尾張グダグダ戦国記   作:far

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今回、一番悩んだポイント
『女性の喜ぶ尾張土産ってなに?』


【家庭】筋トレしてたらアレが来た【仕事】

 

 はい。まだ尾張にいる私です。

 だってまだ十分な筋肉がついてないんですもん。

 

 いや、筋トレだけなら京でもできますよ? でも京だとここほど鳥肉が手に入りにくいというか。

 というのも、鶏肉と豆類が筋肉にいい、という前世の記憶がありましてね?

 あと手足の付け根を縛っての、加圧トレーニング。

 

「ワンモアセッ!」

 

 筋トレという事で、つい口からこの言葉が出てしまいましたよ。でも出ますよね。筋トレですからね。

 たまたま通りすがった前田慶次郎さんに、言葉の意味を聞かれて困りましたが。そこは言い訳スキルが発動して解決しました。

 

「昔、大陸に大いに動き、大いに肉を付けた王 網生(ワン モウセ)なる男がいた。彼の名を唱えて鍛錬を積むと、不思議と効果が増したという」

 

 というウソ伝説をその場ででっち上げてしまいましたよ。

 まあ、うっかり流行ったり、後世に残ったりしなければセーフです。

 まさかこんなテキトーな話が残るはずは無いので、大丈夫でしょう。

 

 運動はそんな感じで、食べ物のうち鳥肉は、山鳥などが売るほど手に入る、というか実際に自分の店で売っているのをわけてもらっています。

 豆類は、私が必要としたのと、世間的にも需要が増えて来ていたので、秀長に豆腐屋を作らせまして。

 時代的にちょっと高級になりますが、油を使った厚揚げや油揚げ。それに豆乳などのサイドメニューも充実させたので、そちらも困りません。

 

 困ったのは、別の事です。

 筋肉がなかなかつかない、というわけでもないです。

 二十代後半になって、身体の代謝が若干落ちてきたかな? と思えてきましたが、まだ若干ですし。

 普通に翌日に筋肉痛も来ますし、そこからの回復も早くて、順調にパワーアップはできています。

 

 丹羽様に直接会って、あれこれをくわしく説明したらキレちゃった事でもありません。

 

 それはいつもの事なので、慣れました。だから大丈夫です。

 丹羽様も一旦怒りはしますけれども、落ち着いたら『待てよ、こいつは使えるぞ』と陰謀を企み始めて怒りを忘れますし。

 損害を出すような失敗や、裏切りでもない限りは、お説教だけで許してくれます。

 

 ちょろいもんだぜ。

 

 だって丹羽様を裏切るとか、織田家をどうこうしようとか、そういうつもりは私にありませんからね。

 イージー、イージー。

 木砲を徳川家に提供するのは前もっての話し合いで決定していましたが、現場でアドリブで北条家にも渡しちゃったのはバチクソ怒られましたが、まだイージー。

 

「徳川家が大きくなりすぎても、不都合ですからね。北条家にもフタになってもらいました」

 

 だって、こう説明しただけで、ちゃんと理解してくれましたもん。

 徳川家は、三河と駿河の二国、それも広い平野部と水量の豊富な川が多い、海に面した二国を手に入れました。

 交易と内政に励んで上手くいけば、国力が爆増するポテンシャルは十分以上です。

 これで更に東へと領土を広げられると、尾張一国と美濃を少々、伊勢の三分の二を領する織田家よりも強大になるやもしれません。

 

 国人やら一向宗やら三河武士やら、そのハイブリッドが領内にあふれている上に。

 没落した名家や、うっとうしい親族も多い。という重すぎるハンデがあるので、多分大丈夫ですけども。

 

 それでも警戒して、対策する必要はあったと思うのです。

 なお北方向の甲斐は、取ったらむしろ統治のコストで赤字になって国力は減るので、むしろ対策は無しで。

 

「お前は、相変わらずワケのわからぬ結果を出す。

 なぜ徳川家の援軍として武田信玄の命を取りに行って、北条家を同盟に加えてくるのだ」

 

「さあ? 急に北条家が来ちゃったから、ではないですかねえ?」

 

 北条家を呼び込んだのは、私じゃないですからね。今川氏真くんですからね。

 私はそれに対処しただけですよ。それも味方につけたのですから、いい仕事をしたと言って良いのでは?

 怒るんじゃなくて、むしろ誉めるべきでは?

 

 そんな思いが顔に出たのか、丹羽様は感情の篭らない目をして、そんな私を一言で切って捨てました。

 

「独断」

 

「アッ、ハイ」

 

 かつては居酒屋のどれかで繰り返されていた、こういう軽いノリのやり取り。

 決まってカウンター席で、ぐい飲みや、お猪口。ツマミを手にしながら、周りの音や声の中でやっていたものです。

 話題の内容の機密度や重要度が上がりすぎて、さすがに出来なくなりましたが。

 ですがそれなら、普通に呑みに行けばいいですよね。

 

「丹羽様、久しぶりに呑みに行きませんか?」

 

「お前のオゴリだな?」

 

「アッ、ハイ」

 

 う~ん。あの流れの後に誘いを持ちかけたのは、良くなかったですかねえ。

 でもまあ、その程度で済んだので、これも困った事ではありません。

 

 『徳川家に木砲を渡した以上、織田家も国境へ配備しておかないといけないので、職人さんたちから数名置いていけ』

 

 そう丹羽様に命じられましたが。

 それも、この一ヶ月で職人さんたちに弟子を作って、作成から運営までキッチリ教え込んでもらう事で回避の目処は立っています。

 遊び友達でもあり、戦友でもあり、便利な開発スタッフでもある、始めてのまっとうな家臣たちを手放すわけがないのです。

 

 『実は既婚者で、嫁さんを尾張に置いて好き勝手してました』という、不届き者が1名いましたが、まあ、そいつは例外で。

 

 むしろ1名だけでも熟練した職人さんを置いていけば、心配は無いというものです。

 これはこれで良かったんだと思いましょう。

 ただ……

 

「女房をあまり放っておくものではありませんよ」

 

 と彼に言った時、背筋をすごいイヤな予感が走りまして。

 

『いや、まさかな』

 

 そう思ったのですが、嫌な予感は止まらなくて。でもその日の間は何もなかったんですよ。

 でも次の日、今まであまり使っていなかったのでイマイチ我が家という実感が無い、尾張の私の家に来客がありまして。

 

「ワタシが来ました!」

 

 ええ。勢い良くスパーン! と開かれた引き戸の向こうには、着物姿の帰蝶が立っていました。

 ウワサをすれば影とは言いますが、翌日とか早くないですか?

 あとまさか、独りで来たんじゃないでしょうね?

 女の一人旅とか、江戸時代でも危険ですよ?

 

「そこは安心していいですよ。オレが来ましたからね」

 

 そう言って戸から入ってきたのは、汚れの目立たない墨染めの小袖に、手甲、脚絆(きゃはん)に竹を編んだ網代笠。

 旅の僧侶のような格好をした、六十に届こうかという高齢の、しかしまだまだ元気そうな男性でした。

 

「康長さま。津田宗及どのの茶会でお会いして以来ですか。何故あなたほどの方が」

 

 そこにいたのは、三好康長。長慶さまの父親の弟、叔父に当たる、三好家の一門衆で重鎮です。

 かつて長慶さまが弟の実休と対立した時に、仲裁をしていたりもします。

 

 史実だと、実休を家臣として支え、実休亡き後はその嫡子を支えつつ、長慶さまを助けて。

 長慶さま亡き後は、松永サンと三人衆が対立する中、三人衆側に、というか三人衆の抑えた当主の義継(よしつぐ)に付きました。

 三好家の本拠地、四国の阿波を抑えて、裏から三人衆を支援したのです。

 

 しかし三人衆が色々ヘタを打って、義継とも対立して。それでも押し込めて利用してたけど、義継が自力で脱出

 

 脱出した義継が松永サンの所へ逃げ込んだので、康長さまも松永サン側へと陣営を移しました。

 が、松永サンと上手くやれなかったのか、即行で反目して離脱。

 逆に大和の筒井家と組んで、松永サンの城を攻めたりしています。松永サンは三好家中で、どれだけ人望が無かったんだ。

 

 その後は畿内に襲来した信長さんと戦い、阿波へ逃げたり、摂津へ攻め戻ったりを繰り返しましたが、松永サンの仲介で和睦。

 しかし将軍足利義昭プレゼンツ信長包囲網のイベントに乗っかって、再度信長さんと対立。

 三人衆が逃げたり討ち取られる中、三好一族の中では最後まで抵抗して、降伏。

 

 最後まで戦ったのが逆に良かったのか、許されます。織田陣営に加わって、本願寺との交渉や戦を経て、四国征伐の一員として働く事に。

 四国征伐の総大将は、信長の息子の一人の信孝です。信孝は当時、伊勢の名門の神戸(かんべ)家の養子になっていました。

 

 しかしそろそろ神戸家が用済みになったので、次の養子先として三好家に。康長さまの養子に入って、讃岐を領土として四国を抑えてもらう。

 そのお隣の阿波は、地元民の康長さまが治めて、それに協力。長宗我部家は土佐一国か半国か、滅ぼすかは、まあ、戦の結果次第で。

 信長さんは、そんな計画を立てていたようです。

 

 だが本能寺。

 

 色々と順調に行っていたものを、マジで突然ブチ壊してますよね、本能寺。影響がもう、全国的なんですよ。

 『ああ、時代が変わるな』そう思って、当時の日本全国民でわかる人は皆が備えて、動いていたというのに、突然のひっくり返しですからねえ。

 思っていたよりも罪深いな、明智光秀。

 今世は私のスカウトに乗って朝倉家も足利義昭も裏切って、義昭暗殺のために積極的に手を貸してくれました。

 今頃は朝倉家を出て、京で三好家中であいさつ回りをしている頃でしょうか。

 

 朝倉家に残って、情報を送り続けてもらっても良かったし、決定的な時に裏切って朝倉家に大打撃、というのも考えなくはありませんでしたが。

 その場合、光秀さんは裏切り者という印象が強くなりすぎて、出世に響きますからね。

 そういう後に響く裏切りは、イザという時の一回だけにしておけってマキャベリも言ってましたし、この辺が潮時かなって。

 

 しかし前世でも、今世でも。どう転んでも裏切る宿命なんでしょうかね、あの人は。

 

 そんな救えない話は置いておいて。

 

 話を史実の康長さまに戻しますが、本能寺の結果、四国征伐は立ち消えて信秀の養子入りの話は消えました。

 しかしそれとは別口で、すでに信長さんの生前に、秀吉の甥っ子の治兵衛を養子にしていました。

 

 治兵衛。のちの名前が、秀次です。

 

 ええ。関白にまで出世して、それから身内も関係者もまとめて粛清されちゃった人ですね。

 康長さまは、生年も没年も定かではない人で、死に方も不明です。

 それでも本能寺の時点で70歳は越えていたはずなので、秀次事件の起きる前に寿命が来た可能性もかなり高いです。

 むしろ、そうであって欲しいまであります。あの粛清に巻き込まれての死亡は、とばっちりが過ぎる。

 

 でも本能寺の後も、根来寺を攻める戦に参加したりしてバリバリ元気だったっぽいので、巻き込まれた可能性も割とありますが。

 

 そんな20年先の70代でも元気な康長さまが、50代の今、元気でないわけがありません。

 京から尾張まで。どういうルートで来たのかはわかりませんが、長旅の後だというのに、しっかりと立っていらっしゃいました。

 そしてわざわざ三好家の重鎮が出張してきた理由を、教えてくれました。

 

お前がとうとう天狗の術を使い始めた というウワサが、京にまで流れてきてな。

 お館(長慶)様が不安になって、誰か確かめて来いという話になったのだ」

 

 とうとうってなんだよ。

 世間での私の評価ってどうなってるんですか。

 表に出せないあれこれが多すぎて、というかそれがメインなんで、知名度自体はあまり高くないと思っていたのですが。

 

 えっ、どれ? どれとどれが、どこまで広まってるの?

 

 そう混乱する私を気にもせずに、帰蝶は家に上がって、なにやら軽く家捜しをしていました。

 そして納得したのか一つ頷いて、指を差してこう言いました。

 

「女の痕跡はありませんね。 ヨシ!

 

 ヨシじゃないが。

 なにしに来たんですか、あなたは。

 こればっかりは、どうしたものか困りますねえ。

 

「そこに無造作に置いてあった、この黄色い粉って、毒だったりするの?」

 

「人聞きの悪い。ただの豆の粉(きなこ)ですよ。食べた物は全て血肉や活力となりますが、それは特に筋肉になりやすいのです」

 

 あっ『ふ~ん』とか言いながら味見した。

 ヤバいですね。大豆を石臼で挽いただけだと、食べにくかったので砂糖を入れたのがバレませんかね?

 気付かれたら、持って行かれる気しかしませんよ。

 

 やれやれ全く。『放っておくと勝手に動かれる』という感覚は、こういうものですか。

 うん。怒るよりもむしろ、心配になりますね、これは。ごめんね丹羽様。

 

 でもまた何かやると思います。

 

 アドリブで乗り切らないといけない場面ってあるものなので、仕方が無いのです。

 そうならないよう気をつけるつもりです。でも……

 

 失敗したらゴメンネ。

 

 ガラッ

「うわっ!」

 

 そう心の中で謝ったと同時に、ガラッと引き戸が開けられて、ビックリしました。

 えっ、誰? まさか丹羽様?

 

「良かった、ここで合っていたか。ふたりとも、置いていかないで下さい」

 

 そこにいたのは、越前でお世話になった明智光秀さんでした。

 康長さまに合わせたのか、僧衣の丈を短くした改造服を着て、金剛杖と木の箱を背負っていますね。

 流石に頭をそりあげていませんが、立派な旅の僧侶に見えます。

 

 あれ? 帰蝶は普通に着物を着ていますね?

 

 ここに来る前に、どこかで着替えてきたんでしょうか?

 久しぶりに会う私に対する、心遣いというか女心で、身だしなみを整えてきた… のかな?

 

 ヤバーイ。一切、褒めてねーですよ。

 

 そういえばあの着物、見た事ありませんし。

 赤い生地に鞠などの刺繍の入った小袖と、こちらは家に入ったら脱いでしまいましたが、白い絹の被衣(かつぎ)*1を羽織っていました。

 この時代だとまだ帯が細いですが、後世風に太くしたら、あの黒い帯ももっと映えるでしょう。

 

 ……よし。あとで部屋から移動する時に、そっと近くに行って耳元で『その着物、似合っていますよ』と、ささやきましょう。

 『何も言ってくれなかった』とガッカリしたタイミングでの即座のリカバリー。

 今言っても、タイミングを外していますからね。『今頃気付いたの?』とか言われるよりは、いいでしょう。

 

 さて。それはそうするとして。

 なぜ光秀さんまで尾張に?

 

「出家した高齢者とは言え、男と二人旅はさせられない、と松永弾正様がおっしゃってな」

 

 それで朝倉家を暇乞い(たいしょく)して三好家に仕官(しゅうしょく)したばかりで、まだ仕事が無かった光秀さんが同行させられた、と。

 越前から京まで移動したばかりだったでしょうに、それは大変でしたね。

 そうなると、奥さんは京に残して? ああ、やっぱり。単身赴任ですか。

 

「ですが、そうなると大丈夫ですか?」

 

「うん? 何がかな」

 

 引っ越したばかりで、知り合いも頼れる人もまだいない所へですね。独りだけ残して仕事に出るとかしますとね。

 帰った後の、家での立場とか居心地とかは、大丈夫かなって。

 

「…………つ、妻なら、大丈夫、だ

 

 メッチャ動揺してますよ。

 とりあえず、オススメのお土産を紹介しておきますね。

 長良川の干し鮎と、渥美半島の干し貝と、あと常滑で焼き物で作る飾り物、七宝焼きというのを最近始めました。

 あとは熱田神宮のお守りですね。確か、子宝祈願も作ったはずなので、それを渡せば『お前と子作りしたい』という意思表示になって、夫婦円満ですよ。

 

 え? 言い方に少し違和感がある?

 ああ。だいたい私が手を入れたり、仕掛けたやつなので、そのせいですね。

 ここは私の地元なので、そういうのがあちこちにあるのです。

 

 では、あらためまして。明智殿、康長さま。

 尾張へ、ようこそ。

 

*1
平安時代以後、貴婦人が外出するときに頭からかぶった衣服




小説家になろう より まぁしい 氏 の

二階堂氏の野望? ~モブ武将は生き残るだけで大変なんです~

を推してみる。コーエーの太閤立志伝などで、ひょえ~のイラストの人、と言えばわかる人にはわかる、あの弱小大名に転生しちゃった人が生き残りを頑張る話。全101話。
普通は自国が強大化していく中、途中から方針が地方統一とか、天下統一とかに走るけど、あくまでいち地方大名のまま終わる。首尾一貫。
東北で、信長の十年以上年下で、小領という生まれた場所と時代と家が悪い。
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