TSヴァンパイアは世界を揺るがしかねない封印を解放し妹にしてしまうらしいです 作:西春江
世界が衰退の一途を辿り始めてから数百年が経ったらしい。
「らしい」と曖昧にしか語れないのは、俺がその時代を生きていなかったからだ。
この世界に転生してきたのは、そんな絶望が当たり前になったずっと後の話である。
勇者が敗北し、魔王の支配が当たり前になった世界。
衰退の原因は、雨が止むのを忘れたからだ。
止まない雨は無い。なんて言葉を作った人は反省して欲しい。本当に。
その雨に長く触れれば、人間は正気を失ってしまう。
壊れたように笑い、叫び、泣き、そして自我をなくしたマジンへと変貌する。
こえ~。
雨が止まない原因は、
魔王を討伐できれば、雨は止む事を思い出し、この世界は少しマシになる。
が、魔王を討伐するなんて夢のまた夢。
ここ数百年何度も挑みに行っているが、殆どが死ぬ。
つい最近も、伝説とまで称された英雄オリオティスが討伐に向かい。
……そして、彼もまた、帰ってこなかった。
そんな、クソみたいな世界を見て、俺は思ってしまう。
俺は、コロニーの片隅で、何もできないまま歳を重ねて、静かに死ぬんだろうなぁーと。
……そう思っていた。
だから、あんな日が訪れるなんて、夢にも思っていなかったのだ。
「君に魔王討伐の任務を授けたい」
「正気か?」
そんな信じがたい言葉を投げかけてきたのは、ボロボロの鎧を身に着けた青年だった。
確か、名前はガレット。
「えと、何か、間違えていないでしょうか?」
何かの勘違いだ。じゃなきゃおかしい。
自分で言うのもあれだが、このコロニーで最弱の自信がある。
金髪ロングに金色の瞳、ボロボロの服装に、見た目は……ただのロリ。
せっかく異世界に来られたというのに、転生先がただの少女とは……。
将来的には「無駄飯食い」とか言われて処刑される未来が目に浮かぶ。
ん?まて、その処刑をオブラートに包んだ言い回しが魔王討伐、の可能性?
怖くなってきた。
「いや、間違ってはいないよ。君であっている」
「新手の死刑宣告ですか?」
「死刑宣告、そう思ってしまうのも無理はない。だけど信じてほしい。僕は君が邪魔だから人類圏外に送り込むつもりではない」
……そうなのか。でもじゃあ、なおさらなんで?
斥候かな?
「じゃあ、君が魔王討伐に向かう理由と、向かってほしい理由を話そう」
そう言って、ガレットはくるりと背を向け、どこかへ歩き出す。
地下へと降り、長い長い通路を進むこと数十分。
俺の息が切れ始めた頃、ようやく足を止めた。
「本来、人に見せることは無いんだけどね。これが何かわかるかい?」
そこにあるのは空中に浮かぶ青白い球体。
球体からは謎のケーブルが何本も伸びている。
明らかに、この世界のものではない機械のような代物。
「えーっと、確か……」
「
そう、
これのおかけで俺達のコロニーは生き残っていると言っても過言ではない。
「えと、どうして俺に?」
男は少しだけ間を置いて、口を開いた。
「このコロニーは、あと一月で滅びる」
……思っていたより衝撃は受けなかった。
むしろ「よくここまで持ったな」って思ったくらいだ。
「ん? だとしてもなんで俺に? あれですか? 俺を追い出したら滅ばなくなる、とか?」
「はは、悲観だね。まず1つ、僕は君が嫌がるなら魔王討伐を強要しない。そして2つ、コロニーが終わる未来と同時に、別の未来も見た」
「別の未来?」
男は両手を広げ、大仰なジェスチャーで言った。
「君が魔王を討伐する未来だ!」
……自分が、魔王を? 何かの間違いだろ。
格好つけている所、申し訳ないが正直に言ってしまおう。
「その機械壊れてません?」
「確かめる術があればよかったけどね。僕達、人間には、これを解析する力はない」
「
弱音を吐いた瞬間、男は手を招き始める。
「こっち、こっち」
そう言って男は、通路の片隅の鉄の蓋へと歩み寄った。
ぱかり、と音を立ててそれを開ける。中は真っ暗、梯子が地下へと続いていた。
躊躇いながらも覗き込むと、かすかに湿った空気が顔を撫でてくる。
冷たい。かび臭い。
梯子を降りた先は、やはりというか……薄暗くてじめじめしていた。
床は湿っており、時折、天井のどこかから水滴が落ちては、小さな音を響かせる。
「ここは?」
「牢獄だよ。今は使われていないんだけどね。……それじゃあ、ここから先は、口外禁止で頼む」
ガレットさんが部屋の奥に向かい、奥に垂れ下がっていた布をバッとめくる。
「なんです、これ」
そこには――白髪の少女がいた。
白髪が、燭台の炎に照らされて淡く輝き、神秘的な雰囲気さえ感じさせる。
だが、目が釘付けになったのは、その美しさじゃない。
――突き刺さっていたのだ。何本もの槍が、少女の身体を貫いている。
胸、両腕、両足、そして……頭部。
「仮死状態の
数百年前に絶滅したとされる、伝説の怪物。
不老不死、怪力、そして万物を創造する力を持つ、人類の血液を狙う天敵。
けれど、それはもう過去の話だ。
雨が降り始めてから、人類は急速に数を減らし、
最後の最後には同種で殺し合ってたと聞くが、こんなところで本物を目にするなんて思いもしていなかった。
「もし、君が魔王討伐を引き受けてくれなら、僕達は全力で支援すると約束する」
「い、いや――」
「
「ちょ、ちょっと待ってください」
あまりに一気に話が進みすぎて、思わず声を上げてしまった。
「自分が
まだ半信半疑だった。
選ばれる理由もわからないし、そもそも、そんな大役に向いてるとも思えない。
第一、それだけ準備しても勝てるとは到底思えない。
「安心してくれ。これだけじゃないんだ」
男は笑みを浮かべながら言った。
「君には、魔王討伐の前に……ある封印を解きに行ってほしい。それが勝利の鍵でね」
「封印……ですか。中身は?」
「僕も知らない。ただ、
「……中身は人、ってことですか?」
「……多分、ね」
男は微かに視線を逸らし、何かを飲み込むように答えた。
含みのある口ぶりだったが、悪意は感じなかった。
「それと、ひとつだけ……問題がある」
「問題ですか?」
「あぁ、
最後に処分?
それは、言葉通りの意味なのだろうか。
魔王討伐に協力させ、最後に処分……殺す。
もしそうなら、なんというか。
「ひでぇ」
「悪態なら僕に言ってくれて構わない。ただ、検討だけ頼むよ。先を見たわけじゃない。だけど、あれは生かしてはおけない」
検討、ということは最終判断をこちらに任せてくれるのだろう。
それはそれで、心が痛くなるからやめてほしい。
「言いたいことはこれで全て、かな」
男は赤黒い液体が入っているグラスを差し出してきた。
きっと、あれは
あれを飲んでしまえば、俺の平穏は崩れ去る。
「……」
コロニーはあと一月で滅ぶ。猶予は十分にある。逃げてしまえばいい。
わざわざ魔王討伐に向かう理由は無い。
「どうか、魔王を討伐してくれないだろうか」
男は最後に、寂しげに、けれど祈るような目で俺を見つめながら、そう告げた。
「本当にここで合ってるのか? 俺、閉所恐怖症なんだよ。間違っていたらお前を解体するからな」
「マスター、八つ当たりが酷いです。怖いのはわかりますが、行くしかありません。はい、れっつごーです」
そう言って防護服というか、もはや装甲に近い装備で割れ目へと身を投じた。
大地に開けた裂け目。
地表を覆うコケは異様に発光し、まるで内臓を晒した生き物のような気持ち悪さがあった。
その奥へと続くのは、苔と毒気に満ちた、湿った洞窟。
ロープ一本を命綱にスルスルと下降していく。
全身を覆う重装備、顔すらガスマスクのような物で隠され、肌の一片も見えない。
この装備が必要最低限ということが、どれだけこの場所がヤバいかを端的に物語っている。
現在俺は、封印があるとされている迷宮に来ている。
結局、魔王討伐へと向かうことになってしまったのだ。
〈免疫迷宮〉
中は腐敗した魔素、
そんな場所に、命綱一本で降下中。
あぁ、下を見ただけで体が震える。
てか、こんな場所に封印なんて置くんじゃねぇよ。
いや、だからこそという話もあるかもしれないが、行く奴の身になってほしい。
下降し続けて数分が経った頃、周りを見渡すと、何かが壁に張り付いていた。
前の世界の生き物で例えるなら、オットセイだろうか。
シルエットはキューティクルと言ってもいいだろう。
「迷宮にも可愛いところがあるんだなぁ」
「マスター。あれは免疫迷宮名物、
無機質な声で警告してきたのは、ガレットさんから貰った古代遺産の1つ「自立思考型支援魔道具七式」略してナナ。
見た目はただの球体。
自分の周りをぷかぷかと、どういう原理かは知らないが浮遊している。
「でんじゃーて」
そんな危険には見えないけどなぁ。
そう思った瞬間、ハードルの表面に裂け目が現れる。
裂け目はパックリと開き、その中には牙がびっしりと生えているのが見えた。
「怖っ」
迷宮の奥に進み、数十分が経った。
今までは苔の生えた洞窟が続いていたが、ある地点で風景がガラッと変わった。
岩壁だった通路が、突然無機質な白に切り替わったのだ。
だが、白く無機質な壁は建造されてから長いこと経ったのだろう、ヒビが入り苔が生えていた。
そして、視線の奥に何かが入る。
結界魔法だろうか、そこだけは、新品同然、苔も生えておらずヒビも入っていない。
さらに、中心には……百葉箱、みたいなもの。
「……着いたか。ナナ、結界の解除を頼む」
「了解」
俺がそう告げると、ナナはプカプカと移動し始め、球体の中からケーブルのような物が伸び始める。
「マスター。ここ周囲一帯では
「ん、了解」
つけているだけで体内の魔素がジリジリと削られるし、何より熱苦しい。
外していくたびに、体が解放されていく。
今まで身動きがしづらかった分、逆に軽すぎて落ち着かないくらいだ。
あれだ、スキー靴を脱いだ後の感覚に似てる。
最後に頭部の防護具を外し、俺は大きく息を吸い込んだ。
「ぷはっ! あぁ〜生き返る〜」
装備のゴム臭じゃない。自然の空気……いや、なんか甘ったるい匂いがする。
本当に脱いで大丈夫だったのか……?
ふと、地面に広がる水溜りを見る。
そこに映っていたのは赤眼、銀髪ロングの少女。
自分の記憶に、こんな少女はどこにもいない。
「?!」
周りを見渡してもそれらしき人間は居ない。
「マスター。
俺が状況を把握できずに焦っていたら、ナナが何が起きたのかを教えてくれた。
迷宮に来る前、
その結果という事だろう。
ガレットさんは「症状を見てから出発してもいい」と言っていたのに、俺が「早いほうがいいんじゃね」なんて言ったせいで、このタイミングで現れたわけだ。
「チャームポイントの金髪と金眼が……!」
髪は完全に銀髪に染まり、瞳は真っ赤。
まるで血のように滲んで、充血しているようにしか見えない。
「解析完了。マスター。結界を解除します」
「少しぐらい落ち込む時間を俺にくれ……」
俺が落胆している間に、ナナはあっさりと作業を終えていた。
さすがだな、とか言う気にもならないくらいに、当たり前のように淡々と。
自分は封印へと一歩近づく。
先まであったはずの結界は消え、封印へと歩を進められるようになっていた。
箱を開き、中の物を取り出し始める。
開いた瞬間に罠でも作動するのかと思ったが、心配は無意味らしい。
中には真っ黒の球体が入っていた。
一点の濁りもない真っ黒の球体。
「人が入ってるわけじゃないんだよな。棺桶みたいなのを想像してた」
「そのタイプもあるにはありますが、圧縮魔法の方が楽ですからね」
……え、じゃあ何だ? この中に人が圧縮されてるのか?
転移魔法で召喚する、とかじゃなく、この中に入ってる?
「この世界、こわ……」
途端、何の脈絡もなく、黒い球体が微かに揺れた。
「あらーと。結界が解かれたことで、中身が活動を再開。数秒以内に実体化を開始します」
「なっ?! 解除したのは結界だけじゃ?」
「長い年月を過ごしたことで、封印が緩くなっていたと予想」
そんなことがある、のか。
この世界の常識を知らない俺が悪いが、それより今はこっちだ。
「今からでも封印し直すことはできないのか?」
「私達の技術では不可能です」
まずい。
封印の中身は人間だ。
帰還するにはロープを伝う必要がある。
俺は
だが、封印も一緒となると……。
「まずい……」
いや、もう遅いんだ。封印は解かれる。
……封印って、どんな感じで出現するのだろう。
出産?出産か?出産なのか?
「よ、よし、助産師は任せろ」
「何もしないでください」
そんなやりとりをしていたら、黒い球体の揺れが止まり、次の瞬間、ヒビが入った。
幾筋もの線が球体の表面を走り、ついに、黒い球体は音を立てて割れた。
パリンと、軽快な音を立てて。
……何も起きない
一瞬、そう思った。でもすぐに、それは来た。
空間が裂けたのだ。
何もないはずの空間に、亀裂が走った。
まるで壁に入ったヒビのように、けれどそこに壁など存在しない。
空間そのものが割れていた。
その割れ目から、液体のような何かがにじみ出る。
最初はただの黒い水のように見えたそれは、すぐさま形を変え始める。
脚、胴体、腕、そして頭部。
その液体は一秒と経たずに、人間の少女の姿へと変貌した。
ピクリとも動かずに、横たわっている。
「これが……」
封印の中身は少女だったのか。
この少女が魔王討伐の鍵? どこをどう見てもそんな感じはしない。
「……ん」
少女が声を漏らす。
少女は俺より少し小柄で、髪の色は薄桃色。綺麗な色をしている。
ただ、問題が一つ。
露出が酷い。髪で隠れてはいるが、どう見ても全裸だ。
とりあえず、声をかけてみるか。
「……あー、自分で起き上がれるか? 今の状況、どれくらい把握してる?」
言った瞬間、少女の身体がぴくりと反応した。
長い髪が滑り落ちて、その奥に隠れていた顔があらわになる。
「だいじょ……ぁ? なぁ、は?」
青色。
透き通り、冷たく、どこか優しげな、綺麗な、青の瞳。
少女が瞼を開き、瞳孔がこちらを捉える。
「お姉ちゃん、だれ?」
……あぁ、そういう、ことか。
「……クソ」
まずは深呼吸。
「ふぅー……よし、俺の名前はシーラ……いや、メリスだ。よろしく」
できるだけフラットに言って、手を差し出す。
握手くらいは交わせたらと思ったが、少女は首を傾げながら俺の手を見つめていた。
「メリスお姉ちゃん?」
「……っ! お姉ちゃんは……やめろ。メリス、メリスがいい」
「メリス」
「そう、それ」
子供に躾をしている気分になる。
本当に、この少女が魔王討伐の鍵なのか?
それに、何より……。
「なぁ……お前は何か、凄い力を持ってたりするのか?」
「力? 何のこと?」
「……ん、何でもない」
自覚はなし、本当に持っていないなんてことは……無いと信じよう。
一度、コロニーに帰りたい。
ただ、問題が一つ。こいつをどう言いくるめるか。
無理やり連行することも、できなくはない。
けど、それじゃ意味がない。
協力関係を築く必要がある。こいつは、俺と同じ目的地に向かってくれる仲間でなきゃいけない。
さて、どうしたものか。
「状況はどの程度把握している?」
「今、起きた?」
「ここがどこかわかっているのか?」
「寝室!」
「……お前は誰だ」
「私……?うーん、だれ? 名前、無い……気がする」
全然ダメじゃねえか。
こいつが魔王討伐の鍵かは、もうどうでも良くなってきた。とりあえず、コロニーに持ち帰る。
「……名前が無いなら、自分で名前を考えることを勧める」
「えー、名前つけてほしい」
「……俺が?」
「ダメ?」
「ダメだな」
理由は幾つかある。
こいつが魔王討伐の鍵だった場合、処分しないといけなくなってしまうからだ。
そんなものに愛着を持ってしまったら最後、碌なことにはならない。
それに、どうもこいつは――
「名前がほしい……」
「……なら、封印から生まれてきたんだ。一旦は封印と仮称する」
「名前じゃないよ……?!」
「これも立派な名前」
『封印』がショックを受けたように口をパクパクとさせている。
「お前は、現状を何もわかっていないらしい」
「わかんないね」
困った顔ひとつしていない。
悩んで何もしないよりはマシだが、悩みもしないのもどうかと思う。
「……それで、なんだが、俺についてくる気はないか? ここは免疫迷宮と呼ばれる危険地帯だ。多分、お前一人じゃすぐ死ぬ。どうだ? ついて来る気はあるか?」
ここが危険な場所だと教えれば否が応でも着いてくるしかなくなるだろう。
「うーん、遠慮します」
「………今、自分がどんな状況にいるのか説明したよな?」
「名前、つけてほしい」
またそれか。名前がそんなに重要なのか?
「名前を、つけたらついてきてくれるのか?」
「うん!」
こいつにとって名前は重要らしい。
揶揄ってるわけじゃ……無さそうだ。
「ナナ。何かいい名前をジェネレートしてやってくれ」
「了解」
「わ」
『封印』が浮かぶ球体、ナナを見て驚いている。
「ねね、じぇねれーとって、なに?」
「……ナナ、この浮かぶ球体の事な。こいつに名前を考えて貰ってる」
「え、私、メリスに付けて欲しい」
「……なんでそこに拘る?」
「なんとなく」
何となく……そこに意味は無いらしい。もしくは……いや、考えるだけ無駄だな。
「名前は……この迷宮を出てからでいいか?」
「えー……」
「パッと思いついた名前じゃなく、後からじっくり考えたいんだ」
「うーん……ま、それならいいよ」
適当に誤魔化したが、成功に終わった。
名前は……帰って、誰か別の人に考えてもらおう。
俺には無理だ。
プカプカと浮かぶナナが視界に入る。
「ナナ、一度コロニーに帰る。道案内を頼む」
「了解」
こうして、俺と封印少女の奇妙な旅の幕は開けた。
最後には、俺はこの少女を殺さないといけない。
だから――
「どうしたの? メリス?」
視線に気づいたのか、封印が首を傾げ、俺の目を、真っすぐに見つめ返してくる。
「……何でも無いよ」
きっと、その答えがわかるのは——この旅路の果て。
俺が、彼女に最後の答えを突きつける、その時だけなのだろう。