・・・ヒマだ。
俺はもう何度目か分からないため息をつく。せっかくの文化祭だというのに、ぼーっと座って客をただ待っている。しかもその客は来ない。
何やってるんだろうな、俺は。
「よっ、ヒマそうだな」
「好雄!!」
ガバッと立ち上がって、その腕をつかむ。
「ありがとう俺のために来てくれて!」
「誰が」
「やっぱ持つべきものは友だよな、さー座って座って」
「別にオレはいらな」
「遠慮するなって。ホントお前はいい奴だよ、こうしてわざわざ友人のために足を運んで来てくれるなんて、人付き合いのいいのが唯一の取り柄だもんな。それがわからないなんて女子は見る目がないよな。さあ、俺が思いっきりカッコよく描いてや・・・」
「そんなに客来ないのか」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・静かなツッコミが俺の心をえぐる。
「まあね」
美術部の担当する似顔絵描きは閑散としていた。
かくいう俺はまだ一枚も描いてはいない。
「頼む、描かせてくれ」
「さっきどさくさに紛れて余計な事言わなかったか? ったく、可愛い女の子の絵ならまだしも、自分の似顔絵なんているか。しかもお前の描いたやつを」
「う・・・たしかに」
絵のレベルは自分が一番よく分かっていた。いや、レベルなんて言う以前の問題かもしれない。
「ところで、なんで美術部なんて入ったんだ。ロクに絵とか描いたことなかったんだろ?」
好雄はそう言いながら『描いてもらう人』のイスに座る。
「うーん・・・なんとなく、かな」
俺も『描く人』の席に腰を下ろした。
「運動部はパスだし、文化系でどれかと思ってたんだけど、絵は見るの好きだったから美術部にしたんだ。見ると描くとじゃ大違いだけどな」
「あったり前じゃん。音楽好きだからって、いきなりギター弾けるわけないだろ」
「そりゃ分かってるけどさぁ・・・」
入部してからは、描くたびに実力を思い知らされるだけだった。
「How Are You? 調子はどう?」
「こんちはー片桐さん」
声の掛かった方向に、好雄はにこやかに挨拶する。
「全然ダメだよ」
「What? お客さんじゃないの?」
彼女は不思議そうに閉じたスケッチプックをのぞく。
「あー違う違う、コレは単なるひやかし」
「コレってお前なぁ・・・・まーそうだけど」
あっははは、と片桐さんは飾らない笑いをする。
「ここはいいから、ヒマだったら休憩してきたらどう?」
「・・・どーせヒマだよ」
「ゴメンゴメン、そーいう意味じゃないわよ。第一、似顔絵描きなんてそう賑わうものでもないでしょ。ましてや私達は部活に入ってるだけの素人なんだし」
「んじゃ、なんでやってるわけ?」
好雄がもっともな質問をする。
「デッサン力をつけるためでしょ。絵の上手さなんてどれだけ数を描いたか、ってものだし」
「・・・そんなもんかな」
「Of Course、そうよ、私なんて昔から描いてただけだもの。キミももっと描けばもっと上手になるわよ」
それだけじゃないと思うけど、と思いながらも俺は特に反論しなかった。
「でもこんなに人来なきゃ、意味ないんじゃない?」
「あっはは、そーねぇ」
「片桐さんの所だけは別だよ、お客が絶えないし」
「んー、そんなことないわよ。友達ばっかりだし」
実際、他の部員も友達やクラスメートを誘って描いているようだった。それでも片桐さんの絵の腕と人辺りの良さから、彼女のところだけは別格だったが。
「それ言ったら、俺には友達いないことになるじゃん」
「へ? 誰も来てないのか」
うっかり口から出た言葉に好雄は反応する。
「一人も?」
念を押すな。
「・・・ああそうだよ、誘ったのに一人も。薄情な奴らだ」
「オレが来たじゃん」
「ありがとよ。客じゃないけど」
「まーそう言うなって、・・・あれ、でも詩織ちゃんは?」
「クラス展示と、部活と、委員会」
「そっか、頼られてるもんなー」
時間が空いたら行くね、とは言ってくれたが・・・無理だろうな。
「そういや、片桐さんこそ休みなく描いてたんじゃない? 休憩したら」
「No Problem、描くのは苦にならないし、今はこうして休憩してるようなもんだしね」
「じゃぁさ、オレ描いてよ」
「好雄、片桐さんは休んでるんだから」
「OK、私ならかまわないわよ」
「それにさっき、いらな・・・」
「さーさー片桐さん!! こんなやつ放っといて行こ行こ!」
好雄は強引に片桐さんを連れて行ってしまった。
俺の場所からは少し離れてるから、何を話してるかまではわからないけど・・・どー見ても絵を描いてもらうなんて口実で、口説こうとしてるようにしか見えない。片桐さんに悪いことしたかも。
「・・・おい」
「へ?」
声を掛けられて前を見ると、伊集院が偉そうにイスに腰掛けていた。
偉そうなのはいつものことだけど。
「ここは似顔絵を描いていると聞いたが、間違いだったのかな」
「似顔絵・・・描かせてくれるのか?」
「それとも、別の催しをやっているのかね」
「いやいや! どーぞどーぞ!!」
俺の態度が意外だったのだろう、眉をひそめながら
「・・・ただ僕は庶民が絵を描くと聞いて、どの程度のものか話の種に寄ってみたのだが」
いつもの大上段な態度もゆるそう、やっぱり一枚も描かずに終わるなんて寂しすぎる。
「まぁなんでもいいや、描かせてもらうよ」
スケッチブックを開くと、更のそれを見て鼻で笑った。
「どうやら、ずいぶんと忙しかったようだね」
「・・・おかげさんで」
我慢我慢。せっかくの客だ。
「肖像画など毎年誕生日に伊集院家の画家に描かせているのだがね、たまには庶民の絵というのも見たくなったのさ。僕の美しさの百分の一も描き表せるとは到底思えないが」
「・・・ちょっと、静かにしてもらえないか」
「ほう、依頼主に注文をつける気かい。会話しながら描くくらいの事ができないのかね、これだから庶民は」
「こっちは素人なんでね」
「やれやれ仕方がない、庶民のために協力するとしよう」
黙るのにもいちいち押し付けがましい奴だ。
「・・・・・・」
やっと静かになって、描く方にも集中できる。
と言ったものの人物デッサンというのは難しい。いや静物デッサンも難しいけど。
「似顔絵」なんだから特徴を大げさに描くってのもアリだな、特徴特徴・・・。しかし特徴と言っても金髪も薄い茶色の目も描き表すには・・・
「おい、動くなよ」
伊集院は顔をそらし、完全に横を向いてしまっている。
「き、君があんまり僕を・・・」
「?」
「いや、ちょっと用事を思い出した。失礼する」
「あ、伊集院!」
行ってしまった。・・・俺の客が。
そして再び静かになる。俺の周りだけ。
「よう」
「好雄、・・・片桐さんに描いてもらってたんじゃないのか」
「うん。ほらソックリだろ」
手に持った紙を見せる。
「早いな」
「おかげでこの後の約束取りつけそこねたよ」
速い上に、本人より少しだけ良く描かれていた。・・・プロだ。
「んじゃオレ、そろそろクラス展示の方に行くから」
「俺もここ交代したら顔出すわ」
好雄がいなくなると、またどうしようもなくヒマになる。
あと1時間、がひたすら長い。
することもなく、客が絶えない片桐さんの方をぼーっとながめていた。
「こんにちは」
前の方から長年聞き慣れた声がした。
「詩織!! 忙しいんじゃなかったのか!?」
「少し早く交代してもらえたから、どうしてるかなと思って」
「みての通り」
「それじゃ、描いてもらえるかな」
「もちろん大歓迎だよ。あんまり上手く描けないと思うけど」
「上手じゃなくても我慢するわ」
「我慢って・・・ひどいなぁ」
クスッと笑って詩織はイスに座る。
「冗談よ。期待してるから可愛く描いてね」
「努力する」
スケッチブックを開き、鉛筆を走らせる。
やっぱり詩織はやさしいな。俺のために来てくれるなんて。普段会ってると忘れてるけど、こうして改めて見るとホント美人だし。好雄がことあるごとに「うらやましーうらやましー」と言うのもわかる気がする。
「ーーー待たせたね」
やっと輪郭が描き上がった頃、偉そうな声が聞こえた。いやだから偉そうなのはいつもの事だ。
「別に待ってない」
顔も上げずに答えるが、詩織は後ろを振り向く。
「すまない詩織君、替わってもらえないかな。先程描いてもらってたんだが急用で少し席を外していたんだ」
「今描いている途中だから、後にしてくれ」
「私なら構わないけど」
優しい詩織は席を譲ろうとする。
「いいよ詩織、こっちだってちょくちょく替わられちゃ描きづらいし」
「君の都合で拘束されては、詩織君も迷惑だろう」
「そんな、別に・・・」
「そーだ、ほっとけ」
「折角の文化祭に、こんな所で時間を浪費するのはもったいないとは思わないかい」
「あ・・・・・」
そういえば詩織はロクに休憩時間もないんだった。それなのに、せっかく空いた時間でここに来てくれた・・・。
「ごめん詩織、やっぱり後で描かせてくれ。続きはいつでも描けるし」
「そう? それじゃここは伊集院君にお譲りするわ。それじゃ、また今度お願いするわね」
にこりと笑うと詩織はスカートをひるがえして行ってしまった。
それと入れ替わりに伊集院がイスに座る。
「ーーーで、なんでお前は『こんな所』に戻ってきたんだよ」
「僕は何処へ行っても注目の的でね、静かで誰も来ないような所にちょっと避難しようかと思ってね」
「はいはい、それじゃ続き描かせてもらうよ」
「ちょっと待ってくれたまえ、絵は描き直してもらおうか。僕は横顔の方がいいと言われるからね。ま、どの角度から見ようと僕の美しさは変わらないが」
どーでもいいって。
「君の為にも横顔を描かせてやろう」
俺は無言でスケッチブックをめくる。
今度は伊集院も動くこともなく、鉛筆が走る音だけが俺の耳に聞こえていた。
「・・・こんなもんかな」
「Good、いいんじゃない?」
すぐ耳もとで声がした。
「うわっ・・・・片桐さんか、びっくりした」
「ずいぶん集中してたみたいね。いい出来じゃない」
「うん、自分でもそう思う」
デッサンも多少くるってるし完成度は片桐さんの足元にも及ばないけど、それでも自分なりに納得のいく出来だった。
「僕の美しさの十分の一も出てないが、君の腕ではせいぜいこんなところだろう。だが、こんなに時間をかけては少々致命的ではないかね」
「・・・あ」
指摘されて初めて、交代の時間どころか学園祭も終わりの頃だというのに気づいた。
「まぁいいじゃない。伊集院君も付き合ってくれたワケだし」
「あ、そうか・・・ごめん」
よく考えたらずっとイスに座ってくれてたんだ。口数の多い奴が、黙って何時間も。
「なに、始めに言ったようにここを避難場所にしただけだ」
「OK、そーいう事にしときましょ」
伊集院が反論しようとすると、「片付けがあるから」と片桐さんは身をかわして行ってしまった。
伊集院はひとつ咳払いをすると、ぴっと札を突き付けた。
「代金だ。釣はいらない」
「金はいいよ」
伊集院は眉をひそめる。
「今まで付き合ってくれたお礼」
「庶民に施しを受けるいわれはない」
「施しって・・・あのさ、よく考えたら誰かのために絵を描いたのって多分これが初めてなんだ。自分でもけっこう上手く描けたと思うし・・・よかったらもらって欲しいんだけど、ダメかな」
「・・・仕方がない、そこまで言うのなら貰ってやろう。しかし、庶民にただ物を貰ったとあっては夢見が悪いのでね、代わりの物を贈らせてもらおう」
「別にいいって」
「そうはいかない、僕の精神に反するのでね」
伊集院はそう念を押して帰っていった。
そんな事などすっかり忘れていた数週間後、休日の我が家にそれはやってきた。
「レイ様よりお届物です」
黒服にサングラスの男は電話帳ぐらいの包みを差し出す。
見慣れた玄関に、非日常的な風貌の男が居るのってなんかシュールだな、と思いつつそれを受け取る。胸板なんか、俺の2倍はありそうだ。
「伊集院から?・・・何ですか」
「お返しだと言えば分かる、との伝言です」
「お返し?・・・ああ、あの時のか」
「それでは、確かにお渡ししました」
それだけ言うと彼は帰っていった。物々しい配達人だ。
「しっかし、律儀な奴だ」
部屋に戻るとその包みをほどく。
「・・・・・なに考えてるんだ、あいつ」
それは一枚のパステル画だった。
テラスにたたずみ、微笑を浮かべる伊集院が描かれていた。
「・・・・・・・・」
こんなもんいるかと言いたいところだったが、そう大きくもないし、なにより絵として悪くはなかった。
背景に描かれた紅葉も美しく、鮮やかな色調ながら派手な感じは受けない、むしろ俺の好みの絵だ。当然、伊集院家お抱えの画家に描かせたのだろう。
「しょーがねーな、飾ってやるよ」
そう言いながら壁に掛ける。
絵の中の伊集院が、ふふん、と笑った気がした。