩いてトドメを刺しに近付いてきています。
よーし、あと少し。あと2m。
観音寺城で殺した、あのいい着物の男に食らわせた流星錘と、追加武装の投げナイフと、閃光玉と、山椒玉と、手榴弾と。
その他『出番が無ければよかった秘密兵器』の数々がお前を、今か今かと待ちかまえていますよ!
いや、閃光玉なら、間合いに入ってなくてもいいな。もう投げちゃえ。
杉谷くん。はい、チーズ。
これでまたしばらく書き溜めに入ります。
京でのアレコレどうしようマジで。確定しているのは、小説とはいえさすがにあのお方を害するのはダメだろう。というくらいです。畏れ多いので名前を言ってはいけないあのお方です。
それと関係ないけど、カクヨムから スレ主がダンジョンアタックする話 を推してみる。
現在158話まで連載中。
ダンジョンのある世界の現代もの。最初はふざけたヤツがダンジョンに特攻したのかと思いきや、事情がめっさ重かった… でも本人勝手に立ち直るし。怖いくらい素質あったし。
そんな温度差の激しいスレ主と、ツッコミを入れるスレ民たちがスレッド越しに騒ぎながらダンジョンを進む。