TSヴァンパイアは世界を揺るがしかねない封印を解放し妹にしてしまうらしいです   作:西春江

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十一話『牢獄生活だよっ』

 部屋の奥にイリスがいた。

 

 だが、俺は彼女の姿を視界に入れた時、怒りが溢れそうになった。

 

 ——彼女には、腕から下がなかった。

 

「んぐ……! んももももも……!」

 

 情けない声が漏れる。

 

「すみません……両手はこちらで保管しております。巫女様が起きられましたら必ず治すと誓います」

 

 レベリカが深々と頭を下げる。

 

「……私は大丈夫。ちゃんと治してくれるらしいし。痛くはないから」

 

 らしい、って……。俺はレベリカを睨みつけた。

 

「本当に……すみません。必ず治します」

 

 その言葉を聞いても、やるせない気持ちは消えなかった。

 

「ご飯はどうなるんですか?」

 

 イリスがのほほんとした声でつぶやく。正気かこいつ。

 

「今お持ちします。それ以外に何か要望は?」

「うーん……メリス、欲しいものある?」

 

 俺は首を横に振る。

 

「じゃあ、ご飯だけでいいかな」

「承知しました。何かあれば遠慮なくお申し付けください。それくらいは、させていただきたいのです」

 

 そう言ってレベリカは出ていった。

 

 俺とイリスの二人だけの空間になる。気まずい。

 

「何でメリスは口塞がれてるの?」

 

 俺は理由を紙に書いて渡す。

 

 するとイリスは、退屈を紛らわせるように質問を畳みかけてきた。

 

「おぉ、メリスの能力って喋らなきゃ使えないんだ。そういえば消費って言ってるけど、あれは何を消費してるの?」

 

 また紙に書く。

 

「へぇ、血液なんだ。じゃあ、ここから出たら私の血液飲んでみる?」

 

 さらに紙を走らせる。

 

「なんでそんな酷いこと言うの!?」

 

 そんなやり取りを繰り返しているうちに、コンコンと扉がノックされた。

 

「お持ちしました」

 

 入ってきたレベリカの手には、皿が並んだトレイ。

 

 盛られた料理はどれも彩り豊かで、香りが部屋を満たす。

 

「おぉ、初めてみるものがいっぱい!」

 

 いや、待て。

 

 このコロニーは崩壊寸前じゃなかったのか? これ、どこから出してきた。

 

「奮発させていただきました。他の方々には内緒でお願いします」

 

 ……せめてもの罪滅ぼしということか?

 

「……ん?」

 

 ふと、疑問に思う。

 

 これ、俺はどうやって食えばいいんだ?

 

「あ、私、今手がないんだった」

 

 イリスも似たようなことに気づいたらしい。

 

 困った顔で口を開け。

 

「あーん」

 

 ……そういうことか。

 

 いや、俺は? 俺は食えないままだぞ?

 

 フォークを手に取り、イリスの口元へ運ぶ。

 

「ん、おいしいー」

 

 その隙に、俺はレベリカに筆談を送る。

 

「……その、吸血属様には一日ほどお待ちいただきたいと考えています。もう少しで巫女様がお目覚めになるはずですので」

 

 なるほど、つまり断食か。

 

「んももっこすぞ」

「すみません……」

 

 

 

 あれから1日近くが経った。 巫女は依然として起きる気配はない。

 

 その間、一度だけ妙な輩が俺の元を訪れた。目的は、吸血属の譲渡方法についての質問だった。

 

 だが譲渡は不可能だ。そんな簡単に渡せるなら、とっくに吸血属は世界を埋め尽くしている。

 

 実際には、増えすぎを防ぐためのロックのようなものがかけられており、通常の方法では不可能だ。

 

 百年を待たずに譲渡する裏技も存在はする。だが、それを使えば譲渡主は確実に死ぬ。

 

 俺は死にたくないから、そのことについて教えるつもりは一切無い。

 

 さらに一日が過ぎた。

 

 俺は紙に文を書きつけ、イリスへと差し出す。

 

「んもももももも」

「なになに? わかった。試してみるね」

 

 彼女は俺の口を塞いでいる布に手をかけた。

 

 しかし、布はまるで肉に縫い付けられているかのようにびくともしない。

 

 引き剥がすことも切ることもできない。

 

 やはりこれは普通の拘束具じゃない。おそらく魔道具だ。

 

 そんなやり取りからしばらくして、レベリカが部屋へ現れた。

 

 報告によれば、ノクトルとナナを発見したとのこと。

 

 だが、コロニーの内部まで連れてくると余計な騒ぎになると判断し、二人の所在だけ伝えて撤退したらしい。

 

 ナナとノクトルは脱出に成功。ヴィーは半壊。またこれで移動が大変になる。

 

 そして……ノクトルの腕は無かったらしい。

 

 

 

 その夜の出来事だった。

 

「待ってられねぇ! レベリカは何をしてるんだ?! 巫女様が死んじまうぞ?!」

 

 外から怒声が聞こえてくる

 

 ドアが地割れのような音を立てて開いた。

 

 そこにいたのは見たことのない中年だった。

 

「あいつか……!」

 

 低く呟き、男は一歩踏み込んでくる。床板が軋む音が重く響く。

 

「譲渡方法を教えろ」

 

 紙とペンが無造作に置かれる。

 

 俺は一言、知らないと書いた。

 

 その瞬間、男の眉間に深い皺が刻まれる。

 

「俺にはテメェが嘘をついているぐらいわかるんだよッ!」

 

 怒号と同時に、男の足が俺の腹部をえぐった。

 

「うごぉ……」

 

 小さな体が宙を舞い、何度も空間を回転しながら床へと叩きつけられる。

 

 息がうまく吸えない。

 

 その後も拳と靴底が容赦なく襲いかかり、頬が痺れ、骨の奥まで鈍痛が広がっていく。

 

 気づけば、視界の端が滲んでいた。

 

 涙が頬を伝って床に落ち、木目に吸い込まれていく。

 

「クソっ! 俺はお前のためを思って言っているんだぞ!」

 

 そんなクソみたいな言葉を最後に、俺の意識は深い闇の底へと落ちていった。

 

 

 

 三日が経った。

 

 限界が近いのが、自分でも分かる。頭の奥で鈍い音が響き、思考が泥に沈むみたいに鈍くなる。

 

 ――血液不足だ。

 

 いつもならノクトルの血を少し分けてもらい保ってきたが、ここでは血も、水も、何ひとつ口にできない。

 

 血液不足になるのは、生まれて初めてだった。

 

 近くにいるイリスに嫌でも視線が吸い寄せられていく。

 

「……どうしたのメリス?」

 

 そんなことを露知らず、イリスが心配そうに近づいてくる。

 

 自分でもわかるほど、口元から涎がダラダラと垂れてくる。気持ち悪い。

 

 何より、欲を抑制できない感覚が一番気持ち悪い。

 

 俺は震える手で紙を取り、ひとことだけ『視界に入らないでくれ』と書き殴った。

 

「ごめん……」

 

 イリスが小さく呟き距離を取る。

 

 俺はできるだけ体を動かさず、わずかなエネルギーを節約しようと横になる。

 

 だが、目を閉じても景色は揺れ、こめかみを貫くような頭痛が走る。

 

 あぁ、クソ。吸血属になんてなるんじゃなかった。

 

 

 

 あれから、どのぐらい時間が経ったかわからない。

 

 ぼんやりとした意識の底、遠くで鈍いノック音が響いた。続いて、扉が軋む音。

 

「——向かいましょう」

 

 ふいに視界が揺れた。

 

 自分の身体が宙に浮く感覚。いや、誰かが俺を担ぎ上げたのだ。

 

 力なく垂れ下がった四肢が、揺れるたびにぷらぷらと揺れた。

 

 次に意識がはっきりした時、そこは見知らぬ場所だった。

 

 視界の端に、ひとりの少女がいた。

 

 イリスではない。初めて見る顔、長い髪の少女。

 

 その少女が、まっすぐこちらに歩み寄ってくる。

 

「———ください! 死———!」

 

 聞こえてくる声は、壊れたラジオのように途切れ途切れで、肝心な部分が掠れている。

 

 次の瞬間、目の前の少女がナイフを取り出すのが見えた。

 

 ——吸血属になりたくて血迷ったか。

 

 そんな邪推が脳裏をよぎる。だが、その予想はあっさり裏切られた。

 

 少女はナイフの刃先を自分の掌に突き立て、そのまま引き抜いたのだ。

 

「……っ!」

 

 眉を寄せ、苦痛を噛み殺すような表情。

 

 その瞬間、俺の理性が吹き飛んだ。

 

 意思とは無関係に、俺の身体が勝手に前へと動き出す。

 

「———」

 

 少女は血に濡れた掌を俺の頬に添える。瞬間、俺の口元にあった布が外れる。

 

 そして俺は、零れ落ちる血を、迷わず喉へと流し込む。

 

 渇き切った喉に、血液がよく染み渡たる。

 

 甘美で、鮮烈だった。だが、至福の時間は長くは続かない。

 

「大丈夫ですか?」

 

 その声に、頭の中を覆っていた霧が少しずつ晴れていく。

 

 ようやく、今自分が何をしていたのかを理解した。

 

「最悪だった……」

「私が眠っている間のことは、すべて聞きました。全住民に代わって、私が報いを受けます。どうか、あの子たちを許してあげてください」

 

 そう言って少女が深く頭を下げる。

 

「巫女様、そこまでする必要はありません! 巫女様が死んだら皆悲しみます!」

 

 振り返ると、そこにはレベリカが立っていた。

 

 ……巫女様? その言葉にようやく目の前の少女の正体が繋がる。

 

「……えと、貴方が巫女?」

 

 問いかけると、少女——巫女は顔を上げた。

 

「はい。現在は私が巫女の役目を務めさせてもらっています。名前をエリア・ラティーと申します」

 

 言葉と同時に、再び丁寧に頭を下げる。

 

 その所作の一つ一つに、気品と静かな美しさが宿っていた。

 

「えと、俺はシーラ・メリス。今は……獄中の身です。どうぞよろしく」

 

 軽く手を差し出すと、巫女様は驚いたように目を見開き、次の瞬間。

 

「ごめんなさい! ごめんなさい! 私が眠っている間にシーラ様に本当に酷いことを……!」

 

 慌てふためき、すごい勢いで謝罪の言葉を浴びせてくる。

 

「いや、冗談ですから! 別に怒っては……」

 

 ——いない。なんて口が裂けても言えなかった。

 

 ここ数日間は本当に地獄だった。

 

「私程度にできることがあればなんでもさせてもらいます!」

 

 レベリカと似たような雰囲気を感じる。主従というのは、やはり似るものらしい。

 

「落ち着いてください巫女様」

 

 勢いよく謝罪する巫女を俺は、慌てて諫める。……ん? なぜ、俺が宥める側に回っている?

 

 ……いや、それよりもだ。ひとつ、どうしても無視できない疑問があった。

 

「その、聞きたいんですけど」

「なんでしょうか」

「なんで裸なんです?」

 

 正確には裸ではない。だが、ほぼ下着同然。布の面積が心許なさすぎる。

 

 ほんの少し角度を変えたら見えてはいけないものが見えてしまいそうで、目のやり場に困る。

 

「ダメですかね?」

 

 微笑みを浮かべて首を傾げる巫女様。

 

「いやぁ、エッチでいいと思います」

 

 俺と巫女様の間に、ぬっとレベリカが割り込んできた。

 

 なんだこいつ。邪魔をするな。俺が怒りを抑えていられる数少ない理由なのに。

 

「巫女様、だから言ったじゃないですか、服は着た方がいいと! 少し待っててください吸血属様!」

 

 レベリカはそう言うやいなや、巫女様を部屋の奥へと押し込んだ。

 

「うーん……思ってたの違う」

 

 もっとこう、ど畜生な巫女を想像していたのだが、拍子抜けだ。

 

 この様子なら、本当に解放してくれるかもしれない。

 

「だねぇ。巫女様かわいいね」

 

 後ろから声がして、俺は反射的に振り返った。

 

「お前いたのか?!」

 

 そこには、のほほんとした顔でイリスが立っていた。

 

「うん。レベリカが一緒にって」

 

 じゃあ、俺が血に飢えて正気を失っていたところも、巫女様をエッチだと言ったのも、全部見られていたのか。

 

 やらかした。

 

「メリス。最近怖かったんだよー。特に私を見る目が」

「悪かった……初めてだったんだよ。血液不足になるの」

 

 後悔の念に沈んでいると、奥の部屋から声が聞こえてきた。

 

『普通は服を着るんですよ!?』

『で、ですが、シーラ様にやってしまったことを考えれば、服を着ている暇なんてないじゃないですか! すぐに謝りに行くという発想は至極当然なものです!』

 

 続いて、ドタバタと慌ただしい足音。

 

『だから、普通は服を着るって言ってるでしょうが! それに、半分本当で半分嘘でしょう?! 謝りたい気持ちも本当でしょう。ですか服を着たくないという気持ちもあったんじゃないですか!?』

『よ、よく分かりましたね。レベリカ。褒美にキスでも——』

『僕はもう子供じゃないんです!』

 

 愉快な声が聞こえてくる。

 

 もしや俺たちに情を与えるための作戦なのでは……いや、これではあからさますぎるか。

 

「仲良さそうだね! 巫女様とレベリカ」

「うん。まぁ、そうだな。てか、仲良いっていうかこれは……」

 

 言いかけたところで、部屋の奥から何かの物音。

 

『こ、これはどうやって着るのですか?』

『腕を上げてください』

『さ、触り方がエッチですね。レベリカ』

『僕が貴方にそういう気があるわけないじゃないですか! 気持ちの悪いことを言わないでください!』

 

 俺の中で、ある確信が芽生える。

 

 多分こいつらは主従という関係ではなく、きっと——

 

 そんな推測をしているうちに、ガチャリと扉が開いた。

 

「お、遅れました。吸血属様。では、お話の再開を……」

 

 レバリカの額には汗がにじみ出てる。

 

「シーラ様。遅れました」

 

 そして姿を現した巫女様——整えられた衣服に身を包み、先ほどとは別の美しさを放っていた。

 

 俺は言葉を失い、そのまま見惚れてしまう。巫女様はそんな俺に、静かに微笑んだ。

 

「とりあえず、お茶でもしましょうか」

 

 

 

 俺とイリスは案内され、ある一室へと足を踏み入れた。

 

 そこは長いテーブルと椅子が並び、壁際には銀食器や陶器が整然と並べられている。

 

「——そういうわけで、吸血属の譲渡は無理です」

 

 俺は現状のことを言える範囲で全て話した。

 

 吸血属を引き渡すことはできないこと。俺たちがここへ来た本来の目的は魔王退治であること。

 

 そして、仲間が外で待っているから、一刻も早く出発したいこと。

 

「……分かりました。吸血属の件は諦めましょう。私が説明すれば、皆も納得してくれるはずです」

 

 この人とのやり取りは驚くほどスムーズに進んでいく。

 

「その……巫女様は、それでいいんですか?」

 

 俺が恐る恐る尋ねると、巫女様はふっと口元を緩めた。

 

「もちろん、死にたくはありません。ですが、認めなければならないこともあります。それに……私の生き死にとは無関係に、このコロニーは時間の問題です」

 

 横に立つレベリカは、うつむいたまま沈黙していた。

 

「シーラ様、魔王の討伐をどうか……お願いします。雨さえ止められれば、コロニーの住人たちは外へ避難できます」

 

 ここ一帯では、雨から身を守れる場所はこのコロニーしかないという。

 

 つまり、雨が止まらなければ逃げ道は存在しない。

 

「魔王のことは……任せてください」

 

 正直、勝てる未来はなかなかに見えていない。

 

 俺は声には不安が現れていた。

 

 それでも、巫女様は俺を見据えて言った。

 

「はい。信じています」

 

 巫女様はすっと立ち上がり、レベリカへと向き直る。

 

「レベリカ、シーラ様とイリス様に帰路の準備を」

 

 ——ようやく帰れる。

 

 そう思った瞬間、レベリカの表情が曇る。

 

「……崩聖龍が、コロニー付近に居座っております」

「また……ですか。いつも通りなら」

「はい。一日ほどで離れるかと」

 

 俺は眉を眉間に寄せる。

 

「崩聖龍が近くにいるって……大丈夫なのか?」

「このコロニーの中なら大丈夫でしょう。ただ……今出るのは危険です。吸血属様が襲われた時と、似た事態になる可能性が高い」

 

 その瞬間、ノクトルとナナの顔が脳裏をよぎった。

 

「ノクトルたちは無事か?」

「はい。崩聖龍の動きが怪しかったため、少し離れた場所まで移動してもらいました」

 

 ほっと息をつく。

 

「……じゃあ、崩聖龍が離れるまで俺達はここから出られないのか」

「ご安心ください。私の権限を使い、できる限りのことはさせてもらいます」

 

 巫女様はそう言って、柔らかく微笑んだ。

 

 

 

 

「あちらを見てください」

 

 俺達はレベリカの言に従い、ある場所へと来ていた。

 

 コロニーでの一番高い場所。展望台のような場所へと来ていた。

 

 ここは本来、外敵の侵入を魔法で迎え撃つための拠点らしい。

 

 それだけに、見晴らしは抜群で、どこまでも遠くが見渡せる場所だ。

 

 俺はレベリカが指し示す方へ視線を移す。

 

「……崩聖龍?」

 

 かなり遠く。何かがこちらを見張っている。

 

 シルエット的にはドラゴンっぽい。

 

「え、どれ? あの豆粒みたいなヤツ?」

 

 イリスが横で首をかしげる。

 

「よく分かりましたね」

「吸血属は目がいいらしい」

 

 俺は他人事用にポツリと呟く。そんな俺を、巫女様はじっと見つめ、ゆっくりと口を開く。

 

「シーラ様。少し頼み事があります。あんなことをしておいて、お願いするのは心苦しいのですが……一つだけ、どうか聞いていただけますか?」

「なんです?」

 

 巫女様は軽く俯き、ほんの少しためらいの色を浮かべてから、続けた。

 

「——崩聖龍をやっつけてくれませんか?」

 

 可愛い語感とは裏腹に、内容はとても可愛いとは言えないものだった。

 

 崩聖龍の討伐。

 

 俺は顎に手を当て、思案する。

 

 ノクトルを盾に、俺が崩聖龍を殺す。

 

 その場合何年使うことになる?俺の力はゲージ性。そんなにポンポン使っていいものではない。

 

 魔王戦に足りなくなる可能性だってあるし、最悪ここで全て消費し尽くす可能性もある。

 

 

 無理だ。

 

 

 じゃあ、代わりにイリスを使う。

 

 機械国家から脱出し、その旅路の中で幾つか新しいマセキを手に入れイリスは強くなった。

 

 だが——どれも決定打になる威力を持ったものは無い。

 

 いや、一つだけ可能性がある。オリオティスのマセキ。あれを食べれば崩聖龍を倒せるかも……しれない。

 

 だが、そんな分の悪い賭けにイリスを使いたく無い。

 

 アクシデントは最小限に抑えたい。もうすでに俺達のコロニーが滅ぶタイムリミットは近づいている。

 

 ダメだ。無理だ。

 

「巫女様」

 

 俺はそれを伝えようと口を開く。

 

「忘れてください」

 

 言葉を紡ぐ前に、巫女様が静かに遮った。

 

「吸血属であるあなたに、こんなお願いをするのは、あまりに失礼で、無神経でした」

「……巫女様は()()()()を知っているんですか?」

「はい。だから、今のは無しです」

 

 彼女は小さく口元にバッテンを作り、可愛らしい仕草でそう告げた。

 

「このコロニーは確実に滅びます。ですが、コロニーは死んでも、住民は生き残ります。彼らが少しでも生き残れるよう……魔王をお願いしますね」

 

 イリスが俺の前に進み出た。

 

「任せて! 巫女様!」

「ふふ、頼もしいです」

 

 巫女様はイリスを優しく見つめ微笑んだ。

 

 しかし、その表情は急に曇り、眉間に皺を寄せ、額に冷や汗が浮かび、体を震わせ始める。

 

 ぽかんとした顔のイリスに、巫女様は恐る恐る声をかける。

 

「ま、待ってください。手、手はどうしたのですか」

 

 巫女様はイリスの腕を見て目を震わせた。

 

 巫女様の背後でレベリカが「やらかした」という表情を浮かべている。

 

 「ここに来た時に切られちゃった」

 

 イリスはにこやかにそう答えていた。

 

 その言葉を聞いた巫女様は、レベリカに向けて今日一番険しい顔を向けていた。

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