「はーいありがとう。次は……、橘さん。」
「はい!」
私は明るく返事をして立ち上がり、教科書とリコーダーを持って教室の前に向かう。
クラスメイトの横を通り過ぎると、後ろからさわさわと耳打ちをする声が聞こえる。
「準備ができたら初めてね。」
譜面台に教科書を置いてリコーダーを構える。呼吸を整えて息を吸う。目の前の大半の生徒が耳を塞ぐ。
今日は、リコーダーのテストの日。家での練習の成果を見せてやるんだ。
拍手の一つもない静けさの中、自分の席に着席する。
やっぱりリコーダーは難しいな。なかなかうまくいかないや。
ふと教室が暗くなった。手に顎を乗せて、窓の外を見る。
どうやら太陽に雲がかかったらしい。すぐに雲は過ぎ去って、再び教室は明るくなった。
最近雨降ってないな……。
青空の向こうに浮かんでいた暗い雲と群れで飛んでいる鴉を見てそう思った。
軽やかな音色が聞こえる。教室に視線を戻すと、一人の女の子がテストを受けていた。
「やっぱり
「えへへ、ありがとうございます。」
詩簿ちゃんは拍手を受けながら、私の右斜め前の席に着席した。
私は、胸に手を置いている彼女を盗み見る。
柊 詩簿ちゃん。
顔立ちは可愛らしく、ショートボブの髪はサラサラで、パステルイエローう。次は……、橘さん。」
「はい!」
私は明るく返事をして立ち上がり、教科書とリコーダーを持って教室の前に向かう。
クラスメイトの横を通り過ぎると、後ろからさわさわと耳打ちをする声が聞こえる。
「準備ができたら初めてね。」
譜面台に教科書を置いてリコーダーを構える。呼吸を整えて息を吸う。目の前の大半の生徒が耳を塞ぐ。
今日は、リコーダーのテストの日。家での練習の成果を見せてやるんだ。
拍手の一つもない静けさの中、自分の席に着席する。
やっぱりリコーダーは難しいな。なかなかうまくいかないや。
ふと教室が暗くなった。手に顎を乗せて、窓の外を見る。
どうやら太陽に雲がかかったらしい。すぐに雲は過ぎ去って、再び教室は明るくなった。
最近雨降ってないな……。
青空の向こうに浮かんでいた暗い雲と群れで飛んでいる鴉を見てそう思った。
軽やかな音色が聞こえる。教室に視線を戻すと、一人の女の子がテストを受けていた。
「やっぱり
「えへへ、ありがとうございます。」
詩簿ちゃんは拍手を受けながら、私の右斜め前の席に着席した。
私は、胸に手を置いている彼女を盗み見る。
柊 詩簿ちゃん。
顔立ちは可愛らしく、ショートボブの髪はサラサラで、パステルイエローのワンピースがよく似合っている。習い事を掛け持ちしていて、ピアノを習っている為、音楽全般が得意。キュートな容姿に、そして成績も優秀で、女子からだけではなく男子からも人気な女の子だ。
翌日、授業の前に全校集会が行われた。
四季が切り替わる季節で体調を崩さないようにとか、教頭先生が昔読んだ本にこんな言葉があったとか、いつもとあまり変わらない内容で集会は進んでいく。
「次に、表彰を行います。」
この小学校では、地域のクラブチームやコンクールで賞を取ると、全校生徒の前で表彰を受けることになっている。
サッカーチーム、バスケチーム、将棋の大会で入賞した男の子、様々な子が呼ばれる中、有名なピアノコンクールの受賞者で、その名前は呼ばれた。
「柊 詩簿さん。」
「はい!」
体育館の後ろから見る詩簿ちゃんは小さい。だが、壇上へ向かう歩みは堂々としていて、彼女がはっきり見えた。
彼女の背丈は、演台から肩が出るくらい。奥に立つ校長先生から賞状を受け取りこちらを向く。
「表彰された生徒に拍手をお願いします。」
最初はパラパラとしていた拍手が、次第に音圧を纏い、表彰者たちを祝福する。
拍手をしながら、詩簿ちゃんを見る。彼女は、満面の笑みをしていた。
その日から、詩簿ちゃんから、笑顔が消えた。
「これは、コンクールで賞を取ったご褒美に、お父さんが買ってくれたシャーペンだよ。」
その日の授業の合間の休み時間、いつものように詩簿ちゃんは3人の友達と机を囲んで会話をしていた。
「わ~、かわいい!」
詩簿ちゃんは口に人差し指を当てて、声を抑えるように促す。
「家で宿題やる時にもう使ってるんだ。……昨日宿題をやった後に間違えて筆箱に入れちゃったみたい。」
「いいな~、めっちゃ高そうだし、めっちゃかわいいし!何円したの?」
「えーっと……、お父さんが買ってきてくれたから分からない。」
「そっかぁ……、私もママにお願いしてみよー。」
「学校では使わないの?」
「え、使えないよ……!前に男子がシャーペンを使って、先生に見つかって怒られてたし……。」
「詩簿ちゃんなら大丈夫だよ、成績だっていいし、いつも真面目に授業受けてるし、先生も詩簿ちゃんならいいよって言ってくれるよ!せっかく持ってきたんだしさ。」
「ううん。使わない。この前先生、『学校にシャーペンを持ってきてはいけません。』って言ってたから、きっと使わなくても持ってきたらダメなんだよ。だから……、シャーペンを持ってきたことは秘密にしてて!お願い!」
「…………。」
「……当たり前じゃん!でもまじめすぎだよ~。詩簿ちゃんなら絶対いいって言ってくれるのに、もったいない!」
キーンコーンカーンコーン。
予鈴が鳴って、詩簿ちゃんのグループは解散し各々の席へと着席する。
詩簿ちゃんとは席が近いから、彼女たちの会話はよく耳に入ってくる。彼女たちの会話で、あんな間を聞いたのは、初めてだった。
私は早起きな方で、学校にも早く登校している。
人気の少ない学校は空気がひんやりしていて、静かで、少し不気味。だけど、日中にはこんな空気は存在しない。私が学校で過ごす中で一番気に入っている時間だ。
下駄箱で靴を履き替える。既に3つの上履きが靴に入れ替わっていた。教室に向かって、戸を引く。
「おっはようございま~~す!!」
ガタッ!、教室から大きな音がした。見れば、詩簿ちゃんの机の周りに彼女の友達が体をくの時に曲げて中途半端な立ち方をしていた。
「一番乗りじゃなかったの久々!おはよう!」
彼女たちに挨拶をする。そのまま10秒程時が流れて、背中で手を組んだ女の子、リサちゃんが口を開いた。
「な、なんだ……、妖精さんかぁ、焦ったー……。」
「何が焦ったの?」
「いっ、いや!なんでもない!!」
「ねぇ、別のとこ行こ。」
「うん……。」
彼女たちは、『最悪。』と捨て台詞を履いて、強めに戸を閉めて教室を出て行った。
私何か悪いことしたかな……?
とはいえこれで教室には、朝のいつもの静けさが返ってきた。
……。
小さな違和感を感じる。
あ、そうか。先程彼女らが使ったままの椅子と、棚にランドセルが3つ入っているからだ。
知っているはずなのに、知らないような気がする教室。
ぐるぐるとした気持ちを抱きながら、私は自席に向かう途中で散らかった椅子を元に戻して、日課の校内散策に向かった。
それから私は一番乗りを取り戻すために、さらに少し早く登校するようになった。
そのおかげで一番乗りを逃すことはなくなった。
変わらない日常を送っていく中で、刺激的な事象をたまに見つける。それに熱中して、飽きたらまた別の刺激を探しに行く。
今日はとてもうれしいことがあった。
私は学校に友達がいない。だから、休み時間は散策に出たり、学校の遊具で遊んだり、たまに本を読んだりして一人で過ごす。
だけど今日はそんな私に友達ができた。
詩簿ちゃんの友達たちだった。
「妖精さん。」
「ん……、どうしたの?」
私は、読んでいた昆虫図鑑から顔を上げる。
「私たちと友だちになろ。」
「えー!いいの!?」
「もちろん、妖精さんとは友達になりたかったんだ~。」
彼女たちは
「わーい!学校で初めてのお友達だ!これからよろしくね!」
私は彼女たちに笑顔で手を差し出す。
「うん、よろしくね。早速なんだけど、妖精さんって嫌いな人っている?」
差し出された手は握り返されることはなく、正面に立つリサちゃん主導で彼女たちは周囲の椅子に座る。
「いないよ。嫌いな人がどうしたの?」
「ううん、特に深い意味は無いんだけど……。ほら、成績のいい人とか羨ましくて嫉妬しな~い?」
少し後ろを見ながら聞かれる。
「嫉妬もしないなー。あっ、でも、」
「え、なになに!?」
3人の目が私に向く。
心がざわざわする。
「いじめは……嫌いだよ…………。」
!!
自分でもビックリするぐらい小さな声が出た。私はいつの間にか下を向いていた顔を上げて、はにかむ。
「ごめんね、嫌いな人じゃないんだけど……。」
チッ。
リサちゃんから舌を打つ音が聞こえた気がした。
「そ、そっか。あ、私たち用事思い出しちゃった!!ごめんね、妖精さん。またね~。」
「じゃあね。」
「うん、また話そうね!」
私は教室を去っていく背中に返事を飛ばした。
小学校での初めての友達、目と目を合わせての会話はとても楽しかった。自然と口角が上がって笑顔が止まらない。幸せだ。これから毎日友達とおしゃべりができるんだから。
「す、すいません!柊詩歩ちゃんいますか!!」
突然教室の入り口から声が響く。隣のクラスの男の子だった。
「あ、今日詩簿休みだよー。残念だったね。」
近くにいたクラスメイトが答える。
「そ、そっすか……。失礼しました…………。」
男の子は、ゆっくりと戸を閉めて帰っていった。
翌日。校内散策から教室に戻って来た。
「おはよ~!さっきね、運動場でアリの行列が昨日の給食のチーズを運んでたの!」
「へぇ~、そう。」
「そうなの!」
やっぱり、お友達とおしゃべりするのは楽しいな。
昨日みたいに会話は長く続かなかったけれど、学校に友達がいる、友達と会話をしたという事実が嬉しくて私は満面の笑みを浮かべて自席に着いた。
今日は熱があって学校を休んだ。昨日は雨が降っていたけれど、久々に振ったことが嬉しくて傘も差さずに散策に繰り出してしまった。
体は強い方だから、大丈夫だと思ったんだけどなぁ……。
コンコンコン
自室の扉から聞きなれたノックの音。
「シェリー、入るよ~。」
エプロン姿のお義母さんが入ってくる。片手に持っている器からは、白い煙がふわりと立っていた。
「雑炊作ったけど、食べれそう?」
お義母さんはかがんで、私の顔色を窺うように聞いてから、湯気の立つ雑炊を私の目の前に持ってきた。
ほんのりとした醤油の香りにつられて中を見れば、水を多分に含みツヤのあるお米と溶き卵、その上にはネギが載せられていた。
ベッドに寝そべったままの私は、顔を下に向けて体に聞いてみた。
体は「食べたい!」と言っている気がした。
「うん、食べたい。」
「分かった。」
私がむくりと体を起こしている間に、お義母さんは簡易テーブルを立てて食事の用意を整える。
「召し上がれ。」
「いただきます。」
ネギが乗っている場所を掬って、口に入れる。
美味しい……。
自然と笑顔になって、ペースをそのままに食べ進める。
お義母さんは「よかった。」とつぶやいて、傍でニコニコしていた。
「ごちそうさまでした。」
「お粗末様でした。」
体はまだ重たいものの、すぐに食べ終わってしまった。
「他に何か食べたいものとか、飲みたいものとかない?」
お義母さんは器と机を片付けた後聞いてきた。
「ううん、ないよ。」
「読みたい本とか漫画とか、見たいアニメは?ゆっくり過ごせるもの……」
ぱっと思い浮かぶものは無かったから、首を横に振る。
「そっか、何かあったら、言ってね。」
お義母さんが廊下の方に歩いていく。
「お義母さん。」
「?、どうした?」
お義母さんは振り返る。この言葉を伝えたいと思った。私は笑顔で、
「ありがとう。」
と伝えた。
「……。」
お義母さんは面を食らったような顔をしている。
やがて少し目元を隠したあと、「私もまだまだね。」と言って、私の方に近寄ってくる。
お義母さんは、私の隣に座って、私を抱きしめた。
「シェリーは、本当に強い子。」
左耳のすぐ近くからお義母さんの優しい声が聞こえる。
「え、そんなことないよ。こうやって風邪だって引いてるし。まぁ……、力は強いけど。」
「うん……。」
お義母さんの手が私の頭に回って、ぽんぽんと頭を叩いたり、優しく髪をなでる。
「シェリー、もし辛くなったり、苦しくなったりしたら、いつでもお義母さんに話してね。頼ってね。」
「……うん。」
暖かった。とても安心感があって、自然と穏やかな気持ちになる。幸せで、お義母さんの真似をして、私も、優しくお義母さんの体を抱きしめ返した。
「シェリーの手、とーってもあったかい。凄く安心する。」
「ほんと?学校じゃみんな、『怖い』って私の手握ってくれないよ?」
「そっか……、みんなはもったいないね。シェリーの手はこんなに優しい手なのに。」
私は手に意識を集中させる。
私の手、優しくて、あったかい……か……。
心地よい時間だった。どれくらいハグをしていたのか分からないけれど、気が付いたら寝ていたようで、朝日が昇っていた。
一番乗りで教室に入るために、いつもの時間で家を出た。
一日ベッドで寝ていたものの、私の体は、動くのを待ち望んでいたかのように快調だった。
一昨日ぶりに来る学校は、1日でいろんな変化があって、初めて見る生き物の様に感じられる。そんな学校にワクワクして、下駄箱からスキップで移動し、教室の引き戸を引いた。
「おはようございま~す!!シェリーちゃんが戻って来たよ~!」
知らない教室だった。
なぜ?
クラス分のクリーム色の学習机、その中の一つが赤黒色になっていた。
私の席の右斜め前の席、詩簿ちゃんの席だ。
自分の机にランドセルを置いて、詩簿ちゃんの机を観察する。
「死ね」「消えろ」「バカ」「キモい」「うざい」、道徳の授業で人を傷つける言葉として学んだ言葉たちが不規則に、しかし隙間なく落書きされていた。
詩簿ちゃんは人に嫌味を言ったりするような印象は無かったからこんな言葉で机に落書きをしていることがすごく意外だった。
一通り机を観察して、校内散策に向かう為、速足で教室を出た。
散策から帰ってくる頃には、大半の生徒が登校して、学校も騒がしくなってくる。自分の教室の戸を引いて中の様子を確認する。
朝、教室を見たときの違和感が無くなっていた。
詩簿ちゃんの机は他の机と同じくクリーム色に戻っていて、詩簿ちゃんと私の友達の内の2人に囲まれていた。
私が今朝見た机は幻だったのかな……?
「ねぇ、妖精さん。」
私が教室に入ろうとすると、後ろから声をかけられた。
「私たち、実は詩簿ちゃんにいじめられてたの。だから助けて、友だちでしょ?」
振り返れば、詩簿ちゃんと話していない、私のもう一人の友達、リサちゃんが困った表情で私を見つめていた。