尾張グダグダ戦国記   作:far

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久々の主人公視点以外の回。


【犯人は】巨星 墜つ【ヤツ】

 

「如何にしたものか……」

 

 独りになる事ができて、落ち着ける空間。

 (かわや)で考え事をするクセがあるその老人は、持ち込んだ数珠を手元で音をさせていじりながら、そう呟きました。

 

 厠、トイレといえども、この老人にとっては用を足す場所というよりは、思索を巡らす場所です。

 拘りの空間として、まず空間は広めに。六畳敷きと言われる、10m四方の、広めのワンルーム。実際に畳も敷かれています。

 その中央に、便器が。しかもこの時代に、驚くべき事に水洗式です。

 常に水が流れるようにしてあるという、現代とは違ったものですが。長時間篭るために、ニオイに気を使った結果でしょう。

 

 更にニオイ対策として、香も焚いてあります。今の香木は沈香(じんこう)

 木から流れ出た樹液が固まったもので、濃い森の香りと、その甘さの中に若干の苦味を感じる、当時の最高級品です。

 東南アジアからの輸入品になるので、南蛮貿易で京から流れてきたか、越前から明を経由してきたか。

 いずれにせよ、かなり高くついている逸品です。

 

 気分を落ち着かせる効能のある、その高価な香りを吸い込み。

 紙と筆と文鎮に、家臣を呼ぶための鈴などが乗った文机(ふづくえ)の前を離れて、老人は香から火を付け木に移して、炭の入った火鉢へと投げ入れました。

 

 壁には地図らしきものも貼り付けてあり、隅にいくつか本も重ねて置かれています。

 もはやトイレという名の自室でした。

 

 さすがに食事をここで取っていたかは、定かではありませんが……

 もしそうだとしたら、独りトイレに篭って飯を食う『便所メシ』の初代って、武田信玄という事に。

 

 はい、武田信玄です。

 

 今世では『美濃の斉藤と駿河の今川、どちらを攻める?』という戦略の方針で、嫡男と対立からの内乱になって。

 次男は失明して出家しているし、三男は11歳で亡くなっているので、四男の勝頼を代わりの後継者に……

 

 と思ったら、急に諏訪家を継いで、独立した上に離反された武田信玄です。

 

 五男は一昨年正式に仁科家を継がせたし、六男は5歳で、七男は4歳。(1563年)

 もう五男の仁科盛信を指名するしか無いのですが、無いとは思うが、それで彼まで独立・離反されても困るわけで。

 

 後継者、どうしよう。

 

 そんな深刻な悩みをかかえている、武田信玄です。

 

 考えた結果、信玄は『決めきれないので、一旦棚上げしよう』と、この問題を放置します。

 武田の領地になっていた、信濃。そこを切り取って独立した、勝頼への対処を優先する事にしたのです。

 

 失敗しましたが。

 

 必要になる兵と、兵糧や武具などの物資。

 それらを気取られること無く集めて、奇襲をしかけるべく慎重に手筈を整えて。

 勝頼らが兵を集め、構えるより手早く信濃へ駆けつけるために、修験者らを使って密かに道も整えて。

 そうしてまんまと、篭城戦へと追い込んだ。

 

「援軍無き篭城は、負け戦よ。しかもこちらには援軍がある」

 

 野戦であったならば、武田側にも被害は出る。ならば城に閉じ込め、ゆるりと落ちるのを待てば良い。

 支配下に置いてある、恵那の国人衆たちへも、出陣せよと伝えてある。時間はこちらの味方だ。

 城の包囲をしながらも、少数を抽出して周囲へと走らせ『次はどこから攻めて行こうか…』と、すでに勝った気で思案していました。

 

 ところが、待てども待てども、恵那の国人たちが到着しません。

 どういう事だ? 誰か使者を送るか? 誰を送るか、と考え始めたそこへ、急報が入りました。

 

謙信が来た、だと…!」

 

 信玄の脳裏に、川中島での戦の数々が流れました。

 思い通りになったこと、ならなかった事。そして思いもよらなかった事。

 何より鮮烈だったのは、謙信本人が、武田本陣へと切り込み、駆け抜けて行ったあの時の光景。

 

「……ゆくぞ」

 

 信玄は座っていた床机から立ち上がり、軍配を持ち上げて叫びました。

 

「敵は、川中島にあり! 出陣じゃあ!!」

 

 もはや勝頼など、信玄の眼中にはありませんでした。

 しかし完全に無視するというわけでもなく、軍の一部だけを途中に伏せて伏兵での奇襲を用意しました。

 まるで『追って来るならば、相手をしてやろう。片手間でな』と言うかのように。

 

 その一部ですらも、兵力の減少が致命傷となったわけですが。

 

 わずかにですが薄くなった左翼へ、謙信が予備兵力として温存していた精鋭を突入。

 しかも謙信自らが切り込むという本気具合。

 逃げ弾正の異名を持ち、慎重かつ守勢に強いはずの高坂昌信が、討ち取られてしまうほど。

 

「……無念である」

 

 ここで信玄は敗北を認め、謙信への思いを一旦飲み込んでみせました。

 そして躑躅ヶ崎館への退路を、素早く計算します。

 

 後方では、信濃勢への奇襲を成功させたものの、まだ粘られている。

 乱戦になっていて、とても武田全軍で速やかに通れるとは思えない。

 しかしこのまま謙信と戦い続けては、武田の傷は致命傷になる。一刻も早く、撤退するためには……

 

 あえて無秩序な、濁流の如き兵の流れで押し流すしかない、か。

 

 そう思い至った信玄でしたが、そうする為にも一工夫せねばなりません。

 例えば、総大将の自分が逃げ出したら、全軍士気が崩壊して、狙い通りになるでしょう。

 しかしそれでは、その後が困ります。敗北で傷付いた武田の威信を回復させるのに、大いに差しさわりが出てしまいますから。

 そう。逃げ出すのは、自分であってはならない。

 

「土屋昌続へと、伝令を出せ」

 

 信玄は信頼できる腹心へと、泥を被せる事にしました。

 罰する事にはなるだろうが、手心を加えて、いずれ復帰できるように取り計らえば良い。

 話せば、きっとわかってくれるだろう。あやつなら、許してくれるはずだ。

 

 そう、思っていました。

 

「土屋昌続、諏訪勝頼が討ち取ったりー!」

 

 逃げ帰る道中で、その勝ち名乗りを聞いた。と、多くの者から聞かされるまでは。

 

「おのれ、おのれ勝頼め! 勝頼め! 義信もだ!」

 

 この時、信玄の中で息子という存在そのものへの不信感が芽生えました。

 父親である信虎を追放して武田家の当主になった経験も、その不信の後押しをします。

 一瞬『全てを投げ出して、義信に放り投げてやろうか?』という思考が頭をよぎりましたが、不信がそれを許しません。

 義信に降伏して隠居したら、丸投げは叶うでしょうが、そうなっても自分を生かしておくだろうか? 念のためにと、殺しに来ないだろうか?

 今の信玄には、信じる事が出来ませんでした。

 

 ならば、どうするのか?

 

 蒸し風呂にて戦の垢を落とし、冷水を浴びて、頭を一度スッキリさせてから、自室(トイレ)へと篭った信玄は、考えました。

 

 信濃は、一旦置く。それなりに痛い目を見せたが、こちらも謙信相手の被害は大きい。今は何処にも攻め込めぬ。

 ならば外交だな。北条と ……今川へ声をかけるか。

 

「ふっ、攻め込もうとしていた今川へと、味方として動いてくれと声をかけるのか」

 

 自嘲して、それでも今川家へと声をかける意味はある、と信玄は考えます。

 今川家には、信玄が追放した父の信虎がいます。

 信虎は武田家のためには動くでしょうが、信玄のためには動かず、むしろ義信を利用して甲斐に返り咲こうとするでしょう。

 義信も、信玄が今川家を攻めるつもりだったと伝えて、今川家を義信側の味方に付けようと動くはずです。

 

 その動きを、邪魔するだけでも意味はある。それ以上の意味は無いが、今は回復する時間が欲しい。

 手紙だけで、それが叶うなら安いもの。

 

 そう結論すると、さっそく手紙を書くべく文机へと向かい、(すずり)で墨を磨り始めました。

 

「今川と、北条と。さて、あとはどこに文を書こうか」

 

 減った戦力は、増やせばいい。敵側の戦力をもぎ取れれば、一石二鳥。

 戦う前にこそ、全力は尽くすべきだ。戦わずして、勝つために。

 武田信玄は、それをわかっている武将でした。

 

 

 そして時は過ぎ。一年が経ち。

 

 

 諏訪勝頼が、伊那も含めて信濃を纏め上げて、主人公に任せた官位取得が叶って、信濃守に。

 今川氏真が、徳川家康にじわじわと領地を侵食されて、窮地に。

 武田義信が、味方についていたはずの小山田信茂に裏切られて、居城としていた大宮城を包囲されて逃げ出して。

 

 武田信玄は『逃げ出した義信を追う』という大義名分を持って、今川家の領地へと侵攻しました。

 小山田信茂が、このタイミングで寝返ったのも。義信が、包囲された城から上手く逃げ出せたのも。

 もちろん、両方とも信玄の策です。

 

 そもそも小山田信茂が勝頼側に付いたのは、領地が近かったという地理的な理由でした。

 つまり裏切らせたら、大変に有効な場所だったというわけです。

 史実でも、勝頼を裏切っていますし。というか、本当の最後の最後に裏切って、鉄砲を向けて山に追い込んで、勝頼を自害させていますし。

 信玄の人を見る目というのは、流石としか言えません。

 

 なお史実では裏切った小山田信茂は、織田家に許されずに処刑されています。是非もなし。

 

 また信玄はついでとばかりに、今川家の方にも裏切り者を作りました。朝比奈信置です。

 氏真が家康の世話になるまで付き合った、忠臣として有名な方の朝比奈泰朝(やすとも)ではありませんし、直接の親族でもありません。

 あちらは遠江系朝比奈氏で、こっちは駿河系朝比奈氏。遠い親戚になります。

 

 史実では、朝比奈信置は今川家臣だったのが、武田軍の侵攻時に鞍替え。名前の信も、信玄から1文字もらったものです。

 以降は武田滅亡まで裏切らず、勝頼の自刃後に、信長さんに切腹を命じられています。

 しかし三男が生き残って、家康に仕官。城代にまで出世して、江戸時代まで家が続いていきます。

 

 一方の、最後まで今川家へと忠節を示した泰朝は、自身のその後は不明ですし、子孫もパッとしません。

 家康の家臣の酒井家に仕えて『大勢いる武士の1人』と、没落しています。

 人生の無常さを感じますね。

 

 まあ、そんな裏切り者たちの、裏切りのコンボを食らって窮地に立たされた、今世の義信と氏真ほどではないでしょうが。

 

「これで駿河が手に入る。海もだ。だが、海賊衆はどう手に入れたものか」

 

 『なんでこっち来たんだ!』『仕方ないだろ!』と、絶賛ケンカ中のそんな2人とは真逆に、信玄は上機嫌でした。

 思い通りに策が成功して、しかも長年の念願だった海が手に入りそうだからです。

 

 何よりも塩。それと船を使った貿易。

 大いに利になるそれを、商品である金やら染料やらを生産しながら、海が無いゆえに直接行えず、指をくわえて見ているしかできなかった。

 農業も盛んで、豊かな今川領。それが、貿易でさらに儲けている。こちらの作った品を使って。

 甲斐の民の暴力性が高いのは、そんな感情のせいもあったのかもしれません。

 

 それを考慮しても、ヒャッハーすぎますが。

 

 だからその大親分が突然の不慮の死を迎えても、ある意味仕方が無いと言えるでしょう。

 

 DDOONN!! DONDONDON!!

 

 富士川沿いに進み、駿府へと至るまでの最後の要衝の薩た峠(さつたとうげ)すら、敵兵を見ず。戦うまでも無く輿に乗って進み。

 さすがに気が緩んでいた信玄を、その周りの兵ごと無数の石つぶてや金属片が襲いました。

 

「痛い… イタイ…」「何が、起…き…」「ああぁ… もうダメだ… 南無…」

「何事だ!」「なんだ、今のやかましいのは!」「お館様は無事か!?」

 

 巻き込まれた場所からは、うめき声と、絶望の声。神仏にすがろうというのか、念仏が。

 そのすぐそば。10mも離れていないのに、無事だった者たちからは、様々な叫び声が上がりました。

 

 信玄は、そのどちらも聞くことはありませんでした。

 常から影武者を使い、身の安全に気を付けていた信玄でしたが、念入りに観察し、調べ上げて殺しに来た者たちがいたからです。

 

 武田信玄。甲斐という難治の地を治めてみせた、土地の英雄にして、周辺地域の大敵。

 史実よりも9年早い、史実通りに道半ばでの死に様で。

 彼には見えていなかった、転生者による計算通りの死でした。

 




カクヨム より 大間九郎 氏の ダンジョンは金になる。 を推してみる。

現代ダンジョンものだけど、ダンジョンにもぐる人たちが他の作品とは異色。
冒険者のパーティが会社、というか組だったり、やたらメンツにこだわったり、揉め事の落とし前に指をもらったりと、モロにヤのつく自由業。
ヤクザじゃないとか言ってるけども。所業がモロにヤクザなんよ。
でもそれだけに、舐めた言動してくる奴とか、公権力側で理不尽押し付けてくる奴とかにも、暴力で解決するから、他の作品でのストレスの解消になる。
普通は殴ったら余計に解決しないか、悪化するけど、ここでは解決するから。
相手が納得しなかったら、回復してまた殴るをエンドレスするから。
序盤はまだ大人しいけど、そのうち暴力に走り出すから。
第1部が終わって、第2部が始まった。息子に主人公がチェンジしたけど、路線は変わってない。最新のあたりだと、親子でヴァチカンで暴れてるが、いいんだろうか。
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