「そ、そんな。やっ、ぱり……やっぱりあの目は、そういう事、だったのかよ……!」
「っ! あぁっ、嘘だろう!? 兄さん、ハスタ兄さん!」
驚愕で動けずにいるサイトと、そんな彼よりも更に動揺しながら急いで立ち上がり、ハスタへと駆け寄るランス。
透けて消えかかるハスタの身体をどうにか抱き締めようとするが、すり抜けてしまう。
膝から、崩れ落ちるランス。そんな彼の下にハスタは近づいて、しゃがみ込んでいく。
「ほら、ランス。顔を上げてくれ。最期に大好きなお主の顔を、よーく見させておくれ」
「いや、だ。そんな、最期だなんて言わないでくれよ、兄さん! せっかく会えたのに、これからだって時なのに! 何で、どうしてこんな……!」
「……洞窟でも言ったが、お主は何も悪くないよ。それだけは、断言出来る。それに、こうして我が消えるのだって我が自分で選んだ道さ。お主を助けられるのなら悔いはない。寧ろ、本望さ」
触れられないが、ランスの頭を撫でる仕草をするハスタ。
そんなハスタの仕草に、ランスは反応して顔を上げていく。
緑色の眼が、交わされていく。ハスタは柔和な笑みを浮かべ、そのままランスの額に自身の額を当てる仕草を取って、言葉を続けた。
「お主が生まれてきてくれて、共に過ごしてきた毎日はキラキラしていた。この寒冷の地において、我が暖かで柔らかな感情を抱けたのも……全てお主のお陰だ、ランス」
「っ、俺だって……兄さんのお陰で、色々、出来るようになって。人の魂を視るのだって、兄さんが教えてくれたから視れるようになったんだ! 全部、兄さんのお陰だ! だから頼むよ兄さん! 死なないで、くれぇ……!」
慟哭。吐き出された想いはハスタへとぶつけられる。それは、心の底からの願望そのもの。
そんなランスの叫びにハスタは困ったような笑みを浮かべると、静かに抱き締める仕草を取った後、
「ありがとう、ランス。お主がいてくれて、我は幸せだった。それと、ここからは我儘だ。我がいなくなった後も……気高く、強く、誇らしく在れ。他者との対話を忘れるな。我とも対話を諦めなかったお主なら、きっと、やっていける、さ――――」
ハスタは、光の粒子となって散っていった。
後に残るのは、倒れているゲルダや王様達に、凍りついたメーディア。項垂れて地面に手をつくランスと……それを悔しそうに、悲しげな目で見つめるサイト。
「ランス、さん……」
「兄、さん……! くそっ、くそぉっ! 俺は、俺、は……」
兄を失ったショックからか、生き返ってすぐであるからか。ランスは力なく床へと倒れ込んでしまった。
駆け寄るサイト。呼吸を見て、眠っているだけなのを確認する。
そのまま兎の少年は、辺りを見回した。
暗く重く、まるで時が止まったかのように錯覚してしまいそうな空間。
所々で破損した柱や床に壁は、激戦の跡を思わせる。
そんな場に――――似つかわしくない、大きな拍手の音が響き渡った。
「っ、誰だ!」
立ち上がり、辛うじて振り絞った
警戒を向けた先にいたのは、ミア。彼女は微笑をその顔に宿しながら、優雅にゆっくりと拍手を繰り広げていき……やがてその拍手を止めると、大仰な仕草を取りながら挨拶を交わしていく。
「いやー、とても素敵な行いだったわぁ。そしてどうもこんにちは。貴方達とはここで初めましてだったわねぇ。私の名はミア。狂喜の魔女、と言えば聞こえはいいかしらね」
「お前が、狂喜の魔女。何しに来た! まさか、僕達を殺しにここに……?」
「アハッ、違う違う。私がここに来た目的は、そこのメーディアを回収する為。貴方達を殺すのなんて、いつでも出来るし」
会話を交わしながら、ミアは靴音を鳴らしながらメーディアの下へと歩んでいく。
そんな魔女の進行を食い止めようと、サイトが立ちはだかる。
鋭く睨みつけ、風の剣を構えて臨戦態勢の状態。そんな兎の少年に、ミアは微笑を絶やさずに話しかけていく。
「
「
「勇ましいわねぇ。けど、そんなボロボロの状態で何が出来ると言うのかしら? ――――マガツ」
ボソリ、と。最後にミアが呟いた言葉と同時に、突如として悍ましい殺気が場を覆った。
ゾクリ、と。サイトは冷や汗を毛に湿らせながらその場で固まってしまう。
今までに味わってきた敵意、殺意。それらを軽く凌駕する、この世全てを呪うかのような形容しがたい
が、それでもサイトは立ち向かった。
「だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
震える身体を誤魔化すようにして叫びながら、足を踏み抜いてミアへと突貫していく兎の少年。
剣を構え、距離を詰めて斬り裂く。
そんな彼の勇気ある行動は――――いとも容易く、止められてしまった。
ミアに辿り着くまでに、剣が何者かに阻まれてしまったのだ。
「っ!? 剣が、受け止められて――――」
そう認識したのと、同時に。サイトの腹に鋭い一撃が放たれる。
貫通してしまったと錯覚してしまいそうな、重々しい蹴り。
それを受けたサイトは、力無く床へと倒れてしまった。
「お疲れ様、マガツ。殺さなかったのも満点よ」
その間にも、ミアは軽く笑いながらメーディアへと辿り着いていた。
そして、手をゆっくりと振り払い背後に黒い靄を生み出していき……ミアはメーディア諸共、靄の中へと沈んでいく。
倒れ伏す兎の少年を見たミアは、小馬鹿にするように息を吐き出して、言い放つ。
「弱いわね、貴方」
「っ!」
「命を賭してメーディアを氷漬けにし封じたランス。命を捧げて弟を救ったダハーカ。そんな彼ら誇り高き獣龍種に比べて、貴方はどう? 胸を張って頑張れたって、言える?」
ミアからの言葉に、サイトは否定が出来ない。現に今、床へと倒れて敗北しているのは自分なのだから。
顔を下に向けていくサイトに対し、ミアは別れ際に一言。
「今のままの貴方じゃあ……惨めに死んでいくだけね。まっ、せいぜい頑張れば? じゃあね〜」
そうして、ミアは消えていった。
静かになった空間の中で、サイトはただ一人。
「…………」
呆然と、顔を俯けていく。
――――――――――――――――――――――――――――
それから、ラヴィーネでの一件は緩やかに収束していった。
街中の骸骨達は全て崩れ去って塵になり、空へと流れ消えていき。
街の人々の被害も、ヴィシオ達が尽力したお陰で最小限に抑えられ。
表面上は、甚大な被害もなく事態は沈静化された――――の、だが。
「そう、か。メーディアは連れられて、ランスの兄貴も……くそっ、悔しいぜ」
「そんな……! せっかく会えたのに、仲直りも出来そうだったのに! 何でそんな……こんなのって、ないよ!」
「……僕が、力不足だったから悪いんだ。もっと力があれば、こんな結末にはならなかった」
ギルド『
そこで、ソウジとアリスはサイトから事のあらましを聞いていた。
あらましを話すサイトの表情は、今までとは比べ物にならない程に沈み込んでいる。
そうなってしまっても仕方のないことが起きてしまった。それは、この場の誰しもに共通する心境で。
沈黙。いつもならここで、ソウジが何かを言うタイミングであるのに。当のソウジも深く落ち込んでいるのか、何も言えずに黙ったまま。
事態は深刻さを増すばかり。そんな中で――――アリスはパンッと、手と手を打ち合わす。
その音にびっくりしたサイトとソウジは、音を鳴らしたアリスを見つめる。
アリスの表情は、真剣そのもの。彼らの視線を受けて、彼女はゆっくりと口を開いていく。
「二人とも。今は、私達に出来る事をしていこうよ。都の人達の心のケアとか、復興のお手伝いとか」
「アリス……」
「落ち込むのも仕方ない。私だって、悔しくて悔しくて堪らない。でも、今出来る事をやっていかなくちゃ、何にもならないんだよ。そうしないと……それこそ、敵の思う壺になっちゃうと思うから」
アリスの言葉に、ソウジは驚いた表情を見せる。
そんな風に諭されるとは思っていなかった。その表情から垣間見える意志の強さから……何かを、感じ取っていくソウジ。
その小さな気づきに、彼は息を吹き出して笑い上げていく。
「ハハハッ! あぁ、そうだな。俺達に出来る事を、やっていくしかねぇよな」
ソウジの言葉に、アリスは後になって気恥ずかしくなったのだろう、後頭部をかいて控えめに笑う。
そんな彼女を、サイトは何とも言えない表情で見つめていく。
そうして、彼らはラヴィーネの街中へと出る為に、部屋から出ていく――――。