尾張グダグダ戦国記   作:far

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現代知識チートが強めですが
たぶん出来ると思うんだ。


【これが現代】ハレの日が終わり、日常が始まる【知識チートだ】

 

 いやあ。高い所からの眺めっていいですよね。

 それも、自分の手で勝ち取った光景とくれば、感無量ですよ。

 ここ数日、ずっと見てきたはずの伊勢湾の海も、より広く青く輝いて見えます。

 やや風が強くて、白波が立っているのすら祝福に見えてきましたねえ。

 

 はい。私は今、伊勢の国の津にあるお城にいます。今は安濃津っていうんですけどね。

 思いっきり省略して「津でええやん」とやったのは、藤堂高虎という説があります。

 

 明治の廃藩置県の時に、一瞬だけ安濃津県として復活するも、次の年には三重県に統合されてまた消えました。

 県庁所在地が、三重郡の四日市に持っていかれましたので、勝ち目が無かったのです。またその次の年に『やっぱ県庁所在地は津で』ってなったんですが。

 そして市町村制が始まった時には、津が全国で最も早く市になって、津市が誕生。安濃津の名前は完全に消えました。

 

 日本三大津のひとつなので『このへんで津とだけ言えばここに決まっとる』という郷土自慢というか、プライドみたいな物も感じますね。

 

 廃藩置県の時には、愛知県のあたりでも一瞬だけ田原県があったりと、一時だけ県だった地域があります。三重県に吸収された度会県とか。

 たまにはご自分の地元を検索してみるのも、面白いかもしれませんよ。

 

 それで話を戻しまして。

 あの結婚式から一週間。私が安濃津城のヤグラの上で、いい気分になっているわけですけれども。

 まあ、一言で言うなら、勝ち取ったわけです。

 

 丹羽様が『文官の意地を見せてやる』と宣言して、猛烈に働き始めまして。

 兵を集めて軍にまとめ、指揮官を割り振って、物資を集めて運ぶ手筈を整えて。

 伊勢に攻め込み、ある程度は占領しても良いだけの準備を、たった4日で整えました。

 

 なお私はそれを手伝わずに、熱田神宮からこっそり脱出しました。

 

 いや、サボリじゃないですよ? やりたい事があったのです。

 脱出後は、熱田から職人さんたちを連れて、木曽川沿いに作られた木工工房へ。

 そこで長年考えていた、木砲を作っていたのです。

 

 はい。木砲です。たま~に歴史もので出てくる、木製の大砲ですね。

 

 大砲作ればいいだろう、と思うかもしれませんが、大変なんですよ、大砲。

 鉄が大量に必要ですから、まずお高い。また製鉄の精度が低いので、均一にならずに割れやすい。

 あと重くて運びにくい。

 

 というわけで妥協して、青銅砲や木砲の出番となるわけですね。

 

 まあ、それらもそれらで、欠点はあるわけですが。

 青銅砲は、だいたい鉄の大砲と同じような欠点です。ねばりがある分、鉄製よりは割れにくいですが。

 木砲は、当たり前ですが金属よりももろいので、使う火薬を減らさないといけないので性能が低く、使い捨てになります。

 あとくり貫くのが面倒。

 

 そこを何とかならないかと、コツコツ考えてきたわけです。

 まずは臼のように、木をくり貫くのが面倒かつ大きな木が必要な点から。

 2つに割って、くの字に切り込みを入れてから、合わせたら四角い穴が出来ますよね。

 というか、そこまでするなら丸太からじゃなくて、板4枚を合わせたらいいですよね。

 

 板の両側面の端を削って段を作って、組み合わせられるようにしたらなお良しです。

 ホゾ組までいくと、撃った時にそこに衝撃が集中して、パキッといきやすそうなのでこれで。

 

 と、頑張って考えたのを職人さんに説明したのですが。

 

「ああ、相欠き継ぎ(あいがきつぎ)な」

 

 と、サクッと返されて、少し落ち込んだのは内緒です。普通にあったんですねえ、これ。

 何でかここまで馬でついてきて、横で見ていた帰蝶にはバレていた気がしますが。

 やめて下さい。ほほえましい物を見る、生暖かい目は苦手です。

 

 板の長さは、2mくらい。厚さは13cm~15cm。幅が23cmほど。

 この最適の(と思われる)数字を出すための、計算式を思い出すのがかなり大変でした。

 しかも自信が持てないので、おおよそ出した後はただの勘です。

 

 ともあれ、この4枚を組み合わせれば、8cmの四角い穴を持った長い箱が出来あがります。

 四角いままだと発射の時に衝撃が漏れて、飛距離が落ちるので穴を丸くします。

 

 ここで登場、人工ゴム。

 

 なんと、この室町時代の材料で出来てしまいます。熱した油に、硫黄をブチ込むだけです。

 発生するニオイがヤバすぎるので、作る時には場所を選んで屋外で、風向きを考えてやらないとヒドい事になります。なりました(1敗)

 しかも冷えたら固まるんで、遠くで作れないんですよねえ。

 

 まあゴムと言っても、ほぼ消しゴムなんですが。いや、マジでそのまんまです。強度とかも。

 タイヤにそのまま使ったりしたら、絶対1日持たない。

 

 コンクリだけより、鉄骨があったほうが頑丈なのと同じく、繊維にゴムを塗る感じで、車輪に布を巻いて人工ゴムを塗り重ねたら少しは持ちます。

 でもその場合も、ガリガリ削れては行くわけで。

 さらにニカワでコーティング! しかし水に弱い! ならばウルシで再度コーティング! しかし道が未整備、未舗装で小石が食い込む!

 という、なんかのカードゲームのリバースカードオープンの連鎖みたいに、問題が続いていくんですよね。

 最終的に、細かく砕いた砂を、生乾きの表面に塗布。これで条件は全てクリアーされた! とまで持っていけはしますが。

 

 そこまでして完璧なタイヤを作る意味 is どこ。というコスパ問題がさらにやってくるわけで。

 しかもここまでしても、たぶん『普通の自動車のタイヤ同様に数年は持たない』という、更なるリバースカードが待っています。

 

 そんな悲しい人工ゴムでも、輝けます。そう、この木砲製作でならね。

 板を2つ、少し炭を混ぜた耐熱ニカワでくっつけてL字に組んでから、この人工ゴムを内側に塗ります。

 そして布を敷いて、もう一度人工ゴムを流し込むのです。

 そしてできるだけ細かく砕いた炭の粉を表面に撒いたら、半円の型を押し付けて、成形します。

 

 炭の粉は、潤滑材ですね。ゴムが壁面だと、むしろブレーキになっちゃうので。

 あと磨くのが面倒なので、塗るだけで滑らかになるカーボンコーティングをね。

 それでそのまま乾くまで待ったら、型を外して、再度炭の粉を塗り、別のやつとくっつければ、原型の完成です。

 

 はい、まだ原型です。

 

 だってまだ強度が木、そのままですからねえ。このままだと200m飛ばないんじゃないですかね。

 そこで縄を巻いての強化です。

 現代の三河地方などでの名物、人が抱えて盛大な火花を上げ、最後はドン! と発射する手筒花火も、縄を巻いてあります。

 

 縄の前に、布を。それも油をしみこませた布を何重にも貼り付けます。

 いつぞや、杉谷善住坊の銃撃から私を守ってくれた革鎧と同じ、積層構造ですね。

 その上から、縄です。縄は濡らしておくのがコツですね。

 濡れた状態で固く縛っておくと、乾いたら収縮するので。更に固く締め付けられるわけです。

 

 わかりやすく言うと、海パンのヒモが解けなくなるのと同じ原理です。

 

 爆発が起きる、底の外側辺りは三重に撒いておきましょう。

 『攻める先が三重県だけに』という、転生者ジョークは、誰にもわかってもらえないので封印で。

 

 弾も全部金属製だとお高い上に、急には用意できる量ではないので石で。

 もちろん丸くないので、削ります。というか、いい感じにカットします。

 そしてまたもや布で。やっぱり油をしみこませてから巻いて、丸く仕上げるわけです。

 

 割と布を大量に使いますが、これは別に新品でもキレイでもなくてよいので、ボロ切れでもいいんです。

 だから熱田や清洲の町で、買い叩いてきましたので問題ありません。

 木砲はそこそこの量を、生産できました。

 

 そしてこの木砲。試射したところ、500m以上飛んだんですが。

 砲の上に、先っぽと根元に棒を二本。というクッソ雑な照準機だけで250mまで狙えたんですが。

 

 なにより、使い捨てのくせに最低3発は耐えるんですが。

 

 なにこれ怖い。

 

 軍で数をそろえるとすると、細かい仕事しなくていいだけ、火縄銃の数をそろえるよりも、この木砲の方がいいんじゃ…?

 弾を小石や鉄片を布で纏めた散弾や、石に空洞を作って火薬をつめた焙烙火矢にしたら、野戦で人に向けて使ったら大惨事ですし。

 

 ちょっと綿火薬同様、封印したくなってきましたが。

 今回は、私だけで作った綿火薬と違って、職人さん達を巻き込んで盛大にやっちゃいましたからねえ。

 まさか職人さんたちを口封じするわけにもいかないし。

 

 世に出すしかないですかね。この戦国ハイエンドタイプの木砲。

 職人が一丁一丁手作りで、早くても一ヶ月かかる火縄銃よりも、数時間で出来ちゃう上に、圧倒的に安いこの木砲を。

 

 まあ、銃だと千発でも撃てちゃうのに比べて、十発も撃てない上に個人で使うには取り回しが悪すぎるから、大丈夫か……

 

 大丈夫だといいな。

 

 大丈夫であってくれ。(祈り)

 

 

 

 丹羽様にお見せしたら、なぜかドチャクソ怒られたものの。

 そんな私の想いとともに実戦に投入された木砲は、想定以上の成果を挙げました。

 

 安濃川と、岩田川に挟まれ、それを天然の大外堀とした、堅城だった安濃津城。

 その塀と城門を、見事に撃ち抜いて崩して見せたのです。

 

 一個だけ初手ファンブルを引いたらしく、暴発した木砲がありましたが、まあ怪我人も出ていないのでセーフで。

 

 こんな事もあろうかと、油と硫黄を塗りこんだ長い導火線を開発しておいて、正解でした。

 大砲系は普通の長さの火縄だと、爆発しちゃったら巻きこまれますからね。

 

 塀と城門を吹き飛ばした後に『もう一発行く?』と降伏勧告をすると『カンベンして下さい』と容易く頭を下げてきました。

 そりゃそうですよね。初めて見る兵器で、初めて体験する状況でしょう。

 当然、対抗策なんて思いつかないんでしょうねえ。

 

 火縄銃の、弾と火薬をパッケージングした早合(はやごう)という技を参考に、木砲の弾も火薬やらとセットにしてあるので、あと一発は撃ちたかったんですが。

 

 降伏してきた安濃津城の城主は長野家。今回、刺客を送ってきた家のひとつです。(木造家情報)

 それでこの長野家。どんな家なのか、金森さんとのコミュがてら聞いてみた所、面白い事が分かりました。

 

 なんとほんの6年前まで。北畠家と200年以上にわたって、戦い続けていた家なんだとか。

 

「長野家はなあ。鎌倉の時代には伊勢におったらしい。それでゴダイゴの建武の新政の少し後。南北朝が始まって、北畠が伊勢に来てなあ」

 

「『カエレ!』と敵対したわけですね」

 

 口調はのんびりとしているのに、動作はよどみなく頷きながら、金森さんは話を続けます。

 

「南北朝の時代が終わっても。応仁の乱の時も。ずーっと敵対してきて、100年以上前だけんど北畠家の当主を討ち取った事もあったそうだよ」

 

 口調に釣られて「昔ですね~」と、言う私と「昔だな~」と返す金森さん。

 ほのぼのとした空気が流れました。

 ああ、武術の腕だけじゃなくて、こういうののも丹羽様が彼を手元に置いた理由なんでしょうねえ。

 

 ストレス、すごそうですからねえ……

 

 お前が言うな? え~…… はい。ソノトオリダトオモイマス。

 

「近いうちに攻めると丹羽様が言うとったで、北畠の事も聞いとる。なんでも先代が凄い人だったって」

 

「ああ、その人なら私も知ってます。去年亡くなったんでしたっけ?」

 

 本当に色々ありますねえ1563年は。

 

 北畠晴具。信長さんが伊勢に手を出す頃には、すでに寿命が来ているので、スポットが当たらずマイナーな扱いですが、英傑です。

 南伊勢に勢力を持っていた北畠家で、南の志摩の国を制圧。

 長野家が降伏したのは、晴具の息子に代替わりしてからですが、晴具がかなり押し込んでいたからというのは確かです。

 そもそも代替わりしたとはいえ、隠居してた晴具の命令で長野家に攻め込んだらしいですし。

 他にも大和にちょっかいをかけて、大和の国人衆が連合して対抗してきたので、合戦してから引き上げたり。

 宗教だらけの紀伊半島方面にも手を出して、こちらは熊野から尾鷲、新宮方面までを領有化。十津川まで手が伸びていたとか。

 まあ各種仏教に修験道に神道にと、宗教勢力がそれらと結びついた国人らとセットになってひしめいている地方なので、うまみはあったかというと、うん。

 その最期は、自らが作った多気御所で天寿を全う。享年61歳。

 

 その息子の北畠具教は、剣豪大名として有名ですね。

 塚原卜伝の弟子の一人で、奥義の一ノ太刀を伝授されたとか。

 修行の旅をする剣客らへの援助も好きだったらしくて、剣聖 上泉信綱も彼の所で一時期世話になっています。

 その最期は、剣豪将軍と呼ばれた足利義輝と同じく、多勢に無勢の、数による暗殺。

 十九人を斬って、百人に傷を負わせたという伝説が残っています。

 

 それだけできるなら、むしろ切り抜けて逃げられたんじゃないかなあ。

 

 その無骨な武芸者というイメージとは違って、兵は詭道なりというか、兵法をちゃんと学んでいたというか。

 陰謀や策を使う事もあったようでして。

 

 実際に、それで長野家を乗っ取っています。

 

 長野家の降伏の条件に『自分の次男坊を養子にして跡継ぎにしろ』とねじ込んだのです。

 そして4年後。長野家の当主と長男が同じ日に亡くなりました。

 

 証拠はありませんが、まあ、暗殺かなって。

 

 他にも三好家と縁が出来てイキッていた国人の、父親を人質にとって大人しくさせたり。

 志摩の海賊衆をそそのかして、九鬼家をツブしたり。

 わりと黒い動きをキメている人物だったりします。

 

 どうしよう。なんか他人に思えなくなってきました

 

 半兵衛どの以外にもいたんだ『同類』って。いや、世代が違うから『先輩』かな。

 

 そして『先輩』に押し込まれた次男坊は、見事長野家当主になりまして。

 で、史実だと信長さんが攻めて来た時に追い出されて、信長さんの弟の一人、信包に養子の立場を奪われます。

 一応生き残りの長野藤勝という人がいたらしいですが、いつの間にか姿が見えなくなっていまして。

 隠居か病没か。力を示せなかった武士が、家臣に見限られて家を継げずに消えてゆく。実に諸行無常ですねえ。

 

 今世だとまだ生きてましたが。

 

 しかも降伏の音頭取っちゃって、その勢いのままに、北畠家の次男坊を追放しちゃったという。

 

 う~ん。木造家に加えて、長野家も味方に付けて、これから伊勢を攻略だ! という流れはいいんですが。

 戦後の処理が、極めて面倒になりそうな気配がしてきましたねえ。

 

 その前に、私は京に戻れるんでしょうか。

 なんか勢いで戦に参加しちゃったんですけど。

 このあげちゃった手柄の褒美とか、もらえるんでしょうか。

 

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