フォーチュン・ライト   作:お じ さ ま

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第十八話 好機は転じて悪気へと変ずる

 

 深い霧の中を抜けたサイト達一行は、目的地である祠のある洞窟へと辿り着いていた。

 洞窟内にも広がる霧に顔を嫌そうにしながら、サイトは暗い内部を見回していく。

 

 霧に隠れつつも仄かに光を灯す燭台の炎で、辛うじて視界は確保できそうだが気休め程度。

 内部の広さは把握が難しいが、遠くに炎の光が見える為に多少戦闘で激しく動いても問題は無いぐらいの空間を感じさせる。

 

 そして、洞窟に入ってから常に感じる底知れない嫌悪感。

 地肌から毛先にかけてぞわぞわとした感覚が押し寄せ、フードを被っている為にたたんでいる耳をピンと立てたくなるほどにサイトの警戒心を強まらせる。

 その原因は洞窟の奥底……恐らく祠が祀られているであろう場所から発せられており、アゲハやランスも不快感を顔に出す。

 

 しかし一人だけは、明確に違った表情を露わにしていた。

 それは――――覚悟を示していて。

 

「サーペン君、大丈夫?」

 

 いつもの調子で、アゲハはそんな彼に声をかける。

 サーペンはそのアゲハの問いに、落ち着いた様子で答えた。

 

「……大丈夫だ」

 

 微妙な様子の変化を見せる彼に、アゲハは明るい調子で声をかけていく。

 

「そっか。でも、調子が悪かったらすぐに言うんだよ?」

 

 サーペン君はそういう事すぐに誤魔化すから、と彼女は付け足す。

 昔から知っている間柄だからこその言葉、思いやりであろうか。

 そんな気持ちが今のサーペンに届いているかは分からないが、それでもアゲハは彼に寄り添おうとしている。

 

 サーペンという人物は、少し観察してその人となりがある程度分かるぐらいには人柄を理解しやすい。

 ここに来る道中の行動でも、それは顕著で。

 先導して周囲に気を配りながら洞窟まで案内してくれていたし、穏やか。

 真面目で、頼りになるような人。

 

 そんな彼を、救わねば。

 

 そう決意するサイトの隣で、ランスがボソリと呟く。

 

「魂の色が、淀んでいるな」

 

 先程から変わらない、冷静そのものな顔を少し歪めた彼の言葉に、サイトは訝しむように眉根を寄せる。

 言葉の意味を考えるよりも、先に。

 

「……やるぞ」

 

 不意に。

 そう自分に言い聞かせるように声を出したのは、サーペンで。

 サイト達と距離を取るように、奥へと歩き出し。

 少しして、立ち止まると。

 彼は自身が腰に下げている剣をゆっくり引き抜くと、振り返ってサイト達に構えた。

 

 だが、三人は動揺を見せない。

 既に分かっているからだ。

 しかし、サーペンも警戒を見せる三人に対して特に驚いた様子もなく、その海のように深い青の瞳で彼らを見据えながら口を開いていく。

 

「流石は勇者だな。俺が厄者に取り憑かれている事に気付いていたとは」

「サーペンさん。大人しくしてくれませんか? 貴方を傷つけたくないです」

「ははっ、冗談だろ? 村をここまで混乱させた悪党風情に、何で情けをかけている?」

 

 出来るなら、戦わない方がいい。

 そう考えたサイトの言葉は一蹴された。

 最早、対話は意味を為さない。

 

 各々が、覚醒石(デザイアギット)を発動させてその姿を変化させていく。

 

 幻想、荘厳、勇猛。

 

 その言葉を表すような服装を身に纏っていく、勇者達。

 光る線が彼らの身体中を辿り、巡っていく。

 サーペンはそんな彼らの姿を見ても、怯むことは無い。

 既に覚悟を決めているからだろうか。

 彼はサイト達を睨みつけながら、声高々に宣言する。

 

「さぁ、勇者達よ。この俺を、人類の敵を打ち倒してみるがいい!」

 

 叫びと共に、周囲の霧に黒々とした何かが生み出される。

 サイト達が認識したそれは、人ではない何か。

 手足が異常に長く、その先に付いている爪は刃物と見間違う程の鋭さを持っている。

 身体は不気味な程に瘦せ細り、およそ生き物の持つ体躯ではない。

 首の部分からは靄の様な物が溢れ出ている、その容姿は。

 紛れようもなく。

 

怪物(クリーチャー)

 

 サイト達の思考は、一致した。

 それと同時に、怪物は一斉に彼らへ襲い掛かる。

 サイトは迎撃しようと剣を構え、風で薙ぎ払おうとしたが。

 

 ――――冷気が、突如として彼の全身を震わせた。

 

 驚き、冷気の出現先に目を向けるとそこには……氷晶を身に纏うランスの姿がそこにいた。

 彼の手には、独自の言語らしき紋様が施された透き通る様な氷を思わせる柄と先端の穂先が特徴的な美しい槍が握られており、神秘的で。

 口元から白い息を吐きながら、彼は呟く。

 

「『凍えよ、邪悪なる魂よ(ヤーターヴァ・パハヘンキ)』」

 

 彼が紡いだ言の葉と共に、周囲に吹雪が吹き荒れる。

 それは迫りくる怪物達への攻撃。

 否、最早その光景は蹂躙に近いだろう。

 何故なら、怪物達は抵抗すら出来ず。

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 瞬きの間に、サーペンが出現させたであろう怪物は悉く氷漬けにされ砕け散った。

 その光景はサーペンのみならず、サイトとアゲハでさえも驚愕する程の強大な力。

 

 だが、サーペンは諦めない。

 すぐに新たな怪物を生み出すと、またサイト達へと向かわせる。

 呆けているサイトにランスは素早く指示を出す。

 

「サイト。俺が怪物を凍らせている間にお前はサーペンに近づいて動きを鈍らせてくれ。どんな方法でも構わない。その瞬間に俺がケリをつける」

 

 その指示にサイトは頷く。

 次いで、アゲハにも指示を飛ばす。

 

「アゲハ、お前は幻覚への警戒と対策を。お前の力は聞いている。頼んだぞ」

「う、うん! まっかせなさい!」

 

 話している間にもランスは多くの怪物を次々に氷漬けにしていく。

 その隙にサイトは覚醒石の力を発動させてサーペンへと近づく。

 距離を瞬時に詰めてきたサイトにサーペンは顔を歪ませる。

 迎撃をしようと剣を振るうが、サイトはその剣筋を見切り避ける。

 

 そしてサイトはその場で回転し――――後ろ蹴りをサーペンの腹部に喰らわせた。

 

 鎧の上からとはいえ、覚醒石による身体能力の向上に加えて、獣族。

 それも脚力が並外れている兎種の一撃は。

 人族のサーペンが受けるにはあまりにも重い威力を有していた。

 鎧の腹部部分が凹みサーペンは思わず地に膝をついてしまう。

 

 その瞬間をランスは逃さない。

 地を這わせる様に氷の柱をサーペンへと生み出して彼を拘束しようとする。

 サイトは氷から回避する為に横へと飛び退いた。

 氷はサーペンの身体を覆いつくし――――やがて、顔以外の全てを氷漬けにしていく。

 

 あっさりと拘束は完了した。

 

 怪物達も姿が霧散し、跡形もなく消えていく。

 霧が晴れない中、ランスとアゲハも様子を伺いながらサーペンへと近づいてくる。

 

「ふぅう……後はマナギルド長の仕事だな」

 

 白い息を吐きながら話すランスの内容に、サーペンは疑問を抱いたようで。

 体が冷え、声が震えている状況でその疑問を口にしていく。

 

「どういう、事だ? 俺ごと、厄者を殺すんじゃ、ないのか?」

「……マナギルド長は、お前を助ける為に今回の作戦を計画していた。それだけの事だ」

「なっ……駄目、だ。それじゃ、駄目だ! 俺を今すぐに、殺せ!」

 

 慌てふためくような彼の様子に、サイトが会話に混ざる。

 

「サーペンさん。貴方が言っていた、悩みの種の意味。それって、貴方自身の事だったんじゃないですか?」

 

 サイトの言葉に、サーペンは初めて大きな動揺を見せた。

 アゲハは少し驚くように表情を変え、ランスは腕を組みながら喉を唸らせる。

 やがて観念したかのように。

 サーペンは乾いた笑いを起こしながら、サイトに返答する。

 

「ご明察、だ。俺は……レオンにとって邪魔にしかなっていない。言い換えるなら、重荷だな」

 

 自嘲気味に、彼は話を続けていく。

 

「アイツが覚醒石に目覚めて、俺もその内にと思っていたんだがな。全くその兆しもなく、アイツに差をつけられていくばかりで。いつしか俺は、アイツの隣に並べるような存在じゃなくなっていたんだよ」

「……サーペン君」

「だから、今回の件は寧ろ、良いことだと思ったよ。俺が厄者を封じ込めている間に、勇者(貴方達)の手で俺を殺す。そうすれば、厄者が封印できるし……レオンにとっての、悩みの種である俺も消える。一石二鳥だ」

 

 彼の抱える悩みは、自信の喪失から来る苦しみ。

 他人ではどう足掻いても共感が難しい、孤独な悲しみ。

 アゲハとランスは、言い淀む。

 下手な共感が慰めにならない事を、彼らは理解してしまっているから。

 だから、口を挟まない。

 

 ――――しかし、サイトだけは。

 

「良い事な訳、無いだろっ!」

 

 大きく、大きく怒号を響かせた。

 驚くサーペンはサイトを見る。

 その顔は悲痛な面持ち、そのもので。

 理解が出来ずに困惑の色を強める彼に、サイトは構わず想いをぶつけていく。

 

「そうやって、あんたはレオンに何も告げずに死ぬつもりだったのかよ!? そんな事をしたら……残された奴は、ずっと後悔したまま生きていくんだぞ!」

「……それは」

「サーペンさん。絶対にあんたを助けるから。そんで、ちゃんとレオンと話をしてくれ」

 

 サイトが言い終えた後、静寂が辺りを包む。

 しかし、サーペンはその言葉に答えない。

 

 時間が、過ぎていく。

 

 ――――過ぎ去って。

 ――――過ぎ去って。

 

 違和感にいち早く気付いたのは、ランス。

 彼は眉根を寄せながら、口にする。

 

「何も、起こらない?」

 

 それは、つまり。

 マナ達がこの状況を、把握出来ていない可能性が出てきたのだ。

 ミサンガから自分達の様子を見て、タイミング良く結界石の力をサーペンにぶつけるという作戦を忘れるなどあり得ない筈。

 あの場にはマナ以外にも、ソウジやライアにゼーエン。

 それに、レオンもいる。

 救け出したい存在を放置するなど、そんな事がある筈ない。

 ――――そう、思案していた時。

 

「――――がっ、あっぁぁああぁぁあああぁぁぁぁ!!!!!?????」

 

 途端、サーペンが血を吐くのではないかと錯覚する程の、叫び声をあげた。

 先程の様子からは想像もつけられない程の苦しみ様に、サイトは目を見開く。

 すると、ランスは槍を手に出現させ――――サーペンへと構えた。

 同時に尋常ならざる程の殺気を携えて。

 

 これをサイトは、知っている。

 人を殺す際の。

 覚悟を決めた者が放つ、戦士の証。

 

「――――ランスさん、待って!」

「待たん! あちらに問題が起きて作戦が崩れたと確認した以上、最優先すべきは厄者を殺し封印する事だ!」

「でも、それでも待っ」

 

 僅かな隙間。

 刹那の好機。

 それらを見逃してしまえば。

 脅威が立ちはだかるのは、自然な事で。

 

 サーペンを覆っていた氷が煙を出して溶け始める。

 そして……彼を守るように怪物が現れて、サイトとランスのみをその細腕で勢いよく吹き飛ばした。

 

「ぐっ!?」

 

 吹き飛ばされるサイトとランス。

 

「二人共!? ――――っ、この気配は!」

 

 アゲハは思わず、サーペンから距離を取った。

 気配の正体を察知したから。

 五十年前にも味わった、纏わりつくような気持ちの悪い感覚。

 そう、コイツは。

 

「あーあーあー。ザンネンだったねぇ、全く本当に! すぐにサーペン君を殺してしまえば、後はどうとでもなったというのに……可哀想なサーペン君。彼の心は奥の奥の奥深くに封じ込められてしまったぁ!」

 

 サーペンの姿、サーペンの声。

 にも関わらず、口調も声の抑揚も雰囲気も。

 何もかもが、彼とは別物。

 アゲハは眼前の別人を睨みつけると、怒りを滲ませた声色で名を呼んだ。

 

「厄者、アンチっ!」

 

 そう呼ばれた存在は、サーペンがおよそしないであろう下卑た笑みを顔に浮かべながら。

 芝居がかった仰々しい動きを見せて。

 声高々に、返事をする。

 

「どーもエルフ族の女君よ。僕の名前はアンチ。君達の様な愚かで浅ましい人類を滅ぼす……厄者だとも!」

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