とある早朝。相も変わらずガヤガヤとした賑わいを保ったアストラの街道を進むのは、サイト。
フードを被りながら、彼は当てもなくブラブラと街を散策している最中だった。
「ふぁ〜……ったく、ガッツさんは過保護なんだよ! 別に身体は問題ないってのに、鍛錬中止ってさぁ!」
欠伸を漏らす彼の表情には、疲れの色が見えている。
あの夜以降も、サイトは変わらず無理な鍛錬を続けていた。
朝昼晩、ひたすらに藁を斬り、時には別のギルド員とも組手をする。
ソウジを誘ったりもしていたが、彼からも「いい加減に休まねぇと、身体保たねぇぞ?」と釘を刺されながら断られていた。
なんなら、アリスにもひたすらに心配をされてしまい「これ以上動いたら身体壊すよ! 早く休んで!」と普段の彼女からは考えられない剣幕で言われたこともある。
しかし、サイトはそれでも止まれなかった。
その結果、とうとうガッツから直々に鍛錬中止という命令を出されたのだ。
素直に聞き入れようとしないサイトに先回りして、藁を貸し出さない、ギルド員も組手を断るなどを徹底した末に、今に至る。
『当たり前だ阿呆め。ここ最近のお前の行動は、異常すぎる。そもそも今、欠伸もしていただろうが。身体が疲れ切っている証拠の一つだ。それに、自分自身を苦しめまくっていたら、他者に心配をかけすぎることは理解出来るだろう?』
ハヤテは溜め息を吐いていく。
サイトはその言葉に対し、まるで反省の素振りすら見せずに反論をしていった。
『っ、でも……このままじゃ駄目なのは事実じゃんかよ。俺はちゃんと、強くなれてない。出来るようになったことも、剣で空を飛ぶぐらいで……戦闘技術は、なんにも向上してないんだぞ!?』
『だからといって、無理な鍛錬を続けていい理由にはならんだろう? 時には休息も必要だと理解しろ。いや、理解させてやる。最近のお前はどうにも俺の言葉を無視しがちだからな。嫌というほど頭に叩き込んで————』
「————うるさいんだよ! 俺は強くならなくちゃならないんだから、黙っててくれよ!」
ざわざわと、周りで歩いていた人々が視線をサイトへと向けていく。
端から見れば、一人で急に叫びだしたのと同義であるのだから仕方なくはあるのだが。
頭に血が上ったままの彼は、周りが見えていないのかまだ怒りを口から放っていく。
「なんで皆、そうやって一々俺を気にかけるんだよ! 俺は大丈夫だって言ってんのに、なんで……! やっぱり俺が頼りないからなのか!?」
『待て、落ち着けサイト。人々がお前を見ている。目立つのはお前自身の本意ではないだろう?』
「っ、……クソッ。俺は、俺は————」
駆け出すサイト。
往来の人々にぶつからん勢いで走る彼は、目的地もないままに道を突き進んでいく。
入り組んだ路地裏、その道をひたすらに突き進んで。
そうして一心不乱に走り続けた彼は、気がつけば。何やら見知らぬ書店の真ん前に立っていた。
古ぼけた外壁、その石畳には苔が生えており、あまり掃除などは成されていないようだった。
そんな書店の看板も古び煤けており、文字も掠れてしまっている。
一見すれば、入ることすら躊躇われるそんな書店に……サイトは惹かれてしまった。
ポツンと立っているその書店が、今の孤独ともいえる状況下にある自分と酷似していたからだろうか。
一歩、一歩。店内へと近づき……そして、入店していく。
カランカランという鐘の音を立て、店内へと足を踏み入れる。予想通り、埃が舞っている空間。
しかし、嫌な気分にはならない。寧ろ、独特な閉塞感や古風な雰囲気が、サイトの心を安心させていく要因となっていった。
店内を回る。様々な書物が並ぶのを、ただジッと見ていくだけのサイト。
————この中には、オウンズ家のことが記されていた書物もあるのかな。……今は、消えてるけど。
そんな考えが
オウンズ家が……兄の存在自体がこの世から消えているという事実を、受け止めたくない。
その思いから、ただひたすらに店内を回るだけのサ
イト。
そうしていると、彼は棚にかけてあったとあるタイトルの本に目を向けてしまう。
〘
記されたタイトルに、サイトはどこか
————このタイトルを、
そういえばと、兎の少年はボーデンにてレオンが唱えていた詠唱の一つを思い出す。
『ℬravely fight fo℟ survive ...... ℱortune ℒight』
聞き取るのが困難であったその詠唱の中の一節、それにあったのと同じ言葉。
あの時は頭が痛むなどということは無かったのに、何故今はこんなにもズキズキと響くのだろうか。
分からない。
分からないからこそ、サイトはその本から離れていく。
逃げるかのような歩み。それに気付いているハヤテだったが、黙ったままサイトを見守る。
やがて彼は、勘定場までやって来ていた。
そのままボーッと辺りを見回す彼に、勘定場の裏手から声がかかる。
「おや、君は
優しく問いかける、温かなその声に顔を向けると————そこにいたのは、テッラ教会の神父。
身に付けている衣服は黒のキャソックではなく、ラフな黒と白の上下服となっていた。
目をパチパチと瞬かせるサイトに対し、神父の方は困ったように頬を指で掻いている。
「もしや、人違いでしたかな? いえしかし、佇まいからして……あぁいや、そちらが私を忘れている可能性もありますね。では、改めて自己紹介を————」
「えっと、いや、その……大丈夫ですよ、神父さん。ちゃんと、覚えてます。教会で話をしたこととか、花の名前を教えてくれたこととか。ただ、ここにいるのに驚いたってだけで。後、名前も聞いてなかったなぁって、さ」
「おや、そうでしたか! いやはや覚えていてくれて光栄ですよ。……お名前は、サイト君でよろしかったですよね? でしたら私もお名前を教えるとしましょうか」
衣服を整える動作をしながら、神父は名乗りを上げていった。
「私の名前は、アルヴァ。アルヴァ・ウィンクルム。テッラ教会の神父兼、ここ【希望堂】の店主でもあります」
「……改めてどうも、アルヴァさん。お……僕の名前は、サイトでいいですよ。それよりも、ここの名前【希望堂】って言うんですね。看板の文字が掠れて読めなかったから、分からなかったんですよ」
「ははっ、お恥ずかしい限りです。何分、教会の運営の方が忙しくて、半ばこちらは疎かになりがちですからね。何とかギルドの人にも手伝ってもらって、事なきを得ていますが」
頭の後ろを掻きながら、アルヴァは朗らかに笑っていく。
そんな彼の言葉にサイトが首を傾げるのと、同時に————後ろから、鐘の鳴らされる音が店内に響いた。
振り返ると、そこには。
「アル爺、寄付された本持ってき……って、サイト? 何故お前がここにいるんだ?」
段ボール箱に敷き詰めた多数の本を抱えた、イニティウムの姿が。
足で扉を閉めながら、彼はサイト達へと近づいてくる。
「ティム坊、お行儀が悪いですよ。ちゃんと手で閉めなさい、手で」
「悪い悪い。って、そんなことはどうだっていいんだ。サイト、本当にどうしてここに? 確かに鍛錬は禁止されていたが……かと言ってここまで来てるのも不思議なもんだからな。かなり道も入り組んでて、来るには少々手間もかかる。普通の人はそうそう来ない場所なんだぞ?」
「えっ、と……そう言われても、無我夢中で走ってたら辿り着いてた、としか。っていうか、イニティウムさんこそなんでギルド長なのに手伝いとかしてるの!?」
チラリとアルヴァの方を向くサイト。
すると、彼はニコリと穏やかな笑みを絶やさぬままに口を開いていった。
「えぇ、彼にもよく手伝ってもらっていますよ。と、いうよりもですね。ティム坊はここに限らず、よく色んな場所へと赴いて仕事をこなしていますよ? その中には賃金の発生しないボランティアもありますねぇ。精力的で良きことです」
「……やめてくれアル爺、小っ恥ずかしいから。じゃあ取り敢えず、この本はそこの台に置いとくな? 後、なんか手伝うことあったら言ってくれ。来たついでにやる」
「おっ、では本の整理をお願いしましょうか。色々数もあって大変ですからねぇ」
トントン拍子に話は進み、気付けばサイトは少々置いてけぼりな状況となっていた。
目の前でギルド長が手伝う。それは、サイトを突き動かすには十分な要因である。
咄嗟に、言葉が出てきた。
「あ、あの! 僕も何か手伝いますよ!」
「おや、よろしいのですか? 手伝ってくれるのは大変助かりますが……貴方はお客であり、休暇中でもあるのでは?」
「大丈夫です! なんか身体を動かしとかないと、訛っちゃいそうなんで!」
元気に振る舞うサイト。
そんな彼を、苔色の瞳でジッと見つめるアルヴァ。数秒の間が空いた後に、ニコッと微笑んだ老爺は一言。
「却下します」
ポカン、と鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をするサイト。
その横では、イニティウムが何とも形容し難い顔で様子を窺っていた。
アルヴァは続ける。
「自身の身体の具合、自覚できていないわけではないでしょう? そも、ここまで歩いて来ていること自体が中々に怒られるポイントなのではないですか? 貴方が鍛錬を禁止された経緯は詳しく存じ上げませんが……そのような措置を取られるほどに無茶をした、ということなのでしょう?」
「……貴方も、僕のことを頼りなく思ってるんですか?」
「ふぅむ。今の貴方に何を言っても、焼け石に水な気はしますが……ここは正直にお答えしましょうか。この上なく、頼りないです」
ピシャリと、アルヴァは言い放った。
サイトは顔を俯かせて黙ったままではあるが、握られた拳は微かに震えており見ていられない。
イニティウムはそんな彼を庇うように、口を挟んでいく。
「アル爺。……あんまり、キツく言わないでやってくれ。コイツが何かしでかしたりしたら、責任は全部俺が取る。だから、手伝いぐらいはやらせてやってくれないか?」
「……イニティウム、さん」
「ふむ、イイでしょう。では、本の整理をよろしくお願いしますね?」
そう言って、アルヴァは店裏へと入っていった。
後に残るのは、顔を俯かせたままのサイトとそんな彼を見つめるイニティウムのみ。
静まり返る店内。時計の針の音が刻まれるのを、何秒か聞いた後に。
イニティウムはサイトのフードを被った頭の上から手を置いて、二回ほど優しく叩いていった。
「……やめてください」
「やめないよ。今のお前が酷く苦しんでるのは、把握しているからな。何より……放ってはおけないだろう。お前は俺のギルドの一員である前に、一人の子どもだ。子どもが困っているのに何もしないなんて、俺には出来ない」
「………………」
相も変わらず、空気は冷え切っている。
そんな中でも、イニティウムはやるべきことをしっかりとやろうとしていく。
本を何冊か手に取り、それをサイトに手渡して。
きちんと、手伝いをさせていく。
「それ、同じタイトルの本があるからそこに巻数の順番で並べてやってくれ。後、本が棚の中で倒れてたりしたら立たせたり、ちょっと埃を払ってほしい。出来るな?」
「……うん」
「よし。じゃあ、手早く片付けるとしよう」
そこからは、黙々とした作業が続いていった。
サイトからは何も発さない。イニティウムも、安易に会話は出来ないと判断して、黙したまま。
静寂とも取れる時間が、数時間過ぎた頃であろうか。
作業は終わり、整理も済んだ。
特に何のトラブルもなく、呆気なく終わったその作業。
しかし、サイトの心の靄は未だ晴れぬまま、悶々と在り続けている。
そんな中で、アルヴァがひょっこりと店裏から顔を出した。
お盆を持ち、その上には茶菓子が置かれていた。
「お二人とも、お疲れ様でした。ささやかながらお礼です。ゆっくり味わってください」
労いの言葉にも、一切顔を向けないサイト。その様子は、まるで拗ねた子供のようである。
しかし、その姿にイニティウムは叱ることはなく……アルヴァの持つお盆から茶菓子を一つ取って、それをサイトへと手渡していった。
「ほれ、食べろ。動いて腹は空いてるだろ?」
「……いらない」
「……いらなくない。とにかく食べろ、今すぐ食べろ。栄養は何でもいいから、取れ」
圧の強いその物言いに、サイトは少々ビビる。そして、半ば無理やりな形で茶菓子を食べさせられることとなった。
不服そうに食べるサイト。そんな彼を見てきたハヤテも、サイトの中で思わず苦言を呈さざるを得なかった。
『お前……はぁ。そうやって意地を張っても意味はないだろうに、全く』
————————————————————————————
「では、お二人とも。今日はもうここいらでお別れですねぇ。今は夕方辺り、帰って晩御飯も取ってくださいね?」
あれから、イニティウムとアルヴァが少々話をして時間が更に過ぎ……日も暮れてきた頃に、別れる時がきた。
アルヴァはにこやかな笑みを向けて話していたが、サイトはムスッとした雰囲気を隠さずにいる。フードを被っているのに、その表情が手に取るように分かるようだった。
「…………」
「ふぅ……アル爺、また来るよ。今度来た時は、コイツはもっと強くて頼れる奴になってるだろうから、楽しみにしといてくれ」
「おぉ、それは楽しみですね。では、また会いましょう。サイト君、それにティム坊。二人にオルド神の加護があらんことを……なんて、言ってみただけです。ティム坊はちゃんと大丈夫ですし、サイト君はこれから自分自身を見つけていける筈でしょうから。神の加護などなくとも、ね」
片目を閉じた動作を取るアルヴァに、イニティウムは少々呆れた視線を向けた。
そうして、アルヴァと別れたサイトとイニティウム。その帰路は相変わらず静かなものであり、雰囲気は端から見れば最悪である。
俯いたままのサイト。普段は人懐こいほうである彼の珍しい姿に、イニティウムは少し困った様子ではあったが……何かを決心したように、少年へと顔を向けて話しかけていった。
「サイト。アル爺にはキツく言われてしまったが……俺からも話したかったことを言わせてくれ」
「……」
「もっと、皆を頼ってもいい。お前が頼りないからとかじゃなくて……一人で出来ることには、やっぱり限界があるんだよ」
語りかける。
穏やかに、落ち着いた声色で。サイトへと届けるようにして、話していく。
「お前一人が抱え込み続ける必要はないんだ。ギルドの皆だって、お前を否定したりしない。だから————」
「いいや、駄目なんだよ」
イニティウムの言葉を、遮り。
サイトは……
「
「サイト、お前……」
「イニティウムさん。色々と、ごめんなさい。けど、僕は頑張れるから。だから……
その声には、僅かながらに震えが混じっているのをイニティウムは感じ取った。
このままではいけない。そう思った彼が行動するよりも速くに————サイトは駆け出してしまう。
「待っ、サイト————」
もう、遠くにある背中を。イニティウムは悔しげな瞳で見つめていく。
その悔しさは、自分自身の不甲斐なさに。
そして、歯をギリっと音が出るほどに噛み締めながら、彼は。
「……絶対に、お前を見捨てたりしないからな」
そう、ポツリと呟くのだった————。
こうして束の間の休息は終わり、次なる戦いへと幕が上がる――――。