ここ戦国の、というか近世以前の夜は早くて、当然朝も早いです。
照明器具を忘れたキャンプくらい早いです。
高いんですよね。ロウソクも油も。
しかも現代よりも、照明に適した成分が調整されていないので、明るさが足りません。
その辺も何とか現代知識チートできないものかと、試行錯誤はしたんですけどねえ。
ガラスの代わりに和紙を使った、ランプ。あれが精一杯でした。
かなり前になりますが、居酒屋の描写をした時にあったのを、覚えている方はいるんだろうか。
しかも頑張って夜更かしできるようにしても、娯楽が少ないのでやる事が無いという。
せいぜい、溜まったお仕事を片付けるくらい…?
だからまあ『早く寝ろ』という結論に達するわけですね。最終的に。
その結論に達してからは、寝具の開発に走りました。
でも布団を作るのが面倒だったので、持ち運びも出来るダウンの着る寝袋で妥協しまして。
結婚初夜は、それを少し後悔しましたねえ。普通のお布団が欲しかった。
その初夜。いわゆる夫婦の夜のお勤めも、一昨日に済ませたので、昨日は丹羽様とのお話の後にすぐ寝まして。
そして今朝、早朝。まだ日が昇る前。私は誰かの大きな声で起こされました。
「襲撃! 丹羽様が襲われたぞ!!」
ガバッ
いざという時のために、両足が分かれていて、上半身は固定していない、特製寝袋のまま起き上がり、そのまま駆け出そう……
……として、さすがに脱ぎ捨てて、昨日適当に脱ぎ捨てた袴に足を突っ込んで。
色々ありすぎて、まだ坊丸さまに渡せていないまま普段使いしている
しかし何処の誰ですか。この高位の公家もいっぱいいる戦国サミット中に、暗殺を仕掛けてきたおバカさんは。
表沙汰になるに決まってるでしょうに。
いや、今はそんな事はどうでもいい。
生きていてくださいよ、丹羽様。大怪我だったら、一か八か、太い血管だけでも縫合して……
いや、道具が無いか。
いやいや、無くても何とでもします。しますから。だから。
まだ死なないで下さいよ、丹羽様。昨日、話したばっかりじゃないですか。
これからの織田家の事とか。天下の事とか。『天下泰平になったら、わしは隠居して、心行くまで庭弄りをするんだ』とか……
まだこれからじゃないですか! まだ成し遂げてないじゃないですか!
まだ尾張一国ですよ! そこでグダグダの極みな連中を仕分けて、シメてキッチリさせて。
これから伊勢も取って、そうしたら交易の利権で、隠居後の資金なんかあっと言う間だって、笑ってたじゃないですか……
「丹羽様……」
様付けする唯一の人を、私は亡くしてしまうんでしょうか。
そうなった場合は、報復に走る確信しかありませんよ。
まず無いとは思いますが、例えば信玄が犯人だった時は、甲斐の国がヒドい飢饉になった挙句に、病気でも流行るんじゃないですかねえ。
栄養が足りていなかったり、弱ってる人しかかからないような病気が。
二条晴良のように「タタリじゃあ!」と叫ばせてやりますよ。
そんな暗い覚悟をして駆けつけた、丹羽様の宿泊所。
そこには怪我ひとつ無く、元気な姿の丹羽様が!
「おんや、意外と早かったなあ。お前さんが2番目だ」
槍についた血をぬぐいながら、そう言ったのは金森長近。
元 赤母衣衆という、信長さんの親衛隊だった人です。今は40歳くらいですかね。
なお1番に駆けつけたのは森さんの長男で「無事か。ならいいな」と、もう帰ったとか。
う~ん、森家っぽい。
「今回は5人。数はおったけんど、腕は無かったなあ」
なんかのんびりした口調ですね、金森さん。武闘派の人で、腕が立つはずなんですが、ほぼそれを感じさせません。
『5人倒したよ』とアッサリ言っていますし、そんな戦闘の後なのに、ここまで自然体でいられるのは、ひょっとしたら思った以上の達人なのかもしれません。
……って待って。『今回は』ってなに? 前もあったの?
そんな疑問に、丹羽様が余裕すら感じさせる声で答えてくれました。
「これで4度目になるか。やれやれ。襲われた時の対処を、すっかり覚えてしまったわ」
ええ……
4回もって、なんでそんなに襲われて……
あっ。
私の、せいですか?
信濃独立。斉藤家と織田家の和平。官位をからめた、諏訪家と尾張家と斉藤家の三国同盟。
それらにまつわる、陰謀や事件の数々が、今ではだいたい『丹羽五郎佐のせい』というウワサが広まってしまっています。
そこから派生して、信行さまの存命だった頃のアレコレとか、何なら信行さまが亡くなった件も、丹羽様の仕業とも。
信行さまの死因なのは、半分合ってますが。
三国同盟の件も、わりと合ってる気がしますが。
でも、その大本って誰なのかと言えば……
「丹羽様。もしや、私の上司で、黒幕だと思われて『あまりにも危険だ。消さねば』と狙われていたのですか? いったいいつから?」
フン。と鼻を鳴らして、丹羽様はこれぐらいは何でもない、というようにヒラヒラと手を振りました。
「今更よ。ワシが何度『ああ、それもワシのせいだ』と、知らぬのに知ったかぶりをしたと思っている」
「えっ、そうだったんですか?」
驚く金森さん。どうやら、本当に丹羽様の仕業だと信じていたらしいですね。
今は側近で、警護の任に就いている金森さんがそう思っていたという事は。
これ、丹羽様、だいぶ私の罪をかぶってくれていたんじゃあ……
「色々とご迷惑をおかけします。申し訳ありません」
「そこで『しました』と終わりにしないあたりが、お前だな。まあ、良いが」
私の心からの謝罪をあっさり斬って捨てて、事態の把握に戻る丹羽様。
そういうところですよ。
「前回は、北伊勢のどこかだったか。今回はどうだ?」
えっ。身元割れてるんですか? 暗殺者なのに?
そういうのは分からないようにして、保険として別の家の証拠も握っておくのが、暗殺者の基本なのでは?
えっ、なぜお前は、暗殺者の基本なんぞを知っているのかだって?
いや、なんでかは、自分でもわかりませんが。
何となくそういうものだと、最初からわかっていたというか。
釈然としない。という顔をしながらも、丹羽様が解説してくれました。
「まずは得物だ。この場合は、刀だな。ワシは刀の目利きが得意でな。ほれ、これはもう
村正というと、徳川家に祟るという伝説で有名ですが、産地は確か、え~っと。
たぶん話の流れからして、伊勢ですよね? よし。分かったふりをしておきますか。
私のその思惑を見抜いたわけではないでしょうが、金森さんがより詳しい解説をしてくれました。
「村正はなあ、伊勢の桑名で打っとる刀で、戦に使うのに向いとる。切れ味が良くて、安いんだ。だからそこそこ広まっとる。
伊勢だけじゃねーぞ。尾張にも三河にだって、出回っとる。だけんど刺客全員が揃いも揃って村正の打刀に脇差を持ってきたっちゅーのはだ」
「明らかに『伊勢で調達された装備』という事ですね」
「そういう事だなあ。あとは斬った時に『なにしやがんだ』って叫んだんだ」
「うむ。叫んでおったな。間違いなく伊勢ナマリだったな」
方言まで完備とか。そこまで来ると、逆に偽装なんじゃないかと疑いたくなるのですが。
そんな感じで、残念な刺客たちを逆に疑っている私に、丹羽様がトドメを刺しました。
「何より、すでに調略済みの木造家より『長野家と関家が共同で刺客を放った』と知らせがあったからな」
すでに伊勢に手を出しとったんかい!
というかネタバレ済みの襲撃だったんかい!
思わず、裏手でツッコミを入れそうになって、自分で自分の手を押さえましたよ。
静まれ俺の右腕。
というか、過去の襲撃は知りませんが、今回の襲撃『私のせいじゃない』じゃないですか。
丹羽様が伊勢に手を突っ込んで、向こうが危機感持っちゃったせいじゃないですか。
「で、わざわざ襲撃を見過ごして、返り討ちにして。死体を片付けずに、こうして人が集まるのを待っている、という事は?」
「うむ。これを大義名分にして、伊勢に攻め込む」
この戦国サミットに、襲撃カマしたようなものですからねえ。
公家どころか公卿までいるので、下手すると朝敵認定ですよ。まあ、伊勢は神宮とか色々あるので、まずないでしょうが。
しかし今、行くのかあ。まさにジャストタイミングというか、渡りに船というか。
マジで丁度いい事になっているんですよねえ。
報告してなかったけど。
「あ~~……伊勢ですが。言ってなかった事があります」
「…………言ってみよ」
またか、キサマ。
そんな目をした丹羽様に、誤解ですよと目で訴えつつ、説明します。
「私じゃないですよ。毛利家です。尾張には安宅船*23隻で来ていますが、本来は関船*3や小早*4もあったとか。
それらは今、伊勢の方で戦をしているそうです」
「いや、なんでじゃ」
伊勢に攻め込もうと思ったら、すでに中国地方の毛利家が攻め込んでいた。
そりゃ意味分かりませんよね。
でも尾張でも、同じような事件、ありましたよね。
「水野家と同じです」
「安宅船を欲しがって、奪いに行って返り討ち、か」
「はい。どこまでやっているのかわかりませんが、船戦は毛利家の圧勝だったそうです」
新たな要素が出てきたので、丹羽様は一度考え直そうとしましたが、金森さんが単純な答えを出しました。
「じゃあ丁度いいなあ。援軍に行くと毛利に言って、ついでにあの大きな船でたくさん兵を乗せて行ってもらいましょう」
ああ。毛利家は今、織田家の客人だから、助太刀してもいいんだ。
そういう理屈で、これも立派な大義名分になりますね。
理由もなしに戦を仕掛けると、名誉や面目とか失って、外交ですごく苦労する事になるので、これは助かります。
幕府が健在だと、戦後に裁定とか、終盤に和睦の斡旋とか言ってしゃしゃり出てきて、切り取った領土を取り上げようとしますからねえ。
建前とか看板とか、大義名分って大事なんですよ。
しかしそうですね。看板といえば。
「丹羽様。『伊勢湾の覇者』というのは、いい響きですよね」
「ほう『伊勢湾の覇者』か…… いい、響きだ」
「いいですなあ『伊勢湾の覇者』」
ついさっきまで黒い話をしていた私達は、言葉一つで少年のような目になって、そろって西の空に目をやりました。
夢やロマンというのも、大事ですねえ。これがないと、男は前向きに生きていけないんだと思います。
「あっ」
そういえば、海賊大名と呼ばれた九鬼ヨシタカ(字が思い出せないのと、名前が合っているのか自信が無い)が、今はまだ伊勢にいませんでしたっけ?
数年前に、家は他の海賊衆に滅ぼされて、山に逃げ込んで山賊になったはず。
史実だと、今の時期は滝川一益のツテで信長さんに仕えて、何年もかけて海軍育成を頑張っていた頃です。
でも滝川も九鬼も、今織田家中にいません。
滝川が家康の所に転職したので、縁が無くなったんでしょう。
あれ? じゃあまだ山賊ライフしてるんでしょうか?
だとすると、取り込めたなら、大義名分が増えますねえ。
『九鬼家再興の手助け』と言えば、毛利家に手を出さなかった海軍衆もまとめて叩けます。
伊勢湾の覇者になるには、水軍衆も織田家の下にまとめないといけませんからね!
伊勢湾の覇者になるためですから、仕方ないですよね。
「オイ」
さて。『私がまた何か思いついた』と悟って、警戒レベルを上げた丹羽様にも、説明しましょうか。
大丈夫です。丹羽様。
私にいい考えがあります。
最初はマジで丹羽様を死なせようかと思ったのですが
その場合、闇落ちした主人公が落ちたまま、水を得た魚のように自由に戦国を破壊し始めたのでボツに。
やっぱり丹羽様は主人公に必須のお方…… 彼こそが良心。 良心?(イマイチ自信が持てない)