TSヴァンパイアは世界を揺るがしかねない封印を解放し妹にしてしまうらしいです   作:西春江

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十四話『巫女様とレベリカだよ』

「巫女様しまってます! しまってるって!」

 

 背中にいる巫女様が、いきなり俺の首を絞めてきた。

 

 なぜ、こうなったか俺にもわからない。

 

 きっと事故だ。

 

「絞めているのです」

 

 事故じゃなかった。

 

「イリス、見てないで助けろ!」

 

 叫ぶ俺に、イリスはポカンとした顔を向けてきた。

 

 そして、楽しんでいるかのように笑みを浮かべる。

 

「楽しそうだね」

「殺意に気づけ!」

 

 必死でそう叫ぶと功を奏したか、首を絞める力が少しずつ緩んでいく。

 

 巫女様が諦めてくれたのだろうか。

 

 なぜ俺を殺そうとしたのかは知らないが。

 

「シーラ様、早く向かってください。レベリカの努力が無駄になります」

 

 俺は出口の方向へと歩き出す。ここから数十分はかかるだろう。

 

「な、なんで急に俺の首を……?」

「シーラ様なら、レベリカを止めてくれると信じていたのです」

 

 俺が止めなかったから、巫女様は怒っていたのか。

 

 え、やりすぎじゃない?

 

「すみません……でも」

「でもじゃありません。私のどこにもぶつけるできない怒りをぶつけさせなさい」

 

 横暴だ。

 

 しかし巫女様は突然、話題を変えた。

 

「そういえば、イリス様との仲違いは解消なされましたか?」

 

 俺の耳元でそっと囁く。

 

 少し前を歩くイリスに聞こえないように、細心の注意を払って。

 

「まだですけど、巫女様がやってくれるっていうから」

 

 その瞬間、巫女様の表情が変わる。

 

 見たことのない、凍りついたような顔。

 

 いや、一度だけ見たことがある。

 

 レベリカに、なぜイリスの腕を切り落としたかを聞いた時の顔だ。

 

 だが、なぜそれを俺に?

 

「え、俺、何かしましたか?」

「言ってもいいのですか?」

「もちろん」

 

 巫女様はため息を一つ。

 

「甘えているなぁ、と。私抜きでも会話くらいできるでしょうに」

「……さっきから俺に対して当たり強くないですか?」

 

 何度か巫女様抜きでイリスと話そうとしたけれど、勇気が足りなくて結局できなかった。

 

 確かに、甘えていると言われても仕方ない。

 

「三日も経ったと聞いた時、流石に仲違いは解消していると思いましたよ」

「……すみません」

 

 巫女様と会話——否。お説教を喰らい続けて十分ほど。

 

 ようやく視界の先に出口が見え始める。

 

 隣には先ほどの男の死体。 俺は目を背けた。

 

 イリスも死体に目をやらなかった。

 

「開いてない……ね」

 

 イリスの呟きに、俺はパネルを見る。

 

 赤く光る警告が扉を閉ざし、開く気配はまったくなかった。

 

「まだ着いてないんだろ。きっと、開く」

「レベリカ……」

 

 巫女様の声に悲しみが混じる。

 

「待っててね。今レベリカが何をしてるか見るから」

 

 そう言って、イリスは目を閉じた。

 

 そんな使い方もあるのか。

 

 

 

 ▽▲▽▲▽

 

 

 

「これは、まずいな……」

 

 僕の胸にじわりと不安が広がる。それをかき消そうと、小さく呟いた。

 

 コロニーの再起動は、なんとか成功した。あと数分もすれば扉は開くはず。

 

 だが、この作戦の問題は帰り道にあった。

 

「行くしかないか……」

 

 コロニーは機械属が人類属のために残した最後の砦。

 

 コロニーの中でなら数千年も余裕で耐えられる。

 

 幾つもの機能があるのだが、その機能の一つ。監視映像に映り込んだ、面倒な存在。

 

 酔卑歌姫(ポポピアルア)

 

 人の形をした化け物。

 

 腕からは鎌のような刃が伸び、足は数本の触手に変貌している。

 

 一級台のマモノ。

 

 イリス様や吸血属様がいても、勝てるかどうか怪しい。

 

 僕は深呼吸をひとつし、覚悟を決めた。

 

 ゆっくりと扉を押し開く。

 

 目の前には一本の長い通路。

 

 向こう側に、一つの扉がぽつんとある。僕が目指すべき場所だ。

 

 だが、この長い通路の最中にマジュウと出会ってしまったら脱出の可能性は著しく落ちる。

 

「待っててください。姉さん!」

 

 僕は意を決して走り出した――が、走り始めた途端、右側の壁の色がぐにゃりと歪んだ。

 

「っ?!」

 

 運が悪すぎる。

 

 目の前の壁は、水彩画の中で色が滲み合うかのように変化していく。

 

 ——偽色果実(リィリリ)

 

「守人!」

 

 僕の加護の『守人』は、近くにある素材を改造し、壁や障害物を作り出せる。

 

 使い方によっては鋼鉄種(メルトニアン)のような物も作れるらしい。

 

 地面がメリメリと盛り上がり、偽色果実(リィリリ)と僕の間に壁が現れた。

 

 一瞬の猶予は稼げた。

 

 再び、走り出す。

 

 細く長い通路をひたすらに走る。

 

 しかし、遠くから響く叫び声が耳をつんざく。

 

 人間とカエルが混ざったような、耳障りな絶叫。

 

「来た……!」

 

 同時に遠くの階段から何かが降りてくる音。人間とは思えないほど重たい足音。

 

 酔卑歌姫(ポポピアルア)だ。

 

 僕の加護の力では到底太刀打ちできない相手、 この世界の上澄みの戦力でなければ、一級台のマジュウには敵わない。

 

「『守人』!」

 

 僕は酔卑歌姫が迫る方向へ手を向ける。

 

 地面がまたもや盛り上がり、壁が現れる。

 

「扉を無理矢理開けれるほど強かったら、よかったんですけどね……!」

 

 僕は隣の部屋へ逃げ込もうと扉を開けた。

 

 そこは死体安置所だった。

 

 幾つもの死体が積み重なっている。

 

 だが、コロニーの機能で腐敗は全く進んでいない。

 

 それでも、これは……

 

「うっ……」

 

 死体は有用な資源として大切に保管されていると聞いたが、まさかこんなに間近にあるとは。

 

 巫女様関連の仕事に気を取られ過ぎていた。

 

 気持ち悪さが込み上げてくる。

 

 隠れる場所を探したが、どこにも身を潜められる空間はない。

 

「やるしかないのか……」

 

 僕は決心し、死体の下に潜り込む。

 

 無心になる。何も考えるな、僕。

 

 足音が近づいてくる。

 

 だが、寸前で止まった。守人で作った壁が邪魔をしているのだろう。

 

 間もなく、炸裂音のようなものが響いた。

 

 あいつか何をしたか、見なくてもわかった。

 

 扉が開く音がし、奴が入ってくる。

 

 心臓が高鳴り始める。この音でさえ僕の存在を暴く原因になりそうで怖い。

 

 呼吸さえも恐怖に縛られ、凍りつく。

 

 そして――奴が、僕の上に積まれた死体の一つを持ち上げた。

 

 咀嚼音。

 

 何かが粉砕される音。

 

 息を呑む。

 

 1つ、また一つと、死体が僕の上から消えていく。

 

 冷や汗が背筋を伝い、鼓動は速まり、全身の感覚が叫んでいる。

 

 逃げたい。だが、逃げ場はない。

 

 守人を使ってもすぐに捕まり、殺される。

 

 そんなことを考える間にも、死体は減っていく。

 

 十を超えていたはずの死体は、今や四つほどしか残っていない。

 

 僕は、覚悟を決めた。

 

 

 

 ▽▲▽▲▽

 

 

 

「はぁ……! あっ! はぁ……!」

 

 僕は一度転び、なんとか体勢を立て直す。

 

 心臓が耳元で騒ぎ立てているように、激しく鼓動していた。

 

 運が良かった。

 

 あともう少しのところで、遠くから何かが走ってきた。

 

 それが奴の気を逸らし、僕は間一髪で助かったのだ。

 

「姉さん……! 姉さん……!」

 

 あと少しだけ――本当にあと少しだけ。

 

 生きて帰れるかどうか怪しかったけれど、今は運が味方してくれている。

 

「こんなときに……!」

 

 目の前にある扉は開かない、僕は手にしていた光板を取り出し、必死に操作を始める。

 

「あぁ、もう!」

 

 焦りのあまりに、操作を間違えてしまった。

 

 その瞬間、後ろから叫び声が響いた。

 

 振り返ると、酔卑歌姫(ポポピアルア)がそこにいた。

 

 もう追いつかれてしまったのか。

 

「早く……! 早くしろ……!」

 

 奴が魔法を放ち、高速で何かが飛んでくる。

 

 その瞬間、扉がパッと開き、僕は勢いよく中に飛び込んだ。

 

 そして背後で扉は音を立てて閉じ、直後に炸裂音が響いた。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 コロニーの扉は頑丈にできている。

 

 これで、きっと大丈夫だ。

 

「レベリカ!」

 

 僕の視線の先に、姉さんがいた。

 

 自然と涙が溢れ出した。

 

「はっ、はは、生き残った。生き残りましたよ、姉さん」

 

 姉さんを背負った吸血属様がこちらに近づき、そっと姉さんを床に下ろした。

 

 姉さんの表情は、怒りにも似た厳しさを帯びている。

 

 また、頬を叩かれそうだと思った。

 

 姉さんは、心を許した人間に優しく触れることがある

 

 ……悪く言えば弱い力で殴られる。昔、何度も経験したものだ。

 

 しかし今回は、違った。

 

「レベリカ……! レベリカ……!」

 

 姉さんは僕をぎゅっと抱きしめて、涙を流していた。

 

 僕は息を吐いた。

 

 ようやく、終わったのだと。

 

「姉さん、落ち着いてください。吸血属様とイリス様もいるのですから」

 

 吸血属様は後ろで警戒しながら周囲を見渡し、イリス様は奥で目を閉じていた。

 

 そして今、その瞼がゆっくりと開く。

 

 

 

 ▽▲▽▲▽

 

 

 

 レベリカが生還した。俺は思わず大きく息を吐き出す。

 

「イリス、よくやった」

 

 イリスは元気よく手でVサインを作り、笑顔を向けてくる。

 

 今回のMVPは間違いなくこいつだ。正直なところ、イリスがいなければ巫女様もレベリカも死んでいた。

 

 ……てか、多分俺も死んでいた。

 

 ここ以外の出口を探し、途中でアクシデントに巻き込まれて……。考えただけでゾッとする。

 

 俺は深く息をついて、脱出のため扉の方向へ振り返った。

 

 大きい影が、俺の視界に入った。

 

 

 

「――あ?」

 

 

 

 轟音が突然、全身を揺るがす。

 

 瞬間、世界は灼熱の熱気に包まれた。

 

 咄嗟に俺は近くにいたイリスを掴み、身体を密着させる。

 

「消費十年――」

 

 思考の中で、俺は必死に防御のイメージを描いた。

 

 俺とイリスだけを守るための大量の土塊が、俺の周りから生まれ出る。

 

「―――――?!」

 

 イリスの叫びが、爆音にかき消されて何も聞き取れなかった。

 

 そして音が唐突に止んだ。

 

「壁を壊せ!」

 

 イリスが指を振る。その直後、俺の土塊が吹き飛ばされた。

 

 周囲を見渡すと、奴がいた。

 

 崩聖龍。

 

 十年消費し、奴対策に舵を切ったのは間違いなんかじゃなかった。

 

「イリス! あいつを殺す!」

 

 俺は叫び、イリスも即座に応える。

 

「『(バレッド)』『(ランス)!』」

 

 イリスの手から魔法が解き放たれる。だが、魔法は崩聖龍に触れた瞬間に粉となり砕け散った。

 

 恐らく鱗にも魔法が付与されているのだ。

 

「限界はあるはずだ! 撃ち続けろ!」

 

 イリスは頷き、再び手のひらを構える。

 

「『(バレッド)』『(ランス)』!『(バレッド)』『(ランス)』!『(バレッド)』『(ランス)』!」

 

 イリスの手のひらから大量の『(ランス)』が出現する。

 

 崩聖龍はイリスの魔法をかわそうと翼を大きく広げて逃げ出す。

 

「目を瞑れ! 消費半年!」

 

 俺は手を宙にかざし、掌から花火のような閃光を打ち上げる。

 

 目を閉じると、すぐに破裂音が轟いた。

 

 世界は一瞬、真っ白な光に包まれた——はずだ。

 

「もう、目を開けていい! 撃て!」

「『(バレッド)』『(ランス)!』」

 

 俺は目を開け、龍を確認する。だが、やはりゲームとは違い。落ちるまでには至らなかった。

 

 だが確かに、崩聖龍は怯んでいる。

 

 直後、崩聖龍の鱗にイリスの槍が当たり、気持ちの悪い叫び声をあげる。

 

 限界が来た。

 

 俺はその瞬間を見逃さず、掌を再度構えた。

 

「消費五年!」

 

 俺の掌から五発の弾丸が鋭く放たれる。

 

 一発、外れた。

 

 しかし残りの四発は、確実に崩聖龍の皮膚を貫き赤黒い血液が空中を撒布する。

 

 巨大な体はもはや空中に留まることができず、地面へと落下し始めた。

 

「私がやる!」

 

 イリスが前に出て指を振る。

 

 俺の攻撃が命中した箇所が燃え始め、熱と焦げた肉の匂いが鼻を突いた。

 

 その瞬間、崩聖龍の体が軋みをあげて崩れ落ち、勝ったと脳内で確信した。

 

 ——だが、崩聖龍がこちらを見ていた。

 

「『守人』!」

 

 低い男の声が聞こえ、 俺の前に土塊が盛り上がり、急造の壁となる。

 

 崩聖龍のブレスが直撃し、衝撃で土壁は砕け散った。

 

 俺も力を使おうと掌を向けるが、すぐにブレスは止んだ。

 

 そして、土塊の奥にいた崩聖龍は既に動かず、絶命していた。

 

「メリス?!」

 

 イリスが駆け寄ってくる。

 

「今回は大丈夫だ……危なかった」

 

 心の中で強く誓う。次は無いと。

 

 もし次があったら、ノクトルでも連れてこよう。

 

「いや、次が無いように早くここら脱出だ……レベリカ助かった」

 

 後ろを振り向く。

 

「……あ」

 

 

 

 レベリカの肩が、ゆっくりと、ポロポロと、崩れ落ちていた。

 

 

 

 右肩から全身にかけて崩壊が広がっていく。

 

 ——肩を切り落とす? もう間に合わない、遅すぎる。

 

 ——回復魔法でなんとか? 誰も使えない、意味がない。

 

 ——崩聖龍は倒したから止まる? 止まらない。止まっていない。

 

「レベリカ……?」

 

 イリスが心配そうに近づこうとしたその時、俺は咄嗟に腕を伸ばし、彼女を引き止めた。

 

「……崩聖龍の魔法は伝播するかもしれない。近寄るな」

「で、でも」

 

 レベリカが力なくしゃがみ込み、どこかへ視線を向ける。

 

 先に、巫女様がいた。

 

 巫女様の体には崩聖龍の影響は見られなかった。

 

 だが、それ以上に酷い変化が彼女に起きていた。

 

 息が詰まる。喉から声が出てこない。

 

「護衛としても……弟としても……僕は失敗したみたいです」

 

 巫女様の体半身。

 

 右腕と、右足が切除されていた。

 

 あのブレスを喰らってしまったのだろう。

 

 そして、それを切除した。

 

 すぐに、理解できた。

 

 俺もノクトルに似たようなことをしたから。

 

「うそ……! なんで……!」

 

 イリスが俺から離れて巫女様たちに駆け寄ろうとする。

 

 俺は彼女の肩を強く押さえつけた。

 

「姉さんは今は眠っています。生きています。ですが、もう長くないでしょう」

 

 巫女様の顔は青ざめていた。

 

「姉さんは魔素欠落症と呼ばれる。魔素病と似たような症状を、生まれつき患っています」

 

 レベリカが静かに語り始める。イリスは涙をこぼしていた。

 

 魔素欠落症――魔素を持たずに生まれてしまった子供。

 

 この世界には魔素と呼ばれる、俺の世界には存在しなかった物質がある。

 

 それは魔素に適性が無い生き物にとって、毒にも等しいものだった。

 

 そのせいで巫女様は体が弱いらしい。

 

「吸血属様。ここまでしてもらったのにすみません。僕達は時期に死にます」

 

 俺は言葉を詰まらせ、かすれた声で答えた。

 

「巫女様は俺が助ける。大丈夫だ。俺たちの仲間には回復魔法を使える奴が——」

 

 レベリカは力なく首を横に振る。

 

「……姉さんは、そこまで耐えられません」

 

 レベリカの目から生気が薄れ、沈黙が辺りを支配した。

 

 どうすればいいのか必死に考える。

 

 だが、これはもう――。

 

「姉さんの、顔を見せていただけませんか」

 

 レベリカは力の抜けた声でそう呟いた。

 

 無言のまま、その願いを受け入れる。

 

 倒れている巫女様を、できるだけ優しく担ぎ、レベリカの隣に置く。

 

「姉さんに恨まれていないと嬉しいですね……」

 

 レベリカは小さく呟いた。

 

 崩壊はかなり進行しており、生きているのが不思議なくらいだった。

 

「僕のせいで、不自由だった……」

 

 色を失いかけた目から涙がこぼれる。

 

「それなのに、姉さんは……」

 

 言葉を終えると、レベリカは黙り込んだ。

 

 ――崩壊の進行が止まっていた。

 

 おそらく、それを生命とすら認識しなくなったのだろう。

 

「すぐにここから離れる。せめて、こんな危険な場所じゃなく、もっといい場所に巫女様を連れていく」

 

 イリスが小さく頷いた。

 

「消費半年」

 

 目の前に、台車が現れる。

 

 イリスは優しく巫女様を台車に乗せた。

 

 俺たちはイリスの能力を使い、ノクトルたちの元へ向かうことにした。

 

 

 

 そうして、夕焼けが差し込む頃になっていた。

 

 雨が降る夕焼けは、ほんの少しだけ、美しく思えた。

 

 ノクトルまではあと少し、ギリギリマジンになるかならないかの境目だ。

 

 イリスの魔素は切れかけており、俺の体力も限界に近い。

 

 巫女様とレベリカを乗せての移動は、思ったよりもずっと大変だった。

 

「起きた! 起きたよメリス!」

 

 イリスが突然叫んだ。

 

 俺が視線を向けると、目を開けている巫女様がいた。

 

 だが、そこに以前のような生気は感じられなかった。

 

「シーラ様、……おはようございます」

 

 その声に力はなく、巫女様はゆっくりと背中にいるレベリカに目を向けた。

 

「レベリカは……死にました」

 

 巫女様は何も反応しなかった。そして、静かに一言。

 

「そうですか」

 

 代車には屋根があり、隙間から漏れる雨が巫女様の顔を濡らしていた。

 

「どこに向かっているのですか?」

「俺たちの仲間のもとに」

 

 巫女様は外の景色に目をやる。

 

「ここで、大丈夫です。よく遊んだ場所なので」

 

 遊んだ場所?こんなところで?

 

「ふふ、私は雨の影響を受けませんので」

 

 そんなことが……あるのか?

 

「嘘はやめてください。俺達の仲間には回復魔法を使える奴がいます。だから、そこに向かいます」

 

 巫女様は心外そうな顔をした。

 

「本当なのに……あ、あと私には回復魔法は効きません。逆効果です」

「嘘はダメだよ。……絶対治すから」

 

 イリスの言葉に巫女様は首を振り、ゆっくりと言葉を紡いだ。

 

 巫女様は言った。魔素欠落症は、魔素に触れると悪影響があると。

 

 つまり、回復魔法は使ってはいけない、使えないのだ。

 

「ここで、降ろしていただけますか。景色を、見たいのです」

 

 彼女の声は先ほどより小さく、弱々しかった。

 

 俺は黙って頷き、優しく彼女を台車からおろした。

 

 雨と夕焼けが交錯する空は幻想的で、まるで未来を明るく照らす希望のように美しく、しかし切なかった。

 

「私は……生まれた時、この世界に絶望していました」

 

 巫女様は背を向け、夕焼けの色を見つめながら語り始める。

 

 雨粒が彼女の頬を伝っていた。

 

「私は、体が弱く、何もできませんでした。それなのに巫女という重要な役目を押し付けられて……。あの頃は大変でしたね」

 

 巫女様は微笑みながら言った。

 

「……ですが、起点が訪れます。絶望の中に新たな絶望が訪れました」

 

 視線は俺の背中にいるレベリカに向けられる。

 

「弟が生まれました。とても優秀でした。そんな時、無能な姉は何を思うか。そんなのは一つです」

 

 一泊挟み、予想外の言葉を……いや、少しだけ予想していた。

 

「だいっきらいでした……! 全て私より上回るんですよ? それなのに私の後ろにずっと付いてきて……!」

 

 笑いながら怒りを吐き出す巫女様。

 

「はぁ……嫌い……だったのに、私は——レベリカにいつしか心を許します。今ではもう、何が理由なのかも思い出せません」

 

 俺は静かに口を開く。

 

「いい、弟だったんだな」

「当たり前です……。私の、自慢で、とても憎く、でも憎めない。そんな弟です」

 

 巫女様が息を荒く咳をする。

 

 イリスが心配し、やっぱり回復魔法を使いに行こうと言う。俺はゆっくりと首を振った。

 

「……嫌われていないと嬉しいですね」

 

 彼女はぽつりと呟いた。俺はそれを聞き少し笑ってしまう。

 

「巫女様達の仲が悪かったら、大抵の人間は仲が悪いことになる。レベリカは……巫女様を嫌ってはいませんよ」

「ふふ、そうでしょうか。そうだったら、嬉しいなぁ……」

 

 年相応の少女のように、ふっと笑う巫女様。

 

 こんな小さな体で背負った責任は計り知れない。

 

 俺は思った。

 

 レベリカはきっと、それを少しでも背負おうとしていたのだろう、と。

 

「レベリカのおかげで、私は、人生を……楽しめるようになりました……」

 

 その言葉と共に、声はだんだんと弱くなっていく。

 

「巫女様……死なないよね……?」

 

 震えるイリスが俺にしがみつく。

 

「シーラ様、も……いい妹が……います、ね」

 

 俺は言葉に詰まり、何も答えられなかった。

 

「約束……守れそうに……ありません。ご…めんなさい……」

 

 巫女様の呼吸は荒くなり、身体が次第に冷えていくのを俺は感じた。

 

「レベリカと、まだ一緒に……いたかった……」

 

 巫女様の瞳から色が薄れていく。俺は彼女の手をそっと包み込む。

 

「きっと、できますよ」

「そう、でしょうか……」

 

 俺は言葉を紡ぐ。

 

「この世界じゃない。もっと平和な世界で、レベリカと、巫女様は生まれ変わって……」

 

 途切れ途切れの言葉に、俺は言葉を詰まらせる。

 

 ……俺は、何故かこの世界に転生した。

 

 だが、全人類に転生があるなら何人とも遭遇しているはずだ。

 

 俺が会えたのはノクトル一人。しかも彼女は転生じゃなく転移だ。

 

「あぁ、そんな……世界でまた会えたら」

 

 その時、巫女様の口元から血が滴った。

 

「また、レベリカは……私の弟になってくれるでしょうか……」

 

 巫女様の瞳には、不安と儚さが滲み、まるで崩れそうなろうそくの火のように揺れていた。

 

 ――その時、レベリカの死体が動いた。

 

 その瞬間、俺は何が起きているのか即座に理解した。

 

 神からの奇跡なんかじゃなく、これはただの。

 

 マジン化。

 

 俺は剣を引き抜きレベリカの心臓向かって突き立てようと、したはずなのに……俺はできなかった。

 

 やる必要がなかった。

 

 マジン、いやレベリカは自らの手で心臓から何かを引きちぎったのだ。

 

 握られていたのは、マセキ。

 

「姉……さん……」

 

 すぐに、レベリカは塵になり始める。マセキを抜かれたマジンは生きてはいけない。

 

「レベリカ……」

 

 巫女様はその状況を理解しながらも、涙を溢れさせて問いかけた。

 

「また、私の弟になってくれますか」

「あぁ、なる。なるよ。僕は……また姉さんの弟に……」

 

 巫女様は最後の力を振り絞り、レベリカの消えゆく塵に抱きついた。

 

「はい。絶対に、逃しません……貴方は、私の弟なのですから……」

 

 その言葉を最後に、巫女様は動かなくなった。

 

 レベリカの姿も、儚くも完全に塵と化していく。

 

「うぅ……」

 

 イリスの嗚咽がこだまする。

 

 俺は言葉を失い、ただ呆然とその光景を見守った。

 

「……イリス、手伝ってくれ」

 

 俺は能力を使いシャベルを生成する。

 

 俺は無言で土を掘り、静かに彼女を埋葬した。

 

 イリスは墓の前で、涙をこぼし続けていた。

 

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