TSヴァンパイアは世界を揺るがしかねない封印を解放し妹にしてしまうらしいです 作:西春江
イリスと俺は、巫女様の墓を後にして、ノクトルたちがいる位置へと足を向けた。
魔素欠落症を患っている者は、マジンにならない。
皮肉にも、それが巫女様を荼毘ではなく、土の中へ送ることを許してくれた。
それが、幸運か不運かはわからない。
「……」
道中、俺たちの間に言葉は一切なかった。
巫女様とレベリカ二人を失った、俺もイリスも意気消沈していた。
先を歩く俺の背で、イリスが時折立ち止まる。振り返らずとも、足音が消えた理由はわかる。
イリスは、そのたびに涙をこぼしていた。
そんな沈黙が数十分続き視界がぱっと開ける。
広い草原に出たのだ。
遠く、陽光を反射して銀色に光る影が見える。
多脚貨物兵――巨大な金属の脚が草を押し分けていた。
「やっとか……」
思わず漏らした言葉は、自分でも驚くほど弱々しかった。
「ねぇ、メリス」
背後から、掠れた声。イリスが、視線を地面に落としたまま続ける。
「なんだ」
「巫女様とレベリカ……幸せだったかな」
俺は、少し間を置いてから頷いた。
「……あぁ、それは保証する。少なくとも、巫女様は最後笑ってた」
「巫女様とレベリカ……別の世界で生まれ変わるんだよね……?」
あれは、ただの希望だ。嘘でも、真実でも無い。
俺が、この世界にこれた理由がわからない。
だから、何も返せなかった。
「あ、あれって……!」
イリスが顔を上げ、遠くを指さす。 助かったと、一瞬だけ安堵してしまった自分がいた。
視線の先で、青い髪にグラデーションを帯びた少女が、こちらに向かって手を振っている。
「ナナか……いまだに慣れないな」
機械属の国で人体を得た少女。
だが、どうしてもその姿に馴染めない自分がいる。
ナナがトテトテとこちらへ近づいてきた。
「マスター、お久しぶりです」
「久しぶり。……まぁ、一週間ぶりくらいだけどな」
彼女の視線が俺からイリスへと移り、わずかに眉が歪んだ。
「みすてりー、何がありましたか」
イリスの赤く腫れた目。それに気づいたのだろう。
「まぁ、色々な。そのことについて報告するから、とりあえずノクトルに会わせてくれ。もうずぶ濡れだ」
ナナは小さく頷き、先導を始めた。
ヴィーの中へ足を踏み入れると、まず視界に飛び込んできたのは天井の大穴だった。
雨漏れがひどすぎやしないか。
「マスター。能力で後から治してください。私のヴィーちゃんが可哀想です」
「……これ、直るのか?」
「いーじー。マスターが来るまでに設計図は制作済みです。あとはマスターが生成するのみ」
歩き旅はごめんだ。なら、直すしかない。
……だが、それはさておき。
俺の視線は、室内の奥へと吸い寄せられた。
黒い煙に包まれ、床に横たわる少女。
「だ、大丈夫だよねノクトル?!」
イリスが駆け寄ろうとする。
先ほどの件もあってか、その声には不安がにじんでいた。
「せーふ。ノクトル様に命の危機は一切ありません」
「ほっ……」
その声が届いたのか、ノクトルがゆっくりと上体を起こし、細い息を吐きながら首を回し、周囲を確認した。
「……よかった。死んだと、一時期は思っていたわ」
「ノクトル様は崩聖龍が襲ってきたあと、すぐに助けに行こうと提案していました。止めるのが大変でした……」
その口元を、ノクトルが素早く手で塞ぐ。
……俺たちが捕まっていた間に仲が良くなったらしい。
そして、黒煙の中ではよく見えていなかったが、俺はあることに気づく。
肘から先が消失していた。
「腕……悪かった」
俺の言葉に、ノクトルはため息を吐く。
「ま、最悪の気分ではあるわね。利き腕だったし。でも、貴方が謝ることじゃ無いわ。ていうか感謝してるわ。だから、そんな顔はやめなさい」
そう言って、彼女は腰を下ろし、まっすぐこちらを見据えた。
「――それじゃあ、今後のことを話しましょう」
「ふーん。そんなことが……」
「大変でしたね」
ナナとノクトルに、俺は今日までの出来事をかいつまんで説明した。
捕まったこと、巫女様やレベリカのこと。
……拷問じみた扱いを受けた件は伏せておく。
「色々あったし、遠回りにもなったけど……俺たちのやることは変わらない」
「うん……巫女様たちのためにも、頑張らないとね」
俺は頷く。
「次の目標は、ノクトルが魔王と戦った場所。魔導国家――ラクタリア」
それは、オリオティスが魔王に挑み、そして敗北した地。
魔王が潜んでいる可能性が最も高い危険地帯だ。
修理したヴィーが動き始める。
修理に使った年数は二年。思いのほか安く済んだ。
まぁ、その代償として装甲はかなり薄くなってしまったが。
「会議を始める。……俺達は会話をしなさすぎてる」
勢いをつけようと、ヴィーの胴体をバンッと叩く。
ナナが俺にゴミを見る目を向ける。
ごめんなさい。
「あ、あれだ。特にイリス……お前の力は謎が多すぎる。知ってることを全部話せ」
俺の言葉に、イリスは腕を組み、しばし沈思する。
その間、ナナが口を開いた。
「マスターがイリス様と会話をしていないからでは?」
図星。
あと、それをイリスがいる前で言うんじゃ無い。
後で……後でちゃんと話すつもりだったんだ。
やがて、イリスが目を開き、口を開いた。
「私が持ってるのは、この前メリスに言ってた奴。あとは昨日食べた……レベリカの力……」
空気が重くなる。
「ま、魔法を教えてくれ。少しでも使えそうな奴と少しでも強いやつを頼む」
促すと、イリスは淡々と魔法について語り始めた。
その中でも、彼女が持つ最強の一撃。
『崩』
それは先日、崩聖龍を討ち取った際に手に入れた魔法。
「わたしの腕を消しとばしたやつね。その魔法があれば多分、魔王の結界は破れる」
結界——魔王の周囲を守る盾のようなもの。
それせいで魔王に攻撃を入れるのに時間がかかったのこと。
「確か、魔王には普通の攻撃は効かないんだよな?」
ナナが小さく頷く。
魂へ直接届く攻撃、あるいは多重術式のみが有効。
多重術式は、魔法使いの中でも上澄み中の上澄みだけが扱える必殺の術。
俺はイリスがその域に到達するだろうと踏んでいたが……今のところ、その兆しは一切ない。
少し心配になるが、これについては無問題。
魂に直接攻撃する手段なら吸血種の十八番だ。
——勝てる。
「作戦はできるだけシンプルに行こう。濃密な作戦が組めるとも、こなせるとも限らないからな」
「じゃあ、私から」
ノクトルが右腕を上げる。だが、そこに手は無く、思わず眉間にしわが寄る。
「私が囮になるわ。あとはイリスが魔法を放って結界を破る。そして、あとはシーラがなんとかできるんでしょ?」
「あぁ、結界さえ破れれば、あとは俺でなんとかする」
ナナが口を挟まない。つまり、この流れで間違いないということだ。
少しでも危険があるなら、
「え、それ危険じゃないかな。私もノクトルと一緒にいるよ?」
イリスの申し出に、ノクトルが「うーん」と小さく唸る。
彼女と一緒に行動するのは――
「……ありだ。不意打ちをするのは俺だ。一発でも攻撃できるチャンスがあれば、吸血属なら倒せる。それなら、イリスとノクトルが一緒に行動して結界を破ったほうがいい」
ノクトルの傍にいた方が安全だ。
今回の巫女様との一件でも、彼女がいてくれればと思った場面が何度かあった。
それだけ、ノクトルの加護は頼もしい。
「わかったわ……。あとは、最初に誰が攻撃するかね」
イリスが、迷いなく手を挙げた。
「私が、魔王に向かって全身全霊を浴びせるよ!」
……その言葉に、ふと疑問が浮かぶ。
「……人に魔法を撃てるのか?」
イリスが驚いたように目を瞬かせる。
魔王は人型だ。中身はまったくの別物だとしても、形だけ見れば人間に近い。
頭の片隅で、イリスの過去がよぎる。
彼女は、何度も人の死に涙を流してきた。
……そして、一度だけ人を殺したことがある。
オリオティス、俺を殺そうとした勇者の首を、イリスは迷わずねじ切った。
そうだ。この少女は後悔はするが、躊躇はしない。
「この作戦はお前が要だ。イリスが結界を破らなければ俺はあいつに接触もできない」
イリスの瞳を真っすぐ見据える。
「結界を破らなければ、俺は死ぬ。絶対に」
彼女の表情が曇る。唇が、かすかに震えた。
「ずるい……」
「それに、お前の魔法程度じゃ魔王は死なないから安心しろ。最後は俺がやる」
「……ん」
イリスは何かを言いかけて、やめた。
免疫迷宮で出会ったばかりの頃なら、きっと噛みつくように言い返していただろう。
それをしないのは、成長の証なのかもしれない。
人を殺せるようになるのが成長とはあまり言いたくないが、この世界だったら立派な成長と言えよう。
「文句なら幾らでも聞いてやる。だから、頼むぞ」
そうして、数日が経った。
正午の陽光を背に、俺たちは魔道国家ラクタリアへと足を踏み入れていた。
かつて魔道具の発展で知られたこの国は、今もなおその栄華の残り香を漂わせている。
だが、俺達がいるのは、その華やかさから遠く離れた端のほうだった。
「こ、ここが」
イリスの声が震えている。
今まで見たことのないレベルの広い国で緊張しているのかもしれない。
「戻りたくなかったわね」
ノクトルが呟く。
確かに、一度全滅を経験した場所なんかには絶対戻りたくない。
「……とりあえず今日休める所を探す」
魔王がいる可能性が高い場所は、ここからさらに数時間の距離にある。
作戦決行は明日の早朝。まずは魔王の所在の確認。
そして、後日、不意打ちで一気に決める。
俺たちの作戦は単純だ。魔王を見つけ、イリスが結界を破る。
そして俺が接近して止めを刺す。それができれば大成功。
俺もかなり長く生きられることになる。
……だが、一つだけ、ずっと胸の奥で燻っている問題がある。
イリスと話さなければならない。
俺はまだ、イリスを「殺すべきか否か」の境界線に立っている。
いや、はっきり言おう。
俺はイリスを殺したくない。
その感情は、もう誤魔化しようのない本音だ。
だが同時に、彼女を殺す必要があるとも強く感じている。
理由は……魔王の危険性? いや、違う。それは建前だ。
——俺の後ろには、いつも「あいつ」がいた。
イリスを許したら、あいつが俺を恨まないか心配なんだ。
死人に口はない。それはわかる。でも、やはり、どうしても、俺だけが幸せになるのは間違っていると、そう思ってしまう。
だが、自分のゴミのようなプライドを守るためだけにイリスを殺すなんてしたくない。
「クソっ……!」
頭の中で何度も思考がループする。どうすればいい。
巫女様ならどうしたんだ。彼女がいてくれたら、俺の悩みなんて一瞬で解決したかもしれない。
——甘えるな俺。
俺がどうにかしないといけない。
イリスは——俺が彼女を殺そうとしていると気づいたら、どう思うのだろう。
侮蔑するのか?それとも無関心?殺意を向けられる?
想像がつかない。
やはり、結論が出ない。
俺は——
「……メリス? ずっと起きてたの?」
不意に、イリスの声。
はっと顔を上げ、反射的に口元を押さえる。
俺の思考が漏れている可能性を考えたが……杞憂らしい。イリスはいつも通りの表情で、ただ俺を覗き込んでいる。
「ぁ……?」
そこで初めて気づく。
俺はボロい一軒家にいた。
そうだ。確か、寝る所を探して……あぁ、俺は考えすぎて時間を忘れていたのか。
窓の外はすでに朝。寝るのを忘れ思考に没頭していた。
――魔王との闘いまで、あと一歩のところまで来ていた。