放たれた芯技で、周囲の白き雪粒が
漆黒の、黒世界。そう呼称するのが相応しいほどの、黒く悍ましいその光景にサイトは目を見開いて驚く。
その黒雪は、そのままダハーカの下へと集まり群をなした。そして、手に握った槍で黒雪をサイトへと促し――――襲いかからせる。
直感で。危険だと判断したサイトは風の剣を振るって暴風を起こし、その黒雪を吹き飛ばして消失させようと試みる。
しかし完全には消し去れず、黒雪がサイトの風の剣に触れる。
すると――――剣がたちまちに凍り付いていく。その氷はサイトの腕にまで到達しそうになり、咄嗟にサイトは剣を手放し、横方向へ回避した。
氷に覆われた剣は、粉々に砕け散る。
その力を表すのならば、破壊の氷であろうか。全てを凍てつかせ、粉々に砕け散らせる殺意の氷雪。
――――こんなの、触れただけで終わっちまうじゃないか。っくそ!
歯噛みしながらも、サイトは風の剣を再度生み出して構え直す。
しかし、その身体は微かに震えていた。明確な殺意と、圧倒的な力を目の当たりにしてしまい、無意識に恐怖しているのだろうか。
どうにか睨みつけることは出来るが、それでも震えは止まらない。
「恐れ慄け。貴様に待ち受けるのは――――極寒の中で砕け散る恐怖、ただそれだけだ!」
ダハーカが再度槍をサイトへと示し、黒雪はそれに従うようにして迫っていく。
このまま何も成せずに凍らされる――――かに思われたが。
サイトの周囲を、氷の障壁が覆った。黒雪がその障壁に黒い染みを作り出し粉砕させようとするが、障壁は抗うかのように何度も氷を生み出しては壁を作り出す。
「っ、これは!」
「……お前の言葉には、いつも心を奮い立たせられるな。そうだ。俺もお前のように、兄さんに言いたいことが山程ある」
「ランスさん!」
ランスが、サイトの隣に立ち並ぶ。
彼の周囲からも、白雪が吹き荒れている。それはサイトを守るようにして舞い散っており、襲い来る黒雪と衝突して相殺されていっている。
共に獣龍という存在で、似たような力を扱っているが――――その性質は、今の現状を見れば真逆と言って差し支えないものである。
〈破壊〉と〈守護〉。相反した二つの性質は、互いに牽制し合うようにしてぶつかり合い、乱れ舞う。
そんな攻防の最中、ランスの方から口を開いていった。
「兄さん。いや、今はダハーカと呼ぶべきなのだろうな。あんたに宣言しておくことがある」
力強く、真正面から向き合って。ランスはその様な言葉を口にした。
訝しみ、ダハーカは眉根を寄せてその言葉に返答する。
「……無駄な事をするな。諦めて、我に全てを委ね――――」
「俺はあんたを、ダハーカを
「っ!?」
救う、と。
ただそれだけを想い、教えられてきた信条を口にするランス。
宣言された〈対話〉という言葉に、ダハーカは唖然としてしまう。
理解が出来ない、とでも言いたげなその表情にランスは続けてニッと挑発的な笑みを浮かべて。
「だから、覚悟しておけ。これから俺は――――限界を、越える!」
その言葉と共に――――ランスの右胸から朱い光が溢れ出した。
眩く心地よい、聖の波動を感じさせるその輝きはランスの覚醒石の力をより高まらせていく。
衣装も変化していき、元の道着の様な服は白銀に染め上げられ。神々しくも霊験あらたかな帯が彼の周囲に漂い、清らかな印象を持たせる。
「……ランスさん」
そんな彼の見たサイトの中に、勇気が湧いて。
――――そして、吹雪が。絶え間なく起こり続ける雪の嵐は、その勢いを増していき。ダハーカの展開した黒世界を、一瞬にして銀世界へと染め上げていった。
ランスは槍の切っ先を上部へと向けながら構え、声高々に詠唱を唱えていく。
「『
銀世界の全てが、ランスの槍の切っ先その一点に収束していく。
ただならぬオーラに、ダハーカは自身の周囲にまた黒雪を生成するとそれらをランスへと打ち出していく。
しかし、それは荒々しき豪風によって防がれた。サイトによる全力の守護。ダハーカは一つ大きな舌打ちを零すと、その守護を行ったサイトに向かって黒雪を射出すると同時に、自身も床を足で踏み抜いて瞬時に接近していく。
サイトはその黒雪をまた剣で風を起こす事により防ぎ、そしてダハーカの渾身の槍による刺突を剣で受け止めた。
鍔迫り合いが起こる中で、ダハーカは不愉快だと言わんばかりに叫ぶ。
「
「退くもんか! ここで退くわけには……いかない!」
「っ……ぬぅおぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
皺を寄せた鼻先から読み取れる憤怒の感情に圧されても、サイトは退かない。
一進一退の攻防、そしてその攻防はすぐに終結することとなる。
ランスが、ダハーカへとその槍の切っ先を向けるのと同時に。
「サイトぉ!!!!!」
喉から張り裂けんばかりに呼びかける。
それにサイトは応じ、瞬時にダハーカの槍を弾き返してその態勢を崩した。
そして、サイトが横へ飛んで避けるのと同時に――――一気にその力を、解放する。
「『
光雪、燦々と輝ける雪の粉が勢いよく槍の先端から噴流されていく。
その光の濁流にダハーカは飲まれ、抗う。
屈してなるものかと、ここで倒れてなるものかと。
しかし、そうダハーカが思ってしまうような痛みが、彼に襲いかかることはなかった。
それどころか、彼の内にはある感情が満たされていっている。
「〜〜〜〜!? なん、だ? この、暖かな感情は!? これは、まるで――――」
抱き寄せられる感覚。自分を暖めるようにして、優しく優しく抱擁されるその感覚は、まるで母の如き慈しみを感じさせた。
信じられない、と考えるよりも先に、心が直感で理解した。
これは、これこそは。
――――あぁ、そうか。これがお主の
光の濁流が止んだ時、ダハーカは立ち尽くしていた。
戦意がなくなったのか、はたまた何かを考え込んでいるのかが分からない為に、サイトは構える。
そんな彼に反して、ダハーカは。
「くっ、はは、ははははははははは!」
高らかに、穏やかな笑い声を発していく。
キョトンとするサイトと真顔な表情のランスに対し、そのままダハーカは口を開いた。
「まさか、お主に気付かされるとは思わなんだよ。成長したな、ランス」
「……ハスタ、兄さん」
悔やむように、言葉は紡がれていき。和解が、成されようとしている。
「我は……間違っていたのだな。向けるべき矛を見誤り、そして大きな罪を犯してしまっていた。この罪は、我の一生をかけてでも払っていくとしよう。だがその前に、言わなければならない事があるな。ランス、すまなか――――」
その言葉を、言い切る前に。
ボンッ、という破裂音と共に――――ダハーカの胴体に火傷痕が付いた。
次に、ダハーカの頭部を爆風が襲い脳みそが揺れ動かされていく。
胸部にもその衝撃が降りかかり、立っていられなくなっていき。
そのまま下部にまで破裂音は行き渡り……全身くまなく爆散し、ダハーカを壊し尽くす。
突然の出来事。サイトもランスもダハーカでさえも、何が起きたかを認識するのに一瞬の時間を要した。
――――そして気付いたときには。ダハーカは焦げ付いたボロボロの身体で、床へと倒れ伏す事となる。
「っ、ハスタ兄さん! 駄目だ、しっかりしてくれ!」
「――――メーディア、お前ぇ!!!!!」
ダハーカへと駆け寄るランス。全身からは焼け爛れた匂いが立ち込めて命の危機に瀕しているのが目に見えて分かった。
「ラン、ス? す、まな、い……我は、なに、も……」
「駄目だ、喋らなくていい! 持ち堪えてくれ、兄さん!」
そして、一連の爆発を引き起こしたであろう犯人――――メーディアに、サイトはあらん限りの怒りを滲ませながら睨みつけていく。
しかし、メーディアはまるで意に介さない。それどころか、心底阿呆を見るかのような視線でもって、サイト達を一瞥していた。
が、その後すぐに。メーディアは、ニヤリと醜悪な笑みを浮かべて話し始めた。
「ハーッ、途中から見物してたけど……やーっぱり人類って、こうやって情に絆されちゃうのねぇ。ほんっとーに愚かで惨めで馬鹿馬鹿しくて――――あぁっ、さいっこうに愛らしい生き物だわぁ!」
恍惚と、この状況を喜び興奮するメーディア。
そんな厄者に対し、サイトは怒りのままに身体を震わせて叫んでいく。
「何故ハスタさんを攻撃した! 曲がりなりにもお前達は……協力していたんじゃなかったのか!?」
「えぇ、そうよ? 協力してた。でもそれは、そうした協力関係が結ばれている間の話。さっきもうダハーカ……いえ、ハスタは戦意を無くしていたし、あまつさえ私達を裏切ろうとすらしていた。だから、そんな裏切者は殺そうとするでしょ? これ、当たり前の事だと思うのだけれど?」
「何が、何が裏切者だ! くそっ、ふざけるなよ!」
サイトが剣を構える。
敵意剥き出しの彼に対し、メーディアはカラカラと笑いながらも話を続けていく。
「いやぁ、いい見世物だわよねぇ? でもね、ここから更に面白い話があるのよぉ。そこのハスタに関する事なんだけれど……実は彼のしてた事って、全部空回りだったのよねぇ」
メーディアは歪んだ朱い目を向け、面白くてたまらないとでも言いたげにそう話す。
その発言に嫌な予感を覚えるサイトは、黙らせようと剣を握りしめてメーディアへと突貫する。
しかし、メーディアから放たれる爆弾の爆発に遮られてしまい飛び退くサイト。
その間に、メーディアは口を動かしていき。
「まず第一に、ハスタは私という厄者を退けたことによって、一躍ラヴィーネの英雄となった。そこから貴族連中とも関わっていって、素敵な弟さんも生まれて国の住民とも仲良くなって、本人も英雄器質な素晴らしい人格者で何不自由なく暮らしていた」
スラスラと、メーディアは語っていく。
「でも、ある日を境にその人生から転落する。五十年前のあの事件。獣龍種二名焼殺未遂事件ね? これをきっかけに、ハスタは人殺しも厭わない人類絶対更生させるマンとなってしまったわけだけれども……その原因の貴族に関して、疑問に思わない? どうして、そもそも貴族の連中はそんな恐ろしくも浅ましい、不可思議な事件を起こしたんだろうって」
不愉快な語り口は続いていく。サイトも、ランスも、そしてハスタも。聞いていたくもないのに、その語りに耳を傾けてしまう。
「ハスタも、ランスも。あれは偶々悪意を持った貴族の人間がしでかした、ある種仕方のない、けれど許せない事件であったって思ってたんだろうけれど……あ・れ・は・ね? この、私が! 私が全部、全部全部全部! 仕組んでいた事なのよねぇ!!!!!」
ケラケラと、聞くに堪えない悪魔のような笑い声をあげるメーディア。
絶句するサイト、呆然とするランス。そして――――信じられないとでも言いたげに、目をかっ開いて首を静かに振るハスタ。
抑えきれない、どうしようもなくやり場のない渦巻いた感情を発露するように、口から言葉にならない声を漏らしてしまう。
「はっ、あっ? 全部、メーディア、が、仕組んだ、こ、と? じゃ、あ。我、が、してき、たことは、全、て」
震える声、認めたくない真実を突きつけるために。
メーディアは最高潮の昂りと共に、大きな大きな声で、誰にも聞こえる様な声量で。
「そうよハスタ! 貴方のしてきた悪事、殺人、最愛の弟を手にかけようとしたこと、その全ては! 私が原因で引き起こされていたことなのよ! 貴族の連中に心が暴走する薬を飲ませて誘導したの! 貴方を絶望の淵に堕とし、そしてその愚かしくも勇ましい貴方を私の玩具として愛でる為にね! あはっ! まんまと私を利用しようとしてた癖にぃ? 私で人類を脅かして、人類を更生させようとしてたのにぃ? 結局悪かったのは全部、全部! 私だったなんてねぇ!!!!! あーはははははは、あーおっかしぃほんっとうに笑えちゃうー!!!!!」
そう、言い放った。
ハスタの心は、この時点で、もう。
「あぁ、あぁぁぁぁ。あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!????????」
砕け、散る。
言葉にならない慟哭を響き渡らせて、ただただただただ、叫び散らす。
そんなハスタの様子を見たメーディアは、顔を蒸気させて表情を蕩けさせている。
恍惚と、最大限に興奮した状態のメーディアは、愉快で堪らないと笑っていき。
「あー! もうその表情最高! その絶望に満ち満ちた、全てが壊された貴方のその顔! 百点、いいえその更に更に更に先の
ゲラゲラゲラゲラと、メーディアは高笑いを続けていく。
その下卑た笑いは、ずっとサイト達の耳に届いており。
サイトは怒りで頭が埋め尽くされ、殺意を以てメーディアへと向かおうとする。
彼の全身から溢れ出る豪風によって、彼のフードが頭から外れて――――修羅と化したサイトの顔が、そこにはあった。
そして、ランスは。
ゆっくり、重苦しく立ち上がると。
全身に力を込め、槍を握りしめ。光雪を辺りに撒き散らしていきながら、静かに宣言する。
「メーディア……貴様を、屠る。お前を絶対に――――赦しは、しない!」
戦いの第二幕が、今上がる――――。