いやあ。計算違いというか、こんなはずじゃなかったというか。
よくよく考えてみれば、それもアリというか、当然の一手なんだろうなあ、と思えるのですが。
それでもどーーにも納得がいかない、このモヤモヤしたこの気持ち。
「わかってくれますか、タラオさん」
「多羅尾です。ええ、よくわかりますよ。
いや、タラオで合ってるでしょう? えっ、発音が違う?
タラちゃん+カツオみたいな名前なのが悪いんですよ。それと、意外とあなたも余裕ありますね。
「まあ、オレも戦場はいくつも経験してるんで。ここまでの状態は初めてですが」
タラオさんは、今回の甲賀衆のまとめ役というか、小隊長です。年齢はちょうど五十歳だとか。
私が『足利将軍家の遺産、盗っちゃおうぜ』と持ちかけた事件の、実行犯のうちの主犯です。
つまり、武具を中心に美術品少々。という予定だったのを、調子に乗って目ぼしい物を根こそぎにしたオバカさんです。
それで処理に困って、私に泣き付いてきたのが、付き合いの始まりでしたねえ。
思えばあれから…… あれ? 1年くらいしか経ってないぞ?
だというのに、色々とあったものですね。いや、本当に。
おっと危ない。たまたまいい所へ飛んできましたね。
ですが頭が見えてますよ。矢をつがえて、狙って…… よし、仕留めた。
さて。今私たちがどうなっているのかと言えば、攻め込まれているわけで。
それで計算通りといえば、計算通りなんですが、なんか思ってたんと違ったというか。
投石器でつるべ打ちにしてやれば、長政は先頭に立って、こちらの陣地へと一目散に駆けてくる。
そうなるものだと思っていたんですよ。
あの、退却する長政たちを待ち伏せした、美濃での戦。
あの時、こちらの矢を物ともせずに、兵たちを率いて突撃してきた印象がよほど強かったのでしょう。
てっきり、そうなるものだとばかり思いこんでいました。
でも、そうはならなかったわけで。
いえ、こちらを無視して、美濃勢へ向けて進軍して、こちらの射程から離脱した。とか、そういうわけではありません。
たぶんそれをやろうとすると、数割減った戦力での決戦になりますので、それはそれで好都合でした。
決戦後の、弱った長政を仕留めにいける的な意味で。
投石器の攻撃開始のタイミングも、バッチリでした。
浅井軍の先頭が射程に入ってすぐ。とかじゃなくて、引き返すかどうか判断にすごく迷うくらい引き込んでから、撃ち始めましたし。
結果、長政はちゃんと私の居る松尾山へと、進軍してきてくれました。
では何が計算外だったのかって?
こちらの見える所までやってきた浅井軍が、突撃してくるのではなくて。
大量の 火縄銃 をブッパしてきた事、ですかねえ……
「約束と違う!!」
思わず、そう叫んじゃいましたよ。
「きっと向こうも、そう思っただろうな」
という光秀さんのツッコミが聞こえた気がしましたが、彼はここにいないので、きっと気のせいでしょう。
いや、確かに鉄砲鍛冶の里として有名な、国友村が浅井家の領地にありますから、火縄銃を揃えているのは分かりますよ?
でも長政が部隊としてそれを集団運用して、突撃してこないとか。おかしいじゃないですか。
だって長政ですよ? 突撃してこない長政なんて、解釈違いです。
だから突撃して来ざるを得ないようにしてやりましょう。
鳴かぬなら、鳴かせてみよう不如帰。
「投石器の用意は出来ましたか?」
固定式なので600mほどの距離に飛ばすだけで、そこから遠くへも近くへも調整できない。
左や右に引っ張れば、多少は射角が変えられますが、それだけ。それがこの投石器の仕様です。
ですが引っ張って、真ん中くらいに竹カゴを取り付けて。そこに石をくるんだムシロを入れたなら?
「出来ました!」
「よし放て! あとは連打!」
よし。あとはタラオさんに指示出しは任せて、私は弓に専念しますか。
火縄銃の射程距離は、せいぜい500m。それも弾の届く範囲が、500mです。
今の強化しまくった私の弓は、それを越えます。60mくらいは。
職人さんたちの作った特製の矢を使えば、もうちょっと伸びますが、それは長政用。大事に取っておきましょう。
というわけで、当たらないからと近付いてくる敵銃兵にシューッ!
火縄銃って、撃ったら火の粉が飛びますからね。それで持ってる火薬に引火したらマズいし、普通に熱い。
なので銃を持ってる兵たちって、少しずつ離れて、ポツンと立ってるんですよ。狙い射つでしょう、そりゃあ。
向こうは火縄銃で狙える有効射程距離は、よくて150m。こちらはその倍以上はイケます。
それでも数の差はありますが、それももう少し距離が縮まれば埋まるでしょう。
私の物ほどではなくとも、裂いた竹をよじり合わせて、弦に絹糸を使った戦国後期モデルの弓を、甲賀衆に持たせていますからね。
あと100mかそこら向こうが近付けば、甲賀衆の有効射程圏内です。
さあ、来て下さいよ長政。
横殴りに叩きつける石の雨を抜けて。
私と甲賀衆の射る、矢の雨を越えて。
さあ。
撃つ。射る。叫ぶ。
撃たれる。血しぶきが舞う。
浅井軍の兵たちが地に倒れて、こちらの兵もいくらかは銃弾に倒れて。
そしてとうとう浅井軍からの弓矢も届こうかという距離になって。ようやく私の待ち人は現れました。
「遅かったじゃないですか。ですが、来ましたか」
「来てやったぞ。梃子摺らせおって」
まだ叫ばないと声も聞こえない距離だというのに、不思議と会話が成り立った気がしました。
そしてそのまま長政は、こちらへ馬に乗って駆けてきました。
この関ヶ原の足場の悪い地形で、なおかつここはスソとはいえ山なのに、ここまで乗ってきていたのか。
我ながら、そんな少しズレた関心をしつつ、指示を出しました。
「油壺を飛ばせぇ!」
まずは小手調べ。一騎打ちには、まだ早い。
そちらにはまだ兵が多いですしね。
そうして4つ、5つと長政ひとりを目掛けて飛んで行く、油の入った壷。
それを受けたのは長政ではなく、駆けつけてきたひとりの武将でした。
「ぎゃぁぁぁぁ!!」
油壷には、当然火もつけてありました。
長政の代わりにそれを受け止めたその武将は、生きたまま火達磨になって、身体についた火を消そうと地面を転げ回りました。
しかしそんな事では消えません。火のついた油は、消えにくいのです。
「
長政が二度、叫びました。
一度目は自分を庇った家臣の、悲惨な姿を目の当たりにして。
二度目はその家臣が、首を射抜かれて即死した姿を目撃して。
「おのれ、やってくれたな!」
おそらくは、そんな内容の言葉だったと思います。
まだ離れていたので聞こえませんでしたが、そんな表情をしていました。
ええ。表情が見て取れました。
長政が飛び出して来ていたように、私も陣地を飛び出して、距離を詰めていたからです。
長政への油壷は、私が狙われないため。そちらへと注目を押し付ける、目晦ましでもありました。
海北さんも、いい囮になってくれましたねえ。
その私の役に立ってくれた功績と、先日の宴会で一緒に飲んだ情で、速やかに楽にしてあげました。
『息子さんは歴史に名を残す画家になる』と、宴会で助言しておきましたが、息子さんには伝わっていますかねえ?
史実だと浅井家滅亡後に狩野派に入門しているので、今世だと画家の道に行かない可能性もありそうですが。
まあ、そうなってもかまいませんか。諸行無常、諸行無常。
「長政。これが見えますか? 見えましたか?」
息を吸って、止めて。渾身の力で、弓を引いて、狙いもそこそこに放ちました。
弦の反動を受けた弓が手から飛んで行きそうになるのを握力で留めつつも、そのまま前へと回転させて勢いを逃がしました。
尾張で学んだ、弓返りです。この技と、強化した弓。そこから放たれる、工夫された矢は。
それでも反応して、防ごうとした長政の槍をすり抜けて、腕に当たって。
その腕を貫通した。
「なんだ、今の矢は…… 音が、あとから」
顔が見えているので、唇の動きと合わせて、何を言っているのかわかりました。
この矢は、上手く行った時は音速ほどではありませんが、音に人が反応するより速いですからね。
音が遅れて聞こえてくる、異様に早い矢。そんな奇妙な物には、さすがの長政も所見では対応できなかったのでしょう。
いや、対応はしましたか。
槍で防ごうとしたし、胴体を狙ったのに、腕に当たりましたから。
今回は暗殺仕様ではなくて戦場仕様なので、毒は塗ってありません。
しかも矢の速度を重視して、矢に返しもついておらず、キリのように尖っているだけ。
だからこそ速度とあわせて貫通しましたが、急所でもなければまず即死はしません。
そして最も効果があるだろう、初撃を外してしまいました。
急に襲いかかってきた敗北の予感を振り払って、腰から煙り玉を出して地面に叩き付けました。
そして煙り越しに、事前の位置からの予測と勘で、移動しながらの連射。
煙はすぐに晴れて、射撃の結果、長政は――――健在。
1射が馬の首に当たって、徒歩になったものの、腕以外の怪我はまだ無いようです。
くそっ、強化しすぎた。弓が強すぎて、連射が利かない。
「……行くぞ」
長政が覚悟を決めたのか、こちらへと向かってきました。
しかし走るのではなく、堂々と歩いてきています。
なら私は走って後ろへ距離を取ったら、射撃し放題ですね。
射撃し放題ですね。
射撃し放題、なんですけどねえ。
さすがにそれはダメかなって。
だってほら、私にもありますからね。人の心。
真剣に向き合ってくれた長政に背を向けるのは、人としてダメかなって。
「え~っと、確か……」
『
『小笠原の礼法も良いが、実戦ではいかに早くつがえるかが肝』
尾張での訓練の時の、弓の先生の浅井政貞さんのお言葉です。
見よう見まねで、前世で見た事があった弓道の作法、八節をやろうとした時に、言われたんですよね。
ですが今私はそれに逆らって、足、胴、弦に手をかけ、矢を持って、ゆっくり持ち上げてそこから引いて。そして心と身が一つになるまで集中。
そんな弓道の八節を、いい加減な知識ながらも、極力丁寧に執り行いました。
長政に感化されて、エリを正して、礼に適った行動を取りたくなったからです。
長政は、そんな私を『やれば出来るではないか』と表情で語りながら、
矢が貫通した右腕で普通に槍を持って、変わらずゆっくりとした速度で歩いてきていました。
視線が合いました。
「あっ……」
気付けば、いつの間にか手から離れて飛んでいく矢を、呆然と見ていました。
心がけていたはずの八節の残心など、どこにもなく。
なぜか私は、放った後の矢に手を伸ばして、止めようとしました。
勿論、そんな事はできようはずも無く。
矢は確かに長政の顔を目掛けて飛んで行き――――
「フン!!」
なんか、ふつうに叩き落されました。
「えぇ……」
いや、そこは死んでおいてくださいよ、流れ的に考えて。
こんな時まで、グダグダじゃなくていいんですよ。
『織田家の林、浅井長政を討ち取ったりぃ!!』
って、今まで戦場の内外で多くを討ち取ってきた私の、初めての首名乗りをする予定とかあったんですけど!
いや、ほんとどうするんですかこの空気? この後どっちがどっちを討ち取ってもグダグダじゃないですか。
ああ、もう、ここまで! 今回、ここまで!
総員、撤収!!!
あっれえ? 長政はここで死ぬはずだったのに、なんか力ずくで生き残っちゃったぞ?
この後、久政との交渉という名のバトルが始まって、言いくるめスキルが輝く展開どこ…?
そんな気分を吹き飛ばすため、救いの無いビターな短編を推してみる。わりと古典。
血塗られた老後
このタイトルを検索しただけでも出てきますが、個人サイトにある小説なのでそちらのアドレスも。
ttps://madtaro.x0.com/
このサイトの小説のコーナーの、かなり下の方にあるよ!
近未来。老人を生かしとく余裕は社会に無く。生きる権利は勝ち取らないといけない制度が出来ていた。という、ちょいディストピア。
老人同士で、ヴァーチャル空間で殺し合いをしてもらいます。死んだらデスな。勝ったら、キルした相手の年金がもらえるよ、やったね。
というヤベー世界の老人の主観の物語。