闇深い世界で…悪化させた日々 作:不良品の主人公
無人島特別試験、五日目。
朝の清々しい空気など微塵も感じられないほど、容赦のない太陽が早くも頭上から照りつけていた。
「……ふぅ。よし、これでCクラスの朝食分と……こっちがAクラス、あっちがBクラスへの横流し分、と」
俺――水野月陽哉は、拠点である川の上流で、山のように積み上がったトウモロコシやスイカ、そして昨晩のうちに海で突いておいた大物の海鮮魚類を仕分けしていた。それだけではない。各クラスに配った食料の残飯や、見張りたちが排出したゴミを大きな袋に回収し、拠点の周辺を綺麗に掃除して回る。
(前世の知識と、転生特典でもらったこの規格外のチート肉体がなけりゃ、とっくに過労で心がおポッキリ折れてたところだな……)
我ながらブラック企業の社畜も真っ青の働きぶりだが、不思議と身体に疲れは一切溜まっていない。
肝心の首領(ボス)である龍園はというと、昨日Bクラスにトウモロコシを送りつけに行ってから、ニヤニヤと不気味な笑みを浮かべたまま本陣に戻ってこない。おそらく、どこかの影から一之瀬たちの様子を観察して愉悦に浸っているか、次の悪巧みでも考えているのだろう。
そのため、現在この上流の拠点では、俺が実質的にCクラスの面々に指示を出していた。
「おい、石崎。近藤とペアを組んで、水分補給用の煮沸した水を各スポットに届けてくれ。熱中症だけは絶対に起こすなよ」
「おう、分かった! 任せとけ、水野月!」
石崎は嫌な顔一つせず、むしろ頼もしげに胸を叩いてアルベルトたちと共に動き出す。
当初は他クラスからの移籍組として、あるいは龍園の腰巾着として警戒されていたかもしれないが、今や俺の命令に逆らう者はCクラスに誰もいない。
事前に龍園から『水野月の命令は俺の命令だ』と鉄の規律を叩き込まれていることもあるだろうが、それ以上に、この過酷な無人島で圧倒的な物資と快適な環境をもたらし続けている俺の「実績」を、彼らも肌で理解し、仲間として認めてくれているからだろう。
とはいえ、もう試験も5日目だ。いくら水と飯が豊富でも、精神的な疲労は確実に蓄積している。
「波瑠加、椎名。女子の体調はどうだ?」
調理エリアで器用に包丁を握る椎名と、俺の彼女である長谷部に声をかける。
「うん、陽哉の持ってきてくれたお魚のおかげで、みんな元気だよ。お肌の敵(虫刺され)以外はね」
「水野月君のおかげでみんな本当に助かってます。ありがとうございます」
波瑠加が優しく微笑む。俺は頷き、周囲のテントに声をかけた。
「残りのメンバーは極力テントの影で休んでろ。無理に見張り時間を伸ばす必要はない。体力を温存しておけ」
「「「うっす!」」」
テント内から元気のいい返事が返ってくる。Cクラスの統制はバッチリだ。
川の中流へと移動すると、そこでは何とも奇妙な、しかしこの無人島試験においては劇的な光景が広がっていた。
「おい、町田! そっちに流したぞ!」
「よっしゃあ! 任せろ戸塚!」
バシャバシャと豪快に水飛沫をあげて、水遊びに興じているのは……なんとAクラスの男子たちだった。その中には、俺が警戒している坂柳派閥の橋本や鬼頭の姿もある。
龍園から、契約の一環として『Aクラスには川の使用および水遊びを許可する』という命令が下っていたのだ。
初めの方こそ、龍園と葛城が結んだ「スポット割譲」と「毎月一人頭2万プライベートポイントの譲渡」というエグい交換条件のせいで、Aクラスの面々は俺たちを蛇蝎のごとく警戒し、睨みつけてきていた。
だが、俺の圧倒的な調達能力によって、彼らに決定的に不足していた食料や新鮮な果物が毎日欠かさず輸送されるようになると、その頑なな態度にも変化が現れ始めた。
川辺で涼んでいたAクラスのリーダー、葛城康平が、俺の姿を見つけてのっそりと近づいてくる。
「……水野月。今日も見事な食料調達だな。我がクラスの者たちも、お前が運んでくる食材の質には深く感謝している」
「気にするな、葛城。契約の内だからな。それより、そっちの飯は足りてるか?」
「ああ、十分だ。……正直に言えば、最初は龍園の言葉など毛頭信用していなかった。だが、これほど完璧な兵站を維持され、実際に胃袋を掴まれてはな。お前たちCクラスと組めば、この地獄のような無人島試験を最も安全に、かつ確実に突破できる……そう判断せざるを得ない」
葛城は生真面目な顔のまま、フッと自嘲気味に口元を緩めた。
彼らにとっては苦渋の契約だったはずだが、今や「利害の一致」による打算的な考えから、Aクラス全体の俺たちに対する警戒心は完全に解けつつあった。
「おい、水野月! お前も来いよ! 一緒に泳ごうぜ!」
川の中から、町田が満面の笑みでこちらに手を振っている。
「陽哉、ちょっと行ってきなよ。ずっと動きっぱなしだったんだし、少しは涼んできたら?」
背中を押してくれる長谷部の言葉に甘え、俺は「じゃあ、ちょっと行ってくるわ」と苦笑しながら上着を脱いだ。
「よし、水野月。どっちが長く潜っていられるか勝負するか?」
「望むところだ」
バシャリと冷たい川に飛び込む。Dクラスを崩壊させ、他クラスを裏から支配していく冷徹な策略の最中にあって、この一瞬の賑やかさだけは、悪化させていく日々の中で得られた、どこか奇妙で、心地のいい時間だった。
川の冷たい水で火照った身体を冷やし、町田や橋本たちとのひと時を終えた俺は、上流の拠点へと戻ってきた。ちょうど石崎たちが、次に各スポットへ運ぶための煮沸した水を水筒や容器に詰め直しているところだった。
「よし、石崎。そっちの重いボトルは俺が持つ。お前らは残りの軽い分を――」
「くくくっ……、おいおい、相変わらずマメなこったな、水野月」
声をかけて手伝おうとしたその時、不気味な、しかし聞き慣れた低い笑い声が静かな森に響いた。草むらをかき分けて姿を現したのは、昨日から姿を消していたCクラスの首領――龍園翔だった。その顔には、隠しきれない極上の愉悦が浮かんでいる。
「龍園か。昨日から戻らないと思えば、何やら随分と嬉しそうだな」
俺が手を止めて声をかけると、龍園は懐に手を突っ込んだまま、俺の目の前まで歩み寄ってきた。
「くくくっ……、当然だろ。最高の手土産を持って帰ってきてやったぜ。――Bクラスの確実なリーダー情報を手に入れて来た。てめえの事前に言っていた通りの人物だったぜ」
「そのために、昨日からずっとあいつらのエリアの近くに潜伏していたのか?」
「当然だろ。てめえの情報を疑うわけじゃねえが、確証のねえヤマは踏まねえ主義でな。……なぁ、俺達とAクラスが占有している二十以上のスポットのうち、Bクラスの拠点に近い場所が一つあっただろ?」
龍園は地図を指差し、悪魔のような笑みを深める。
「あそこは誘い出すための『餌』だ。うちの脳筋どもにはわざと占有させずに、ずっとフリーの状態で空けておいたんだよ。そしたら案の定、焦り出したBクラスの男子どもが、例のひ弱そうな女――白波千尋を連れて、のこのこと占有しにやって来たぜ。隠れて見ていたが、あの女がカードを端末にかざした。リーダーなのは間違いねえ」
「なるほどな。わざとスポットを一つ明け渡して、リーダーを引っ張り出したわけか」
「それだけじゃねえぞ。その白波って女、スポットを占有した後に、男子と一緒にさらに森の奥へスポット探しに向かいやがった。おそらく、焦って俺達やAクラスのリーダーを当てて、ポイントを巻き返すつもりなんだろうよ。健気なこったな」
龍園はふんと鼻で笑い、顎をさする。その目は、すでに一之瀬たちの足掻きをすべて無に帰す算段を終えていた。
「だがよ、あの馬鹿どもが必死に俺たちのリーダーを突き止めたところで、全ては無駄骨に終わるぜ」
「……と言うと?」
「簡単な話だ。最終日までに、あのひ弱な女のせいで俺たちのリーダーが割れたとするだろ? そしたらよ……うちのクラスのリーダーを『熱中症』ってことにして、形だけでいいから自主リタイアさせりゃあいい。葛城のところ(Aクラス)のリーダーも同様にな」
俺がまだ教えて無いのにも関わらず、龍園の口から飛び出した常軌を逸した作戦に、俺は思わず小さく目を細めた。
「リーダーの交代、か。リタイアに伴うペナルティはあるが、リーダー自体が変更になれば、Bクラスが解答用紙に書いた『古いリーダーの名前』は全て不正解(無効)になる、と」
「その通りだ。自己申告の特別試験だからな、過酷な環境での体調不良を理由にすりゃあ、学校側もリーダーの変更手続きを認めざるを得ねえ。微妙なラインだが、ルール上は確実に通る。一之瀬たちが血眼になって探した答えを、提出の瞬間にゴミクズに変えてやるのさ。くははっ、傑作だろ?」
俺の言葉を鵜呑みにせず、あえて餌を撒いて白波がカードリーダーであることを自分の目で確実に確かめる。その上で、他クラスの「リーダー当て」を完全に無力化するハメ技まで用意している。相変わらず、ただの暴君に見えてその実、恐ろしく堅実で、ルールの隙間をこじ開ける天才だ。
龍園は笑いながら続けた。
「水野月、てめえにもまだリーダーの解答権が残ってるはずだ。最終日には、てめえの手で『白波千尋』の名前を書き込め。……後2日だぜ。問題なく、このまま綺麗に締めて行こうじゃねえか」
「当然だ。ここまで完璧にお膳立てしたんだ、取りこぼすつもりはねえよ」
俺が淡々と返すと、龍園は一瞬だけ笑みを消し、俺の顔をじっと見つめた。
「……くくくっ。正直な話をすりゃあな、俺達のクラスが本当に丸々一週間、この無人島試験を誰も脱落せずに突破出来るなんて、俺自身、ハナから思っちゃいなかったぜ。俺は元々、こういう地道なリーダー向きのタスクじゃねえからな。――だが、てめえの力量は確かだ。大したもんだぜ」
龍園はそれだけ言うと、満足そうに肩を揺らしながら、自分のテントへと入っていった。彼なりの、最大限の賛辞と信頼の表明だったのだろう。
「……行ったな」
俺は龍園の後ろ姿を見届けた後、再び石崎たちの持つ水へと視線を戻した。
「よし、石崎、アルベルト。龍園の言う通り、残り2日だ。油断してひっくり返されたら目も当てられねえ。各スポットで見張ってるメンバーたちに、この冷えた水を補給させに行くぞ。行くぞ、お前ら」
「「「うっす!!」」」
俺の号令に、Cクラスの面々が力強く応じる。無人島特別試験は最終盤。盤面は完全に、俺たちの掌の上で転がっていた。
一方、特別試験の途中で早々にリタイア届を出したDクラスの大半の面々は、豪華客船の快適な環境に戻り、まるで夏休みを満喫するかのように楽しんでいた。
ゲームに興じる外村や本堂、甲板で楽しげに談笑する軽井沢のグループ。そのお気楽な様子を少し離れた場所から冷ややかに見つめていたのは、水野月の友達であり、中間試験の勉強仲間でもあった松下千秋だった。
(……はぁ。本当に、何考えてるんだろ、この人たち)
松下の胸の内にあるのは、激しい呆れと失望だった。
Dクラスの面々は、水野月がCクラス(龍園)の配下に下るという泥をかぶることで、辛うじて繋いでくれたクラスの命脈を、自らの怠惰とバカンス気分であっさりと無駄にしたのだ。そんな彼らと同じ空間にいることすら、今の松下には苦痛だった。
表向きには愛想良く作り笑いを浮かべて話を合わせつつも、松下は内心で、今後のDクラスが浮上する算段が全く思いつかずにいた。リーダーである平田は精神的に崩壊し、堀北は高熱で倒れ、無能な足切り候補ばかりが船上で浮かれている。このクラスに、もう未来はない。
会話の輪からそっと抜け出し、一人になった松下は、船内を歩いている途中で、同じく水野月の友達である佐倉愛里の姿を見つけた。周囲を気にするように縮こまり、一人で過ごしている彼女に、松下はそっと声をかける。
「やっ、佐倉さん。元気?」
「あ、う、うん……松下さん。は、はい、私は、一応元気です……っ」
おどおどしながらも必死に応える佐倉の姿に、松下は小さく苦笑した。
「あはは、そんなに怖がらないでよ。お互いに二日目の最後まで――あの水野月君が点呼で一旦Dクラスの浜辺に戻ってきてくれた時まで、あの地獄の無人島に残った『仲間』でしょ?」
「あ……うん。そうだね……」
「ちょっと喉渇かない? 一緒に行こ」
松下は優しく佐倉の背中に手を添え、彼女を連れて船内の食堂へと向かった。
食堂へ入ると、窓際の席に、同じく水野月の友達である須藤健と三宅明人の姿があった。二人は学校支給のポイントを使い、船上のちょっといいランチを注文して突っついていたが、その視線は料理ではなく、窓の外に広がる無人島の方角へと向けられていた。
松下は佐倉の手を引いて、彼らのテーブルへと近づく。
「お邪魔しても良いかな?」
トレイを持った松下に気づき、三宅が視線を向けた。
「……松下か。それと佐倉も」
「うん。ちょっとここで、一緒に話さない?」
「おう、別に構わねえよ。座れよ」
須藤が椅子を引く。
席についた四人は、しばらくの間、船上での過ごし方や他クラスの噂といった軽い雑談を交わした。佐倉はほとんど無口のまま、ジュースのストローをいじっていたが、居心地が悪そうな風ではなかった。
しかし、雑談の合間にふと沈黙が訪れた時、須藤がスプーンを乱暴に置いて、ぽつりと呟いた。
「ったくよ……。水野月だけが今もあのクソ暑い無人島で、龍園の野郎にこき使われてるんだろ? それを知ってて、ここで冷房の効いた部屋で美味え飯食っててもよ……全然、いい気しねえぜ」
悔しげに顔を歪める須藤の言葉に、三宅も深く溜め息をついて同意する。
「確かに、そうだな。俺たちが情けなくリタイアしたせいで、あいつがCクラスに支払わなきゃいけない負担が増えてるかもしれない。……何か、申し訳ないな」
「……私も、です」
それまで静かだった佐倉が、小さな、けれど芯のある声で会話に加わった。
「水野月君ばかりに、辛い役目を押し付けちゃって……。私、何もできなくて……っ」
キュッとグラスを握りしめる佐倉。その場に重苦しい空気が流れる。
松下は窓の外の島を見つめながら、ずっと胸に引っかかっていた本音を口にした。
「ねえ。はっきり言うけど……多分これからもうちのクラス、絶対に勝てないよね。あの砂浜での惨状を見て、確信しちゃった」
松下の冷徹な現実の突きつけに、須藤も三宅も、反論の言葉を見つけられずに無言になった。Dクラスの構造的な欠陥は、もう誰の目にも明らかだった。
重苦しい静寂がテーブルを支配する中、三宅がじっと自分の手元を見つめながら、ぽつりと一言を漏らした。
「……なあ。もしもの話だけどよ」
「ん? 何だよ三宅」
須藤が怪訝そうに顔を上げる。三宅は窓の外の無人島を睨み据えたまま、静かに言葉を続けた。
「もし、俺たちのクラスが……ここにいるメンバーっていうか。あの二日目の夜、みんながワガママ言ってリタイアした後に、あの砂浜に残ってたメンバーみたいなのばかりだったら……どうなってたと思う?」
三宅の言葉に、松下の目がわずかに見開かれる。
「残ってたメンバーって……私たち四人と、あとは幸村に堀北さんと櫛田さんに…小野寺さん、みーちゃん……あの十人くらい、ってこと?」
「ああ。あいつらみたいに、真面目で、最後まで足掻こうとする常識人ばかりのクラスだったならよ……。水野月一人に全部背負わせることもなかったし、あいつの負担を減らして、この無人島試験だって正面突破出来たんじゃないかって……。そう思えて仕方ねえんだよ」
三宅のその言葉は、残された四人の胸に深く、そして重く突き刺さった。
もし、あの無能な他の不良品たちが最初からいなければ。自分たちと水野月だけで、手を取り合って戦えていたなら、どれほど良かったか。
船上の華やかな喧騒から切り離された窓際の席で、四人は遠い無人島で今も戦っているはずの「水野月陽哉」に思いを馳せながら、どうしようもない悔しさと、クラスの未来への絶望を募らせていた。