ギルド、「
時刻は夜を回った頃、月明かりに照らされたその訓練場には、斬り裂かれた巻き藁の残骸が至る所に散らばっている。
そして、まだ立っている巻き藁を斬り伏せていく人物が、一人。
「ふっ、はっ、ぜぁ!」
一つ一つを、素早く力強い斬撃でいとも容易く斬り裂くのは、サイト。
いつものケープを羽織った格好ではなく、簡素な運動着を身に纏っている彼の姿は、酷く汗ばんでいる。何時間も動いている証拠であろう。
そんな彼は息を荒くしながらも、その動きを止める気配はない。それどころか、より動きを激しくしていく。その太刀筋が鈍く重くなっていっても、兎の少年は鍛錬を止めずにいる。
「ふー……ふー……くそっ。こんな程度の動きで、疲れるなんて……!」
息を乱し、顎の毛先に伝っていく汗を拭っていくサイト。
見るからに疲れた様子の彼に、ハヤテが中から声をかけていく。
『おい、サイト。そろそろ休め。いくらなんでも動きすぎだ。このままでは体を壊すぞ』
「……こんな疲れ、何でもない。兄さんならもっと、もっと上手く藁を斬る筈だから。強くならなきゃならないんだよ、俺は————」
焦り、ハヤテに反論する彼に。ある人物の声がかかっていった。
「よーうサイト。こんな時間まで鍛錬か?」
「っ!? ……ガッツさん、何でここに?」
「前々からファクトの奴に報告を貰っててな。ここ数日、この時間帯まで鍛錬してる奴がいるって」
陽気な声をかけてきた人物、ガッツに気付いたサイトは驚きながらもようやくその動きを止めた。
酷く疲れ切った彼に、ガッツはタオルを投げ渡す。
「ある程度拭いたら、浴場で体洗っとけよ? まぁ、お前はそういう事はちゃんとする奴だとは思ってるけどよ」
「うん、ありがとうガッツさん。……それで、まだ何か言いたいことがあるの?」
「あぁ、そうだな。お前に言いたいことは山程あるぞ」
その指摘に、サイトは息を整えながらも首を傾げる。自身に何か不都合なことでもあったのだろうかと、疑問を思い浮かべた故の反応だ。
そうした彼の様子に、ガッツは半ば呆れた顔を向けながら近づいていくと、額を人差し指でつついて苦言を呈した。
「午前も午後もここで鍛錬してたのに、そのうえ深夜にまで鍛錬してたら流石に気にするに決まってんだろ! しかもお前! ラヴィーネから帰ってきて以降ここ数日ずっとそうだろうが! アリスもソウジもイニティウムの奴も、皆心配してるぞ!」
「いてててて!? な、なんでそんな怒るのさ! ちゃんと許可も貰ってやってるんだから、問題ないだろ!?」
「オーバーワークなんだっつーの! ……お前さ、何か焦ってんのか? もしよければ、俺が相談に乗るぜ?」
ガッツの言葉に、サイトは顔を俯かせた。
拒否、とまではいかないが、しかし信頼を寄せてもいない。そういう状態なのだろう、とサイトを見るガッツは、ポリポリと困ったように頭をかいていく。
数秒の沈黙が続く。夜風が肌をさらい、少しだけ肌寒くなってきたタイミングで……先に口を開いたのは、サイトだった。
「大丈夫。そこまで重大なことでもないし、ガッツさんの時間を使わせるわけにもいかないから」
その言葉に、ガッツは眉根を寄せていく。次いで、深く大きなため息を吐いた後……彼は、ポツリと呟いた。
「な~んでお前はこう……なぁ、サイト。お前、何を目指してんだ?」
「えっ?」
「そうやって無茶して必死に頑張るってことは、何かを目指して頑張ってんだよな? お前の根幹、目標ってもんは、どれ程のもんなんだろうって気になっちまってよ」
根幹、目標。
その言葉を聞いたサイトは、表情を固まらせていく。
訊ねられた内容に、兎の少年は逡巡していく。
――――俺は、兄の存在をこの世から消した厄者メモリを殺す。
――――それと同時に、兄がこの世に存在していたという事実を人々に伝えていく。
――――これが、俺の目指す目標だ。でも……今の俺にそれが出来るのか?
ラヴィーネでの一件。
特に、厄者メーディアの最後に解き放った力、
その力に蹂躙された為に、兎の少年は自信を無くしてしまっている。
確固たる意志、目指すべき目標が揺らいだそんな彼の中で――――何かに、ヒビが入っていく。
そうして黙り込んでしまったサイトに、ガッツは自身の頭をガシガシと掻きむしった後――――兎の少年に近寄り、その肩を優しく叩いた。
「悪い、そこまで思い詰めちまうとは思わなかった。無理に考えすぎなくていい、取り敢えず今日はもう休め」
「……その、ごめんなさい。結局、時間を取らせちゃって」
「こんなもん時間を取ったって言わねぇよ! お前はつくづく、気を遣いがちだな。いやまぁ、美点なんだがよ。そうやって相手を慮りすぎて、自分を疎かにしすぎんなよぉ?」
豪快に笑い上げながら、ガッツは前を歩き始める。
その後ろを、サイトはゆっくりと付いていった。
『……だから言っただろうが。これに懲りたら、暫く休むことだな』
ハヤテからの苦言を、聞き流しながら。
そうして、時間は過ぎていく――――。
――――――――――――――――――――――――――――
サイトがガッツと話していたのと同じ時間帯に、とある医務室にて椅子に座って講義を受けている人物がいた。
その人物は、アリス。
目の前で講義をしている眼鏡をかけたエルフ族の女性から、様々な知識を教わっている最中である。
メモ帳にペンを走らせ、教えられている事を記していくアリスの表情は真剣そのもの。
そうした講義も、終わりが近づいていた。エルフ族の女性は、アリスへと問いかけていく。
「では、アリス。ここまでの講義で、何か気になる事はありますか?」
「あっ、はい! それは大丈夫なんですけど、個人的な質問をしたいです!
「……そうですね。私は、とにかく安心させることだと思います。助けを求める人は、何かの要因で怯え、苦しみ、恐怖している。それらのネガティブな感情を排して、そこから改めて助けてあげられたら、と」
アリスから逆に問いかけられたエルフ族の女性、オリヴァはその様に持論を説いていく。
クールな表情から発せられる言葉には、どこか重みのようなものが感じられ、アリスは感銘を受けたように目を輝かせていた。
そんな彼女に、オリヴァは変わらぬクールな表情で一つ注意を施す。
「アリス、これはあくまで一つの意見。正解というわけではありませんし、他にも様々な意見がある筈です。なので、参考程度に考えておいてください。そのうえで、貴女自身の大切なことを見つけるように」
「うっ、はい。手厳しいなぁ、オリヴァさんは」
「……それにしても、貴女はラヴィーネから帰ってきて以来とても励んでいますね。今日のこの講義に関してもそうです。何か、きっかけが出来たのですか?」
何気なくオリヴァが聞いた内容に、アリスは椅子から立ち上がるとそのままエルフ族の彼女に近づいていき熱弁を始めてしまう。
「そう! そうなんですよ! ラヴィーネで私、色んなことを学んだんです! 自分自身を見つけ出す為の指標が改めて固まるような、そんなことを沢山! オリヴァさんと同じエルフ族のエーテルさんからはもっと自分を曝け出したら良いと言ってもらって、コルヴァスさんにも元気づけてもらって! コトノハさんからは自分に今出来る事を精一杯頑張るってことも教えてもらって、それからそれから――――」
矢継ぎ早にペラペラと喋り続けてしまうアリス。その口が休まることはなく、目の前のエルフ族へと注がれてしまう。
戸惑うオリヴァ。しかしすぐに気を取り直すと、お喋りなアリスの口に人差し指をピタリと当てて止めていった。
「落ち着いてください。そんなに多く話されても、全て聞き取ることが出来ませんから」
「あっ、ふぁい……すみません、ついついはしゃいでしまいました」
「本当に、驚いてしまいましたよ。けれど、そうですね。貴女のその前向きでひたむきな気持ちがあれば、きっと
過去を懐かしむように、オリヴァは目を細めてアリスを見つめていく。
そんな彼女を不思議がり、アリスは首を傾げる。
数秒の間が空き、先に口を開いたのはオリヴァだった。
「それでは、今日の講義はおしまいです。早く体を休めてくださいね」
「はい! ありがとうございました、オリヴァさん! また講義、お願いしますね!」
そうして、アリスは医務室を後にする。
扉の閉まる音を聞いたオリヴァは、椅子にゆっくりと座ると腰を深くかけていく。
静かになった医務室で、彼女は目を閉じていき。
「……ただひたむきに、力強く。そう、それでいいのです。それが世界にとって、絶対的な希望になっていくのですから」
小さく、呟いていくのだった――――。