と、色々調べたり纏めたり考えた結果お出しされる、全く関係ない回。
うーん、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。
う~む、どうしたもんですかねえ……
「どこから取り掛かったものか……」
「日ノ本とは、広いのだな……」
「とりあえず畿内は極力、戦をせずに、じっくり行きましょうぞ」
はい。伊勢の山から、京に戻ってきました私です。
ただいま、松永サンや三好長逸さま、義興くんなど三好家の重臣が集まって、戦略会議をしています。
なぜか、私の自宅で。
伊勢の北畠家も引越しの合意が取れたし、その見届けは丹羽様に投げたし。さあちょっと京でのんびりしますか。
そろそろ天下太平へのロードマップを作りたいし、ちょっと長慶さまに投げる前に、松永サンたちと話し合いを……
と、連絡を回したら『じゃあ、お前んち集合な』と、お返事が来たわけでして。
しかも『昼前に集合だから、メシの用意もヨロ』と来たもんです。
学生時代の友達か、お前ら。
まあ、いいんですけどね。
ついこの間の、
ゴボウと牛肉の組み合わせがベストだと思うんですが、この時代、肉は都会だと避けられますし、そもそも牛肉が手に入りにくすぎる。
その上、食べるために育てられた肉牛がいないから、あまり美味しくないんですよねえ。
仕方ない。高くつきますが、干ししいたけで代用しましょう。
水で戻して、エゴマ油で炒めて、戻した水とたまり醤油で煮込む。
甘めのドブロクを入れて、コクと甘みも追加っと。あとは汁気が無くなるまで煮込んでから、生姜と山椒を投入。
ちなみに、この最後に汁気が飛んでいく時の『パチパチ』『シュッジュゥ』という音が、時雨(通り雨)のようだから時雨煮という説が有力ですね。
他にも、時雨のように味の変化が一瞬だから、とか、時雨の時期、晩秋から初冬はハマグリやゴボウの旬で、その時期が一番おいしいから。など諸説あります。
なお時雨煮も江戸時代からなので、これも現代知識チートですね。どやあ。
別名の佃煮も、確か佃煮と命名したのは江戸に移動した後の家康だったので、先取り成功です。ざまあ。
まあ、これだけだと寂しいので、後は普通に米と、聖護院大根と切り餅入りの味噌汁と。
寒いから、普通にナベでもしますか。気付けばあの長くて濃かった1563年もやっと終わって、年が変わりましたからねえ。
もう2月ですよ。旧暦でも、たぶん西暦でも。
この頃の年代って、ちょうどズレが少なくなってて、10日ちょい(14日)くらいのズレしか無かったんですよ。うろ覚えですが。
西暦と旧暦、どちらが日付が進んでいるのか思い出せない。(西暦です。逆だったら毛利の嫡男の命は無かった)
京は夏は暑いし、冬は寒いんですよねえ。これだから盆地は。
伊勢の山中で、職人さんたちと木砲かついでえんやこら、してた時よりも寒いです。
いや、あの時は妙に楽しくて、寒さとか余り気になりませんでしたっけ。
そういえば、今がいつの頃なのかが確定したのは、いつでしたっけ。
確か去年だったと思いますが、何があったんでしたっけ?
え~っと。あ、そうそう、日食だ。皆既日食です。
去年の7月にあったんですよ、皆既日食。金冠のやつ。月が太陽の中に入って、黄金の三日月が出来るやつ。
『キレイだな~』と、私はのん気に眺めていたんですが、周りの人たちは皆パニックになってて笑いましたね。
つい、調子に乗って、遊んじゃいましたっけ。
パン。と大きく手を叩いて、注目を集めてから。
「落ち着け。ただの天岩戸隠れ*1だ。我が祈りと舞い、タヂカラオの神とアメノウズメの
とか言っちゃって、うろ覚えの反省を促すダンスを踊りましたからねえ。
いや、丁度その時、お昼までに用事が終わってヒマになったんで、お昼ご飯と一緒にお酒を飲んじゃってまして…… 酔っ払ってたんですよ。
で、皆既日食って長いじゃないですか。あの時も、昼過ぎに始まって、完全に終わったのはそれから三時間くらい後でして。
太陽が欠けていくペースから『あっ、間が持たないな』って悟った私は、誤魔化すために周りを巻き込むことにしました。
「踊れ! お前達も、祈りながら、踊れぃ!」
それで当時、たまたま流行っていた踊りがありまして。
自然と、その踊りが民衆の中から出てきて、あっという間に広がっちゃったんですよ。
「ええじゃないかええじゃないかええじゃないか!」「ええじゃないかええじゃないかええじゃないか!」
「ええじゃないかええじゃないかええじゃないか!」「ええじゃないかええじゃないかええじゃないか!」
なんか、幕末とか昭和でも流行ったらしいですが、この時代が原点らしいですね。ええじゃないか。
諸説ありましたが、とりあえず今世では、実在したようです。
…………いや、まさかこれが歴史上初だったりしませんよね?
ま、まあ、あれですよ。怖いので、確かめないことにします。気にしない気にしない。ええじゃないかええじゃないか。
『ええじゃないか』は、そんなふうに、もう何もかもどうでもええじゃないか。と全てを忘れて踊り狂う、集団ヒステリーとも思える……
なんだろう。団体行動? 巨大イベント? 暴動? まあ、そんな何かです。
ただ集団の一員としての一体感と、全てを投げ捨てた開放感。自分の中の何かを壊したカタルシス。
ストレスの解消には、大変に効果があるものと思われます。
あと当時は近江にいて、そこでの出来事だったんですよ。
尾張でも京でもないから、セーフで。地元じゃないからギリセーフで。
それと、ええじゃないかは、伊勢神宮の遷宮が決まった時に、お札が空から降ってきて、それで民衆が熱狂して始まったと聞きます。
その伊勢に近い近江だからこそ、こうしてええじゃないかが知られていて、この時も始まってしまったのだと思います。
そして止まらなくなりました。
逆に助かったんですけどね。なんせ三時間ですからね。
その間『この怪奇現象を何とかしてくれ』と、マジメに見つめてくる観衆を前に、ずっと独りで反省を促す踊りを続けるとか、辛すぎますからね。
これ幸いと、私も民衆の中にまぎれて、ええじゃないかを踊り狂いましたよ。
途中でふと我に返ったら、目がイッちゃった集団が、ひたすら踊りながら町をねり歩いていて怖かったです。(他人事)
そして近江、というか観音寺城下では、この皆既日食でも暴動のひとつも起こらず。
もとい。暴動がひとつしか起こらず。特に犠牲者も無く、建物が壊されもせず。平和に終わりましたとさ。
「めでたし、めでたし」
「いや、めでたしじゃないが」
メシ前に、軽く戦略会議で最初の議題でも決めようか。
そう思ったら、なんとそこから躓いてしまったので、昼食にしまして。
メインのナベに、カモとネギと焼き豆腐と、セリとクワイと… と具材を入れながら。
火が通るまでの、時間つぶしに。と『そう言えば、あの時こんな事が』と、近江の騒動を話したのですが。
「あれ? 皆さん、反応が悪いですね。近江の方々は、皆さん『我らがお日さんを戻したのだ』って誇らしげでしたよ?」
誰も不幸になっていないどころか、多数の人が幸せになっています。いいじゃないですか。
そう思っている私の思考を読んだのか、松永サンが苦笑しながら解説をしてくれました。
「あのな? 聞いた事も無い、まるでわからぬ事態に、即座に乗っかって民をあおり、意のままに動かし、しかもいつの間にか消える。そういうのはな?」
「ああ、天狗の仕業か」
「妖怪ではないか? とらえどころのない、だが確かに何かがいて、何かをしでかすあたりが」
義興くんと長逸さまも、松永サンの話に乗っかってきました。特に長逸さまはヒドいですね。
ナベをよそう時に、山椒を思いっきり乗っけましょうか?
それとも時雨煮を、雷時雨にしましょうか?
「しかしこの時雨煮というのは美味いな。甘辛い中に、生姜の刺激がまさに時雨のように降りかかる。ナベが煮える前に、メシが無くなってしまったわ。おかわり」
そうして食レポを挟みながらも、松永サンの解説は続きました。
「また動かした民が、自分の領地の民でもなんでもない。というのがマズいな。動かせてしまった、というが特にマズい」
『ああ……』と、聞いていた皆の顔に、理解の色が浮かびました。
そうですね。つまり、そいつはその土地で、反乱を扇動できちゃいますもんね。
一向宗でさえ、説法やらなんやらで信者にしてからでないと、反乱を起こせないのに、皆既日食があったとはいえ、アドリブ一発でやらかすとか。
それは間違いなく、危険人物ですよ。生かしておいたらいけない生き物ですよ。
うん。尾張でやらなくて良かった。本当に良かった。
「以降、気を付けます……」
「本当にな。色々な。頼むぞ、おい」
その後も皆の箸は進み、ナベがある程度空いたので、雑炊にして、卵と時雨蛤を入れて、急須で煎茶を作っていると、義興くんが今更な事を聞いてきました。
「そういえば、奥方は?」
「昭実を連れて、歌会に。近頃は治安が良くなったからと、近所の女衆の集まりが活発らしくて」
あの元幕臣の進士さんを頭とする、三好家の若いものたちの、ケンカ祭り、もとい治安維持活動は、ずっと開催中でして。
そのおかげか、地元のヤンキーたちが徒党を組んで、悪さをする。とか、他所から流れてきた集団が悪さをする。とかは、ほぼ撲滅されているのです。
文字通り、
「そうですか。それはいい話ですね」
その活動にこっそり参加している義興くんは、自分達の活動が実を結んでいるのだと実感したのか、嬉しそうでした。
坊ちゃん育ちのはずなのですが、この人も所詮はこの時代の武士なんですねえ。
「暴れた甲斐がありました」
いや、言っちゃダメでしょ、それは。キミ、次期当主ぅ。
もし何かあって死んだら、また長慶さまが倒れて、天下が狂う超VIPなんですが。自覚して自重して下さいよ。
松永サンたちも聞こえなかったふりをしている場合じゃないと思うんですけど。
でも、指摘して不興を買いたくないし、町衆の評判がいいから、言いにくい?
まあ、公然の秘密で、知らないのは長慶さまくらいなんで、今更と言えば言えば更ですけども。
でも京の町衆すら知ってるんだ。それでもまだ長慶さまはご存じないんだあ。
これはちょっと、長慶さまかわいそう。
しかし長慶さまは、一時期ひどいウツ病で、何も出来ずに寝込んでおられましたからねえ。
『あの方に、刺激が強い話題はちょっと…』と、ウツ状態を知る方々から、少し過保護にされているのも、仕方ないといえば仕方ない。
そのせいで、私自身もちょ~っと遠ざけられている感もあります。
誰が存在自体が刺激物だ。
まあ、そのぶん幹部の方々と接触の機会が増えたので、良いと言えば良いんですが。
今回みたいに、私的に集まって話し合えたりしますし。
全く刺激がない生活も、健全とはいえないと思いますし、そもそもウツ状態から戻したのも、私の行動の結果ですし。
手紙とか、たまに会ってなら、適度な刺激になるでしょう。
というか、ノリノリで
ああ、そう言えば……
「今回の会議どうします? この後、やりますか?」
鴨の脂が溶け込んだ雑炊を胃に収め、熱い煎茶で一息ついたところで、皆に聞いてみました。
聞かれた三好家の幹部たちは囲炉裏の火にあたりつつ、ゴロゴロしながら『食った食った』と腹を叩いています。
少し食べ過ぎて、横になって丸くなった方が楽みたいですね。
戦略会議のためにまとめた資料が、いつの間にか皿の台にされていたりしますが、それも合わせて、まあ、いいでしょう。
つまり。
満場一致で『おなかいっぱいになったんで、今はやりたくない』という結論になりました。
解散!
だから学生時代の友人同士か、私ら。
昭和の民へ、ハーメルンから
宇宙戦艦ヤマト世界の元からヒャッハー宇宙で地球がこの先生き残るには……
作者:親と兄姉の姿を見て立派に育った未子 氏
を推してみる。
超科学の力や産物で、敵勢力をサクサク片付けていくという展開なので、火葬戦記とも言える。
ヤマト世界のアレコレを解説しながらストーリーと話が進んでいくので、昔見ただけのふわっとした理解だと、強い衝撃を受けるぞ。
イスカンダルってそういう民族だったの? とか令和の今になって設定を知ったり。わりと鬼畜だな、イスカンダル。ガミラスかわいそう。とか
波動砲危ないってイスカンダルの人、よくわからない事言ってたけど、マジで危ないんだな。とか
やっぱりヤマトの戦績はおかしいんだな、とかw