…………ふに……ふに………………ふに……ふに………………
「こいつ案外かわいい寝顔してやがりますわね……」
微睡みの中から私の意識を引っ張り上げるのは、頬をつつかれる感覚。
ふに……ふに……ふに……ふに……
視界は黒く染まっていて、視覚以外の感覚が鋭敏になっていきます。
ふに……ふに……ふに……ふに……
おそらく私の目の前にいる人は、やめることなくリズムを刻んで頬をつつきます。
ん~、ちょっと面白そうなので、もうちょっと寝たふりを続けてみましょう!
私は寝息を立ててみることにしました。
「す~……す~……」
「うわー、熟睡してやがりますわ。」
小さな呆れ声が飛んできます。
「ふふ、こんな穏やかな表情、ゴリラとは似ても似つきませんわね。」
そう言うと今度は、前髪を優しく梳くように撫でられます。
くすぐったくて、でも心地いい。
「ん~、ふへへ……。」
「……!?」
私が起きたと思ったのか、手は私から離されます。
数秒の静寂のうち、ふぅとため息を一つ吐いて、
「なんだ、寝言ですのね。……起こすようなことをして、申し訳ありませんわ。」
と言って、二段ベッドの梯子をよいしょと下りているようです。
「ハンナさん!」
「ぎゃああああああ!!」
私は目を覚ましてベッドの下をのぞき込むと、ハンナさんは腰を抜かして尻もちをついていました。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「あなたねぇ、わたくしが地面に片足つけてたからよかったものの、場合によっちゃ大惨事でしたわよ。」
「はい!ごめんなさい☆」
「本当に反省してますの?疑わしいったらありゃしませんわ……。大体、起きてるなら狸寝入りするんじゃないですわよ。」
ハンナさんに連れられて食堂に来た私たちは、仲良く夕食を囲んでいます。
「えー、だって面白そうな予感がしたんですもん。実際面白かったですし、ハンナさんによしよししてもらえましたしね!」
ピクッっと体がフリーズするハンナさん。
「……ちょっと待ちやがりなさい。」
「はい?」
「あなた……、いったいどこから起きてたのかしら……?」
「わぁ!ハンナさん顔が赤くなってます!熱がありますか!?大丈夫ですか!?」
「ち、が、う、わ、よ!質問を質問で返すな!ですわ!!」
ガタンとテーブルに体を乗り出して、ぷんすかとハンナさんは抗議します。
「えーっとですね……、ほっぺたをふにふにつんつんされ始めたところからですよ。」
「!!………………ほぼ最初からじゃねーですの……。」
ハンナさんは顔を紅潮させながらも、乗り出した体をしゅんと戻します。
「えーっと確かハンナさん、私のことを『こいつ案外かわいい……」
「だー!!今は食事中!黙って食べろ、ですわ!!」
再び小さな体を大きく使い、ぎゃあぎゃあと怒ります。
「えー!でもハンナさんが最初に話し始めたんですよ。」
「黙って食べるの!!」
私はハンナさんの剣幕に圧倒され、さすがに食事を進めることに。
「はぁ、まったく。」
そうため息を漏らしたハンナさんはガツガツガツと皿に乗せた夕食を平らげていきました。
「「ごちそうさまでした。」」
食後の挨拶をした後、私は気になっていたことを尋ねます。
「ところでハンナさん、どうして私の牢屋に?」
するとハンナさんは私に視線を向けて答えます。
「あなたがお昼の自由時間の時、牢屋の外にいなかったからですわ。いつでも元気、みたいなテンションしてるくせに自由時間の終わり際牢屋をちらっと見たらベッドに横になってるのが見えましたの。それで夜の自由時間になっても起きてなかったから……、しん……、気になって少し覗いたんですのよ。」
「へ~!ハンナさん、私のこと心配してくれてたんですね!」
「あーもう!そこ拾わなくていいですわ!」
私たちは食堂を出て、何とはなしに一階を歩きます。
ラウンジを通ると、朝と同じ位置にナノカさんが立っていました。
「あ!ナノカさん、こんばんは!」
「えっ、ナノカさん!?どこにいらっしゃいますの!?」
ナノカさんに気づいてなかったハンナさんはきょろきょろとラウンジを見回します。
「……」
「うわっ、そんなところに居やがりましたのね。まるで忍者ですわ。」
「ナノカさんはまたここで時間を潰しているだけなんですか?それともハンナさんの言う通り、本当に忍者で隠れ身の術の実践中なんですか!?もしそうだったら私にも隠れ身の術、ぜひぜひ教えてください!!」
ナノカさんは、ずいっと顔を近づける私を一瞥だけして、ラウンジの静観を決め込みます。
「質問に答えてしまっては隠れ身の術ではない……、という事ですね……!なるほど~。ナノカさん、さてはプロ級の忍者ですね?」
「シェリーさん。」
後ろからハンナさんに袖を引かれます。
「邪魔しちゃ悪いですわ。行きましょう。」
別のラウンジの入り口へとスタスタ歩いていくハンナさん。
「あっ、待ってくださ~い!」
ラウンジを出たところで、ハンナさんの背中に追いつきます。
「どうしました、ハンナさん?」
「別に大したことじゃありませんわよ。ナノカさんから、話しかけるなオーラを感じ取っただけですわ。」
目の前の小さな背中からは、そんな答えが返ってきます。
どこか言い放つようで、冷たさのある先程の言葉。
今、2歩先を歩くあなたは、どんな表情を浮かべているのでしょう。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
次の日。朝の自由時間も後半に差し掛かってきた頃、私はラウンジを訪れていました。その理由は……
「それじゃあ、ちょっとだけお借りしますね!」
私はラウンジに掛けられてあった洋弓銃、もといボウガンを手に取ります。
最初に皆さんがこのラウンジに集められた際、誰の目にもこのボウガンが入ったはずです。「殺人」なんてワードが聞こえたらきっと嫌でも意識してしまうでしょうしね。そこで、名探偵たるこの私は、このボウガンが殺人に使われることを考慮して、あらかじめ構造を知っておこうと思った次第です!ボウガンそのものが使われなくとも、パーツだけ使ったトリックはミステリーでもよくある展開ですし!
私は、一度ボウガンをぐるっと見まわし、私の牢屋に持ち込もうとした時。
「あれ?」
ボウガンに装填されていた矢とボウガンと同様の位置に飾られていた数本の矢がありません。ゴクチョーさんが回収したのでしょうか?
そう結論付け、私はボウガンを自分の牢屋に持ち込みます。
ちなみに、ラウンジには昨日まで佇んでいたナノカさん含め誰もおらず、牢屋に戻る間にも誰かとすれ違うことはありませんでした。
机にボウガンを置き、改めてボウガンを観察します。見た感じ、かなりシンプルで質素なボウガンですが、サイズは大きく人を殺せる威力を持っているのが分かります。えいっと手で取り外してバラバラと分解していくと、弓や滑車といった名の通ったものと、なんと呼べばいいのかわからない部品に分かれます。
初めて実物を生で見ましたが、ボウガンの殺傷力を作っているのは、この弓で間違いありませんね。他に単体で使えそうなパーツは無さそうですが、トリックの一部として組み込むことはできそうです。滑車なんかは死体を吊り上げて移動させたり、なんてできそうですよね!さて、パーツの確認ができたので、元に戻してラウンジにお返ししましょう!えーーっと、まずは弓が弓床のこの辺に……
バキッ!
…………あれ?
鈍い音がしてみれば、部品を軽く合わせた部分が互いの形に添って抉れています。他の部品同士も結合部分が抉れているようで、どうやっても元の形に戻すのが不可能になっていました。
……いやー、シェリーちゃんのパワー恐るべし!ボウガンがいとも簡単に壊れてしまいました。ん~、魔女図鑑に書かれてたルールには牢屋敷の物を壊してはいけないとは書かれていなかったはずですが、違反行為として懲罰房に入れられてしまうのでしょうか?まだ修復できないと決まったわけではないハズ……ですし、看守さんだったら元に戻せるかもしれませんよね。
私はバラバラになった部品を、廊下に置かれてあるゴミ箱として利用されていたバケツの中に入れておきました。
看守さんは巡回でこの廊下を通るので、バケツを飛び出す程大きいこのボウガンのパーツは、目に入るはずです。もしボウガンが看守さんのチェックすべき項目なら回収するはずですからね。そして、ラッキーなことに誰にも遭遇しなかったので、ボウガンをラウンジから取ったのが私だと気づくのは難しいはずです。
探偵とは、事件が起こる前に解決してこそ一流ですからね、殺人事件の凶器になりそうなボウガンを使用不能にした私は、一流の名探偵なのでは!?
私は牢屋に戻り、拘束時間をそのまま迎えました。お昼の自由時間になり、バケツの中身を確認すると、ボウガンの部品は残されたまま変わりありませんでした。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
一階へ続く階段に向かうと、正面の通路から看守さんが現れ、その後ろからよろよろと歩いてくる姿があります。
「アリサさん!」
懲罰房に2日間監禁されていたアリサさんは昨日見たときよりも、顔は血色が悪く、目の下には隈が色濃く浮かんでいます。
「……」
アリサさんは私を無視して静かに横を通り過ぎていき、私とアリサさんの牢屋に入っていきます。
「シェリーちゃん!」
「エマさん!皆さんも!」
私の声を聞きつけて、監房の奥からぞろぞろとエマさんを先頭に私の牢屋の前にやってきます。
「アリサちゃん、懲罰房から戻って来たんだね。」
「はい。ですが、昨日私たちが見たときよりもフラフラしてて、すぐに牢屋に入っちゃいました。」
みんなで牢屋の中を覗き見ると、アリサさんはベッドに寝転がり、早くも寝息を立てていました。
「とりあえず、無事にアリサちゃんが出れてよかった。」
エマさんは、ほっと表情を緩ませ、胸に手を置いて安堵しています。
「ま、ヤンキーがいい見本になったじゃん。自由時間以外で牢屋の外にいるとこうなるって。」
「ちょっ、ココさんそんな言い方……。」
手を頭の後ろで組みながら呑気に話すココさんに、ハンナさんが諫めます。
「実際事実っしょ?だから私たちはルールに沿って静かに暮らしましょうってコト。」
「まぁまぁ落ち着いて、寝てる人の前で騒がしくするのは良くないよ。言いたいことがあったら、おじさんが聞いてあげるよ。ほら、娯楽室で映画でも見ながらさ。」
ミリアさんの一声によってバラバラと静かに解散していき、残ったのは私とエマさん、ハンナさんにメルルさんの4人。
「わ、わたし、アリサさんが起きたときに少しでも気分が楽になってもらえるように、ハーブティーを準備しておこうかと思っているのですが……」
メルルさんが小声で提案をします。
「それ、いい!ボクも、手伝っていいかな?」
「はい……!ぜひ、お願いします……!」
「私も手伝います~!!」
「ちょ、あなた、声が大きい!」
「ハッ……!すいません。」
その後、私たちは医務室でハーブティーの準備をして過ごしました。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
夜の自由時間が始まり、下のベッドからもぞもぞと音がします。
「アリサさん!」
「うわああああ!!」
アリサさんは壁に背をつけ、私に畏怖の視線を向けています。
「お、お前ビビらせんじゃねぇ!」
「懲罰房から出て、お疲れだと思います。そんなアリサさんに私が特別マッサージをご提供です!」
「……はぁ……。余計なお世話だ。」
大きくため息をつくアリサさん。
「第一寝て疲れはある程度取れてる。お前みたいなうるさいやつのマッサージでリラックスできるかってんだ。」
すっくとベッドから出てベッドの下に置いていた枷を足にカチャリと着けます。
「その足枷、自分で着けてるんですね。」
「うるせぇ、こういう服が支給されて生活しろって言われてんだ。囚人服だって言われてんなら着けてなきゃダメだろ。」
へ~、アリサさんって見た目に反して真面目なところがあるんですね。すごく意外です。
「マッサージがだめなら、一緒に夕食に行きませんか?」
「夕食には行く。だがお前とは絶対に食べない。」
そう言って、鉄格子を開いてアリサさんは牢屋を出ていきました。
私も食堂に行きましょうか。
アリサさんに続いて牢屋を出ると、
「あっ、シェリーちゃーん!一緒に夕食行こう!」
奥からはエマさん、ハンナさん、メルルさんがやってきて、私たちは4人一緒に夕食に向かいます。