TSヴァンパイアは世界を揺るがしかねない封印を解放し妹にしてしまうらしいです   作:西春江

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十三話『崩聖龍だよっ』

 巫女様と風呂に入ってから、もう二日が過ぎた。

 

 あれから彼女は一度も起き上がらず、ただ静かに眠り続けている。

 

 このまま言葉を交わすこともなく、俺たちは別れるのだろう、そう思いかけていた。

 

 だが、不幸は不幸を呼ぶ。

 

 ――崩聖龍がいまだに、コロニーのすぐ外で息を潜めていた。

 

 そうしてまた数日が過ぎ。四日目の夜明け。

 

 最初に耳に飛び込んできたのは、地の底を震わせるような轟音だった。

 

 それと同時に、甲高い何かの叫びが鼓膜を刺す。

 

 世界が揺れた。壁も床も震動し、続けざまに爆発音が腹の底まで響いてくる。

 

「……な、なんだ……?」

 

 意識が一瞬で覚醒する。

 

 外は騒然としていて、どこからともなく怒号や悲鳴が混ざってくる。

 

 嫌な予感がし、俺は反射的に部屋を飛び出した。

 

 向かうのはすぐ隣、イリスの部屋。巫女様の計らいで、俺たちは近くの部屋をあてがわれていた。

 

 扉を押し開けると、ベッドの上で無防備に眠る少女がいた。

 

 前の崩聖龍襲撃のときもそうだったが、こいつは眠りが深すぎる。

 

「起きろ! イリス!」

 

 肩を揺さぶっても反応がない。

 

 時間を無駄にできない。状況を確かめる方が先だ。

 

 俺は迷わずイリスを担ぎ上げた。体温が背中にじんわりと伝わってくる。

 

 外からは絶え間なく騒音が押し寄せる。何かが砕け散る音、壁が崩れる音、そして獣のような叫び声。

 

 冷や汗が背筋を伝い落ちる。

 

「巫女様……」

 

 あの風呂以来、まだ一言も話していない。

 

「くそっ……!」

 

 走り出そうとしたその時、廊下の奥から足音が響いた。

 

 誰かがこちらに向かってくる。

 

 視線を向けると、中年の男、あの時俺の腹を蹴りつけた奴だ。

 

「消費……」

 

 条件反射で距離を取る。

 

「吸血属か! 巫女様がどこにいるか知らねぇか!」

「し、知らない。こっちに来るな!」

「クソが。テメェが吸血属を巫女様に譲渡してたらこうはならなかったんだ」

 

 ああ、こいつは完全に迷信に囚われている。

 

 理屈なんて通じないタイプだ。

 

「とりあえず、コロニーから脱出するぞ! もうここはダメだ!」

 

 男は乱暴に俺の腕を掴み、無理やり引っ張ろうとする。反射的に振り払う。

 

「触るな!」 

「あぁ?! 速くいかねぇとマズいことになるんだよ!」

 

 怒鳴り声と共に男の顔が真っ赤になり、大粒の汗が首筋を伝っていた。

 

「状況がわからないのについて行けない!」

「崩聖龍が攻めてきたんだよ! 他のマジュウもやってきてる! 終わったんだよ! このコロニーは!」

 

 信じたくなかった。だが、耳を澄ませば外から聞こえる破壊音が答えを出していた。

 

 とうとう、この時が来てしまった。

 

 巫女様は? レベリカは?

 

 嫌な思考が頭の中をぐるぐると駆け巡る。

 

「ほら、いくぞ!」

 

 男は背を向け、走り出す。

 

 俺も無言で後を追うしかなかった。

 

 三番出口が一番近い、と男は言う。

 

 だが頭の中は巫女様とレベリカのことばかりだった。

 

 ……助けに行きたい。

 

 けれど二人の居場所はわからない。そんなことに時間を割けば、俺自身がコロニーの崩壊に飲み込まれる。

 

 捨てるしかない。

 

「クソッ……なんなんだよっ!」

 

 思わず弱音を叫ぶ。その瞬間、背中のイリスがもぞりと動いた。

 

「……メリス?」

 

 目を覚ましたらしい。

 

 イリスは俺の背から軽やかに降りた。

 

「やっと起きたか、崩聖龍が襲撃に来た……らしい」

 

 その言葉に、イリスの表情が一瞬で絶望に染まる。

 

 「……うそ」と呟いた唇が震えていた。

 

 その時、先を走っていた男が急に足を止めた。

 

「吸血属、目の前を見ろ」

 

 男が指差す方向を見やる。

 

 そこには、黒い毛皮をまとった巨大な獣が、ゲートを塞ぐように立ちはだかっていた。

 

「……別のゲートへ向かう。ここは無理だ」

 

 男は舌打ちし、視線を別の方向へ逸らす。

 

「あのマジュウが邪魔なのか?」

「見りゃわかるだろ。あんなの相手にならねぇ」

 

 いちいち言葉に棘がある。

 

 正直、こんな状況じゃなければ今すぐ置いていきたい。

 

「イリス、あれを殺せるか?」

 

 問いかけると、イリスは軽く頷いた。

 

「頼む」

 

 その一言と同時に、イリスは獣へ指を向けプイッと横に振る。

 

 次の瞬間、目に見えぬ圧力が天から降りかかり、獣は地面に押しつぶされるように動きを止めた。

 

 まだ息はある。そう告げようとした瞬間、イリスは再び指を振る。

 

 獣の体表がぼうっと赤く光り、瞬く間に炎が燃え上がる。

 

 耳障りな断末魔を上げながら、肉も骨も灰となって風に散った。

 

「お、お前……今どうやって」

 

 驚愕する男を、イリスはぷいと無視する。

 

 この男が俺を殴ったのを覚えているようで、怒っているらしい。

 

「これで開けれるんだよな?」

 

 男は渋々頷き、出口へ向かって歩き出す。

 

 その足元、灰の中から微かに輝く石が覗いていた。

 

 俺はそれを拾い上げる。

 

「イリス、口を開けろ」

 

 イリスが小さく口を開ける。俺はその中へ、ぽいっと放り込んだ。

 

「おいしいね。 うん。覚えたよ」

 

 新しい魔法を会得したイリスの笑みを確認し、俺は男のほうに視線を移した。

 

 分厚い鋼鉄の扉。その中央には、現代的なタッチパネルのような機械が埋め込まれている。

 

 男はそのパネルを器用な指先で操作している。

 

「開けれそうか?」

「今やってんだよ。黙ってろ」

 

 俺も手伝えないかとパネルを覗き込むが……正直、何が何やら。

 

 一応これでも現代っ子のはずなんだが、やっぱり機械属の知能は、軽く人間の領域を飛び越えている。

 

 それを扱いこなすこの男も、やり手なのだろう。こいつから逃げ出さなくて正解だった。

 

「ね、ねぇメリス。巫女様達は?」

 

 不安げにイリスが声をかけてくる。小さな両手が服の裾をぎゅっと握りしめていた。

 

「……巫女様は、レベリカが何とかしてくれてるはずだ」

 

 俺はイリスを宥めるために、一番可能性のある嘘をついた。

 

 その言葉を聞いた男が、ゆっくりと振りかえった。

 

「レベリカは今、崩聖龍の対処に追われてる。巫女様は、どこにいるか知らん」

 

 一瞬、喉が詰まった。

 

「……巫女様の場所がわからないって、なんで」

「寝室が一番可能性が高い。だが、もし起きていたら……別の場所にいるかもしれん」

「じゃ、じゃあ巫女様はまだ、コロニーの中で眠って……」

 

 短い沈黙。男は一瞬だけ視線を落とし、怒りとも悲しみともつかない声で告げた。

 

「あぁ」

 

 イリスの表情が曇り、そして俺も。

 

 最悪の事態は、頭の隅で想定していた。

 

 だが、どこかでレベリカが助けている、と勝手に信じていたのだ。

 

 呼吸が速くなっていく。心臓の鼓動が耳の奥でうるさいほど響く。

 

 焦燥が、胸の中で火のように燃え上がる。

 

「あと少しで開くぞ。周りの警戒を怠るなよ」

 

 男の声が脳に届くが、すぐに泡のように弾けて消える。

 

 頭の中は巫女様のことだけでいっぱいだった。

 

 そのとき、視界の端に異物感が走る。

 

 影。大きい。何かが、こちらへ——

 

 

 

「馬鹿野郎!」

 

 

 

 怒声と同時に、誰かが俺を突き飛ばした。

 

 倒れかけた視界の端に、中年の男の顔。

 

 そして、イリスが目を見開いている。

 

 床を転がり、体がくるくると回る。重力が戻る感覚とともに、俺はすぐに立ち上がった。

 

「な、なにが……あ」

 

 視線の先に、それはいた。

 

 銃砲を背に生やした異形のマジュウ。その砲口が、今まさにこちらを向いている。

 

「消費一年!」

 

 叫びと同時に、俺は掌を突き出す。

 

 生成された弾丸が、空気を裂き、マジュウの銃砲を易々と貫いた。

 

「はぁ……はぁ……た、助かった」

 

 安堵とともに、礼を言おうと男のほうを振り向く。

 

 ――だが。

 

 男の胸は、弾丸に貫かれていた。

 

 どくどくと止めどなく血が溢れ、床を染めていく。

 

 その目に宿っていた光は、数秒も経たぬうちに、静かに、そして完全に消えた。

 

 違う。そんなはず、ない。

 

 俺を助けて死んだ?

 

 なぜだ。俺のことなんて嫌っていたはずなのに。

 

「め、メリス」

 

 背後から、掠れた声で俺を呼ぶイリス。

 

 足音が近づいてくる気配がある。

 

 でも、振り返ることができない。視線は、ただあの男に釘付けになっていた。

 

 ——俺のせいで死んだ?

 

「は、はは」

 

 乾いた笑いが漏れる。

 

 そうだ。こいつは俺を何度も蹴り飛ばした奴だ。

 

 息ができなくなるほど蹴られ、視界が白く染まるまで痛めつけられたあの感覚は、忘れられるものじゃない。

 

 そうだ、こんな奴死んでも——

 

「……っ!」

 

 俺は見てしまった。

 

 男の大きな手。その中には、血と泥にまみれたペンダントが握られていた。

 

 ひび割れた金属の蓋の隙間から、色褪せた写真が覗いている。

 

 そこに写っていたのは、この男と、優しそうに笑う女性、それからまだ幼い女の子。

 

 家族。

 

「おぇ……」

 

 胃がきしむ。

 

 込み上げてくる吐き気に、堪える暇もなく胃の中のものが逆流した。

 

 酸っぱい匂いとともに、黄色い液体に混じって食べたものまで吐き出す。

 

 手と膝が床を打つ。呼吸が浅くなっていく。

 

「大丈夫?! メリス!?」

 

 イリスが慌てて俺の背中に手を添える。

 

 でも、返事をする余裕はない。

 

 その瞬間、空気が震えた。

 

 大地を裂くような咆哮が響き渡る。耳を突き破るほどの轟音。

 

 全身が震える。心臓が掴まれたみたいに跳ね上がる。

 

 わかる。この声は、崩聖龍。

 

 まだ終わっていない。俺たちは、まだ脱出できていないんだ。

 

 俺は頬を平手で打つ。

 

 頭の靄を振り払うように。

 

「……大丈夫。大丈夫だ……逃げるぞ」

 

 俺は床に横たわる男の死体を跨ぎ、壁際の操作パネルに視線を向けた。

 

 だが、やはりというべきか、俺の知識ではどうにもならない。

 

 状況は、確実に悪化の一途を辿っていた。

 

 開錠できそうな、どこにいるかもわからないコロニーの住民を探しに行くべきか?

 

 だが、そのためには崩聖龍が徘徊するエリアを通らなければならない。

 

 そんなの、冗談にもならない。死にに行くようなものだ。

 

 どうにかして、生き残らなくては行けない。

 

 焦燥が胸を締めつける中、不意に服の裾を引かれた。

 

「……巫女様達のところに行こう」

「無理だ。そんな余裕は俺たちには無い……」

 

 即答だった。

 

 今は、誰かを助ける時間も余裕もない。

 

 一歩間違えれば命を落とすこの状況で、他人を救いに行くなんて自殺行為だ。

 

 だが、イリスは相変わらず真っ直ぐすぎる。人を助けたがるその性分が、今は苛立ちに変わる。

 

「巫女様なら、ここ開けれるかもしれないよ」

 

 確かに……その可能性はある。

 

 巫女様ほどの権限や技術があれば、このパネルも開けられるだろう。

 

 だが、肝心の居場所がわからない。結局は詰みだ。

 

「位置がわからん。……場所も知らないのに向かったらミイラ取りがミイラになるだけだ」

 

 そう言い捨て、再びパネルへ向き直る。

 

 どうにかならないかと操作を試みるが、赤く光り拒絶だけを返す。

 

「私、多分わかるよ」

「そ、そうなのか?! どこにいるんだ!」

 

 あまりに急な俺の態度の変化に、イリスがきょとんと目を瞬かせる。

 

「た、たぶんね。ほら、前マジンのマセキ食べたでしょ私?」

 

 ……どのマジンだ?

 

 免疫迷宮で一体。機械国家から逃げてから三体。計四体。

 

 正直、覚えきれていない。

 

「ほら、あれ……ペニャコちゃん」

 

 知らない。

 

「とりあえず、何でもいいから話を進めてくれ」

「あの子の能力はね。仲のいい人達の場所を確認できるんだよ」

 

 耳にした瞬間、思わず息を呑む。

 

「お前それ、何で教えなかったんだ?!」

「えぇ!? だって皆んないつも一緒にいたし、使うこともないかなって」

 

 額に手を押し当て、深く溜息をつく。

 

 そんな重要な情報を……。

 

 そういえば、先ほどマジュウを倒した時の力、あれを俺は詳しく知らない。

 

「お前、今持ってるマジンの力を全部教えろ」

 

 イリスは「え〜と」と小さく唸りながら指折り数え始める。

 

 イリスが教えてくれた能力は四つ。

 ハロルドの圧拳。

 ペニャコの探人。

 カタリアの命燃。

 タカナタの空人。

 

 それぞれの人物像とともに、簡単な説明を口にするイリス。

 

「……何でそんな重要な情報を今まで……マジンを食って能力を得られるのは稀な事なのかと思っていた」

「ごめん。シーラも吸血属の力教えてくれなかったから、いいのかなって。ごめんね……」

 

 俺が教えていないのには理由が幾つかある。

 

 だが、イリスからすれば「言う必要がない」と思われても仕方ない。

 

 俺が会話を避け続けたせいで、必要な情報を共有できなかった。……俺のミスだ。

 

「……俺も悪かった。帰ったら全員の手札を見せ合うぞ」

「うん。わかった。じゃあ、やってみるね」

 

 イリスがそっと目を閉じ、両手を胸元で握りしめる。

 

 数分が静かに過ぎていった。

 

「見えた! 見えたよ!」

 

 ぱちりと瞼を開けた瞬間、イリスが甲高い声で叫んだ。

 

「レベリカはあっちで方向で何かと戦ってる」

 

 そういって東を指差すイリス。

 

「巫女様は、多分部屋にいるんだと思う。こっちだよメリス!」

 

 そう言うや否や、イリスは迷いなく駆け出す。

 

 正直、巫女様を助ける理由はない。

 

 俺としてはレベリカの方へ向かったほうが合理的だと考えていた。

 

 だが、言葉を飲み込み、黙ってその背を追う。

 

 瓦礫とひび割れた床を越えて走り続けること、数十分。

 

 荒い息の合間に、イリスが指先を突き出す。

 

「あの部屋の中にいるっぽい!」

 

 そこは、俺たちが最初に巫女様と出会った部屋のはずだった。

 

 しかし、入口は崩れ落ちた瓦礫に覆われ、扉の形すら失われている。

 

「イリス」

「うん!」

 

 イリスが小さくプイッと指を振る。

 

 途端、瓦礫がぐしゃりと音を立てて押し潰され、粉塵が舞った。

 

 この力についても、いずれ詳しく聞く必要があるだろう。

 

「巫女様! 入りますよ! 裸でも許してくださいよ!」

 

 一応の確認を入れて扉を押し開くと、視界の奥に裸で座り込んでいる少女がいた。

 

 ——本当に裸じゃねぇか。

 

「巫女様」

「し、シーラ様ですか? なぜここに……?」

 

 俺は着ていた上着を外し、その肩に掛ける。

 

「そのことは後です。とりあえず避難しましょう。イリス、レベリカの位置は?」

 

 イリスはまた目を閉じ、深く呼吸を整える。

 

「見えた。見えたよ。寄ってきてる。こっち!」

 

 さっきよりも能力の使用が早い。能力の扱いに慣れ始めたのかもしれない。

 

「巫女様、背中に乗せますよ」

「い、一体何が、私は何日寝ていたのですか」

 

 巫女様の顔色はとても悪かった。

 

 寿命が近いといっていた。

 

 そして、巫女様が死んだらコロニーが滅ぶとも。

 

 信じていない。信じていないが、嫌でも意識はしてしまう。

 

「四日ほどです。それと、崩聖龍が攻めてきました」

 

 その一言に、巫女様の瞳が驚愕に染まった。

 

「うそ……は、やすぎる」

 

 俺は巫女様を背負い、イリスの背中を追って走る。

 

「それに、四日も……。あ、し、シーラ様。子供達を避難させる計画は——」

 

 息を呑み、短く告げる。

 

「間に合いません」

 

 その瞬間、背中に小さな温もりが滲んだ。

 

 巫女様は泣いていた。

 

 先頭を走っていたイリスが急に足を止める。

 

「メリス、正面にマジュウ」

 

 俺も視線を前に向けた。

 

 そこに立ち塞がっていたのは、巨大なタコのような怪物。

 

 触手の先端には鋭い棘が光を反射していた。

 

 こんな時、ナナがいれば情報が手に入るのに。

 

「私がやるね」

 

 指先をすっと前に突き出した。

 

 途端、押し潰れるタコ。

 

「『(バレッド)』『(ランス)』!」

 

 詠唱が響いた瞬間、押し潰された巨大なタコの胴体めがけ、音を裂くような高速の槍が一直線に突き進む。

 

 だが、異形の触手がしなやかに伸び、その槍を無惨に握りつぶした。

 

「あれ?! 『(バレッド)』 『(ランス)』 『(フレイム)』!」

 

 イリスの掌から、焔をまとった槍が新たに生み出される。

 

 燃え盛る熱気が肌を焼き、視界の端で水蒸気が立ち昇った。

 

 だが、その炎槍すらも、触手の締めつけに耐えきれず、粉々に砕かれて消えた。

 

 一本の触手が、蛇のようにしなってイリスへと迫る。

 

 嫌な音を立て、空気が押しのけられていく。

 

「『守人』!」

 

 そのとき、男の低く通る声が戦場を切り裂いた。

 

 地面が唸りを上げて盛り上がり、土壁となって俺たちの前に立ちはだかる。

 

 直後、触手が壁に叩きつけられ、衝撃で石片が飛び散った。

 

「消費一年!」

 

 俺の手の中から放たれた弾丸が一直線にタコへと向かう。

 

 掴もうと伸びた触手が、銃声よりも先に弾け飛び、次の瞬間、弾丸は胴を貫通していた。

 

 破れた風船のように、タコはみるみる縮み、異臭と共にその形を失っていく。

 

「大丈夫ですか!?」

 

 声のする方向、タコの奥で息を切らすレベリカの姿があった。

 

「な、なんとか」

「あぶなかった」

 

 イリスはわずかに肩を震わせている。

 

 これまで彼女が殺し損ねたマジュウなど、一度もいなかった。

 

 彼女にとってどれほど衝撃だったかは、見ればわかる。

 

「え、巫女様? な、なぜ吸血属様と共に?!」

「私が倒れている所を助けてくれたのです」

「……すみません。本来は僕が守らないといけないのに」

「いえ、いいんです。私の護衛はいらないと言ったのは私ですしね」

 

 俺はそのやり取りを無言で見ていた。

 

「……では早速、三番出口へ向かいましょう」

 

 レベリカが短くそう告げる。

 

 三番出口。その響きに、俺はすぐにある場所を思い出した。

 

 多分、俺とイリスが最初に行った、あの出口だ。

 

「俺たちもそこに行ったけど、赤く光って警告されたぞ」

「ほ、本当ですか? もし、そうなら一度再起動を入れないと……」

 

 レベリカの表情が曇る。

 

「……では、管理施設へ向かいましょう。……あ、いや、それでは危険すぎるか。四人だと行くだけなら可能ですが、帰りが……」

 

 レベリカがぶつぶつと悩み呟く。

 

「僕が単独で向かいます。巫女様達は三番出口へ向かってください」

 

 レベリカの単独行動?

 

 それはあまりにも——

 

「危険です!」

 

 俺が口を開くより早く、巫女様が鋭い声で遮った。

 

「そうはいってもですね」

 

 ……管理施設がどこにあるかは、俺には分からない。

 

 だが、一つだけ確実に言える。

 

 今の状況で一人、崩聖龍なんかに遭遇したら死だ。

 

 そんな場所に、ただの人間を行かせられるはずがない。

 

「レベリカ、適材適所ってやつだ。戦闘や逃走だけなら、この中で一番誰が得意だ?」

 

 俺の問いに、レベリカが少し考える。

 

「えーと、イリス様?」

「俺だよ?」

 

 確かに、イリスの成長度合いは凄まじい。

 

 だが、まだ少なくとも、俺は負けていない……はず。

 

「その、管理施設の操作方法がわかるのですか?」

「……わかんないです」

 

 そうだ、俺はこの機械種の知識に関してはド素人だ。

 

 自分に舌打ちしたくなる。

 

 レベリカが小さく、ふっと笑った。

 

「やはり僕が行くしかありませんね」

 

 そのまま背を向け、歩き出す。

 

「だ、ダメです。レベリカ、死にますよ! 私の護衛なのでしょう?! その責務を果たしてください!」

 

 巫女様の声は必死だった。

 

 レベリカは一度だけ振り返り、真っ直ぐに彼女を見据える。

 

「巫女様、僕は貴方の護衛ではありません」

 

 ピシャリと拒絶するその声音は、冷たさと優しさを同時に孕んでいた。

 

「姉さん。僕は、ただの弟です。僕は貴方に生きてほしい」

「なら、私に守られなさい! レベリカ!」

 

 俺の背後で、巫女様が必死に手を伸ばす。

 

「吸血属様。どうか、姉さんをよろしくお願いします」

 

 最後にそう告げ、レベリカの姿は視界から掻き消えた。

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