「あんた……いえ、今はそれどころじゃないわね。とにかく早く乗って! 緊急事態なの!」
「っ、おう!」
会話らしい会話もせず、アヤメの言葉に従ってソウジは船に乗り込んでいく。
そしてそのまま彼らはヒノモトへと上陸し、そこで即座に交戦を開始した。
ヒノモトの城下町、その一帯が黒の装いに身を包んだ集団に襲われていたからだ。
自身の武器である小刀、その切っ先に
そして、俊敏な動きを見せる彼の他にも相対する敵を掃討する者がいた。
「はぁぁぁぁ!!!」
雷光の奔流をレイピアの切っ先から放ち、黒の集団を貫いていくのは————聖ドゥケレ騎士団『
覚醒石を発動し、身に付ける騎士の鎧は煌々と明滅して、背中からは天使の羽根らしきモノが生えた姿で戦っている。
その細身の体躯からは想像もつけられないほど力強い一撃は、普段の物腰柔らかな彼女からは想像もできない。苛烈な攻撃を、黒の集団に叩き込んでいく。
「うぉぉぉぉ! お前達、ホリィ様に続け! 罪のない人々を苦しめる者共を掃討するのだぁ!」
そうした二人の活躍もあってか、ヒノモトの『カンナギ組』の面々やアストラからのギルド員、そしてホリィ率いる『正義の唄』の隊員達も奮起していく。
そのまま戦いは優勢となっていき……やがて、黒の集団を一掃することに成功した。
「ぐああぁぁぁ!? っくそ、撤退、撤退だお前ら! こんなバケモン連中に付き合ってたら、こっちの身が持たねぇ!」
悔しさをその言葉に滲ませながらも、生き残った黒の集団は自分達の安全を優先して逃げていった。
這う這うの体で退散するその姿を見て、息をつくソウジ。警戒を未だ解くことはしないが、ひとまずの安全を確保した彼は一旦覚醒石の力を解いて体を伸ばしていっていた。
そんな彼の下に、ホリィが小走りでやって来て朗らかに話しかけていく。
「ソウジさん、お久しぶりです。流石の戦いぶりでしたね」
「……ホリィか。お前も元気そうで何よりだ」
「……? あの、ソウジさん。どうかされたんですか? 鬼気迫る表情をしていますけど……そういえば、サイトさんの姿が見えませんね? 何かあったんですか?」
キョロキョロと辺りを見回しながら、ホリィがその様に疑問を訊ねていく。
その疑問に、ソウジは苦虫を噛み潰したような顔で答えていった。
「そのサイトと、もう一人。アリスって奴が、船に来る途中で厄者に襲われた拍子に、海に放り出されちまって……消息が、分からなくなっちまってるんだ」
「そんな……!? それに、厄者って。ヒノモトの厄者はまだ封じられている筈なのに……その話、詳しくお聞かせ願え————」
「いたいたー! ソウジー! 『
二人が話している最中、その明る気な声は聞こえてきた。
呼ばれたソウジが顔を向けると、走って近づいてくる白い猫種の
アヤメは近くまで来ると、そのままソウジの腕を引っ張ってどこかへと連れて行こうと歩き出そうとする。
「じゃとっととギルドへ向かいましょ。ホリィさんもごめんね話区切っちゃってー!」
「わっ、たっ、とっとっ……すまんホリィ、ちょっと向かうわ。積もる話はまた後で」
「あっ、はい! 後処理は任せて、ソウジさんは説明を受けてください!」
慌ただしく別れの言葉を交わしながら、その場を離れていくソウジとアヤメ。
ギルドである建物へと向かうその道中、道すがらに見える崩れた家々や傷ついた人々を見て力強く歯噛みするソウジ。
故郷を滅茶苦茶にされ、鼻先に皺を作って見るからに怒りを滲ませる彼。そんな彼に対し、アヤメは同調するように力強い声色で話しかけていく。
「悔しいよねソウジ。あたしも凄く悔しいよ。全く関係の無い人を巻き込んでの強襲……卑劣極まりないわよね、『アンギョウ組』の連中」
「……あぁ。すっげぇ腹が立つ。必ず落とし前はつけさせてやろうって思うぜ」
「えぇ。そう思うからこそ、あんたが帰ってきてくれてあたしは凄く安心してる。あんたはすっごく、頼りになるから」
話している間、アヤメはソウジの様子をちらちらと窺っていた。
そうしていた為に、彼女は今の彼が何に意識を割かれているのかも理解していく。
さりげなく、アヤメは次の話題を……ソウジが気になっているであろう話題を出した。
「ソウジ。サイトとアリスについて、さっきうちのギルド員に調査へ向かわせたわ。正直、あれだけ荒れた海に放り出されてしまってるから……生存は望み薄かもしれない」
「……そっ、か。でも、探してくれてんだな。あんがとよ、アヤメ」
「礼なんて言わなくていい。あんなことになったのは、こっちの落ち度なんだから。悔やんでも悔やみきれないわ」
アヤメは、空いた片方の手を思い切り握りしめていく。
その握っていく力の加減と尻尾のピンとした立ちようから、相当に悔しい思いをしているのが見て取れる。
ソウジはそんな彼女に対し……背中をバシバシと強めに叩いていった。突然の衝撃に、アヤメは驚いて素っ頓狂な声をあげていく。
「にゃあ!? ちょっとあんた何すんのよ!?」
「いやぁ、悪い悪い。あんまりにも責任感じてそうだから、ついな。……悔やむのはいいが、それよりも現状をどうにかしようぜ。サイト達を探してくれてんだったら、今俺らが取り組むべきは『
「……ソウジ、あんた。
アヤメは感心した様に、ソウジの方を見ていく。その眼差しに蒼狼の彼は照れ臭そうに頬をかいていくと、少し昔語りをし始めた。
「ははっ……昔の俺、色々と酷かったもんなぁ」
「ことあるごとに
小さく息を吐き出しながら、アヤメはからかうような口ぶりでソウジの言葉を肯定した。
そんな彼女にソウジは「ははっ……」と苦笑いを零した後、真剣な表情になって返答していく。
「色々と迷惑かけたよ。今は、兄貴ともちゃんと話をしたいと思ってる。今の俺の姿を見せて……俺自身の苦しかった過去と、訣別するんだ」
「……ソウジ」
「まぁ、それも大事だが同じぐらいに今の現状にも目を向けなきゃなんねぇよな」
ソウジの言葉の意図を汲み取ったのだろう、アヤメも真剣な表情へと変わって彼の言葉に頷いた。
「えぇ、とにもかくにも今はやるべきことが山積みだから。ギルドにもそろそろ着くわよ」
彼女の言葉通り、ギルドには間もなく到着した。
ソウジはその荘厳な作りの建物を懐かしむように眺めた後……一つ、アヤメにあることを言った。
「アヤメ……手、もう放してもいいぞ? 流石にこのまま入んのは、ちょっと恥ずかしい」
「えっ? あっ、ほんとだずっと握ってた! 気付かなかった、ごめん!」
「ははっ。アヤメのそういう所、変わんねぇよな」
軽口を交わすソウジに対し、アヤメも気恥ずかしくしつつ笑って返していく。
そして、ソウジは久方ぶりの故郷のギルド……自身の兄が
————————————————————————————————————————————————
ギルド内部は、ピリピリとした空気と共に慌ただしい様相を呈していた。
傷ついた民間人の受け入れや、次の強襲に備えた作戦会議。物資の補給等々様々な点においても、休まることは許されない。
そのような空気感のギルド内、その通路をソウジとアヤメは進んでいた。向かう先は、ギルド長の部屋。作戦会議室と併用になっているそこへと、早足で急いでいく。
その道中、ソウジは気になった事をアヤメへと訊ねた。
「なぁ、アヤメ。他の奴らの視線が凄いんだが……」
「そりゃあんた、カンナギ家の次男坊だし。久しぶりの姿、しかも体格も雰囲気も一回り成長してる。ヒノモトを救ってくれるっていう期待があんのよ、きっと」
「……そりゃ光栄なこって。まぁ、変な期待かけられなくてもそのつもりだ。ぜってぇにヒノモトを、天火中を救うんだ」
どこか必死な様子のソウジに、アヤメは不安げな視線を向けていく。
言葉をかけようとしたが————アヤメが話しかけるよりも早くに、別の人物の声がソウジに向かってかかった。
「おーやっぱりソウジじゃあないか! ひっさしぶりだなぁおい! 元気してたかぁ?」
その、声は。
久しく聞いていなかった、能天気でありながら芯に響く……温かみのある、男性の声。
耳がいち早く、声の方向へと動く。次いで、顔がその方向へと向いていった。
明るめな朱色に白の混じった、後ろ手に結ばれた長髪。見つめた人を自然と引き締まらせるような、切れ長の明るい朱色の三白眼。健康的な小麦色の肌は、彼の活発さを表す。
そして整った顔たちに、身に着けている朱色と白が目立つ上等な着物は気品の良さを感じさせ、本人の位の高さを窺い知らせた。
そんな
ソウジの尻尾は、所在なさげに揺らいでいる。どのように反応すればいいか、分からないからだ。
————話しかけられた。何の叱責も罵倒もなく、笑顔で。俺の、予想通りに。
そうして、半ば呆けているソウジの様子に首を傾げる件の人物は、何の躊躇もなく立ち尽くす彼に近づいていく。
床を滑るように歩く度に、草履の擦れる音が響いて……明確に近づく男性にソウジは緊張した面持ちを見せ、身体や尻尾の固まり具合を隠せずにいた。
そんな彼を、庇うように。
アヤメが立ちはだかりながら、少々不快そうにその猫の顔に皺をよせて代わりに問うていく。
「さっきまであんな馬鹿みたいな火力放ってた癖に、何で平然と出歩けてるのよ……
アヤメにそう言われた、ホムラと呼ばれた人物は。
二人の真ん前まで来た後に、その朗らかで楽天的そうな笑みを浮かべたままに。
「んなもん、決まってんだろ? 俺、強いからな!」
何の恥ずかしげもなく、堂々と。
自信満々なポーズを取りながら、彼はそう言い放った————。