闇深い世界で…悪化させた日々   作:不良品の主人公

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密会

 

 

 

「……ふふ、また新しい小説の推敲ですか? 水野月先生」

 

 

背後から不意に、鈴の鳴るような澄んだ声が鼓膜を揺らした。

振り返るまでもない。ふわりと鼻腔をくすぐる上品な髪の香りと、背中に感じる微かな体温。Cクラスの椎名ひよりだ。

俺がベッドに腰掛け、ノートパソコンを叩いていると、彼女は当然のように隣へと滑り込んできて画面を覗き込んできた。

 

 

「ああ。学校側の検閲と特例措置を経て、今月中に外部の出版社にデータを回さないといけないからな。発売日を待っている熱心な読者が外に大勢いるんだ」

 

「ふふ、高校生にして現役のベストセラー作家さんは大変ですね。……でも、焦る気持ちは分からなくもないですけど、内容が薄くならないようにしてくださいね? 私は先生の、一番のファン兼『批評家』なんですから」

 

 

距離が近い。パーソナルスペースなど最初から存在しないかのように、彼女の肩が俺の腕に何度も小さく触れる。

そんな俺たちの様子を、部屋の入り口付近から信じられないものを見るような目で見つめている男たちがいた。

同室であり、同じDクラスの三宅明人と須藤健だ。

 

 

「……おいおい。随分とCクラスの女子と仲良くなったもんだな、水野月」

 

 

三宅が呆れたように息を吐き、頭を掻きむしる。

隣にいる須藤にいたっては、椎名のあまりの美少女ぶりに少し気圧されつつ、状況が半分も飲み込めずに固まっていた。

 

 

「水野月、お前なぁ……。無人島であれだけバチバチにやり合ったCクラスの奴が、なんでお前の部屋に普通に上がり込んでんだよ? 龍園の偵察か何かじゃねえのか?」

 

「偵察だなんて人聞きの悪い。私はただ、お友達の執筆活動を応援しに来ただけですよ?」

 

 

椎名は、須藤たちの視線をどこ吹く風と受け流す。

その態度には一切の敵意も、後ろ暗さもない。それもそのはずだ。あの過酷な無人島試験において、龍園率いるCクラスは小細工こそあれど、完全なる「正攻法」で試験を突破した。結果、現Aクラスの獲得した473ポイントに僅か1ポイント差まで肉薄する「472ポイント」をもぎ取り、堂々の2位で通過してみせたのだ。

そしてその正攻法を裏から支え、Cクラスに勝利のロードマップを提示したのが、他ならぬ俺だった。

 

 

「まぁ、水野月が良いなら俺たちが口挟むことじゃねえけどよ……」

 

 

三宅が諦めたように呟く。須藤も「あいつのやることは次元が違いすぎて分からん」とばかりにベッドに寝転がった。

 

彼らは知らない。俺が小説家としての莫大な印税だけでなく、本業である「最新型医療AI」の外部開発・運用枠により、学校側から特例として莫大な報酬を受け取っていることを。

現在の俺の手持ちプライベートポイントは、すでに5,000万ポイントを超えている。

 

椎名はそんな二人へ丁寧にお辞儀をすると、再び俺の方へと向き直った。

そして、周りの二人に聞こえないよう、俺の耳元へ顔を寄せ、そっと熱を帯びた吐息混じりの声を囁く。

 

 

「……これからは、水野月くんの小説が見放題ですね」

 

「椎名?」

 

「私達のクラスに移籍すれば、龍園くんも『必要なポイントは全てアイツが持ってくる』と大歓迎していました。ふふ、引き抜き条件としては破格だと思いませんか?」

 

 

クスリと妖艶に微笑む彼女。彼女の瞳の奥には、単なる読書仲間を超えた、俺という存在に対する強い独占欲がチラついていた。

だが、俺の計画は彼女の想像を遥かに超えている。

俺がこの学校で動かすプライベートポイントの使い道。それは、俺と長谷部の2人がCクラスに移籍することではない。

 

 

「ガチャ」

 

 

突如、部屋のカードキーが解錠され、扉が勢いよく開いた。

 

 

「ちょっと陽哉! 部屋に戻ったら三宅くんに『部屋に女子連れ込んでる』って連絡が――って、やっぱり! 椎名さん、何自然に陽哉の隣に座ってんの!?」

 

 

入ってきたのは、俺の「本命の彼女」である長谷部波瑠加だった。その後ろには、同じく俺の友人である松下千秋と佐倉愛里も控えている。

 

 

「あら、長谷部さん。お邪魔しています。水野月くんの新作のチェックをしていただけですよ?」

 

「チェックなら彼女の私がするの! ほら陽哉、離れなさい!」

 

 

長谷部がぷりぷりと怒りながら俺の腕を引き、椎名から引き離す。松下は「相変わらず隅に置けないわね、水野月くんは」と苦笑し、佐倉はオドオドしながらも俺の無事を確認してホッとしていた。

 

俺は長谷部の腰を引き寄せ、その頭を優しく撫でて落ち着かせながら、集まったメンツ――長谷部、三宅、須藤、松下、佐倉を見渡した。

 

全員、俺がこの学校で唯一「友人」と呼べる奴らだ。

無能なシステムと足を引っ張り合う泥沼のDクラスに、彼らを置いておくつもりは毛頭ない。すでに一之瀬クラスを超えた龍園たちのクラスに、この5名全員をまとめて『亡命』させる。必要なプライベートポイントは総額1億2千万。今の俺のペースなら、次の特別試験を経て、数ヶ月もあれば確実に叩き出せる金額だ。

 

 

「悪かったな、波瑠加。別にやましいことはしてないさ。……それより全員集まったな。ここにいる全員に俺たちの『Cクラス移籍計画』の進捗を共有しておく」

 

 

俺が冷徹に、しかし確かな支配力を含んだ声でそう告げると、室内の空気が一変した。

 

椎名は微笑んでいたが目を見張り、松下は不敵に微笑み、長谷部は俺の胸に信頼を寄せて寄り添う。

 

資金を武器に、学校の勢力図を根底からひっくり返す俺の勝負が、ここから本格的に始まる。

 

 

「はあ? なんでよりによってCクラスなんだよ」

 

 

怪訝そうな顔をした須藤が、当然の問いを投げかけてきた。

同じ部屋に集まった他の面々も、一様に怪訝な、あるいは困惑した表情を浮かべている。

 

 

「水野月君、説明して」

 

 

長谷部をなだめる俺の横から、松下が先を促すように催促してきた。

これだけの人数を巻き込む計画だ。当然、明確な根拠と、それを実現するための圧倒的な『力』を示してやる必要がある。

俺は無言のままスマートフォンの画面を操作し、現在の所持プライベートポイントの画面を全員に見えるように提示した。

 

 

「なっ……5,000万……!?」

 

 

画面に並ぶ桁外れの数字を目にした瞬間、須藤がひっくり返りそうな声を上げて叫んだ。

三宅は言葉を失って絶句し、松下や佐倉すらも、文字通り息を呑んで固まっている。

 

 

「内緒だぜ。他の奴らに言ったら、お前達でも容赦なくしばく」

 

 

冗談の通じない真面目なトーンで釘を刺すと、一同はゴクリと唾を呑み込んだ。嘘偽りのない、俺がこの学校で築き上げた絶対的な暴力――ならぬ、資金力だ。

 

 

「俺は知っての通り、特例で医療用のAI開発や小説の創作活動をしている。学校側との契約で、そこから常にポイントが稼ぎ続けられる仕組みになってるんだ。だから、俺自身が自力で他クラスに移動するだけならいつでも出来る。……だがな」

 

 

俺は集まった友人たちの顔を一人ずつ見つめた。

 

 

「俺だけが他クラスに移動して、お前達がこの『Dクラス』っていう泥舟に乗っていたんじゃ、どうにも気が滅入る。そんな状態じゃ、安心して外からDクラスに容赦ない攻撃を仕掛けることも出来ない。だから、お前達を何とかして、別の安全なクラスに連れて行きたいと思ってるんだ」

 

 

俺の言葉が室内に静かに響き渡る。恋人の長谷部も含め、全員を無能の巻き添えで退学させるわけにはいかない。

 

 

「水野月君……自分一人なら充分他クラスに行けるのに、私達のために……そんな事を……」

 

 

佐倉が胸元で両手をぎゅっと握りしめ、感動と申し訳なさの入り混じった声でポツリと呟いた。

そんな中、隣にいた三宅が腕を組み、真剣な眼差しで核心を突いてくる。

 

 

「他クラスに移動する気があるのは分かった。だが、なんでAクラスじゃなくてCクラスなんだ? 説明してくれ」

 

 

佐倉はまだ話の規模が大きすぎるのか、言っていることがよく分からないといった様子で小首を傾げている。

 

その様子を見た椎名が、俺の意図を汲み取るようにふわりと微笑み、助け舟を出してくれた。

 

 

「私から説明しますね。無人島試験での水野月君の活躍を見て、私達のリーダーである龍園君は、水野月君のことを非常に気に入りました。ですので『是非自分達のクラスに入って欲しい』と、水野月君に直接オファーを出したのです。因みに、私個人としても水野月君にはうちのクラスに来て欲しいと思っています。……勿論、皆様も一緒に来てくださるのであれば、大歓迎しますよ?」

 

 

椎名の柔らかく、それでいて不思議な説得力を持つ誘いに、三宅や須藤の表情が少し和らぐ。俺は椎名の言葉を引き継ぐようにして、現実的な戦力分析を口にした。

 

 

「ここにいるメンバーは、松下を除いて、仮にAクラスやBクラスに入ったとしても上手く溶け込めるほどの能力が不足している。周りのレベルに気圧されて、実力不足で浮いてしまうと思うんだ。だから、リーダーの人格はちょっとアレだが、実力至上主義で役割がはっきりしている龍園クラスが良いと思った」

 

「なるほど、一理あるな……」

 

 

三宅が納得したように深く頷いた。

隣では、俺から名指しで『除外』、つまり優秀だと評価された松下が、少し嬉しそうに満足げな笑みを浮かべている。

 

泥舟のDクラスを捨て、特別試験でAクラスに肉薄する結果を勝ち取った龍園のクラスへの集団亡命。

5,000万という狂った資金源を背景にした俺の計画に、全員の心が完全に固まった。

 

 

「さらに俺がクラス移動を望む極めつけはこれだ」

 

 

重苦しい沈黙を破り、俺は再びスマートフォンを突き出した。画面をタップすると、冷徹な機械音が室内に響く。

 

 

「つい数時間前の出来事だ。よく聴いておいてくれ」

 

 

俺が再生ボタンを押すと、スピーカーから聞き覚えのある、冷淡で高圧的な女の声が流れ始めた。俺たちの担任、茶柱佐枝の声だ。

 

 

『無人島試験は散々だったな。これがお前の実力か?』

 

 

音声の中の俺は、至って冷静に返答している。

 

 

『俺自身はやるべきことをちゃんとやっていました。ですが、Dクラスの足並みがこれでは、勝てるものも勝てなくなっています』

 

『ふん、私の見当違いか? お前の実力はこんなものだったのか。……いいか水野月、堀北にポイントを預けろ。彼女なら、ポイントさえあればお前よりはマシな動きが出来るはずだ』

 

 

その傲慢な要求に、部屋の中の空気がピキリと凍りついた。須藤の顔が急速に強張っていく。音声は続く。

 

 

『嫌です。話はそれだけですか、戻りますから』

 

『教師に逆らうのか。お前みたいな使えない奴が莫大なポイントを持ってるのは宝の持ち腐れだ。DクラスはDクラスのままだ、お前だってAクラスで卒業したいだろ? だったら四の五の言わずに、早く携帯を渡せ』

 

『……部屋に戻りますから』

 

『お前の素行が悪いと上に報告するぞ。分かったら、黙って堀北の、Dクラスの財布になっていろ』

 

 

ガチャリ、と激しく扉が閉まる音がして、俺が部屋の外に出たところで音声は途切れた。スマートフォンをポケットに収め、俺は全員を見渡す。

 

 

「……というわけだ。あんな担任がいては、俺はもうこのクラスにはいられない。いつ後ろから刺されるか分かったもんじゃないからな」

 

「「「「「「…………」」」」」」

 

 

全員が言葉を失い、静まり返った。あまりの理不尽さと、教師としての一線を越えた強迫行為に、怒りと困惑が部屋を支配する。

 

そして、最初に爆発したのはやはりこいつだった。

 

 

「茶柱の野郎……!! ふざけんじゃねえぞ、俺がぶっ潰してやる!!」

 

 

須藤が顔を真っ赤に染め、血管を浮き上がらせて拳を強く握りしめる。いつもの暴力衝動が頭をもたげている証拠だ。

 

 

「……これは流石に頂けないな。生徒の個人資産を教師が脅し取るなんて、完全にルール違反だろ」

 

 

三宅が低く、冷めた声で呟く。その瞳には担任への明確な不信感が宿っていた。

 

 

「ひ、酷いです……! 先生なのに、水野月君をそんな風に扱うなんて……こんな担任だったなんて信じたくありません……!」

 

 

佐倉はショックを隠しきれない様子で、怯えながらも怒りに声を震わせている。

 

 

「これはちょっと、私の予想の斜め上をいってるね……。学校のシステムを利用するんじゃなくて、教師の権力をカサに着たただの強盗じゃない」

 

 

松下が髪を弄りながら、呆れたように、しかし鋭い視線で分析する。隣の長谷部も、俺の腕をきゅっと抱きしめる手に力を込め、茶柱への敵意を露わにしていた。

 

すると、他クラスであるはずの椎名が、おっとりとした口調のまま、最も手厳しい言葉を口にする。

 

 

「本当に……Dクラスというのは、担任の先生まで『Dクラス』の品質なんですね。龍園君なら、そんな無能な真似は絶対にしませんよ?」

 

 

「ああ。俺はこれ以上あの泥舟にいると、毟り取られるだけで碌な目に遭わない。それが、俺が早急に移籍を望む最大の動機だ」

 

「茶柱の野郎め……! よくも水野月を……!!」

 

 

須藤がわなわなと身体を震わせ、今にも部屋を飛び出しそうな勢いを見せる。俺は一歩前に出ると、須藤の突き出された分厚い拳を手のひらでガシッと押さえつけた。

 

 

「落ち着け、須藤。そんなに熱くなるな。……因みに、この音声データはすでに他の1年生の教師陣に提出してある。茶柱先生の処分がいつ、どんな形で下されるか、今から楽しみだ」

 

「え? 他の先生って……」

 

 

三宅が目を見開く。俺の脳裏には、データを持ち込んだ時の職員室の様子が浮かんでいた。Cクラスの坂上先生たちは顔を青くして「これは大問題だ」とすぐに上層部へ連絡を入れてくれたし、Bクラスの星之宮先生にいたっては『あはは! 佐枝ちゃんやっちゃったねー! バカじゃないの!?』と手を叩いて大爆笑していた。

 

復讐の手回しは、数時間前の一瞬ですでに完了している。

 

 

「水野月君……」

 

 

佐倉が潤んだ瞳で俺を見上げ、意を決したように小さな唇を開いた。

 

 

「私達のポイントを貯めるのを待っていたら、また先生に何をされるか分かりません……。水野月君、私達に構わず、自分のポイントを使って先に行ってて良いんですよ?」

 

 

自分の身の安全を最優先にしてほしいという、佐倉なりの健気な気遣い。

だが、俺の答えは最初から決まっている。

 

 

「ああ、そうさせてもらう」

 

 

俺が迷いなく即答すると、全員がハッとしたようにこちらを見た。

 

 

「俺が先にCクラスへ移籍し、あっちの地盤を完全に固める。龍園とも話をつけ、お前達をいつでも迎え入れられる体制を作るんだ。だから須藤、お前は絶対に暴力を振るうなよ。せっかく俺が引き抜こうとしてるのに、お前が自爆して退学にでもなったら、俺の気が滅入るからな」

 

 

俺の言葉に、須藤は毒気を抜かれたように肩を落とし、照れくさそうに頭を掻いた。

 

 

「お……おうよ……。水野月がそこまで言うなら、俺は我慢するぜ。絶対に問題は起こさねえ」

 

「頼むぞ。……さて、波瑠加、松下、三宅、佐倉。お前達も覚悟を決めておけ。近いうちに、全員まとめてこの底辺から引っ張り上げてやる」

 

 

俺の宣言に、長谷部は誇らしげに胸を張り、松下は不敵に微笑む。

担任すらも切り捨てる俺の冷徹なカウントダウンが、静かに始まっていた。

 

 

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