闇深い世界で…悪化させた日々   作:不良品の主人公

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0ポイントからの分岐ルートです。







IF DクラスルートⅠ

 

 

「――以上が、我がDクラスのクラスポイントが『ゼロ』になった経緯だ。それと、池寛治、山内春樹の2名は本日付で退学処分となった。……以上だ」

 

 

7月始めの朝。担任の茶柱佐枝が冷淡に告げたその言葉は、教室という狭い空間に、あまりにも巨大な爆弾を投下した。

 

全員で必死に勝ち取ったはずの254クラスポイント。今月、1人あたり2万5400プライベートポイントが振り込まれるはずだった俺たちの希望は、文字通り綺麗さっぱり、全て剥奪されたのだ。

 

茶柱が教室を去った瞬間、静寂は一転して、怒号と罵声の嵐へと変わった。

 

 

「はぁぁあ!? ポイントゼロってどういうことだよ!」

 

「ちょっと待って、池と山内が退学ってマジ!? なんであの2人のせいで私たちのポイントまで無くなるわけ!?」

 

「本当何やらかしてんだよあいつら!」

 

 

クラスのあちこちから、机を叩く音や悲鳴が上がる。

教壇の近くにいた男子生徒が、吐き捨てるように声を張り上げた。

 

 

「Cクラスの女子を2人がかりで押さえ込んで犯罪紛いのことやらかして退学になったんだってよ! 職員室の近くでCクラスの女子達が噂してた!」

 

「犯罪って……マジで最悪なんだけど! 最低! クズすぎる!」

 

「あいつら、ただの変態じゃなくて本物の犯罪者じゃん! ふざけんなよ、私たちの2万ポイント返せ!」

 

 

特に女子たちの怒りは凄まじかった。普段からデリカシーのない視線を向けてきていた池と山内に対するヘイトが、ポイント剥奪という最悪の形で爆発している。

 

そんな蜂の巣をつついたような騒ぎの中、俺の左隣の席から、深く、心底呆れ果てたような溜息が聞こえてきた。

 

 

「……本当に、救いようのない駄目な2人ね」

 

 

黒髪を揺らし、腕を組んだ堀北鈴音が、冷ややかな視線を無人の机へと向けていた。彼女は怒るというよりも、哀れな虫を見るような目で呟く。

 

 

「貴方がわざわざSシステムの説明をして、中間試験では過去問まで配ってあげていたというのに……それを無駄にして犯罪に手を染めて退学だなんて。でも、ある意味では良かったのかもしれないわ」

 

「良かった?」

 

 

俺が問い返すと、堀北は迷いのない目でこちらを見た。

 

 

「ええ。こんな学校のルールすら守れない不良品がのうのうと居座り続けるより、取り返しのつかない大怪我をする前に、今のうちに排除されて良かったのよ。足手まといが2人減ったと思えば、安い勉強代だわ」

 

「言うね。まぁ、一理あるか」

 

 

俺が苦笑交じりに応じると、クラスの女子たちからも似たような同意の声が聞こえてきた。

 

 

「っていうかさ、ぶっちゃけあの変態2人が消えて清々したよね」

 

「わかるー。いっつもジロジロ見てきてキモかったし、マジで退学になってくれて嬉しいかも」

 

 

ポイントが消えた怒りはあれど、クラスの『害悪』が消えたことに対する安堵感の方が、女子たちの間では勝りつつあるようだった。

 

俺はそっと、右斜め前方の席に座る長谷部波瑠加へと視線を向けた。

 

中学時代、その容姿のせいで女子からの嫉妬を買い、いじめられていた彼女。高校に入ってからも、池や山内のような下俗な男子からの視線には、人一倍敏感で怯えていたはずだ。

 

長谷部は、騒がしい教室内でそっと胸に手を当て、深く息を吐き出していた。

 

 

「……よかったぁ」

 

 

誰に聞かせるでもない、小さな、心からの呟き。

俺と視線が合うと、長谷部はいつも通りの、どこかホッとしたような柔らかい笑みを浮かべて小さく手を振ってきた。

 

その安心しきった顔を見た瞬間、俺の中で一つの答えが決まる。

クラスポイントがゼロになり、クラスがどれだけ荒れようが関係ない。俺のすぐ側にあるこの『聖域』さえ守れるなら、それでいい――。

 

 

 

 

授業が終わり教師が教室を出て行き、池と山内への罵倒がひと頻り飛び交った後のことだ。

教壇の近くでは、未だに平田洋介が俯いたまま立ち尽くしていた。

 

 

「……嘘、だよね……。なんで……どうして、みんなそんな酷いことが言えるんだ……? 二人は、仲間だったのに……。僕が、僕がもっと、ちゃんと見ていれば……」

 

 

ぶつぶつと、壊れた壊死のように不気味な独り言を呟き続ける平田。普段の爽やかな優等生の面影はどこにもない。発狂の兆候を孕んだその姿を、クラスの連中は気味悪そうに遠巻きに眺めていた。

 

「……本当、見てるだけで気が滅入るわね」

 

 

そんな平田を一瞥し、俺の隣で堀北鈴音が冷たく荷物をまとめた。

 

 

「水野月くん、せっかくの昼休みよ。こんな澱んだ空気に付き合う必要はないわ。食堂へ行きましょう」

 

「悪い、堀北。先に行っててくれ。俺はちょっと先約があってさ」

 

 

俺が視線で示すと、そこにはすでに自分の鞄を抱え、こちらをじっと見つめている長谷部波瑠加の姿があった。

 

堀北は「……そう。お熱いことね」とだけ残し、一人で教室を出て行った。

 

 

「お待たせ、波瑠加。行こうか」

 

「うん、陽哉。……あのさ、今日の食堂、限定のパフェがあるんだって。一緒に食べたいな」

 

 

教室を出ると、さっきまでの重苦しい雰囲気を払拭するように、長谷部が嬉しそうに俺の腕に手を絡めてきた。池と山内という、下俗な視線を向けてくる害悪がいなくなったことで、彼女の足取りは驚くほど軽い。

 

 

 

 

 

だが――そんな穏やかな時間を切り裂くように、廊下の向こうからガラの悪い一団が歩いてきた。

 

 

「ククク……よう、Dクラスの『天才さん』じゃねえか」

 

 

赤茶色の髪を揺らし、ポケットに手を突っ込んだ男――Cクラスの独裁者、龍園翔だ。その後ろには、石崎やアルベルトといった取り巻きが、威圧するように並んでいる。

 

龍園は俺の目の前で足を止めると、品性のない薄笑いを浮かべて顔を覗き込んできた。

 

 

「聞いたぜぇ? お前らのクラスポイント、綺麗さっぱり『ゼロ』になったんだってなぁ? ククク、どうだ水野月、俺の作戦は素晴らしいだろう」

 

「ああ、随分と手の込んだことをしたんだな。感心するよ」

 

 

俺が表情一つ変えずに淡々と返すと、龍園はつまらなそうに目を細め、ニヤリと笑った。

 

 

「相変わらず肝の座った野郎だ。……なぁ、お前ほどの頭脳があんな肥溜めで腐っていくのは見ていて反吐が出る。どうだ? 俺のクラスに入りたければいつでも歓迎するぜ。――そこの、隣にいる『女』と一緒にな」

 

 

刹那、龍園の視線が長谷部へと向けられた。後ろに控える石崎たち不良グループも、値踏みするような下卑た目で彼女をジロジロと見回し始める。

 

 

「ひっ……!」

 

 

中学時代のいじめのトラウマ、そして男たちからの悪意ある視線に敏感な長谷部は、小さく悲鳴を上げて俺の背中へと隠れた。俺の制服の布地を、指が白くなるほど強く、震えながら握りしめている。

 

俺は彼女を庇うように一歩前に出ると、龍園を冷徹に見据えた。

 

 

「――お前の誘いは、気が向いたら考えておくよ。じゃあな」

 

「ククク、はぐらかすか……。まぁいい、せいぜいその特等席で足掻いてみな」

 

 

龍園はそれだけ言い残し、肩を揺らしながら去っていった。

 

奴らの足音が完全に聞こえなくなるのを待って、俺は背後に声をかけた。

 

 

「大丈夫か、波瑠加」

 

「う、うん……。陽哉がいてくれたから、平気……」

 

 

長谷部は俺の背中からひょこっと顔を出したが、その表情はまだ不安げに曇っていた。彼女は俺の顔を上目遣いで見つめ、縋るような声で聞いてくる。

 

 

「ねえ、陽哉……。あの人たちのクラスに、入っちゃうの……?」

 

「ん? 厳しいか……?」

 

 

俺がわざと意地悪に問いかけると、長谷部はブンブンと激しく首を振った。

 

 

「うん! 私、絶対にやだ! あの不良たち、消えた池や山内と中身は何も変わらないよ。キモい目で見てくるし……。それにさ、Cクラスってちょっと覗いたことあるけど、独裁政治っていうの? みんな怯えてて、全然いい雰囲気じゃないし……」

 

 

一気にまくしたてた後、波瑠加は俺の腕をもう一度、今度は引き留めるように強く抱きしめた。

 

 

「私ね……池と山内が消えたなら、今のクラスのままで全然平気。あの二人、いっつも陽哉の邪魔ばかりしてて大嫌いだったから……。ポイントはなくなっちゃったけど、陽哉と私が一緒にいられるなら、今のままでいい。だから……あっちのクラスに行くの、やめようよ……?」

 

 

潤んだ瞳で、必死に俺を引き留めようとするヒロイン。

 

彼女にとって、俺が他のクラスへ行ってしまうことは、世界が終わるのと同じ恐怖なのだろう。

 

 

「分かったよ。波瑠加が嫌なら、俺があのクラスに行くわけないだろ。今のクラスのまま、上を目指そう」

 

「……本当? 約束だからね、陽哉」

 

 

俺の言葉に、長谷部の顔にパッと大輪の花が咲いたような笑顔が戻る。

彼女の心の安寧こそが、俺にとっての最優先事項だ。彼女がこのクラスを望むなら、俺は全力でこの泥船を『最強の不沈艦』へと作り替えてやる。

 

――まずは、あそこで今にも壊れそうな、平田洋介という駒の回収から始めるか。

 

 

 

放課後の教室。ポイントゼロの現実を突きつけられたクラスメイトたちが次々と帰路に就く中、俺の前に現れたのは、ギャルたちのリーダーであり平田の「彼女(仮)」である軽井沢恵だった。

 

 

「ねえ、水野月くん。ちょっと話あるんだけどー?」

 

 

人気のない廊下の隅に俺を呼び出すと、軽井沢は周囲を警戒しながら、縋るような、それでいてどこか強気な視線を向けてきた。

 

 

「あんたさ、本当はポイントめちゃくちゃ持ってるんでしょ? だったら私にちょっと回してよ。男の子たちのせいでポイントゼロになってマジ迷惑してんじゃん。先月みたいにさ、ちょっと助けてくれてもよくない?」

 

 

あからさまな「たかり」ムーブ。だが、俺は冷めた目で彼女を見下ろした。

 

 

「軽井沢、先月も貸しただろ。いい加減にしろ」

 

「な、なによそれ! 私だって生活かかってんの!」

 

「だったら、俺にたかるより平田を何とかしろ。どんな理由があれ、あいつはお前の『彼氏』だろ? お前の後ろ盾が壊れかけてるんだぞ」

 

「平田くんを、何とかって……。あんな状態の平田くんに、私が何言えばいいのよ……!」

 

 

顔をしかめる軽井沢を連れ、俺は右腕を絡ませてくる長谷部、そして不安げな軽井沢を引き連れて、教室から出てきた平田の歩く方角へ向かった。

 

生気を失った平田洋介。俺はおもむろに平田の腕を掴み、誰も来ない物陰へと強引に引っ張り込んだ。身体能力チートを持つ俺にとって、男子高校生一人を引きずることなど、羽毛を引いたのと同じ感覚でしかなかった。

 

 

「ひっ……! 水野月くん、何するの……!?」

 

「陽哉……?」

 

 

後ろで軽井沢と波瑠加が息を呑む中、俺は壁に背を預けてへたり込む平田の前にしゃがみ込んだ。その瞳は完全に濁り、虚ろに彷徨っている。

 

 

「平田、聞こえるか? 俺だ。水野月だ」

 

「……水野月、くん……? 」

 

「大丈夫じゃなさそうだな?」

 

「あはは…ごめん、僕には、もう、何も……。池くんも山内くんも、僕が守れなかったんだ。クラスはもう、終わりだよ……」

 

 

ぶつぶつと壊れたように繰り返す平田に、俺は明確な現実を叩きつけた。

 

 

「池と山内が退学になったことを悔やんでるようだが、この学校には編入制度がある。茶柱先生にも確認済みだ」

 

「え……?」

 

 

ハッと平田の目が大きく見開かれる。

 

 

「あの二人は、外の普通の学校でやっていける。だからあいつらの心配はもう要らない。だが、問題は残された俺たちの方だ。このままではクラスはいずれ崩壊する。ポイントがゼロになったことを理由に、そのうち授業に出なくなる奴らが出てくる。そうなってからじゃ遅いんだ」

 

 

俺は平田の肩を強く掴み、その濁った眼光を真っ向から射抜いた。

 

 

「平田。お前はこれ以上、退学者を出したくない。――違うか?」

 

「それは……それは、当たり前じゃないか! 僕は、誰も失いたくない……!」

 

「なら、出来ることは一つだ。次の期末試験に備えて、全員で勉強会をやる。もちろん強制だ。もしサボろうとする奴がいれば、俺が須藤と三宅に頼んで教室の扉を物理的に封鎖してでも残らせる」

 

「そんな、強引なことをしたら、またクラスがバラバラに……!」

 

「平田、ここからだ」

 

 

弱気になる平田の胸ぐらを、俺は力強く掴み上げた。

 

 

「まだお前には、護るべき仲間が残ってるだろ。――俺と一緒に立ってくれ」

 

「――ッ!」

 

 

その瞬間、平田の身体がガチガチと激しく震え出した。

内側に溜め込んでいた過去のトラウマ、クラスをまとめられなかった無力感、そして俺への嫉妬と羨望。限界まで圧縮された感情が、ついに決壊する。

 

 

「うわあああああああッ!!」

 

 

狂乱の絶叫。平田は涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃに歪めながら、理性を失った拳を俺の顔面へと突き出してきた。

 

ドカッ、バキッ!!

 

肉と肉がぶつかる鈍い音が、無人の踊り場に響き渡る。

後ろで軽井沢が「きゃああっ!?」と悲鳴を上げ、波瑠加が「陽哉っ!」と目を見開く。

 

だが、俺はその拳をあえて避けず、すべて正面からその身に受け止めた。

平田は我を忘れて何度も拳を振るい、やがて肩を激しく上下させて息を切らし、その場にへたり込んだ。

 

 

嵐が去った後。

平田が信じられないといった様子で恐る恐る顔を上げると、そこには――何事もなかったかのように、悠然と立ち尽くしている俺の姿があった。

 

 

「あ……あ、あ……嘘だろ……?」

 

 

少し口の中が切れて血の味がする。だが、それだけだ。

俺の肉体にとって、平田の衰弱した拳など、蚊に刺されたほどの痛みすら感じさせない。圧倒的な格の違い。

 

俺は親指で口元の血を拭うと、絶望に打ちひしがれる平田を見下ろして静かに告げた。

 

 

「気が済んだか、平田」

 

「僕は……何を……君に、殴りかかるなんて……僕は、やっぱり、何も……」

 

「平田。俺が期末試験を乗り切った全員に、ご褒美としてプライベートポイントを渡す。俺の個人資産だ。だから――お前はリーダーとして、全員に勉強会に残るように呼びかけるんだ。お前にはまだ、その求心力がある」

 

「水野月、くん……」

 

 

平田はガチガチと顎を震わせながら、俺を見上げた。自分を殴った相手が、なおもクラスを救うための絶対的な力と、莫大なポイントを提示してくれている。

 

その圧倒的な「王の器」の前に、平田の瞳にバチバチと、かつてない覚醒の光が戻ってきた。

 

 

「……分かった。水野月くん。僕が……僕がみんなを勉強会に残らせる。今度こそ、誰も落とさせない」

 

 

崩壊寸前だった平田洋介が、俺の最強の信奉者(尖兵)へと作り変わった瞬間だった。

 

後ろを振り返ると、長谷部と軽井沢が、開いた口が塞がらないといった様子で呆然と立ち尽くしていた。

平田の発狂、俺の圧倒的なタフさ、そして平然とポイントを動かす怪物っぷり。あまりの常識外れの光景に、2人のヒロインの心臓は、言葉通りバックバクに跳ね上がっていた。

 

 

 

 

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