一日が経ち、体の調子がある程度元に戻ったサイトは、フードを被り目的地に向かう道すがら村を見回っていた。
そうする中で彼は、確かに以前の時と比べれば格段に活気づいていると感じている。
野菜や果物といった食料の売買、骨董品の店等による客寄せ。
一座らしき者達の曲芸の披露による、痛快無比などんちゃん騒ぎ。
他の街と比べても遜色の無いぐらいには賑わっているのだ。
これが本来のボーデンの姿なのかと、サイトは一人歩きながら心の中で頷いた。
そんな中、ハヤテがサイトへと話しかける。
『ふむ、中々の賑わい。ボーデンは不思議なところだな、サイト。村という閉塞的とも言える空間で、様々な者達が集まり喜色満面としている』
「そうだな。
『あぁ、確かにな。先まで厄者に襲われていたとされているにも関わらず、こうしてまたすぐに交流が再開されているのは、マナ達の普段の行いが故、とも取れる。こんな時代では、他者との繋がりはより大切であろうし、な』
そう二人は考察して話していく。
厄者が世界の人々を脅かして襲いくるというのなら、それに対抗すべく人々が結束していかなければならないのは自明の理。
何処かが厄者に襲われてしまったら、そこへ助けに向かう。
逆にまた別の所が襲われれば、助け返す。
持ちつ持たれつな関係を維持していくことがとても大切な事であるのは、人々が共通で認識している事だ。
しかし、そんな中であっても。
恐怖というものは人の思考を鈍らせ、凶悪なモノへと変貌させる事もある。
フードを被っていても、サイトの耳には聴こえてくる。
人々の恨みつらみの声が、小さく。
「あのサーペンが厄者に操られてたんですって。本当にあの子は、余計な事をして迷惑をかけるんだから」
「厄者は人の嫌な気持ちを力に変えるって話も聞いたわよ? だったら、サーペンの心が醜かったから厄者もあれだけの恐ろしい力を出せてたんじゃない?」
「勇者でも何でもない奴が出しゃばるからあぁなったんだ。クソッ、苛つくぜ」
理不尽、不条理、筋違い。
事のあらましを知っているサイトからすれば、それらの言葉はどれもこれもが納得できるものではない。
今すぐにでも訂正をしたい、それは違うと言ってやりたい。
その気持ちを抱え、拳を握りしめながらもサイトは敢えてそれらの言葉を無視して歩いていく。
彼には会いたい人がいた。それは――――。
――――――――――――――――――――――――――――
「ランスさん」
魂眠る墓所、そこで手を合わせて祈る獣龍種の彼に、サイトは声を掛ける。
声に反応し、彼は目線をサイトへと向ける。
「サイトか。お前、傷はもう平気なのか?」
「うん。だいぶ良くなったよ。ランスさんは……今、何をやってたの?」
「……ちょっとした祈りを、な。厄者によって奪われた命に対しての、ささやかな黙祷をしていた」
そう話すランスの目は、とても穏やかに見えて。
サイトはフードの中で畳んでいる耳を軽く動かしながら、自身も墓の近くまで近づくと。
そのまま手を合わせて目を閉じ、少し俯きながら祈りを捧げる。
そんなサイトの姿を、ランスはジッと緑色の目で見つめていた。
サイトが黙祷を終えた時に、ランスから声が
かかる。
「サイト。お前について気になっていた事があるんだが……尋ねてもいいか? 失礼を、承知で」
「失礼になることが、前提? ……一応、そう思った理由だけ聞かせてくれますか?」
「あぁ。お前や、他の一部の者にはまだ話していなかったが……俺は他者の魂を視覚的に視ることが出来るんだ。例えとして、赤色に視えるとかそんな感じでな」
ランスの言葉に、サイトは目を丸くして驚いた。
その様な能力、自身の経験してきた出来事や人物でも聞いたことがない。
ランスはそのまま話を続けていく。
「その色によって、性格や趣向等も把握出来る。だが何よりこの能力の恐ろしい所は……そんな他者の体験してきた過去すらも、視えてしまう事なんだ」
「過去も……つまりランスさん。貴方は僕の事を、既に知ってしまったという事、ですね?」
「そうだ。それで、最初の話に戻るんだ。お前の事……サイトという兄に代わって、自分が兄の名を騙り活動している事。そしてそれが、罪滅ぼしになると思っている事。俺は何故、お前がそうまでして戦う道を選んだのかを知りたいんだ」
純粋な疑問。
ただ知りたがっているだけなのだと、サイトはそこではっきりと理解した。
だからこそ、サイトは答える。
思うがままに、自分の思っている事を伝えていく。
「それが
「……それが、お前の思っている本心か?」
「そう、だよ。これが俺の本心、そして願い。俺はこれからもずっと、この想いを抱えて生きていく。そう、決めてる」
サイトはそう言った。それこそが、自分に成し遂げなければならない真実だとでもいうように。
その答えに対しランスは……緑色の目を一層細めていく。
その目はサイトの事を捉えて離さない。今も尚、見定めるかのようにサイトを見つめていく。
サイトは思わず喉を鳴らしてしまう。緊張が自分を支配するのが伝わってくる。
数秒、そうした視線を浴びせられた後。ランスは一つため息を吐くと、サイトへと話しかけた。
「お前もまだ、
「……えっ? それって、どういう?」
「すまないが、その答えはお前自身が見つけるべきだ。俺はお前の事がしっかり視えている。その言葉の意味は、お前なら分かるな?」
ランスはどこか必死になりながらも、サイトへと語っていく。
「つまりだ。お前はまだ答えを得ていない旅人で、成長途中なんだ。だから……諦めず、恐れずに前を向いていく努力をしてくれ。そうすればお前は、必ずなりたい自分になれるはずだから」
「ランス、さん」
「……すまない、熱くなりすぎた。が、伝えたい事は伝えた。後はお前が、どうしていきたいかだ」
その言葉を残して、ランスは墓地から去っていった。
サイトは感じ取る。彼自身も抱えているであろう悩みを。
しかし、それらを持っていても彼はサイトを助けようとしてくれた。
どうして、何故?
その答えは……今のサイトにはまだ、分からない――――。
――――――――――――――――――――――――――――
更に一日が経過した、翌朝。
マナから報告があったサイトとソウジは、とあるところへと向かう為に廊下を進んでいた。
レオンが眠っている病室、そこはギルドの中で奥の方に存在する部屋。
厳重な警戒態勢の中でレオンは治療をずっと受けていて、今朝方に目を覚ましたそうなのだ。
早足で向かうサイトを、ソウジは嗜める。
「おいおいサイト落ち着けって。んな急がなくても、レオンは何処にも行きゃしねぇよ」
「そう言われても、心配なんだから仕方ないだろ! ……早く姿を見たいんだよ。それで、お礼を言いたいんだ」
「……気持ちは分かる。けど、変にそんな焦った姿を見せても、レオンを困らせちまうかもしんないぜ? 一旦落ち着いて、ゆっくり行こう。な?」
ソウジはサイトの肩に手を置いて、そう説得する。
聞いたサイトは、言われた通り落ち着くための深呼吸を挟んでいく。
そんな二人の元に、ある人物が近づいてくる。
「お前たちも来たのか」
ランスだ。
彼はいつもの道着とは違った薄緑の布服を着用しているが、それでも他の者とは違ったオーラを感じさせる。
そんな彼に、サイトは気軽な挨拶を返していく。
「ランスさん、おはよう。ランスさんもレオンの様子を見に来たの?」
「あぁ、そうだ。魂についた傷の様子を確認してほしい、と言われてな。傷がある程度治っていれば俺なら処置を出来るから、それも含めて」
「ほぉ、あんたそんな事が出来るのか。人の魂を見るってーと、考えてることとかも分かるのか?」
ソウジは雑談を交えて、そんな質問をランスへと尋ねた。
一瞬の目配せ、二人の間に火花が散ったような錯覚をサイトは感じる。
が、そんな剣呑さもすぐになくなり、ソウジは人の良さそうな笑みを浮かべた。
「まっ、何にせよ俺らもレオンの様子を見てぇからよ。取り敢えず話は後で――――」
ソウジはそうして話を区切ろうとして、ランスから離れようとする。
が、しかし。
「いや待て。ソウジ、お前とは一度話をしたいと思っていた。先の様子から察するに、サイトと違ってそれ程焦ってはいないのだろう? であれば、ここで俺と立ち話をしても良いだろう」
「……あー、まぁ、そうだな。じゃ、サイト。先行っとけ。俺も後で行くから」
「………………なーんか怪しいけど、分かった。先に行ってるから、すぐに追いついてよ!」
引き留めたランスによって、ソウジはその場に留まる事になった。
遠くなるサイトの背中を眺めるソウジに、ランスは軽く一息を吐いて口火を切った。
「口裏を合わせてくれて、感謝する。話したいのは事実だったが、あまりにも引き留め方が下手くそで内心頭を抱えてしまっていた」
「ははっ……あんた、結構突っ走りやすいんだな。でも、感謝するのは俺もだよ。あんたに聞きたいことがあったのは俺の方なんだから」
「やはり、か。で、何を聞きたいんだ?」
鮮やかな緑の眼を向けながら、ランスは問う。
そんな彼に、ソウジは海の底のように深い蒼の目で見つめ返しながら、返答する。
「サイトの事について、何か知ってないかと思ってさ。ほら、あんたはアンチを倒す為にサイトと一緒に行動してただろ? あいつの趣味趣向みてぇな、こう、とにかく何か知ってないかなーと」
ソウジは頭の裏を手でかきながら、そう話した。
困ったように、けれど真剣なその様子を見たランスはふむと一つ声を出すと、顎に手を添えて質問に答える。
「知っているかいないかで言えば、知っている。だが、それを教える事は出来ない。得た情報は全て俺が勝手に読み取ったものだから、不用意に他者へと言いふらす様な真似はしたくないんだ」
「そっ、か。いや、確かにそうだよな。わりぃ、不躾な事を聞いちまった。あいつの事を知るんなら、俺からもっと歩み寄って行かなきゃな」
「……だがまぁ、一つだけ言えることはあるぞ」
ランスは静かに、そう言った。
ソウジは耳をピクリと動かして反応する。
何を言うのかと自然と身構えている状況で、ランスは厳かに告げる。
「サイトから目を離さない事だ。奴は今、吹雪の中をただひたすらに迷い彷徨っている状況で、酷く苦しんでいる。そんなあいつの為の道標を作ってあげてくれ」
それは、サイトの危険性を暗に伝える言葉。
そして同時に、ソウジの中で湧き起こっていた疑念や不安が確信へと至ってしまう。
――――やっぱりあいつは、何かを隠して抱え込みすぎてるんだ。
心の中で、そう呟くソウジ。
彼はランスの言葉を受け止め、その両目でしっかりと見つめると。
「任せとけ。俺が、あいつの道標になってやる。あいつが気兼ねなく頼れて、安心できるような……そんな兄貴分に」
――――――――――――――――――――――――――――
レオンがいる部屋の扉を開け、サイトは中へと入っていく。
少し歩くと、すぐにレオンの姿が見えた。
想像していたよりも、ずっと元気な姿で。
「んっ? おぉ、サイトじゃねぇか! お前も見舞いに来てくれたんだなー!」
ベッドに寝てはいるが、上体を起こして何やら皿に盛り付けられた林檎のすり身らしき物を食べているレオン。
体中に包帯が巻かれてはいるが、それでも先に聞いていた様な呪いに蝕まれている様子は皆無に等しい。
呆けている彼に、近くで椅子に座り何かを紙に書き留めていたマナが声をかける。
「サイト君、おはよう。ご覧の通り、レオンはとんでもない回復力を見せつけてくれたよー。もう心配なんて、ぜんっぜんいらないぐらいに」
「おぉおぉ酷い言いようだぜ。……でもまぁ、マナの言う通りだよ。後遺症とかも無く普通に動けるし、体調もすこぶる調子がいいんだ」
「そ、れは……理由とか、分かってたりするの?」
サイトの狼狽えながらの疑問に、マナが答える。
「まだ推察の域を出ないけど、原因はレオンの持つ
それらの説明が腑に落ちたサイトは、大きな溜め息を一つ零して顔を下に向けていき。
やがて吐き出しきった後に顔を上げると、ニカッと笑みを浮かべていく。
「とりあえず良かったよ! それと……ありがとう、レオン。君のお陰で、アンチを倒してサーペンさんを救えた」
「いや、寧ろ助けられたのは俺の方だよ。お前があの時に言葉をかけてくれたから、俺はこうしてここにいる。俺の方こそ、ありがとな」
二人の間に、和やかな雰囲気が漂う。
新たに育まれた友情、その絆。
確かにそこに生まれた希望の芽吹きに、マナは心穏やかに微笑んでいく。
と、彼女はふとある事を思い出したのか小さく声を出すと。
「サイト君、貴方に渡したミサンガなんだけど、預からせてもらえないかな? 貴方が戦ったアンチの性質を詳しく知る為に、ミサンガに蓄積させた情報を収集したいからさ」
そう言った。
サイトはその言葉に従い、マナにミサンガを手渡す。
受け取りマナは「ありがとう」と言った後、更に言葉を続け。
「じゃあ、私はそろそろお暇するけど……レオン、くれぐれも
そんな一言を添えて、マナは一通りの書類を纏めると部屋から出ていった。
後に残るのは、
サイトが何を話せばよいかと腕を組んで思案していると、レオンの方から声がかかった。
「なぁ、サイト。今から、ちょいとお願いがあるんだが――――」
――――――――――――――――――――――――――――
暗い、暗い地下の底。
ジメジメとした空気が漂う陰鬱な牢の中に、サーペンはいた。
治療は施され、後は聖ドゥケレ騎士団にアヴァルへと連れて行かれるのみ。
罪を裁かれ、そしてその命をひたすらに罰として費やしていくのみだと彼は思っている。
――――本当に、馬鹿な事をしてしまっていたな。
あの日、本来ならやってはならない見回りをしてしまった。
何か、得体の知れない悍ましいモノの気配がしたから。
行かなければならないと、思った。
そしてあわよくば、それらの原因を取り除ければ……功績として認められ、自身の価値が上がると思ったのだ。
だが、結果はどうだ?
村の皆を危険に晒し、他のギルドの勇者達を出張らせて迷惑をかける始末。
死人だって出たし、何よりは知り合いであるアゲハにも危害を及ぼしてしまった。
それはアンチのやった事だ、と思う者もいるかもしれない。
しかし、しかし。
俺は俺を、赦すことが出来な――――
「なーに一人で縮こまってんだよ、まったく」
声が、聴こえた。
そんな筈は無いと、牢の外に目を凝らしてみるとそこには。
「よっ、数日ぶりだな」
何故、どうしてと問う様な視線を向けるサーペンへ応えるように、彼は口を開く。
「本来なら、外に出るのはまだ駄目だって言われてるんだけど……ある奴に頼んでな。今は俺の代わりに、病室のベッドにいてもらってる」
違う、違う。
サーペンは首を横に振る。
聞きたいのはそれじゃない、そんな事では。
震える喉から引き絞って、彼は言葉を零していく。
「何、で……何で、来たんだよお前? 俺みたいな、罪人に……最低で、最悪な事をしたクズ野郎に、何の用があって!」
会う資格など無いと思っていた。
今でも、その気持ちは変わっていない。
相応しくないと思っている、あぁ、相応しくないと。
しかし、レオンは。
「何でだよ。今回のも、ちょっと拗れすぎた喧嘩みたいなもんだろ? ……お前は昔っから、気にしすぎる
そう、言ってのける。
あぁ……何で、何で!
「止めてくれよ……頼むから、もう。俺なんかは、放っておいてくれ。もう、俺なんかが、お前の隣に並べられる訳が無い。お前の親友なんて、名乗れないんだ」
「……俺もさ、思ってたよ。俺がサーペンの親友なんか名乗れないって。けど、違う。俺達は今もずっと、親友だよ。そんでさ、それが拗れた原因も分かってる」
「……何だよ。それは」
青の瞳には、影が落ちたまま。
そんなサーペンに、レオンは一つ深呼吸を挟むと……思い切る。
「俺達、話せてなかっただろ? 仕事とか、そういう類いの話じゃなくて、もっとこう、日常的な話をさ。何が好きかとか、何が楽しいとか。そんな、他愛ない話」
「………………」
「
牢の柱に、拳をつけるレオン。
そう、これは。
子供の頃からの習慣だった、拳合わせだ。
嬉しかったり、良かったと思えたりする時に示し合わす友情の証。
――――ほんっとうに、お前は。
「……俺もだ、レオン。今後とも、よろしく頼む」
「おう、こちらこそだ、サーペン。んじゃあ、早速だけど。近くの森に開けた場所があっただろ? そこに――――」
絆は、消えない。
繋がりあい、深めあった絆は。
そう簡単に綻んだりは、しないのだ。