TSヴァンパイアは世界を揺るがしかねない封印を解放し妹にしてしまうらしいです   作:西春江

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十話『ドラコリアンだよっ』

 俺たちは、魔王が潜伏しているという有力候補地を、片っ端から潰して回っていた。

 

 ヒールズ、クロリナ。2つの国をくまなく探索したが、手がかり一つ見つからない。

 

 結局、ヴィーに乗り込んでから、もう一週間が過ぎていた。

 

 その夜、事件は唐突にやってきた。

 

 俺たちは全員、ヴィーを自動走行に任せ、久しぶりに深い眠りについていた。

 

 

 ——揺れた。

 

 

 地面を蹴られたような衝撃が、容赦なく全身を揺さぶる。

 

 元の世界でも、地震や突風は経験したが、これはベクトルが違う。

 

 眠りの底から、一瞬で意識が引きずり上げられる。

 

「なんだ?! 何が起きた!」

 

 俺の声が、金属の響きを帯びて車内に反射する。

 

 あたりを見渡す。ノクトルもナナも無事。……ただ一人、イリスだけが額を押さえ、その場にしゃがみ込んでいた。

 

 揺れで頭を打ったらしい。

 

「えまーじぇんしー。何らかの襲撃を感知。……マスター、状況は芳しくありません。直ちに逃走の準備を」

 

 額から冷たい汗が伝う。

 

 おかしい。これまでなら、ナナが敵意を持つ存在を即座に感知し、イリスがそれを片付けてきた。

 

 それなのに、今回は感知が遅れている。

 

 胸の奥がざわめき、嫌な予感だけが膨れ上がっていく。

 

「ノクトル。逃げる準備頼む!」

「えぇ……!」

 

 短い返事を受け、俺は現状の確認へ移る。

 

 窓の外、雨。夜の森。いつもと変わらぬ風景が広がっている。

 

 見える限り、敵影はない。……遠距離からの魔法攻撃か? それとも、既に撤退?

 

「そんなはず……あ?」

 

 視線が、ふと天井へと吸い寄せられた。

 

 天窓から差し込む月光が、一瞬だけ、何か巨大な影に遮られたのだ。

 

 天窓を凝視する。

 

 そして、見た。

 

「なんだ、あれ」

 

 巨大な翼をはためかせる黒い影。

 

 月明かりに照らされたその輪郭だけで、理解してしまう。

 

 ——龍霊命(ドラコリアン)

 

 全身の皮膚が総毛立つ。

 

 ただの魔物とは違う、圧倒的な存在感。空気が、呼吸が、重くなる。

 

「今すぐヴィーから脱出しろ! こいつはもう捨てる!」

 

 怒鳴るように命じると同時に、ナナがコックピットのハッチを解放する。

 

 ノクトルとナナが飛び出そうと動く——が、その瞬間、俺たちの脱出は阻まれた。

 

「うぉ?!」

 

 全身を鷲掴みにされ、乱暴に振り回されるような衝撃が走った。

 

 ヴィーが再び、大きく軋みを上げながら揺れる。

 

 まるで洗濯機の中で揉まれる衣類のように翻弄され、壁や天井にぶつかっては弾かれた。

 

 肺の中の空気を一気に吐き出しながら、俺は必死に身を起こし、揺れる視界の奥に出口を探す。

 

 ——その時だった。

 

 窓の外に、奴がいた。

 

 金属めいた鱗が波のようにうねる。

 

 奴は大きく息を吸い込み、喉の奥で低く重い震えを響かせている。

 

「私の後ろ!」

 

 ノクトルが叫び、俺の視界をその背が覆う。

 

 瞬間、世界が爆ぜた。

 

 耳をつんざく轟音。鼓膜が破れそうなほどの咆哮と共に、目の前の景色が白く歪む。

 

 龍霊命(ドラコリアン)のブレス。

 

 龍霊命は体内に、魔力を極限まで増幅させる特殊器官を持っている。

 

 普通の人間なら、浴びた瞬間に塵と化すだろう。

 

 だが、ここにいるのはノクトルだ。オリオティスの一撃も、機械種の弾も耐えてくれた。

 

 時間は稼げる。

 

「ナナ、今のうちに!」

「了解」

 

 揺れる視界の端、ナナがハッチを抜け出すのが見えた。

 

 俺はその隙にイリスを抱え上げ、出口へと向かおうとする——が、次の瞬間、轟音が唐突に止む。

 

 ヴィーの装甲に、巨大な穴が空いていた。

 

 鉄板は焼け焦げ、端からは白煙が上がっている。

 

「あぁっ!!」

 

 低く、だがはっきりと苦痛に染まった声が、半壊した機体の中で響いた。

 

 チラリと声のしたほうに視線を向ける、そこにはノクトルがいた。

 

 ——だが、腕が無い。

 

 いや、違う。無くなったのではない。

 

 ノクトルの右手は、形を保ったまま色を失い、輪郭が霞み、霧のように崩れていく。

 

「なにっ、これ……!」

 

 それはただの肉体損傷ではない。

 

 魔法だ。それも、止まることを知らない侵食。

 

 刹那の逡巡の末、俺は腰の剣を抜き放ち、迷わずノクトルの片腕を斬り落とした。

 

「消費一月!」

 

 次の瞬間、俺の掌から煙幕が吹き出す。煙が狭い機内を満たし、視界を奪う。

 

 俺はイリスを背負い、濃い煙の中を駆け出した。

 

「メリス……」

 

 背中のイリスが、苦しげに名を呼んだ。

 

「まずいことになった。龍霊命(ドラコリアン)が襲撃に来た」

 

 振り返る。追ってくる気配はない。

 

 もしかすると、ノクトルかナナのほうへ行ったのかもしれない。

 

 イリスが背から降り立ち、震える声を漏らす。

 

「ノ、ノクトルとナナは?」

 

 どう答えようか迷う。

 

 真実を告げれば、彼女は助けに戻ると言うだろう。

 

 俺も助けたい。だが、この暗闇の中、無事に勝てる相手ではない。

 

「あいつらは逃げるのに成功した。俺たちは少し出遅れたんだ。だから早く逃げるぞ」

 

 言葉を置き、イリスの腕を掴んで走り出す。

 

「わ、私のせいで……」

 

 ——やってしまった。

 

 確かに、今の言い方ではそう受け取られても仕方がない。

 

「お前のせいじゃない」

「ご、ごめんなさい……」

「だから、違うって言ってるだろ……!」

 

 いつ襲いかかってくるかもわからない状況で、焦燥が言葉を尖らせる。

 

 俺は走り続ける。ノクトルたちと別方向に逃げたのは失敗だった。

 

 このままでは——雨が降れば、俺たちはマジンになる。

 

 龍霊命(ドラコリアン)の脅威とは別の焦りが、胸を締め付けていく。

 

 そして、その焦燥が限界に達した頃、思いもよらないことが起きた。

 

「止まれ! 動くな!」

 

 暗闇にこだまする男の声。

 

 雨でよく聞こえなかったが、多分男で間違いない。

 

 俺は息を呑み、声のした方向を凝視する。

 

 木々の隙間から、かすかに人の影が見えた。数人の人影が固まっている。

 

 ――人間だ。

 

 俺はとっさに叫ぶ。

 

「敵対意思は無い! 龍霊命(ドラコリアン)に追いかけられてるんだ。頼む行かせてくれ!」

 

 俺は必死の願いを叫ぶ。

 

「……やっぱり崩聖龍か。お前達、こっちに来い。この場所じゃ雨にやられる。寝床ぐらいなら用意できる」

 

 男の声に、イリスが俺の服の裾を引っ張る。

 

「いい人そうだよ?」

 

 今の言葉だけを聞いたらな。

 

 この世界は文明末期、そんな状態で他の人間に優しくできる奴は馬鹿か詐欺師だけだ。

 

 信じきれない。

 

 ……だが、この場所で逃げ続けてもいずれマジンになるだけ。

 

 万が一の時は吸血属(ヴァムピーラ)の力でどうにでもできる——そう思い直し、男たちに近づいた。

 

「俺達はここ近くのリニアコロニーの住人だ。崩聖龍が暴れているから何事かと思って外に出てきたが、まさか、こんな小さな子供がいるとは」

 

 男は俺たちにじりじりと距離を詰めてくる。

 

 あちらも警戒しているのが分かる。

 

 こんな夜更けに外を徘徊している奴らは異常者だと感じているのだろう。

 

「お前達はなぜこの場所にいる? どこのコロニー出身だ?」

「俺達はレルナコロニー出身です。魔王討伐のために駆り出されました」

 

 男は目を見開き、信じられないと言わんばかりに口を半開きにした。

 

「……本当か? お前達に魔王は……無理だろ」

 

 至極真っ当な意見。俺も最初同じ事を思った。

 

 ていうか今も思っている。

 

 男が手に持ったあかりを俺たちに近づける。

 

 その時、男が手にしていた灯りが揺れ、俺たちの顔を照らし出した。すると、男の表情が一変した。

 

 思わず一歩、後ずさる。

 

「……吸血属か?」

 

 俺は大きく距離を取った。

 

「俺は人間だ。いや、人間じゃ無いんだけど! 俺は最近吸血属(ヴァムピーラ)になったんだ! だから貴方達に敵対するつもりは一切ない!」

 

 男の目から涙が溢れていた。

 

 恐怖が増長する。何か大きな地雷を踏み抜いたような気配がする。

 

「き、君、ある人を吸血属(ヴァムピーラ)にできないか? 無理ならレルナコロニーの吸血属でも歓迎だ!」

 

 切羽詰まった様子で懇願する男。

 

「む、無理だ。吸血属の引き継ぎには待機時間がある。俺はなったばかりだから……あと百年はいるし、レルナコロニーにいる吸血属も百年はいる」

 

 男は肩を落とした。

 

「そうか……エリア様は助からないのか……いや――そんなはずがない」

 

 覚悟を決めたかのように男は言い放った。

 

「エリア様……今、助けに行きます」

 

 その一言で、俺はそいつを敵になったのだと確信した。

 

「イリス!」

 

 俺はとっさに彼女の腕を掴み、全力で走り出した。

 

 だが後ろには物音がしない。追ってきてはいないらしい。

 

 だが――。

 

「『(バレッド)』『(ホーミング)』『(スリープ)』」

 

 その言葉が俺の脳裏に響いた瞬間、意識は霧に包まれた。

 

 思考は鈍り、体は動かない。感覚が薄れ、周囲の音は遠く低くなる。

 

「メリス——」

 

 最後に聞こえたのは、背中から響いたイリスの声だった。

 

 

 

 ▽▲▽▲▽

 

 

 

 目を開けると知らない場所にいた。

 

 周りは白い壁で囲まれており、懐かしのコロニーを思い出した。

 

 だが、俺に過去に耽る余裕はどこにもなかった。

 

 能力を使おうと口を開く、しかし、息だけが空しくこぼれた。

 

「ん……んぐっ!」

 

 布切れが奥まで押し込まれ、舌を封じられている。

 

 それならばと、腕を動かそうとするが、掌に鋭い痛みが走った。

 

 反射的に目を落とすと、そこには太く黒い釘のようなものが、皮膚と肉を無造作に貫いていた。

 

 その瞬間、記憶の底から、あの少女の顔が浮かび上がる。

 

 初めて吸血属になった夜、同じように、無慈悲な拘束を受けていたあの少女。

 

 まさか、自分が同じ目に遭うとは思ってもみなかった。

 

 部屋の空気は生ぬるく重い。熱気が肌を這い回り、額から顎先へ、背中から腰へと、汗が際限なく伝い落ちる。

 

 服も変えられていた。探索用装備は剥ぎ取られ、今は薄い布切れ一枚が体を覆うのみ。

 

 ここは——あの男が口にしていた「コロニー」なのだろう。

 

 けれど、本来のコロニーには温度調整機能があるはずだ。

 

 だというのに、この部屋はまるで真夏の温室のような熱気に満ちている。

 

 ……何の嫌がらせだ。

 

 口は塞がれ、呼吸は浅く、視界は汗で滲む。

 

 そして、釘が打ち込まれた手のひらが、脈動に合わせてジンジンと痛みを放ち続ける。

 

 地獄のような時間、俺の頭の中は苦痛がループする。

 

 だが、頭の中はもっと別のことで支配されていた。

 

 ——イリスは無事だろうか。

 

 

 

 数時間が経った気がする。

 

 むせ返るような暑さの中で、時間の感覚はとっくに曖昧になっている。

 

 扉から、こん、こん、と乾いたノック音が響いた。

 

 留め金が外れる音がして、ゆっくりと扉が開く。

 

 背の高い青年がいた。

 

 いや、待て?これものすごくまずいのでは無いか?

 

 捕まった女兵士に何をするかなんて、答えは一つしかない。

 

「んん?! うぅぅぅ!?」

 

 反射的に、俺は拘束されたまま必死に暴れた。

 

 せめて腕か、口か……どちらかが自由になれば。

 

「落ち着いてください。何もしません」

 

 青年は静かに近づき、俺の足元に紙とペンを置く。

 

「吸血属に喋らせることによって起きる危険性は把握しています。少しのご辛抱を……ですが、これはやりすぎですね」

 

 その声色に、わずかな怒りが滲んでいた。

 

 次の瞬間、俺の掌に突き刺さっていた金属の槍が、ぎり、と音を立てて引き抜かれる。

 

「んぐっ!」

 

 痛みに思わず身を仰け反らせる。

 

 青年は申し訳なさそうに眉を寄せた。

 

「すみません。レンベルさんが乱暴をしてしまって。ですが、安心してください。死ぬような危険は絶対にさせませんので」

 

 そう言って、反対の手の槍も抜いてくれる。

 

「とりあえず自己紹介を。僕の名前はレベリカ。このコロニーで巫女の護衛をやらせてもらっています。貴方の安全は、僕の命に代えても守らせてもらいます」

 

 頭を下げるその姿に、俺は茫然としてしまう。

 

 

 

 ——あぁ、もう何が何だかわからない。

 

 

 

 その後、俺はレベリカに連れられ部屋の外へ出た。

 

 外の光景は……酷い、という言葉がこれ以上なく似合う場所だった。

 

 大きな穴が幾つも空き、そこから砂塵混じりの風が吹き込む。

 

 壁はひび割れ、金属板は捻じ曲がり、床には焦げた跡と崩れた瓦礫。

 

 かつて人々が暮らしていたであろう場所は、もはや廃墟の風情しか残っていない。

 

「このコロニーはもう少しで滅びます。復興はありえません」

 

 俺達がいたコロニーとは違い、天井に穴が空いてたり、設備が半壊していたり、散々な状況だった。

 

「少し前、コロニーに崩聖龍の集団による襲撃が起きました。もちろん抵抗はしましたが、蟻は象に勝てません。見ての通りです」

 

 崩聖龍。昨日、俺たちを襲ったあの化け物の名前らしい。

 

 奴の吐き出すブレスは、触れたものを粒子に変えて崩壊させる——そんな反則じみた力。

 

 「……」

 

 一つ疑問が深まる。

 

 なぜ、俺を捕まえたのか。

 

 脳裏に、最悪の可能性がよぎる。

 

 女を一人捕らえて、最後の娯楽にしようなどと……。吐き気がした。

 

 俺は紙とペンを握り、その疑問を乱暴に書き殴る。

 

「信じてもらえないでしょうが。それは違います。このコロニーには巫女と呼ばれる人物がいます。巫女にはある伝説があり、巫女が存命のうちはコロニーは滅ばないというものです」

 

 レベリカの表情が影を帯びる。

 

「ですが、現在、現巫女に寿命が迫っています。そして、そのタイミングで現れた崩聖龍。……これを聞いただけで、このコロニーの住民が何を思って貴方を捕まえたか、わかるでしょう?」

 

 ――人柱。その言葉が俺の頭の中に浮かんだ。

 

 気持ちは正直わかる。だが、やり方が……。

 

 いや、俺は他人のやり方を非難できる立場じゃない。

 

 似たようなことを、俺もイリスにしている最中だ。

 

「僕はそんな迷信は信じていません。だから貴方には無事に帰ってほしい。それが本音です」

 

 紙に、短く質問を書く。

 

「そうですね。今すぐにでも出したいのですが……巫女様が起きるまで少し待っていただきたい。巫女の許可なしに勝手に出したら、民衆が暴れ狂うはずです」

 

 ようするに巫女が起きるまでの辛抱……。

 

 いや、待て。巫女が俺を逃さない可能性だってあるだろ。

 

 俺はその思いを紙に書く。

 

「巫女様が吸血属を逃さない可能性? そんなことはありえません。僕が保証します」

 

 その言葉に、ほんの少し安堵する。

 

「それでは、この部屋です」

 

 ようやく目的に着いたらしい。

 

 レベリカが重たい扉を押し開ける。

 

 そこには、小さな少女が立っていた。

 

 目を赤く腫らし、今にも泣きそうな小さな少女がいた。

 

 「……メリス?」

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