フォーチュン・ライト   作:お じ さ ま

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第五十九話 兎の苦難、少女の想い

 街中の復興は、ギルド員や聖ドゥケレ騎士団シムラクラム隊の活躍により順調に進んでいた。

 崩れた家々の瓦礫の撤去、道の整備。被害を受けた怪我人の身体(しんたい)の治療、心のケア。そして、結界石(ゲニウス)が修繕されるまでの間、ラヴィーネの入り口である門前を魔獣から守る為の警備。

 様々な事をして、復興を進めている。

 その中で、サイト達もそうした活動の手伝いを行っていた。

 

「フードの人! この荷物をあっちの避難所に持っていってくれないか!」

「そこの嬢ちゃん! こっちにその包帯と軟膏を持ってきてくれ! 怪我人の包帯を変えてぇからよ!」

「狼のお兄さん! ここの瓦礫をあっちに運んでください!」

 

 食料が大量に入った紙袋を運んでほしいと頼まれるサイトに、怪我人の治療を手伝っていたアリスは慌ただしく動き回って。ソウジは力仕事を主に任され、本人も積極的に活動に勤しんでいた。

 三人それぞれ、目の前のことにひたすら集中していくようにして動いており、その活躍は目を見張るものがあると手伝ってもらった人々は感謝感激である。

 そうした中で、サイトに声をかける者がいた。

 

「よーっす元気かサイト君! お勤めご苦労さまっすよ!」

「あっ、ヴィシオさん! 身体の方はもう大丈夫なんですか?」

「おぉ! 問題ないっすよ! いやー我ながら情けないもんっすよ。単純な実力差で敵にのされちまうなんざ、隊長の肩書が廃るってもんっすから」

 

 自嘲しながらもカラカラと朗らかに笑うヴィシオに、サイトも小さく笑っていく。狐の彼の話し方、その緩やかな雰囲気に今は救われる気分であろうか。

 ヴィシオはコトノハと共に行動していた事を、サイトは後から聞いていた。それは即ち、ソウジと一緒に落ちていった後に墓所へと向かっていたのを意味する。

 そこでヴィシオは、ソウジと同様の傷を負っていた。酷い打撲痕だったそうだ。

 ともあれ元気そうなヴィシオは軽い談話も程々にすると、真剣な表情へと切り替えてとある別の話題を切り出していった。

 

「俺が後れを取った敵……マガツって呼ばれてた奴は、なんつーかエグかったんすよね。殺意もそうだし、戦闘技術もそうだし。何よりはその特異な力、恐らくは覚醒石(デザイアギット)によるものなんすけど、それがかなり厄介だと感じたっす」

「隊長格であるヴィシオさんでも厄介だと感じる能力って……どういったものなんですか?」

「んー、断定はできないんすけど。多分、俺の覚醒石と似た能力なんすよね。俺は影に紛れて、影を操れたりする能力。だからあの時、コトノハさんの影に隠れ込んだりしてたわけっすけど……恐らくマガツの能力は、より隠密に特化してるんすよ。姿形もまるで視認出来なかったっすしね」

 

 相対したマガツの情報を、ヴィシオは考察しながら話していく。

 そんな情報を聞いていたサイトも、悩ましげに顎へと手を添えながらその情報を整理していった。

 殺意は尋常でなく、戦闘技術も随一。その上、自身を隠すことの出来る能力を有している。

 サイトはそれに、どこか既視感を覚えていた。自身を隠す能力、ヴィシオの能力に近しい能力を有し、殺意や戦闘能力も尋常でない人物。

 即ち、ゼーエンの事を。

 

 ――――ゼーエンと似てる能力、か。そういえば、ゼーエンの容姿が変わってるの、見たことないな。ヴィシオの容姿は変わってたって、ソウジは言ってたのに。

 ――――覚醒石を扱ったら、なりたい自分に変わるのに。じゃあゼーエンって、一体どうやってあれ程の力を……?

 

 ゼーエンに対する疑問を膨らませていくサイト。よくよく考えてみれば、サイトはゼーエンと過ごしていたにも関わらず、詳しい事を知れていない。趣味や日常の生活、何が好きで何が嫌いなのか。

 そして、ゼーエンのなりたい自分が何なのかも。

 唸るサイトに対し、ヴィシオが心配そうに声をかけていく。

 

「サイト君、大丈夫っすか?」

「えっ、あっ、いやぁあはは……それにしても、また厄介な敵が現れちゃいましたね。ミアと協力してるっていう点でも、色々と警戒しないと」

「……まぁ、そうっすね。色々と考えなきゃいけないことは山盛りっすが、取り敢えず今は、目先のやるべきことをやらないとっすね! 引き留めて悪かったっす。復興作業、頑張るっすよー!」

 

 そう言って、ヴィシオは手を振りながら別れていった。

 そんな彼を見送りながら、サイトは自身の拳をギュッと握りしめていき。

 

「強く、ならなきゃ。誰にも負けないぐらいに、強く、強く。じゃないと……俺のいる意味なんて――――」

『……サイト、抱え込みすぎるなよ。お前はすぐにそうやって、一人で背負い込む』

「……うる、さい。弱音を吐いてる暇なんか、ないだろ」

 

 自身を鼓舞する……それは、半ば自分を追い込みかねない程の重々しさを含みながら、呟かれていく。

 そこにあるのは、弱い自分を払拭しなければならないと思う焦りと、サイト(理想の兄)の名を広めるどころか、不甲斐ない姿を晒して貶めてしまっているかもしれない恐怖。

 ハヤテの言葉も、冷静に受け止めることが出来ないほどに。

 今の彼は。

 

「兄さんはこんなに情けなくなんかないんだよ。もっと頼りがいがあって、優しくて、強い人なんだから」

『…………』

「そんな兄さんとして生きようとしてるのに、こんなに弱くちゃ……駄目だろうが」

 

 酷く、抱え込みすぎている。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――

 

 一方その頃、アリスの方は。

 治療も一通り終えられ、ベンチで休憩を取っていた時に。彼女はヴィシオと話し込んだ後のサイトの姿を捉えていた。

 俯き、拳を握りしめて震えている兎の彼。

 自然に、そんな彼の姿をいつの間にか目で追いかけていくアリスの心境は、どこかざわついている。

 

 ――――サイト君。もしかして、自分の責任だって抱え込みすぎてるんじゃ……。

 

 サイトと過ごし、見てきて、アリスは彼のことを色々と把握してきている。

 他者に優しく、悪には強く憤り、そしてひたむきに前へと進まんと努力をする、そんな人物。

 そうアリスは認識している。が、その認識の先に、彼女はサイトに対して憂慮していることもあった。

 

 それは、サイトが自身に課しているであろう戒め。自分自身を必要以上に認めたがらず、謙遜しすぎるという癖のようなもの。

 

 その心構えは、傍目から見れば良いことのように思える。自分の行いを驕らず、また謙遜するのは人の振る舞いとしては好印象でもあるだろう。

 しかし、アリスはこう思うのだ。

 

 サイトのそれは、自身を戒めすぎている。自罰的とも言えるその心の在り方を、アリスは非常に心配していた。

 そうして、彼に視線を向け続けていた彼女の下に。

 

「そんなにジーッと見つめちゃってぇ。アリスちゃん、もしかしてサイト君にお熱?」

 

 いつの間にやら近づいていた隼種の獣族、コルヴァスがからかうようにアリスへとそう耳打ちする。

 勢いよく振り返るアリス。そこにはコルヴァスの他に、エーテルもいた。相変わらずの仏頂面を保っている。

 コルヴァスはそのまま立った状態で、アリスへと話しかけていった。

 

「ごめんごめん、驚かせちゃって。でもさ、実際のとこどうなのよ? アリスちゃん的に、サイト君はアリ? ずっと一緒にいたりもするし、そういう雰囲気になってたりする?」

「ちょちょちょ、待ってください違いますよ!? 私はただサイト君が心配で仕方ないだけで、別に、そういう気持ちがあるとかではなく……からかわないでくださいよ! コルヴァスさん!」

「えー本当にー? そうやって必死に否定する所とか、実はかなり意識しちゃってたり――――あだっ!?」

 

 アリスが否定してもなお食い下がるコルヴァスの脳天に、手刀が繰り出された。

 程々の勢いを持ったその手刀は、話したてるコルヴァスを止めるには十分な威力を有しており。

 悶絶し、頭を押さえながら押し黙ったコルヴァスに代わり、エーテルがアリスへと話しかけていく。

 

「すまないね、アリス。この阿呆鳥(あほうどり)は後でシメとくから、さっきの話は忘れてくれていいよ」

「えっと……はい。そういえば、エーテルさん達は何をしてたんですか?」

「僕ら? 僕らも復興の手伝いをしていたよ。後は……フロスティアギルド長から頼まれて、今回の件に関わっていた貴族、それに厄者や夢の衝動(ドリーム・インパルス)(かしら)、ミアの情報を纏めていたりもしたね」

 

 エーテルの話す内容に、アリスは反応を示していく。

 ミア。ボーデンでも現れ、ソウジやそこにいる仲間たちを襲い、そしてここラヴィーネでも姿を見せて立ちはだかった、厄者に協力していると思われる存在。

 サイトからの話を聞いていたアリスは、そのミアに対しての嫌悪感を滲ませつつエーテルへと話を切り返していく。

 

「夢の衝動、そしてミア……その人たちは、何の目的で厄者に協力しているんですか?」

「ソウジたち三人から聞いた話だと、【世界を崩壊させる】ことが目的なんだってさ。我慢したままの人生は終わってる、とも話していたそうだよ」

「……理解、出来ない。そんな身勝手で、わがままな理由で厄者に協力するなんて!」

 

 怒りで震えるアリスに、エーテルはさらりとした調子で話を続ける。

 

「まぁ、度が過ぎてはいるよね。覚醒石を所持してる僕らだって、大なり小なり自分勝手ではあるけれど……人の命を脅かすほどの迷惑なんて、かけようとは思わないし」

「……そりゃ、そうですよ。だってエーテルさん達は、人を助けたいと思ってるんですから。善の心を持ってる貴方達とミア達は、全然違う」

 

 アリスは俯いたまま、ミア達への嫌悪を吐露していく。単純な正義感としてそう言っているのだろうと、エーテルは黙ってアリスの言葉を聞いている。

 その最中で、アリスはポツリと呟く。

 

「なのに何で、どうしてミア達は覚醒石を扱えているの? 悪い人達なのに、世界の敵なのに……おかしいよ、こんなの」

 

 そこに宿る感情は、色々とあるだろう。嫉妬、焦燥、戸惑い。様々な想いがないまぜになった一言が、自然に漏れ出てしまっていた。

 それを聞いたからなのか……エーテルはジトッとした視線をアリスへ向けていくと、口を開く。

 

「アリス……君は、嫉妬しているのかい? 自分が覚醒石に目覚めていないのに、何故敵であるミア達がその力を行使出来るんだ、って」

「そ、れは。嫉妬……うん。そうなのかも、しれないです。私は今回の事件で、まだまだ無力なんだって思い知らされたから。けど、どうしたら覚醒石に目覚めるのかも分からない。分からないんですよ……!」

「……アリス。一つ、僕から話したいことがあるんだけど、いいかな?」

 

 エーテルの確認の言葉に、アリスは顔を向けた。そこで見たエーテルの顔は、いつになく真剣なものであり……自然と、頷いてしまう。

 そんなアリスの了承を得たエーテルは、ゆっくりと話し始める。

 

「覚醒石に目覚めている者は、確かに善人が多い。勇者なんて肩書で呼ばれながらギルドを作り、世界中の人の為に活動してるわけだからね。けれど、僕はこうも思っていたんだ。なりたい自分になる力なら、どうしてその力を自分自身の為だけに使う人はいないのだろうって」

「えっ……?」

「だって、不思議じゃないか。なりたい自分だよ? 自分のやりたかったことを実現させられる可能性のある力だよ? どうして皆が皆、そんな他人の為に尽くせるんだろうって思うわけさ」

 

 エーテルは面白がった調子で話し続ける。そしてその内容はアリスにとって、興味深いものでもあり。

 話に引き込まれるように顔を向ける彼女に、エーテルは更に話していく。

 

「悪党が出てきたって不思議じゃなかった。だから僕は別に、そういう人達が覚醒石を扱えててもなんら疑問には思わないのさ。看過は、出来ないけどね」

「……結局、何が言いたいんですか?」

「そうだね、本題はこれからだ。つまるところ僕が言いたいのは……君はもう少し我儘になってしまっていいだろうって言いたいんだよ、アリス」

 

 ポカン、と。アリスは口を間抜けに開いてしまった。そんなことを言われるとは、思いもしなかったからだ。

 わがままになってしまうということは、即ち迷惑をかけるということだ。けれど、そんなことを許してしまっても良いのだろうか?

 

 自分は覚醒石に目覚めてすらいないのに。

 

 そんな負い目を感じるアリスを察してか、エーテルは鼻息を小さく漏らして話していく。

 

「君は他者に気を向けすぎる。それはとどのつまり、自分を蔑ろにしていることと同義だ。なりたい自分があるんだろう? なら、自分の心にも素直になった方がいいんじゃないかってことさ」

「素直に、なる」

「……まぁ、こんなこと言ってるけど確証なんてない。僕らだって、必死にもがいていたらいつの間にか目覚めていたみたいな感じだしね。けど、君ならなれるんじゃないの? 骸骨(スケルトン)を蹴る度胸があるぐらいなんだからさ」

 

 それは、励ましの言葉に近い。

 アリスはそう感じた。感じたからこそ、自然と口の端が綻んでいく。

 そうしてエーテルが話す言葉に便乗して、コルヴァスが勢いよく頭を上げてアリスに話しかけた。

 

「エーテルの言う通りだぜ! 君なら絶対、勇者になれる! そんな気がする!」

「コルヴァスさん……」

「君の勇気は本物なんだから、後はもうきっかけだけさ! 頑張れ、アリスちゃん!」

 

 二カッと晴れやかな笑みを浮かべるコルヴァスに、アリスは釣られて笑った。

 

 ――――私のなりたい自分は、もう分かってる。後はそこに、どう素直になるか。

 

 先行きは不透明だが、それでも。

 アリスは前を向いて進んでいくと誓う。そして――――それに、連鎖するように。

 

「アリスおねぇちゃーん!」

 

 柔らかな中に宿る、天真爛漫な声がアリスへと聞こえてきた。

 声の方向に顔を向ければ、そこには助けた少女であるエイラと、初めて見る大人の人族(ヒューマノス)である男性と女性。

 駆け寄ってきたエイラに合わせるようにしてしゃがみ込むアリスは、そのままエイラへと挨拶を交わしていく。

 

「エイラちゃん! すっかり元気になったんだねー。……もしかして、後ろの人たちはご両親?」

「うん! わたしのおとうさんとおかあさん! あのあとね、ガイコツがきえてからねずみいろのきつねのおにいさんがふたりとも見つけてくれたんだよ! それとこれ、おれい! アリスおねぇちゃんにあげる!」

「わぁ! 綺麗な花の(しおり)! ありがとうエイラちゃん、大事にするね!」

 

 アリスの言葉に満面の笑みを浮かべるエイラ。その後ろから、父と母らしき人物は頭を下げながら口を開いていく。

 

「どうも、エイラの父です。この度は本当に、何とお礼を申し上げたらよいか。エイラを助けてくださったこと、励ましてくださったこと。何度感謝してもしきれません」

「私からも、お礼を言わせてください。貴女が助けてくれなければ、今ごろこの子はどうなっていたことか……本当に、ありがとうございます」

「そ、そんな! 私なんて結局何も出来ませんでしたよ! どちらかと言えば、助けてくれたのはこちらのエーテルさんとコルヴァスさんと狐の方ですし……」

 

 両親からの感謝の言葉に、アリスは立ち上がりながらも卑下が入った謙遜を口ごもりながら述べていく。そんな彼女に、エーテルが頭に手刀を軽く当てた。

 突然のことに驚くアリスに対し、エーテルはいつもの仏頂面で一言。

 

「言うべき言葉、違うでしょ」

「えっ?」

「野暮になるから、答えは言わない。自分で考えてみな?」

 

 エーテルにそう言われ、少しの間腕を組んで悩むアリス。

 今のエイラ達に言うべき言葉。それは、謙遜として出すものではない。

 寧ろ――――素直な返事をするべきなのだ。

 アリスはエイラの頭を撫でると、ニッカリとした笑顔を少女達に向けていき。

 

「どういたしまして! 次もまた、私が守りますから……安心してください!」

 

 そう、言った。

 その言葉にエイラの両親は微笑み、そしてエイラも。

 

「うん!」

 

 と、屈託のない笑顔で返事をした。

 

 希望の兆しは、確かに見えてきている。それが芽吹くのは、果たしていつになるのか――――。

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