サイト達と別れた直後。
ソウジとコトノハは宙を舞っていた。
このままいけば地面へと落下し、体が破裂する程の衝撃を受けてしまうだろう。
そうなっては死を意味する、どうにかしなければとソウジは考える。
周囲を見渡す。
城の外壁が近くにあり、コトノハも近くにいる。
やるべき事を決めたソウジは、すぐさま行動を開始した。
その先端は、まるで何かに深く射し込むかのような鉤爪の形状を作り出して。
更に、持ち手部分には取っ手も作り出した。
そのまま彼は近くのコトノハをどうにか抱きかかえると、その生み出した鉤爪を……城の外壁へと
「コトノハ! 舌噛むなよ!」
「君凄く大胆だなぁぁぁぁぁぁ!!!???」
射出され外壁に突き刺さった方向へ、ワイヤーのような蒼い物質は収縮していく。
すると、ソウジ達は外壁の方へと引き寄せられていった。
斜めに弧を描く様にして少しばかり宙を舞った後、彼らは城の内部の上空へと侵入する。
その際ソウジは一度鉤爪を解除し、次いでそのまま近くにある内壁へとまた鉤爪を打ち込んでいく。
そして、内壁へと引き寄せられたソウジは壁に足を着地させた。
――――あ、ぶなかったぁ……!
一つ大きな息を吐き出しながら、冷や汗を流すソウジ。
ぶっつけ本番でワイヤーアクションを成功させはしたものの、一歩間違えれば地面とぶつかりお陀仏であったのだから肝が冷えるのも仕方ない。
と、思い出したように彼は腕に抱えていたコトノハの様子を見る。
だらんと脱力した姿に、ソウジは慌てて声をかけていった。
「お、おいコトノハ大丈夫かよ!? 意識あるか!? 返事しろ!」
「……だい、じょうぶだぁ。こんな機会はそうそうあるものじゃあないからねぇ。ちょっと、酔っただけで……おぅぷ」
「わー! 待て待てここで吐くなよ!? 今降りるから、堪えてくれよ!」
顔面蒼白の状態で吐き気を催すコトノハに、ソウジは慌てて、然してゆっくりとしたペースで地面へと降り立っていった。
完全に着地を完了し、コトノハを静かに地面へと下ろしていくソウジ。
恐らくは気分を落ち着かせるために黙ったまま下を向くコトノハを横目に見ながらも、彼は周囲の状況を確認していった。
城に備え付けられた、庭園らしき場所。
どこか神秘的な雰囲気を内包したその場所の中央は、何かに破壊された様な跡が残っている。
白い花は散り乱れ、草木も枯れ果てているそこにもう人は居ない。
地下に続く階段らしきものが、そこには露出していた。
既に他の者は避難をしているのか、それとも……考えていると、横からコトノハが声をかけてきた。
「ふー……さて、ソウジ。ここがどういった場所なのか、君は知っているかな?」
「あん? そりゃあ、王族や貴族の人とかが談話とかをしたり休憩する為にある場所だろ?」
「あぁ、その解釈で良いと思うよ。ただし、満点な解答ではない。世界には聖なる力……
意気揚々と立ち上がったコトノハは、弾んだ調子で説明を続けていく。
「ここもその場所の一つ。敵はここに降り立って攻撃をしたのだろうねぇ。あの地下の墓所の先にある結界石を破壊する為に。そしてそこに、フロスティアギルド長も向かっているだろう。我々がここに降り立てたのは、ある意味運が良かったかもね! はっはっはっ!」
「……まぁ、そうなるのか。んじゃ、行くとしようぜ。因みにあんた、体調は問題ないんだろうな?」
「無論さ。さて、では行こうか。
そうして、彼らは地下へと進んでいく――――。
――――――――――――――――――――――――――――
ザッ、ザッと草履が地面を擦る自身の足音が、ソウジの獣の両耳に聴こえる。
薄暗い中に光る岩壁に掛けられたランタンの灯りを頼りに、彼らは進んでいた。
その最中に、ソウジもコトノハも顔を顰めていた。
理由は、一つ。
通路に横たわる兵士達の姿が、見えていたからだ。
その全てに爆破されたような跡が残っており、痛ましい。
この様な事をしでかした犯人に対する怒りが、ソウジ達の中に宿っていく。
そうして更に奥へと進んでいくと……件の人物は壊れた結界石の前で佇んでいた。
黒い上着に黒い長髪、そして黒い眼をもったその人物は……ミア。ボーデンにてソウジ達を襲った、魔女である。
彼女の足元には、フロスティアの姿もあった。傷だらけの身体で横たわり、気絶しているようだ。
「……あらっ。ここに人が来ることはないでしょうって、メーディア言ってたのに。失敗したのかしらね? どう思う?
「フロスティアギルド長!? ミア! てめぇ何をした!」
「ふふっ、あははっ! そう慌てないでよぉ。この人は実力不足だっただけだからさぁ? それに、まだ祭りは始まったばかり――――でしょ!」
挨拶は済んだとばかりに、ミアは攻撃を仕掛けた。
その攻撃方法に、ソウジは目を見開く。何故ならば。
ボーデンの時のような剣を用いた空間からの斬撃ではなく、紫色の丸い玉状の物を勢いよく飛ばしてきての攻撃だったからだ。
――――前までと攻撃方法が違う。それに、この玉は何か……!
嫌な気配を感じ取ったソウジは咄嗟に横へ飛び退き、その紫色の玉を回避する。コトノハも辛うじて回避したようだ。
すると――――背後から爆発音が鳴り響いた。地下墓所内が地響きを起こし、揺れていく。
その威力の凄まじさを目の当たりにしたソウジは、生唾を飲み込んだ。
――――あの玉、嫌な予感はしてたけど爆弾かよ! 横たわってた兵士の人に何で爆発の跡があったのか気になってたが、これが原因か!
歯を噛み締めながら、ソウジはミアを睨みつけ、覚醒石を発動させて即座に斬り掛かった。
――――玉を生み出してこっちに飛ばす前に、斬り伏せて制圧する!
ソウジの判断は速かった。駆け抜ける速度は常人の動きではなく、目で追える者も中々にいないだろう。
そんな素早い動きで接近するソウジに対して、ミアは笑みを絶やさなかった。
その不自然にも思える笑みに、ソウジが気づいた時には――――既に事は済んでいたのだ。
「ぐぬぅ!? は、離さないかこの骸骨めぇ!」
コトノハの声が聞こえ、ソウジが振り返った。するとそこには――――いつの間にやら現れた骸骨に首元を掴まれて囚われているコトノハの姿があった。
「コトノハ!? っくそ、おいミア! コトノハを離しやがれ!」
「えぇー? 嫌よ。だって離したら貴方、真っ先に私を斬りに来るでしょ? ……あぁでもそうね。私の提示する条件を飲んでくれるなら、そこの叔父様には手を出さないであげるわよ? 『貴方が私を襲わないのであれば、その叔父様には私も手を出さない。私のお話に付き合えば、叔父様は解放する』っていう条件。どう?」
「あぁ? そんな条件飲むわけ――――」
ミアはくつくつと笑いあげながら、コトノハを指さしていく。
「いいの? 否定し続けても結局、その人の命は私に握られてるのよ? いつでも私が命を奪える。この意味、聡明な貴方なら分かると思うのだけれどねぇ」
ねっとりと言われ、ソウジはコトノハの方を見る。
すると、首元を握る骨の手が少しずつ力を強めさせていた。
抵抗したところで、今の状況では難しい。しかし、目の前のミアの条件を飲むのも躊躇われる。
どうすればよいか堂々巡りになっていた所で――――コトノハが、口を開いた。
「……ソウジ、構わないさ。ミアの口車に乗せられるといい。私の事は、全く気にしなくてよいからね」
「はぁ!? あんた何を言って――――」
驚き、コトノハの顔を見るソウジ。
その表情は————まるで動揺を見せていない、にこやかな状態であった。
そんな顔を見たソウジは、ここでこまねいていても仕方ないと判断していく。
「だぁ、分かった! 分かったよくそっ! ミア、その条件飲ませてもらうぜ。その代わり、約束は守れよ」
「あっはは! そんなにドス効かせて言われなくても、約束はしっかりきっちり守らせてもらうわよ? ん〜、じゃあ何から話そうかなぁ?」
愛嬌を振りまく様な、妙に浮ついた動作を繰り広げながらミアは愉しげに笑っていく。
その光景に苛立ちを隠さないソウジは、射抜かんとする視線を彼女に向けて放さない。
そんな蒼い狼の視線を受けてもまるで意に介さずに、ミアは笑みを浮かべて口を開いていく。
「ふふっ、ならまずは……私達の目的なんか、聞いてみる?」
「はっ? ……お前一体全体、本当に何を企んでんだよ。そんな情報を話したところで、お前に利があるとは思えねぇぞ」
「あははっ、だって別に話したところで困らないんだもの。それじゃ、勝手に話すわね」
ミアはまるで何かの劇を行うかの様に、大仰な仕草を繰り広げながら朗々と語り始めた。
「私達の目的はー、ズバリ! 世界を
「崩壊、だと?」
「そう! そのまんまの意味の、ほ・う・か・い♡ 私達は
くるくるとその場で回りながら、ミアは笑みを絶やさずに話を続けていく。
「ダハーカとはもう会ってるんだよね? 彼の目的もある種の崩壊なんだよねー。既にある大衆の秩序と行動原理を根本から壊し尽くして、大衆の思考回路そのものを改善しようっていう考え! いーい考えだって私は思うのよ。普通の人じゃ思いつかない、クッレイジーな考えでさぁ! もう笑っちゃう!」
「……笑えねぇよ。アイツはその狂った考えを実現させる為に、実の弟さえ手にかける事が出来てるんだぞ!? それにお前、諸々の事情を知っておきながらダハーカを……ハスタの事を組織に誘いやがったのか? ふざけんな!」
「別にふざけてないわよぉ? それに私は、ただダハーカ君の心のままにしていけばいいって話しただけ。やるかやらないかを決めたのは本人だし、さ。それに、我慢したままの人生なんて私は
クスクスと、愉快そうに笑うミア。その中には確かな狂気が存在していると、ソウジは思った。
そして、こうも考える。この魔女は、本気で世界を崩壊させようとしているのだと。
先ほど放った言葉。『我慢したままの人生なんて、私は終わっていると思う』という言葉を口にした時のミアの表情は、笑っていなかった。
おふざけなどなく、そこにはミアなりの信念があるのではないかと……ソウジは深く思考してしまう。
そんな彼の心中を察したのか、ミアは再度顔に笑みを浮かべていき、話を再開させる。
「貴方、今私に対してこう思ったのではないかしら。信念がある人物だ、って」
「っ……そんな事、思ってねぇ! お前に信念なんて、ある筈がない! お前はただ、自分の快楽を満たしたいが為に世の中を壊してるだけの愉快犯だろうが!」
「うーん、良い反応。でもさぁ、貴方はそう考えても不思議じゃないと思うのよねぇ。だって貴方、
ミアの発言と共に、ソウジの心が今までにない程のざわつきを覚え始めた。
何故、自分が家を飛び出した事を知っているのか。
心を見透かすかのように、まるで何もかもを知り尽くすようなその発言。そしてそれは、的を射ていた。
真面目。深く考える。周りの事を気にしすぎる。全て自分のことだ。そんな自分が嫌で嫌で仕方なくて、そんな自分のままでは兄を越えられないと考えて、ソウジは家を飛び出したのだから。
そして、やっと見つけた自身の
それを指摘されたソウジは、警戒の色を滲ませながらミアを睨みつけていく。
「ギルドで働いて、今までにない自分でいられて。その中で、貴方は今まで確立し得なかった立場を得ることが出来た。それこそが、貴方が覚醒石に目覚めるようになった要因……でしょう?」
「……何が、言いたい?」
「要するに、
ゾクリ、と。ソウジは背筋に感じた悪寒のままに、反射的に身構えてしまう。
コイツは危険だ、許容してはいけない人物なのだと改めて感じたソウジは、牙を見せて最大級の敵対心を向けながら、喉から唸り声をあげていく。
そんなソウジの様子を見たミアは気を良くしたのか、ニンマリと不気味な笑みを顔に浮かべて更に言葉を並べようと口を開いた。
「貴方は誰かがいなければ、何者にもなれない。誰かと共に在らなければ、その存在を確立する事もできない。貴方自身に、誇れるものは何もない。空虚で寂しい存在ねぇ」
「俺は……俺は、そんな事は――――」
「ないって、言い切れる? それなら何故、ヒノモトへ帰らないの? どうして、自分のお兄さんと向き合おうとは思わないのかしら? 貴方が実家を飛び出した根源、劣等感の源と決着をつけないのは……何故? 貴方の在り方って、何なの?」
ミアの黒々とした瞳が、ソウジを捕らえて放さない。
深い、深い闇の
どうにかして、何か言い返そうとするソウジであったが、言葉が詰まる。
兄の事は、事実であるのだから。動揺してしまい、口を上手く回すことが出来ずに焦ってしまう。
その為に、ソウジは何も言い返せずに――――いたのだが。
「ふむ……先ほどから聞いていれば、何なんだいその不快極まりない語り口は? 話される内容も、その全てが君の主観に添えられたものじゃないか。聞くに値しないなぁ」
気の抜ける、はんなりとしたよく通る声が墓所内に響き渡る。
ともすればそれは、相手を煽るかのような声色であり……その声を発した張本人であるコトノハは、静かにミアへと視線を向けていた。